月夜の下でお水会 その一
お茶会にしようとしたけど、飲み物は水なのでお水会
星空の下で深緑が風に揺れる。
決して暖かいとは言えない気温の中、高熱の彼はどこに行こうというのか。
足場の悪い獣道をひたすら歩く。
隣に寝ていた兄妹と先輩を起こしてみたのだが、起きる気配が無かった。
まるで魔法にでも掛かったように昏々と眠り続けていた為、私は今、一人で彼を追っている。
しばらくして彼が立ち止まったのは森の中の少し切り開かれた場所。
森の中では薄暗く、良く見えなかった顔が、雲間に覗く月が彼の横顔を照らす。
空を見上げるその顔はいつもと変わらない筈なのに、その表情はどこか蟲惑的でそれでいて何とも神秘的だった。
黒髪に紅玉の瞳。
平人全体の敵だというのに・・・。
彼の身体に巣食う魔の類かもしれないのに・・・。
私達平人とは全く違うその姿に、しばしの間、見惚れてその場に立ち止まってしまった。
だが、はっと我に返る。
一瞬の間に目を奪われた自分の反応に恐怖した。
彼を見ていれば、自分が自分で無くなってしまう様な気がしたのだ。
私は見て見ぬ振りをしようと、後退りしたその時―
―パキッ
彼はゆっくりと首をこちらに傾け―
―その飲み込まれてしまうと錯覚するほど深く赤い瞳で私を見たのだった。
◇
王都への旅路は初日から中盤まで順調そのものであった。
天候も崩れず、早朝は寒いが、日中になれば穏やかな日差しが燦々と輝く。
定期的に掃討依頼を冒険者に出しているのであろう。
魔獣に出会うことも無く、盗賊の類も見かける事は無かった。
行き違う商人に挨拶をし、この先の情報も仕入れておく。
例え、今襲撃が無いにしてもこの先何があるか分からない為の情報収集だ。
ただ、結果的には何も無く、安全が保証されただけであったが。
そして、四人の仲はというと、元々ルーク、クイン、ユアンは仲がいい為、話が弾むのは当然であろう。
その中にガーナードが入れるかと言えば、普通なら年上という遠慮や負けた相手への配慮などで入れないだろうが、そこはクインの腕の見せ所と言える。
気まずさなどなんのその。
三人の会話でクインは選抜戦の話を振ると、食い付くのは戦闘馬鹿二人。
ユアンはルークの戦いを褒め、ルークはユアン―マオだが―の戦いを褒める。
これでは話が完結してしまう為、さりげなくガーナードの魔法について言及すると後は坂を転げる球体のようにユアンとルークが魔法についてガーナードに聞きにいく。
二人の性格を熟知したクインならではの業であろう。
キラキラした目のユアンと炎の幻覚が後ろに見えるルークの完成だ。
二人の質問の応酬にガーナードはたじたじである。
「ちょろいわね」
言葉巧みにユアンとルークを操るその姿はまさに悪女の素質があると言えようか。
二人が操られやすいだけかもしれないが・・・。
ガーナードはチラリとクインを見やり、苦笑いで会釈する。
クインが気を利かせてくれた事に気が付いていたのだ。
手を振り構わないと返すクイン。
「だって、私も混ざるからね!!」
クインも聞きたい事が山ほどあるのだ。
魔法を専門とする者としてもそうであるが、何故あそこまで必死になったのか。
女の嗅覚を侮ってはいけない。
ガーナードの必死さに女性が好む話を嗅ぎつけたクインの目は聞かれる側にとって魔獣よりも恐ろしかったに違いない。
矢継ぎ早に質問する二人に飛び込み、混ざるクイン。
やはり、類は友を呼ぶのだろう。
混ざったクインの姿はルークやユアンと変わらない。
この日、三人の質問攻めを何とか捌ききったガーナードが解放されたのは夕食前であった。
誰が一番きつかったかと問われれば、答える必要も無いだろう。
初日の夕食頃にはわだかまりなど無く、御者の人も混ざり、和気藹々とした雰囲気でその日を終えたのであった。
◆
事が起きたのは王都への旅路も残り二日といった時であった。
その日の空模様は曇天。
風も寒々とし、どこか不安を煽るような天候で、一行の上空を覆っていた。
