幕間 頑張れシーナ、負けるなシーナ その一
その一となってますが、二はまだ先です
女生徒(神官目指し始めた)はモブ
シーナの朝は早い。
だが、家事全般を担当している彼女にとってそれは当然の事で、毎日のように繰り返されてきた事だ。
炊事、洗濯、掃除、手馴れた様子で準備する。
それらが終わるとまた何時ものように父の部屋へと向かう。
彼女の父―ガットは朝が弱い。
布団を剥がしても起きない事も多々あり、水をかけて起こす事もあるほどだ。
お酒を飲んできた時はそれが顕著になる。
昨日も飲んで帰ってきたのだ、今日も大変だとシーナは気合を入れる。
―コンコン
一応、家族と言えどノックをせずに入る事は無い。
「お父さん、朝だよ」
扉の外から声を掛け、起床を促す。
何時もなら返事が無く、中に入り、無理やり起こすところであるが、今日は違った。
「おう」
扉越しに篭った声が返ってくる。
珍しく―いや珍しいなんてものではない。
シーナが物心付く頃から今の今まで、ガットが自分で起きた事はなかったのだ。
シーナは驚くと同時に内心納得もしていた。
「おはよう、お父さん」
中に入り、着替えも済んでいる父に挨拶をする。
「自分で起きたんだ」
「そりゃな、今日は特別な日だ。今日から俺も変わらなきゃならねぇからな」
ガットが自分の事を一番に考えてくれているとシーナはよく知っている。
だから、自分を心配させまいと、変わろうとしているのだろうと予想が付いた。
明日からシーナはガットを起こす事ができないのだから。
「準備は終わってるのか?」
「うん・・・、昨日の内に済ませたよ」
「そうか・・・」
ガットは涙腺が緩くなりそうだが、涙を見せる事はない。
昨日、散々泣いたという事もあるが、子供に情けない姿を見せたくないと言う矜持が寸前の所で踏み止まらせていた。
目元が赤い為、シーナにはばれているのだが、得てして家族とはそう言うものだろう。
「・・・飯食うか」
「・・・そうだね」
互いに震える声を押し殺して、二人は食事を始めるのだった。
◆
今日はシーナにとって待ちに待った日。
漸く、願いが叶う日だ。
一年間、ユアンの元に行きたい想いを我慢して、彼に見合う女性になる為、セラの元で修行したのだ。
それが報われると思うとシーナは言葉にならない感情が自分の中で湧き出てくるのを感じていた。
思わず、肩掛け鞄をぎゅっと握り締めてしまう。
「シーナちゃん?大丈夫?どこか気分でも悪いの?」
「大丈夫です」
その様子を気分が悪いと勘違いしたセラがシーナに優しく声を掛ける。
誰かに頼って、大人しかったシーナは成長し、自分の意思をはっきりと言えるようになった。
(私は成長したの。きっと言える筈)
弱くて、自信の無かったシーナはまだユアンに好きだと伝え切れていない。
普通なら雰囲気で分かる事も分からないのがユアンなのだ。
きちんと言葉にしなければ、きっと他の魅力的な女性に取られてしまうとシーナは思っている。
ユアンに会えば、一言目に告白しようとシーナは決めていた。
「これ持って行くけぇ」
「お腹空くと力が出んから持っていきな」
「祈りを・・・―――」
おばばやダナからユアンと同じ薬とパンを餞別に貰い、神官様からは祝詞を頂く。
「おい」
シーナが他の人と話している時、後ろから声が掛かる。
村の入り口には見送りとしてセラ以外にアレン、ガット、おばばにダナ、神官様と何時もの人達の他に何故だかあの少年がいた。
シーナを虐めていた三人の内、一番偉そうにしていた少年が話しかけてきたのだ。
「何?」
「うっ・・・」
呼びかけたは良いものの、少年は口をもごもごとし、目を逸らす。
シーナは何も怒ってはいない。
少年達との軋轢はとうの昔に謝罪を受け入れ、解消している。
ただ、二人の間に会話や交流と言うものは無かった為、どう接して良いのか分からないのだ。
少年の頬は赤く、それでいて汗もかいている。
ユアンであれば、大丈夫などと体調を気遣うのだろうが、シーナが少年に対し何かを言う事はなかった。
「・・・」
シーナが何も言わずに待っている様子に少年は意を決して口を開く。
「・・・・・・こ、この村に・・・居れば良いじゃねぇか」
「はぁ?」
彼の言葉はシーナにとって思いもよらないものだった。
