月夜の下でお水会 その二
短い
予想だにしない邂逅にマオもクインも動けなかった。
マオにしたら、眠りを深くした筈なのにと驚き、クインにしてみれば顔は全く同じなのに髪色や目の色が違うと混乱の真っ只中。
これはマオの計算違いによって引き起こされた出会いだ。
魔法適正の高い人は魔法抵抗値が高いという研究結果がある。
クインはユアン以外の優秀者の中で一番その値が高いのだ。
ユアンという勇者の恩恵でそれが更に高まっている。
マオの魔法に抵抗して見せたのだった。
クインの成長を予見出来なかったマオの失態であると言えるだろう。
元を言えばマオの選択した魔法も失敗である。
強制的に眠らせる魔法ならば、彼女が魔法に抵抗せず、起きることは無かっただろう。
そして、最大の原因は身体の異常だ。
何時もと同じ程度の高熱であれば、マオも普段通りの実力を保てただろう。
しかし、今回は違った。
高熱による判断能力、魔法錬度、危機意識の低下がこの二人の出会いを招いたと言える。
(消すか?)
マオはクインの記憶を消すか、自問する。
マオとユアンという勇者の身体さえあれば記憶を消す事など容易い。
寧ろ、クインを消し、全世界からクインのと言う少女の存在を消し去る事すらできるであろう。
だが―
(どうする・・・?)
―マオにそれができるかと言えば、出来ないのだ。
それは偏にユアンの友人である為である。
ユアンの友人に手を出すことは出来ない。
マオにとってユアンと言う存在は枷になっている事を、マオ自身気が付いていないのである。
「・・・ふっ」
マオは自嘲的な笑みを浮かべる。
昔であれば、気に入らないもの、不都合なものは消してきた。
なのに今は高々人間一人に苦心している。
何とも情けなく思えるのだ。
だが、それに慣れを覚え、心地よさを感じるのはきっと良い兆候なのだろう。
そう思えば思うほど、笑いが込み上げてくる。
クインはマオの笑い声にビクリと肩を震わせる。
彼女の本音は逃げ出したい気持ちで一杯であろう。
いや、寧ろ先程まで逃げようとしていた。
だが、マオの自嘲的な声にその思いを押し込める。
クインにとってマオの笑い声は邪悪に聞こえたのだ。
(ユアンを放っていくの?)
友人を見捨て、自分だけ安全な場所でビクビクと悪夢が過ぎるのを待つ。
そんな事、クインには出来ない。
ルークの恩人でもある彼を置いていく事など出来なかったのだ。
「あなたは何者?ユアンに取り付いているなら出て行って!!」
微かに残る勇気を全て振り絞り、声を荒らげる。
「何者・・・か・・・。ふむ・・・」
クインの怒気に気圧される事無く、平然とクインの問いに答える。
「何者かであるか、と言う問いには答えられんな」
マオは首を横に振り、無理だと言う事を示す。
「何者かであると言うのは己が決めるのではなく、他者が決めるものではないだろうか。私が幾ら言葉を連ねても、君はきっと私の言葉を信用しないだろう?敵として君が認識しているのだから当然の事だ」
自分に敵意を向けられていると知りながら、何でも無いようにクインに語りかけるその様に、クインの警戒心が更に上がると同時に少しばかりの安堵も感じる。
知識ある魔の類であると言う事実に警戒し、言葉が通じると言う安堵だ。
「信用されると思っているの?」
クインはいつでも魔法を展開出来る様に準備しておく。
ただ、平静を保てていないのか錬度が不十分だ。
それに、ユアンの身体を傷付ける訳にはいかない為、それ相応の魔法を選ばなくてはいけない。
クインの心情を知った事かと嘲笑う様に、マオはそれもそうだと苦笑しながら魔法を発動する。
クインは警戒していたにも関わらず、魔法の発動に気が付けなかった事に驚く。
更に、その魔法の数々が同時にされている事に自分と目の前にいる敵との力量の差に唖然とするのだった。
マオはビュール―ユールの時と同じ様に地面から机と椅子を形成した。
それと平行して木を切り倒し、そこから杯を切り出す。
残った木は水分を吸い取り、宙に浮かべる。
「立って話すのも疲れるだろう?座りたまえ」
「・・・」
「警戒することは無い。自我を奪ったり、毒を混入させたりはしないさ。するならとっくに終わってる」
物騒な言葉を言いながらマオは自分から先に座り、宙に浮く水を木から刳り貫いた杯に注ぐ。
それを毒など無いと証明する為に一気に煽る。
(こいつの目的は何?魔族なの?悪霊なの?そもそも、こいつの調子に乗って言い訳?)
「ふむ、この木は果実が生っていたのか。偶然、果実水が出来たと言うわけか」
クインの心中などお構い無しに、さして興味のない事を口にする。
マオの目的は単なるおしゃべりだ。
ここで彼女が戻るなら記憶を消すが、戻らないのなら―
(信じるかどうかは分からんが、真実を告げても良かろう。第一、このままユアンと共にいるなら彼女らが気が付くのも時間の問題だ。話しても構わん)
マオは内心、ニヤニヤとする。
この現状を面白がっているのだ。
初めは驚き、咄嗟に消そうとしたが、彼女らと話せる機会など早々無い。
そう考えるとこの邂逅はいい機会だと思ったのある。
(考えろ、考えろ。俺はどちらでも構わん)
旅とは出会いの連鎖。
これも旅の一部だと考えれば、ばれたと悲観的になるより楽しもうと言う気になってくる。
「うぅ~~~!・・・決めた!!」
クインはそういうと椅子にダンと座り、杯を突き出す。
「どうせ殺されるなら聞きたい事を聞いて、自分の身体に魔法で刻み込んで死んでやるわ!!」
「殺さないと言っているだろう?・・・しかし良い意気だ」
マオは突き出された杯に水を注いでやる。
それをクインは恐る恐る口に運び、唇に付いたものを舌で舐め取った。
「あ、おいしい」
クインは気に入った様ですぐさま杯を空け、二杯目を頂く。
「茶であれば茶会と言うのであろうが、水だからな」
「さながらお水会と言ったところかしら?」
「なるほどそれはいい、くっくっくっ」
「ふっふっふっ」
月夜の下で森の中、二人の不気味な声が響く。
仕切り直しとばかりにマオは足を組み、クインを見やる。
今度はクインもマオの視線を避けなかった。
「さて、ずいぶんと悩んでいたようだが、何が聞きたい?」
「そうね―」
夜は始まったばかり、夜明けの訪れはまだまだ先だ。
こうして、長い月夜のお水会は始まったのであった。
本当はここまでが前回予定だった所、すまぬすまぬ
ちょっくら、明日病院行ってきます・・・
あ、作品分析見れないようでした。
ごめんなさい
ではでは・・・




