いざ、王都へ
ユアンは黒く深い闇の中にいた。
手も足も動かせず、声も出ない。
もがく事もできず、ただただ波に揺れる帆船のようにゆらゆらとした感覚に身を任せていた。
(どうしてだろう・・・、安心するなぁ・・・)
その浮遊感に任せていれば、どんな事でも怖くない。
いつも近くにいる彼を連想させる、そんな気がするのだ。
(彼って誰だろう・・・)
大切な人なのに思い出せない。
けれど、それでも良いような気がする。
ユアンは闇に溶けていった・・・。
そこはユアンの見知らぬ場所だった。
月光が窓から差し込むその部屋で、誰かが話している。
一人は地面に倒れ、一人はその者を見下げ、鷹揚に構えている。
這い蹲っている者の表情は月光に照らされはっきりとその顔に恐怖、怯えという感情を映していた。
もう一人は平人ではないのだろう。
鋭く捩れた角を持ち、逆光で見えない顔の影には魔人族特有の美しい紅玉が見て取れた。
「―――」
「―――!!」
声はこもっていてよく聞き取れず、どこかこの場面もぼやけた映像の様だ。
(あぁ・・・、夢かなぁ・・・)
ユアンはその光景を第三者として見せられているのだろうと感じ取った。
しかし、その理由が分からない。
ただ、夢だと気づいた時点で目が覚めるのを待つしか出来ないのだから理由を考えたところで意味は無いのだ。
朦朧とした意識の中で考えても倦怠感がそれを阻害するのだから、結局同じ結論に達する。
その間にもその映像は続いており、魔人族の男は何か物悲しげな表情をした後、魔法を展開した。
「『―――・・・』!!!」
(え―!?)
そのまま、魔法が発動すれば平人は消え失せたのだろう。
だが、その魔法が平人を襲うことは無かった。
「―――」
元いた魔人の後ろに新たに魔人が現れる。
病気的なまでに白い肌で、漆黒の羽根に赤黒い瞳持つ魔人だった。
その魔人の言葉も他のものと同様に篭っていて聞こえない。
ユアンは白い魔人の瞳がどこか澱んでいて狂信者のような盲目的な何かが宿っている様に感じ、それが何とも恐ろしく思うのだった。
平人を見下げていた魔人の胸には銀光煌く刃が一つ、血が滴り、その一つ一つが宝石のように誘惑的な赤さを放っている。
白い魔人がずずずと刃を抜くと彼はよろめき膝を付く。
(ダメだ・・・やめてよ―)
ユアンは自分でも分からない拒絶という衝動を抱いていた。
先程まで安心を与えてくれたその浮遊感が無性に腹立たしい。
前に前にと思うも一切動いてくれない身体に強い憎悪さえ感じる。
だが、なぜだかその憎悪は白い魔人に向かうことは無い。
「―――」
白い魔人が一言呟き、刃を振り上げる。
彼はただ、その光景を見上げ――
「マオ!!!」
――ふっと笑ったのである。
◆
「―――っ!!・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
そこは白く、消毒液の匂いが充満する医務室だった。
ユアンは清潔に保たれた寝台に寝かされていたのだ。
上体を起こすと溶けて温くなった氷嚢が腹に落ちる。
寝汗でびっちょりと濡れて、身体の気だるさが思った以上に辛い。
丁度、授業中だろうか、静かな部屋にユアンの荒い息使いだけが鮮明に空気を震わせる。
「マオ・・・マオ?」
小さな子供が親を探すようにユアンはマオの名前を呼ぶ。
その表情と声音は不安を如実に物語っていた。
『どうした、何かあったか?』
ユアンの呼び掛けによって起きたのかどうかは分からないが、マオが返事を返す。
ユアンの鬼気迫るような不安げな様子にマオは優しく、問いかける。
その二人の間は傍から見ても親子に見えること間違いだろう。
見えればの話だが。
「ちょっと、怖い夢を見たんだ。マオが魔人で白い魔人に殺される夢」
『・・・』
「マオが死んじゃったんじゃないかって不安になっちゃって」
『そうか・・・。・・・大丈夫だ、俺はここにいる』
ユアンを落ち着かせる為、マオはしばらくの間、ユアンの話し相手になったのである。