何を言い出すかと思えば、引き止めるような物言いにシーナの口からは気の抜けたため息のようなものが漏れる。
少年にとって、シーナは邪魔な存在だったはずだ。
化け物と呼んだのは彼なのだから。
村を出て行くことに賛成する理由はあれど、反対する事は無いはずである。
それにシーナがどんな想いで一年過ごしてきたかなど友人でない少年は知らないのだ。
「・・・危険なんだろ?・・・なんだったら俺の友達も紹介するし。あ、女の子も居るぜ。で、皆で遊んでよ、それで・・・それで・・・―」
話し出せば堰を切るように言葉が溢れ出して来る。
少年はシーナを引き止めるのに必死だった。
言葉に言葉を重ね、どうしても残って欲しいのだ。
村にさえ居てくれれば、自分にも機会があるかも知れないから。
周りの大人達は少年の気持ちに気づいている。
大抵の男が一度は通るであろう失敗。
幼い時にしてしまう女の子への嫌がらせ。
大人はじっと黙って二人の会話を聞いている。
あのガットでさえ、目を瞑り、感情を抑えていた。
ただ、大人達は分かっている。
少年が自分の思いにを気づくのが遅かった事を。
シーナの心がどこに向いているのか、それを知っているのだ。
「ありがとう」
「じゃ、じゃあ!」
シーナは自分の身を案じてくれた事に感謝する。
少年の顔がぱっと明るくなる。
だが、それまでだった。
「ううん、私は誰が何と言おうと追いかけるって決めたの。危険は百も承知。でも、ユアンとなら恐くない」
シーナは首を振り、少年の希望をバッサリと切り捨てた。
ユアンと旅する、それを超えるほどの魅力を提示できるはずもなく、少年は項垂れる。
少年の叶わぬ初恋は終わりを告げた。
「お~い」
丁度、間良く話しかけたのはコロギの町に連れて行ってくれる商人、ギーゴだ。
今回もおばばの薬の仕入れと商売の為、ケルト村を訪れていた。
「商人さん、今回も頼みます」
「任せて下さい。嬢ちゃんをきっちり送り届けます」
「おい、商人。俺の娘に何かあったら承知しねぇからな?」
口を開く事の無かったガットが商人に向かって脅し文句を口にする。
「お父さん!!」
「ははっ、嬢ちゃんの命だけは何が何でも守り抜きますよ」
それに対し、ギーゴはさすが商人と言ったところであろう、脅しも難なく躱す。
「嬢ちゃん、準備は良いですか?」
「はい」
シーナは村の方を見やり、記憶を掘り起こす。
周りの全てが敵に見えたときもあった。
自分の容姿が他人と違う事に苦悩した日々。
母と友が居ない寂しさに涙した。
この村での記憶は苦い思い出のほうが多い。
それでも、それでも嫌いになれないのはきっと故郷だからだろうか。
「行って来ます」
商品と一緒に馬車の荷台に乗る。
乗り込むシーナの背中に応援の声が掛けられた。
それはとても心強く、暖かな響きを持ってシーナの心を震わせる。
「・・・今行くよ」
愛しい人の顔を思い描きながら、シーナは走り出した。
もうすぐ、会えると信じて。
◆
「行ってしまったね」
「そうね」
「・・・」
アレンとセラが話す中、一番騒がしくなるはずだった男が静かに遠くを見ている。
「ガット?」
「いや、何だ・・・。昔を思い出してな・・・。あいつの母親は・・・・・・・・・・・・なんでもねぇや」
「そうか・・・」
ガットが自分の事を話すのは珍しい事だ。
彼が口を開けば、娘の事ばかりで特にシーナの母親の事など一つも話さなかった。
シーナが居たからと言う事もあったのだろう。
だが、彼自身が思い出さないようにしていたのも事実なのだ。
シーナが村を出たことにより、ガットも自分自身の欲が出たということだろうか。
「俺も旅してぇな・・・」
「その時は俺も付いていく」
「私も混ぜてね」
「おうよ」
ガットはいつか彼女を探しに行きたいと思うのであった。
「・・・あの~、すいません。何か感傷に浸ってるとこ申し訳ないんですが~」
間延びした口調に大きな鞄を背負った小さな姿。
何度もこの村に足を運び、シーナとも仲のよかった少女(?)、ミロであった。
「あら、ミロちゃん。お久しぶりね」
「お久しぶりです。ユアン君から手紙ですよぉ~。セラさん、アレンさん、ガットさん、シーナさん宛てですねぇ~」
そういって、ミロは鞄から四通の手紙を取り出した。
「おっと、今さっきシーナがコロギに向かったところなんだが・・・」
