第10話 黒い夢への反逆
【クライシスシティ 東部市街地】
東部市街地にある、とある建物の屋上。そこで俺は次から次へと入ってくる報告に、終わりを感じていた。
[プロヴィテンス将軍、第4南防衛ラインを突破されました]
灰色のマントを羽織る戦術ロボットのバトル=タクティクスが俺に報告する。南の防衛ラインは全部で6つ。北の防衛ラインも同じだ。
今までは疲れ果てた国際政府軍だから、ほぼ互角に持ちこたえることが出来た。だが、今や臨時政府の精鋭ともいえるクローン兵団までもが加わった。しかも、その数は30万人。
[北の第5防衛ラインも突破されました。臨時政府軍はここを目指して進軍中です]
終わりが近づいてきている。我々の敗北だ。2年もレート=クライシスでは戦ってきた。その長き戦いに終わりが見えてきた。
その果てには、連合政府の終わりとラグナロク大戦の終わりが待つ。もう、今更どのように足掻いても、連合政府に勝算はない。
[プロヴィテンス将軍、クライシスシティの東から“反乱軍”が攻め込んできたようです]
「…………」
もう、連合政府崩壊は時間の問題だ。今、連合政府首都ティトシティがあるティト州全域で反乱が勃発していた。脱走したクローン兵や連合政府の支配に反対する市民が起こしたものだ。連合政府はその反乱すらも鎮圧することが出来ていなかった。
「俺は国際政府の支配に反対だった」
[…………?]
「腐敗し、歪みゆく国際政府の支配から脱却するべく、連合政府に加わった」
そのとき、すぐ近くに砲弾が落ちる。もう、ここまで敵軍が迫って来たか。
「だが、連合政府も歪みの塊であったな。連合政府は未来の国際政府の姿だろう」
「将軍……?」
「……いつの日か、歪みに歯止めがかかると俺は希望を持っていた。現実は非情だな。歪みは歪みを招くだけであった」
俺は虚しい希望の下に戦い続けただけだった。己で考えず、考えることを辞め、ただ単に連合政府の命令通りに戦っただけ。自分の中の小さな希望――いつか、国際政府や連合政府の歪みが消えるというあまりに小さな希望を頼りに、戦ってきた。
「これ以上、歪みを招くワケにはいかない。これ以上、――」
俺は下唇を噛み締める。熱い涙が頬を伝う。これ以上、歪みを終らせる者の邪魔をするワケにはいかない。連合政府のロボットと化した人間が、歪んだ所有者どもに対する抵抗を見せよう――
「プロヴィテンス将軍、たった今、入った報告です! 連合政府上院議会は首都移転を決定したそうです!」
……我らは時間稼ぎでしかないのか。使い捨ての道具でしかなかった。どれだけ尽くしても、離れていく人間は、離れていくものだ。
「しかし、移転先については意見が分かれ、結局分割することにしたそうです。ティワード派はルイン島、コマンド派はハーピー諸島だそうです」
連合政府は終わりだ。臨時政府に滅ぼされる前に、分裂を起こしたも同然。ティワードが死ねば、確実にそれぞれが独立するだろう。
「プロヴィテンス将軍、まだ間に合います。急いでここから脱出を!」
「そうです、臨時政府の軍勢がここに来るまであと少しだけ時間があります!」
フリゲート中将とアクセラ中将が言う。俺は腰に装備していたハンドガンを取り出す。その銃口を俺に背を向ける戦術ロボットのバトル=タクティクスの頭に向け、発砲する。油断していたバトル=タクティクスは、頭から煙を噴き、倒れる。
「将軍!?」
「すまない」
俺は俺の近くで、クライシス各所の部隊に司令を出す人間型指揮官ロボットのバトル=コマンダーたちを次々と撃ち壊す。あっという間に、1体残らず倒れる。残ったのはフリゲート中将とアクセラ中将だけだ。
「これ以上、邪魔をしては悪いだろう」
「……まさか、死ぬ気ですか!?」
「お前たちは好きにするといい」
そう言い、俺は自身の頭にハンドガンの銃口を押し当てる。だが、そのときだった。
「――連合の道具の終わりか」
「……お前は――」
後ろからかけられた声に俺は振り返る。そこにいたのは、1人の白い服を来た女性だった。赤茶色の長い髪の毛に同色の目。クローンと同じ容姿の女だ。
「コイツ、レジスタンスのコマンダー・ログです!」
「……いや、本当はログという名ではない。俺には分かる。この女はクローンたちのベースとなった女だ。――お前はフィルドだろう?」
「フフ、よく分かったな。本当はパトラーの為に“ゴミ掃除”でもしようと思ったが、必要なかったか?」
「ああ、無駄な手間だったな」
レジスタンスのリーダー“コマンダー・シリカ”の右腕と言われるフィルド。その実力は我らを遥かに超える。その強さは尋常ではないらしい。
「……パトラーにどうやって顔を合わせるつもりだ? お前はこれまで何千、何万、いや何十万人という連合政府所属の人間・クローン兵を殺してきたんだろう?」
「…………。……死にゆくお前には関係のない話」
「いや、殺戮者という歪みを臨時政府に持ち込むワケにはいかない」
俺はハンドガンをフィルドに向ける。勝てるとは思っていない。だが、やらねばならない。
「お前は殺しすぎだ」
発砲。フィルドがこちらに手をかざす。銃弾が斬り壊され、その斬撃が我らを襲う。連合政府は終わり、黒い夢は終わる。だが、“赤い夢”はまだ終わりそうにない――