(俺は・・・もう・・・)
マオの秘めた思いは虚空に溶けていった。
◇
ユアンはルークやクインから更に二日後に目を覚ました。
その頃にはガーナードも外を出歩けるようになっており、ユアンの見舞いにも来たのだった。
包帯でぐるぐる巻きだったものの彼の爽やかさは損なわれておらず、完敗だった、また戦いたいと何とも清々しい表情で語ったのだ。
その後もルークやクイン、その他同級生と見舞いに来る生徒は後を絶たず、ユアンの人気を表していた事だろう。
ユアンの容態としては未だ微熱が続いており、完治には時間が掛かるようであった。
疲労から来る発熱という事で医者はユアンに説明したのだが、実は原因不明の発熱という事がマーサには伝えられている。
本人に伝える事はマーサの判断に委ねられたのだが、マーサはそのことを口にする事は無かった。
確信的な理由も無く、不安にさせたくなかったからだ。
その代わりといっては何だが、ユアンにはこれからの話を告げる。
「目を覚ましてすぐで申し訳ないんだけれども王都に行く準備をしてくれる?」
「えっ!?」
「悪いと思う。だけど、優秀者全員が気絶する事態の想定はされてなかったから仕方が無いの」
マーサ曰く本来、優秀者選抜戦後、優秀者は準備日を一日設け、すぐに王都行きの馬車に乗るのだと言う。
だが、今回は全員が気絶していた為、時間の調整がギリギリらしいのだ。
王都に着いた後の探索や観光の時間を削り、王都の学園に掛け合い、始業の時期をずらし、馬車も出来るだけ速いものを用意し、何とか間に合うようだった。
「一応、王都観光の時間は二日分は取れたわ。王都は道が入り組んでいるから何時もなら十日程、探索時間があるのだけど・・・」
マーサは若干、申し訳なさそうに告げる。
しかし、仕方の無い事だろう。
過去に優秀者が全員行けない事態など無かったのだから。
あったとしても一人は確実に行け、残りの優秀者も一日の安静で出発出来る程度の傷だったのだ。
実際、マーサが謝る必要は無い。
ユアンやその他の優秀者が降参しない強情な性格で試合が苛烈になった事が原因なのだから。
「分かりました」
「よろしく頼むわね」
ユアンは重い身体を起こし、明日の準備の為、寮に帰った。
ただ、ユアンが帰った時、既に許可を貰ったのだろう。
クインとルークがユアンの分を用意していた為、そのまま寝台で横になるだけで良かった。
近くの甲斐甲斐しい友人に感謝しながら、目を瞑り、自分の回復に努めるユアンであった。
◇
次の日、コロギの町の西門にユアンたちの姿があった。
日が高くなれば混雑が予想される為、靄が掛かる早朝だった。
ルーク、クイン、ガーナードと馬車を操縦する御者。
更に見送りとしてビュール、そしてどこから聞きつけたのかミロやユアンと共に何度か冒険した冒険者の姿と以外に大所帯となっていた。
ルークやクインは戻れると言う興奮で眠れなかったのか、欠伸を噛み殺していた。
冒険者や教師はさすがにそんなことはなかったが。
同級生との別れはもう済んでいる。
ユアンが寝ている間にルークやクインがユアン宛の手紙を受け取っていたのだ。
勿論、ルークやクイン宛もあったのだが、二人は授業に出ることもあった為、数は少なかった。
ユアン宛の大多数が女生徒だった事にルークが涙したのはユアンの与り知らぬ事である。
「ミロ、見送りに来てくれてありがとう」
「えぇ、まぁ何度か組んだ仲ですからね~」
ガーナードは先生と話し、ルークら二人は御者と話している為、手持ち無沙汰だったユアンはミロに感謝を告げる。
彼女とはこの一年の間に色々な依頼で組む事があった。
調査依頼に採取依頼、これらを受ける時、ミロがいた事はユアンにとって幸運だっただろう。
経験豊富な彼女から多くのことを学んだ。
旅をする上で薬草の分別、気配の消し方、これらは必須技能だ。
それらを教えてくれたミロには感謝の意しかない。
「ミロはこれからどうするの?」
組合と専属契約を結んでいるミロはこの町から移動するのは難しいだろう。