「そうですか~、行き違いになっちゃいましたねぇ~。戻った時にでも渡しますか~」
「頼めるかな?」
「お任せを~」
ミロは手紙を渡すや否や止める間もなく、その場を立ち去った。
とはいっても彼女が向かったのは村の中のパン屋だが。
彼女はダナさんのパンに一目惚れした人間なのだ。
「えっと何々・・・―」
三人はその場で手紙を開き、内容を確認する。
彼が学園で体験した事など、前回の手紙以降に起こった事が主に記されていた。
ミロは中身を見ていない為、知らなかったのだ。
手紙の最後にはこう綴られていた。
『王都に行けるんだって!!楽しみだなぁ~』
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え”っ!!」」」
◇
コロギに向かう道程は順調そのものだった。
成人男性と二人きりの旅ということで緊張と警戒をしていたシーナも二日目に入るころにはギーゴと打ち解けていた。
その主な理由がユアンがコロギに向かう時、ギーゴと会話した内容である。
シーナにとってユアンがこの道でどんな事を思い、何を考えていたのか。
好きな人の事を知れるというのは彼女にとって幸福な事であった。
「丁度ここら辺だね。彼はここで帰ろうか迷っていたんだよ」
「えっ!?ユアンがですか?」
シーナが覚えている最後の表情は希望に満ちていて、とてもそんな状態だったとは思えなかった。
しかし、ギーゴの話を聞いている内に彼は郷愁に身を焦がしていた事を知る。
頼れるユアンの少し情けない部分。
それを知ったシーナは母性本能をくすぐられ、更に愛しさが増し、再会の瞬間を楽しみにするのだった。
◆
「これが、コロギの町!!はぁ~・・・」
「ははは」
前回同様に手続きや保証人はギーゴが受け持ち、恙無く町に入ったシーナは感嘆の息を漏らす。
それは町の迫力に圧されたというのもあるが、ユアンがここにいると思うと感慨深い思いがこぼれたのだ。
単に町に感動していると勘違いしているギーゴはシーナの姿を見て、ユアンもこんな表情をしていたと懐かしく思う。
ケルト村などの小さな村から来た若人の殆どがこんな表情をする。
それはギーゴも例外ではなかったのだ。
記憶を掘り起こすと何故だか新鮮な感覚がする。
「王都はもっと大きいよ」
「ユアンと見てみたい!!」
彼女達が王都を見たとき、どんな反応をするのか。
見れない事を残念に思うギーゴである。
高ぶる感情を抑えきれないシーナは本来、目移りするであろう露店に目もくれず、一直線に学園へと向かう。
「ちょ!!」
(もうすぐ、もうすぐ!!)
逸る気持ちは身体にも表れ、魔法を使ってまで道を駆ける。
急いでいるが、人にぶつかったり、魔法の制御を失ったりしないのは訓練の賜物であろう。
自分の努力を見て欲しい。
自分の思いを届けたい。
シーナの感情はここ一番であったのだろう。
ギーゴの制止など意味も無く、道など知らないはずなのにシーナの進む道は学園へと向かっていた。
何故だとシーナに問えば必ず、『愛のお陰』という事間違いなしだ。
学園の前まで来たシーナは学生の多さに驚愕する。
村では同年代の人など数えれるほどだったのだ。
驚くのは無理も無いだろう。
「この中でユアンを見つけれるのかなぁ・・・」
若干、不安に思うシーナはとりあえず、近くにいた案内係であろう女生徒に声を掛ける。
「すみません」
「なにかし―――女神や・・・」
「えっ?」
振り返った女生徒は目の前の少女が同じ女生とは思えなかった。
新雪のように白い肌、深い海を思わせる蒼眼、そして絹糸のように光り輝く銀髪。
あどけなさと大人の色香を持ち合わせた正しく男性の理想像。
女神がそこにいた。
「ど、どうされました?」
「いえ、何でもありません・・・・・・女神さま」
「なんでっ!?女神さまって何!?」
「麗しの女神さま、私にご命令を・・・」
シーナは咄嗟に思った。
(これはやばい)
と。
「ご、ごめんなさい。ちょっと用事を思い出したので・・・・・・さようなら!!」
「あ、女神さま!!」
シーナは身の危険を感じ、ちゃんとした人を探そうと思い、その場を立ち去った。
全力の魔法も使って・・・。
「私、神官になろうかとおもうんやけど・・・」
