傷跡 その四
ビュール先生からあの話を聞かされて数日後のことだ。
やはり緘口令が布かれている為か、他の生徒はアイナや他の優秀者が魔獣に襲われたと言う話は知らないらしく、日々の学園生活を満喫しているように思う。
それを見る度に僕は心の奥底で怒りが燻るのを自覚していた。
自分でも理不尽だと思うが、それでも何も知らずに勉学に励み、切磋琢磨する他の生徒の姿を見ていると何も知らずに暢気な、と憤りを覚えてしまう。
あの後、ビュール先生から言い触らさない様にと厳命され、話す事も出来ないもどかしさもそれを増徴させる一つの要因となっていた。
彼女も居なくなり、彼女の元に行くという夢や目標が無くなった為か、今までの努力をどこに向ければいいのか分からなくなり、腐りかけていた、そんなある日の事。
授業が終わり、教室を出ようとしたその時、僕は担任のファドレド先生に呼び止められた。
「ガーナード、少しいいか?」
「えぇ、構いませんが・・・」
そう言って連れて来られたのは、誰も居ない教室だった。
おそらく今日最後の授業が実技だったのだろう。
誰も戻ってくる様子の無いこの教室は内緒話にもってこいの場所だ。
そして、奇しくもこの教室は王都に行って夢を叶える筈だったアイナが勉学に励んでいた教室だった。
「率直に言おう。ガーナード、お前には二つの選択肢が用意されている」
「二つの選択肢・・・」
「事情は言えんがお前が頷けば王都に行けるぞ。勿論、こちらに残ってもいいがな」
ファドレド先生が提示した選択肢。
それは今の僕にどんな意味があるのだろうか。
彼女の居ない王都に行けると言われても全く以って嬉しくない。
断りの返事を返そうとしたその時、僕の頭がそれを止めた。
何故だか分からないけれど、思考を停止して返事をしてはいけないような気がしたのだ。
よく考えろ。
そんな言葉が脳裏を過る。
腐る前の自分がそう語りかけてきたのだろうか。
自分を信じ、ファドレド先生の言葉を反芻し、それが意味する所を広く深く考えをめぐらす。
伊達に優秀者候補に選ばれたわけではない。
すぐに一つの疑問が浮かんだ。
ただ、それに至った時、僕の脳内に氷水でもかけられた様な寒気を感じた。
「・・・ファドレド先生」
「ん?」
「・・・・・・アイナの扱いはどうなりますか?」
そう、僕が気になったのはアイナの処遇だ。
優秀者はアイナを含め三人。
魔獣に襲われたが辛うじて生き残ったのは二人。
学園の優秀者制度で王都に行けるのは三人、過去優秀者が増減した例外は無い。
だったら僕が生き残りの二人に加われれば、アイナの枠は・・・?
「・・・どこでそれを?」
先生は僕の言葉の意図する部分が分かったのだろう。
険しい表情でこちらを睨んでくる。
ファドレド先生が危惧しているのは他の生徒に事実が漏れる事だろうか。
それよりも漏らした教員が誰なのかを知りたいのだろうか。
そんな事僕にはどうでもいい。
今は質問に答えてくれ強く思う。
予想を裏切って欲しい、そんな思いで先生を問い詰めた。
「先に僕の質問に答えてください」
「・・・アイナ君は」
「アイナは?」
ごくりと喉が鳴った。
自分でも気が付かないほど緊張しているらしい。
嫌な汗が流れる。
「・・・王都に行かなかった・・・そういうことだ」
「・・・」
やはり、か・・・。
王都側もこちらもアイナの死を悼み、尊重してはくれないのか。
僕が頷けば王都に行ったのは僕とその他二人。
彼女が優秀者だった事実は大人の都合で消え去る。
そんな事が許されていいのか?
そう思えども、唯の一生徒である僕にはどうすることも出来ない。
「僕が断ればどうなります?」
「他の生徒に回るだろうな」
当然の答えだ。
僕はどうするべきなのだろう・・・。
「・・・少し時間をくれませんか?」
「・・・急げよ?王都から催促状が来ている。それと断れば王都に行く事は出来ないものと留意して考えろ」
ファドレド先生に礼を言い、僕はその場を後にした。
◇
外はもう夕暮れ時。
殆どの生徒が帰宅し、思い思いの時間を過ごしている事だろう。
僕は寮に帰る気も起きず、ふらふらと学園を彷徨っていた。
今のこんな僕をアイナが見ればどう思うだろう?