だが、彼女もまだ若い。
これから行きたい場所が出来るだろう、その時どうするのか。
ユアンはもし、ミロが自分を必要とするなら力になりたい、そう思うのだ。
「まぁ~、それなりに生きていきますよぉ~。・・・・・・・・・あの人が戻ってくるかもしれないですし」
「ミロ・・・君はもしかして・・・」
ユアンが同級生の手紙の中で『好き』『惚れた』などの言葉があり、その感情について少なからず学んだのだ。
ミロの様子が誰を思っているのか、感じ取っ―――
「ふっふっふっ・・・、私の裸を見た癖に何も言わずに去った罪は重いですよぉ~・・・。ローランさんのお店で帰ってくるまで『銀色』ツケで食べてやります・・・ふふ・・・ふふふふふふ」
―――気のせいであった。
まだユアンには早かったのだろう・・・。
(こ、怖い)
『・・・』
ミロの様子にユアンもマオも声を出せず、『銀色』の事は口にしないと固く誓う。
「そ、そうだ!!」
ユアンは話を反らす事にした。
決して、ミロが「道具も新調しよう」などと言っていたからではない、・・・断じてそうではない。
「ミロ、またこれお願いするよ」
ユアンはミロに四通の手紙を渡す。
両親とシーナ、ガットへのものだ。
ケルト村の道中はさほど危険は無い為、今までも何度かミロに頼んで手紙を届けてもらっている。
これがコロギから送る最後の手紙だと思うと書きたいことが多く、寝込んでいるにも拘らず、深夜まで書き続けた。
一年であった事、これから王都に行く事、コロギで出会った友人、仲間の事。
書き連ねるとキリがないほど溢れ出て、まとめるのに時間が掛かったのだ。
「はい~、責任を持って渡しますねぇ~」
「ありがとう」
ミロならば中を見られる心配も無く、紛失する事もない。
「準備は出来たか~!」
朝日がチラリと山間から覗く頃、御者の人から声が掛かる。
「もう行かなきゃ。ミロ、お世話になりました」
「えぇ、いってらっしゃいです~」
「行って来ます」
幌馬車の後ろに乗り込み、コロギの町の姿を、人々の姿を目に焼き付ける。
ここの人々の事は忘れないだろう。
「ユアンの坊主!!どこかで会ったらまた組もう!!」
「クインさん、ルーク君の暴走を止めるのよ」
「ガーナードよ、お主は自分を信じよ。さすれば道は開けるのじゃ」
手を振る皆に感謝と敬愛の念を送り、別れを告げる。
「また戻ってきます!!」
「おっしゃーーーー!!行くぜ、王都!!」
「ちょっと、ルーク!!落ちる、落ちるってば!!」
「ははは、楽しい道程になりそうだ」
『七つの異観』を見たらまた戻ってくる。
ユアンはそう誓い、新地へと想いを馳せる。
「王都ってどんな所かな!!楽しみだね!!」
『そうだな』
ユアンとマオの旅はまだ始まってすらいないのだ。
それでも、見たことのない光景が待っていると思うと年甲斐も無く、わくわくとした興奮がふつふつと湧いて出てくる。
「あ、ルークが落ちた」
「待って!!待ってくれ~!!!」
「進め~!!」
「良いじゃないか、進もう」
『くっくっくっ』
何時に無く、楽しげなマオにユアンも頬を緩めるのだった。
王都行きの馬車は好調に走り出す。
ゴトゴトと軽快な音を立てて。
個人的にここまでが一章
多分、これ以上長い章は今後無いと思います
多分・・・、maybe・・・
次は幕間入れて~一話で済むかなぁってな感じ
で王都編スタート的な?感じ?
一章は本当に自分の書きたいことばかり書いた気がします。
要らないキャラもいたでしょうし、要らない文章もあったでしょう。
プロット無しなので矛盾も見え隠れした事でしょう。
それでもここまで読んで下さった読者様には
「ありがとうございます」と
「すげー、よく読んだな」っていう二つのお言葉をお送りしたいと思います。
まだまだ、続くこの作品が多くの人の心に欠片でも残るよう、これからも邁進していく所存にございます
これからもこの『魔王的で勇者的な一人組』をどうかよろしくお願いいたします。
今回はこの辺で
ではでは~