「・・・はぁ?無理でしょ、あんた少年愛好者だし」
シーナが去った後、女生徒は友人に将来を相談したとか、しなかったとか。
◆
シーナが逃げた先は入学者達の喧騒が小さい学園の中庭。
そこは静かで風も涼やかな落ち着ける場所であった。
入学式までまだ時間がある為、ここで時間を潰そうと木の元に足を進めたのだが、そこには先客がいたのである。
「あら?可愛いお嬢さんね。こんにちは」
「あ、こんにちは」
本を片手に座っている大人の女性。
おっとりとしていて、優しげな雰囲気がどこかセラを彷彿とさせる女性―ビュールであった。
「あなた・・・」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないわ・・・・・・前例があるものね・・・」
言いかけた言葉を止め、小さく呟いたビュールの声はシーナに届かない。
会話が続くまともな人に出会えた故に、シーナはようやく聞きたい事を口にした。
「先生?でいいですか?」
「えぇ、ビュールよ」
「ビュール先生、ユアン君って知ってますか?」
「えぇ、勿論」
シーナの顔がパッと華が咲いたような笑顔になる。
二人目で知っている人間に出会える幸運に感謝した。
実際、誰に聞いても知っているのだが、シーナが知る由も無い。
「私が担任だったんだもの」
「じゃあ!!」
漸く、場所が分かる。
興奮が最高潮に達するが、それまでだった。
「でも、彼はここにはいないわ」
「・・・えっ?」
急激に熱が冷めていく。
ユアンは体が弱かった。
それを知っているシーナは最悪を想像する。
顔は青ざめ、その先を聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちがせめぎあう。
「そ、それは・・・」
意を決して真実を聞きにいく。
シーナはユアンと再会する為にここまで来たのだから。
「彼は優秀でね、たった一年で優秀者に選ばれたのよ」
「・・・えっ?・・・えええええええええ!!!!!!」
優秀者という制度はアレンやセラから聞いている。
それは相当、難しい事だと。
だから、まだコロギに居ると思ったのだが、ユアンは優秀過ぎた。
「なんだ・・・てっきり私・・・」
最悪の展開ではなかった事に身体の力が抜けていく。
「じゃあ、今から王都に行かなきゃ。で、学園に入って・・・」
今から行けば何とか王都の入学式に間に合うのでは。
そう思ったシーナはすぐさま行動を開始しようとした。
がしかし、現実はそう甘くない。
「あら、王都の学園に入るには制約があるわよ?王都出生者であることもしくは王都在住歴が五年、平民以上の階級、この二つね」
「・・・じゃあ、私は入れない!!」
「入るのなら優秀者になるのが一番早いかしら。最近、制度の見直しがあって競争率は上がってるけど」
シーナは迷う。
このまま、会いに行っても当初の目的である『再会』は達成できる。
しかし、密かに楽しみにしていたユアンとの学生生活。
お弁当を作って一緒に食べる。
試験勉強を一緒にする。
放課後の逢引。
その他諸々が出来なくなる。
「ぐぬぬ・・・」
ユアンは最短一年で王都に行ったのだ。
あと一年我慢すれば・・・。
シーナの心を見透かしたようにビュールは後押しをする。
「さっき制度の見直しって言ったけど一年生でも選ばれる確率が上がったのと、何度も選ばれる可能性も上がったのよ」
「・・・ぐぬぬぬぬぬぬ」
女の子らしからぬ呻き声で悩む。
これを逃せば、夢の学生生活が。
そう考えれば考えるほど、シーナの心は学園に入る方へと傾き、そして。
「入学して、ユアンを追いかけます!!」
「そう、頑張ってね」
「はい!!」
シーナは結局、あと一年だけ我慢する事にした。
一年我慢できた、もう一年も大丈夫だろうと思っていたのだ。
(待っててね、ユアン。絶対同じ学生になっていちゃいちゃするんだから!!)
奇しくも、目的と手段を入れ違いにしたシーナは学園に入学したのだった。
誰も止めるものもおらずに・・・。
シーナの頭髪が銀となってますが、女生徒視点で銀なだけで
実際はくすんだような灰髪です
未だにブクマや感想などが増えるとドキッとしてぞわぞわあああってします。
その現象に慣れない事を祈りながら今日はここまで
ではでは~