「嫌な天気だ・・・」
「次の町に着くまでに降らなきゃいいんっすけどね」
ため息と共に呟いたガーナードの言葉にルークが反応する。
小休憩として木の元で昼食を取っていた一行は曇っている空を見上げ、天候に悪態を吐く。
雨が降れば地面が濡れ、馬車の車輪が泥濘に嵌り、時間を食ってしまう。
唯でさえ遅れて時間が無いのに、これ以上時間を取られる訳には行かなかった。
「カルデロまで行ければ良いんだけど・・・」
クインはコロギに行く時の事を思い出し逆算する。
このまま行けば次の街であるカルデロには夕方頃に着く。
そのカルデロまでさえ行けば、王都は目の前だ。
一泊し、明日の天候によっては町で雨具の調達も出来る。
「雨降る前に急ぐか?」
「それが良いかも知れないな」
「・・・」
「・・・ユアン?」
朝はいつも通り元気だったユアンが会話に入らず、静かな様子に疑問を持ったクインは話しかける。
「へ、平気平気・・・あはは・・・」
ユアンはクインを心配させまいと笑顔を浮かべる。
しかし、額に汗を掻き、顔は青ざめ、どこかぼーっとしているのだ。
さすがに様子がおかしいとクインはユアンの額に手を当てる。
「熱っ!!また熱がぶり返してるじゃない!!」
「大丈夫だって・・・・・・あ・・・れ・・・?」
急に立ち上がって眩暈がしたのだろう。
ユアンはその場に倒れ、気を失う。
その熱は尋常じゃないほど熱く、クインも火傷するのでは無いのかと思ってしまうほどのものであった。
荒い息を繰り返すユアンはいつも以上に苦しそうにしており、胸痛がするのか、服を胸の所で握り締めている。
「お、おい!!」
「水を準備する!!」
ガーナードは魔法で鍋に水を満たし、残りの二人はユアンを馬車の後ろに移動させる。
デコボコした地面より安静な場所に移動させた方がユアンに負担が少ないと判断したからだ。
御者の人などユアンの発作など知らないものだからあたふたとしていた。
手馴れた様子で看病する二人をガーナードは手を動かしながら感心する。
布を枕代わりにし、ユアンの周りの温度を保つ為、魔法で風を送りながら、氷嚢の準備も怠らない。
テキパキと連携して用意する二人の邪魔にならないよう、ガーナードは立ち回る。
ユアンの体調が落ち着いたのはそれから一刻ほど時間が経っていた。
目を覚ましてはいないが、少なくとも呼吸が安定してきた事に三人は安堵の息を漏らす。
「今日中にカルデロは無理ね」
「宿も閉まるだろうし、第一ユアンを動かせねぇだろ」
「仕方ない、早いけど野営の準備をしよう。暗くなると危険だからね」
結局、次の町に行く事を諦めた一行は野営の準備を始める。
寝袋、薪、食事と魔物などが触れれば咄嗟に対応できる様に鳴子の準備。
因みに冒険者が何人かで組む時に鳴子は使わず、見張りを立てることの方が一般的である。
触れるか分からない道具を使うより人の目の方が確実だからだ。
閑話休題。
全ての準備を終えた三人は明日からの事を相談する。
「明日の夜明け前に出発できれば、昼前にカルデロ、そこから急げば昼過ぎぐらいに王都に着くかな?」
「まぁ、そう急ぐもんでもないだろ。散策に二日取ってる話だったし、一日ずれた所で式には間に合うだろうよ」
「王都出身の君達が町を案内してくれれば散策は一日で十分だろうしね」
西に日が沈みかけ、赤い空に星が見える頃。
雲は相変わらず空にあるが、雨が降る様子はない。
三人は夕食を取りながら予定を立てる。
元々、全員完治して王都に向かっているわけではないのだ。
誰かが倒れた所で怒る者はこの中にはいない。
寧ろ、心配をし、自分達も気をつけようと考えるばかりである。
「後はユアンの体調次第だな」
「そうね」
ルークはユアンが寝ている馬車を見やり、不安材料を挙げる。
「急がないにしても明日は進まないといけないだろう」
「そうですね、明日はいつも以上に早いから寝るようにしますか」
「おっさんも悪いけど付き合ってくれ」
御者の人も皆に合わせ、寝るようにと促す。
