第24話 闇の再会
【帝国艦隊建設場 管理要塞内 看守長室】
私が帝国艦隊建設場に来てから、早くも2週間が過ぎようとしている。今夜は私が第4兵団の管理官になって以来、初めてとなる会合が行われる。顔も名も知らない拷問長、警備長、副看守長とも会う予定だ(すでに看守長ランディ、副拷問長レイラ、副警備長キースとは会った)。
「ウワサとは、所詮は誇張されるもの」
城内の高い場所にある看守長室に私はいた。目の前では椅子に座ったランディが茶色の葉巻を咥えながら話している。
「君が思いのほか大人しくて助かったよ……」
「それはどう意味だ?」
「君がこの仕事の邪魔をするんじゃないかと心配してたのさ。……それとも、仲間に裏切られて、全ての気力を失ったか?」
「…………」
「図星か」
んなワケあるか。
「……今夜の会合まで、私は自分の部屋に戻らせて貰う」
「ああ、構わんよ」
「行くぞ、ヴィクター」
「は、はい」
私は後ろにいたクローンを連れ、看守長室を出る。くだらない話に付き合っていられない。廊下に出て、そのまま真っ直ぐと最上階にある自室に戻る。
「……お姉ちゃん」
「…………」
「“もう1人のお姉ちゃんは大丈夫かな”……?」
自室に入ったとき、小さな声で聞いてくる。実は彼女、ヴィクターじゃない。彼女は2週間前、私が助けて上げることの出来なかったクローンだ。
本物のヴィクターはここにいない。この少女と入れ替わった。だから、ヴィクターはこの帝国守護艦隊建設場のどこかで鞭打たれているかも知れない。鞭打たれていなくても、裸で働かされているのには違いない。
「きっと、大丈夫だ」
私はそう言いながら、ベッドに腰掛け、窓から外を眺める。クローンの少女もベッドに腰掛ける。ヴィクターには酷い任務を背負わせた。だが、もうこれしか手がなかった。
実はプルディシアが2隻とも昨日、完成した。今日から計画外の3隻目に取りかかっている(本来は造らなくてもいい)。明日には首都グリードシティに運び込むらしい。だが、そうはさせない。ヴィクターとこの少女を入れ替えたのも、その為だ。
この2週間、入れ替わりがバレていなければ、ヴィクターが奴隷となっているクローンたちに“反乱”の話を持ちかけているハズだ。そして、それは今夜の9時に行われる予定だ。
「あと4時間か……」
今は午後5時。夜の9時に会合が行われる。それと同時に、奴隷クローンたちによる反乱も勃発する。そして、パトフォーの黒い夢も崩壊する。
ここの兵力はそんなに大きくない。第4兵団というのは一個師団(=6万1440人)の人数しかいない。奴隷クローンは80万人。やろうと思えば、簡単に成功するレベルだ。
しかも、建設場内にいる看守兵が三個旅団(=4万6080人)。建設場外にいる施設への侵入及び奴隷クローンの脱走を防ぐための警備兵が三個連隊(=1万1520人)。城内にてクローンへの拷問及び城の警備を行う拷問兵が一個連隊(=3840人)。実質的な相手は、この内の看守兵だ。
「上手くやってくれてるといいが……」
ヴィクターが失敗していると、もはや打つ手がない。私たちは、クリスター政府は、世界はパトフォーの支配下に置かれてしまうだろう……
*
――SC 2014.12.21 【帝国守護艦隊建設場 管理要塞内 大会議室】
やがて、夜の9時が近くなってきた。会議室には大きな会議用の丸い長机――円卓が置かれており、一番奥に私は座る。すでにランディ看守長、ブラッディ副看守長、レイラ副拷問長、キース副警備長が座っていた。後は拷問長と警備長だけだ。
どうでもいいが、ブラッディは盗賊だ(昔、会ったことがある)。盗賊の長を国際政府の正式な軍人にするなんて、そんなに人材不足なのか?
「…………」
なんだ……? なんとなく、ランディが笑っているようにも見える。いや、ランディだけじゃない。ブラッディやレイラも笑っている。気のせいか? いや、違う。明らかに笑みを浮かべている。
「…………!」
まさか、ヴィクターが捕まったのか!? 私は彼らの笑みで、急にイヤな予感に襲われる。寒いのに額から汗がにじみ出る。彼女が捕まれば、もう私の計画は終わりだ……!
「なぁ、そろそろか?」
「ええ、そろそろでしょうね。楽しみだわ」
キースとレイラが話す。そろそろ、だと……!? クソッ、反乱の話がバレたのか! ヴィクターは無事だろうか? すまない、私が立てた計画のせいでっ……!
そのとき、会議室の大扉が開かれる。拷問兵の1人が入ってくる。
「ランディ看守長、お待たせ致しました! 到着しました!」
ヴィクター! 私はその場で勢いよく立ち上る。イスが床に音を立てて倒れる。複数の足音が聞こえ、誰かが部屋に入ってくる。
「――えっ……?」
ランディとレイラが少し笑い声を漏らす。私の表情が凍りつく。――入って来たのは、ヴィクターじゃなかった。だが、私の知っている顔だった。
「……ほう、パトラー=オイジュス。あんたがここにいるのは本当だったのか」
「お前は……! …………ッ!!」
私は何かを考える前に剣を抜く。資料が置いてある机を踏み台にし、入ってきた“彼女”に飛びかかる。
「その様子だと、アタシのことを覚えているんだな」
「なるほど! お前が拷問長かッ!」
剣を振り降ろす。何の迷いもなかった。彼女の無残な死。それだけを願い、彼女の頭を狙って、剣を勢いよく斜めに振り降ろした。
「……俺のことは無視か?」
彼女と一緒に入ってきた男――ディズトロイが言う。ああ、お前もいたのか。国際政府は賞金稼ぎさえも雇うなんてな。落ちぶれたものだ。
「フフ、酷いじゃないか」
「…………!」
頭を斬られた女は平気そうな顔をして歩く。その身体には何の傷もなかった。何事もなかったかのように、私の側を歩く。私は素早く距離を取る。まぁ、そうだろうな。彼女は水のパーフェクター。物理攻撃は効かない。
「酷いのはお前だ。――フェイシア」
私は剣に付いた水を振り払いながら言う。……フェイシア。拷問好きの賞金稼ぎ。
「クッ……!」
4年前の記憶が一瞬、フラッシュバックする。この数年、忘れていた記憶だ。鞭の音、閉鎖された空間、――。そう、私は4年前、彼女に拷問されたことがあった。