一番、疲労が溜まっているのは御者の人のはずなのだ。
それでも笑顔で反応する彼はとても良い人なのだろう。
明日の事を考え、四人は寝袋を使い、就寝する。
夜は更けていく。
月は隠れ、風が吹き抜ける夜が・・・。
◆
『身体が熱い。
助けて。
胸が痛い。
身体が張り裂けそう。
痛い、熱い、痛い、熱い。
苦しい。
誰か、助けて。
死にたくない。
嫌だ、嫌だ。
助けてよ』
声高に叫んでも誰も答えない。
死が近くにいる気がするのだ。
『安心しろ・・・俺が居る』
その声が聞こえた瞬間、すっと痛みや苦しみが消えていく。
あぁ、誰か分かった。
『ありがとう・・・』
意識が深く、深く落ちていった。
◆
鈴音のような虫の鳴き声が聞こえる森の傍でひっそりと寝静まっている野営。
寝袋と並んで止められている馬車の中には病人が寝ている。
その彼は先程まで荒い息とうわ言を繰り返していた筈であったが、急に中からその音が聞こえなくなった。
起きている者がいれば、確認したであろうが、誰もが寝息を立ており、見に来る様子も無い。
「なるほど、これは辛いな」
身体を起こし、体調を確認するユアン―ではなくマオ。
倒れる事や高熱になる事など今までに何度もあったが、今回の調子は普段の何倍も身体に負担を強いていた。
本来ならば、寝ているのが一番良いのであろうが、何せ苦しさと痛みが睡眠を阻害する。
我慢が出来るとは言え、さすがにこのまま寝ているのは別の苦痛があるだろう。
そう判断したマオは他の人間を起こさない様、静かに馬車から出る。
外の空気は澄んでおり、胸に引っかかる苦しさがすっとするようであった。
彼らに睡魔の魔法を掛け、起きないようにする。
昏倒させるほどきついものではなく、睡眠を少しばかり深くするだけの魔法だ。
起きてもらっては困るが、彼らを強制するのは違う気がすると考えた為である。
馬車を出て、森の中に向かう。
寝ている横でごそごそと動けば、迷惑だろうと遠慮しての事だ。
獣道をゆっくりと歩く間、マオは身体の変調について熟考する。
「選抜戦とやらで無理をし過ぎたか?いや、違うだろう。そこまで激しい行動は取っていないはずだ。ならば何故だ・・・?」
選抜戦の行動が激しくないかと言われれば、疑問が残るのだが、マオに今、それを呈すものはいない。
そしてふと、とある可能性が頭を過った。
だが、それを証明する方法は無く、確信がある訳でもない。
万全な状態でない今、考えた所で雲の様に捕らえようの無い考えばかりが浮かぶ。
故にマオはその可能性を頭の奥に押し留め、今度と先送りにする。
そうこうしている内に少し開けた場所に出た。
空を見上げれば、雲に隠れた月と空一面に広がる星星。
漣のように揺れる木々達。
それら自然の風景によって熱も引いていくような感覚になる。
マオは自信に纏っていた魔法を解く。
栗色の髪は黒に、翡翠色の瞳は赤に。
マオは久しく魔法を使っていない開放感に浸っていた。
風が吹き、月が雲間から顔を出す。
見事な満月にマオの表情も綻ぶ。
―パキッ
マオが通った道から枝を踏んだ様な小さな音がした。
小動物かと思い、何の警戒もせずにマオは振り向いてしまう。
「・・・」
「・・・」
そこには眠らせた筈のクインがいたのであった。
分けるつもりは無かったけど、何か妙に長くなりそうですので・・・
何故、クインにしたかと言えば、ルークは鈍感っぽいし、
ガーナードにはこれ以上重荷を持たせたくなかっただけ
コロギの町で兄妹の劣等感とか嫉妬とか何やかんやに絡ませようとしたけど
実力不足で失敗したクインちゃんにマオとの邂逅の役目を渡そうかと・・・
次は明後日に更新できたらいいなぁ・・・
(出来るとは言っていない)
(新しい物語の書き溜め一切出来てないや・・・まぁいっか・・・)
ではでは~
あ、下にツギクル様のバナー貼ってます
作品の分析結果とか見れるんじゃないかな?知らないけども
興味がある方で時間のある方はどうぞ覗いて見てください