一緒に落ち込んでくれるだろうか?
それとも慰めてくれるだろうか?
・・・いいや、きっと彼女なら笑うだろう。
『バカじゃない?』なんて言いながら笑うに決まっている。
そんな風に彼女の事を思い出しながら歩いていると自然と足は中庭に向かっていた。
初めて彼女と出会った場所。
きっと僕は彼女に一目惚れしたのだろう。
でなきゃ人と関わりを余り持たない僕が彼女だけ特別、なんて事にはならなかったと思う。
『君はすごいね』
彼女が口にした初めての言葉を反芻する。
すごくないよ・・・。
君が居なきゃこんなにも弱いんだから。
弱い僕は君を忘れたくなくて、死ねば意味を成さない王都に行った事実も踏み越えていけないんだ。
強い人なら君の死を乗り越えて自分の糧とする筈のものを、ね・・・。
君ならどうする?
僕は・・・
「弱いなぁ・・・」
誰かに向けた言葉ではない。
自分の弱さを自覚する為に零した一言。
解けて消え行き自分だけが知る筈の本音。
「人は得てして弱いものよ。皆それを見栄や建前なんかで隠して生きているわ」
しかし、僕の言葉に答えた人が居た。
今のを聞かれて少しばかりの気恥ずかしさを感じる。
「なんて少し知ったかぶりが過ぎるかしら?」
「ビュール先生・・・」
ビュール先生は頬に指を当て妖艶に微笑む。
「答えは出た?」
「・・・」
僕はそっと視線を逸らし、空を見上げた。
夕日に照らされ赤く燃え上がるような空。
「そう・・・、私がアイナさんの事を教えたから迷っているのね・・・。ごめんなさい」
そういって先生は頭を下げた。
思いがけない行動に思わず動揺してしまう。
「そんな・・・先生のせいじゃないですよ・・・。寧ろ教えてくれて感謝しています」
きっとこの人が教えてくれなかったらもっと傷が深く、立ち直れないものになっていただろう。
感謝しこそすれ、謝られるようなものではない。
「・・・少しだけ貴方の役に立つか分からないけれど聞いてみる?」
今の現状を打開できる足がかりとなるのであれば聞いておきたいと思った。
「・・・お願いします」
彼女は西に沈み行く太陽に目を細めながら語りだした。
「これは私の上司から聞いた話なのだけど・・・―
『とある上司と部下の関係にあった二人の男性がいた。
上司はそつなく何でもこなす部下を信頼し、部下は完璧な上司を尊敬していたわ。
その関係は何時までも続くと思われていた。
だけどある日、唐突に部下の男は上司に対し反抗し始めたの。
二人の関係は悪化し、結局そのまま二人は仲直りする事無く、二度と会う事は無かった。
ただ、部下は何時までも上司を忘れる事など無いらしい。
同僚からどれほど問い詰められても口を噤み、それに対しての返答はいつも同じだった。
「自分だけが理解していれば良い。彼の罪も自分の罪も。これが自分の欲を押し付けたことだと言う事も理解している。ただ何があろうと私は変わらずあの方を尊敬している」』
―と」
話し終えた先生はほっと息を吐き、こちらを見た。
色々聞きたい事はあるけれど僕が一番気になったのは部下の人の感情だ。
どんな思いで反抗したのだろうか。
尊敬する人に会えなくなる事よりもそれを選んだ彼の心情は推し量れない。
「私がこの話を聞いて思ったのは『忘れなければどんな事実も消えない』『周囲が反対しても自分と言う芯を忘れずに居ればきっと大丈夫』って事」
「忘れずに・・・芯・・・」
アイナが王都にいった事実は大人が全力で消し去るだろう。
だけど僕が芯をしっかり持っていれば事実は事実として残る。
結局、自分の問題で自分が弱かっただけなのか。
弱かったから動揺し、目標を見失っていたのか。
周りが幾ら変えようとしても僕さえ変わらなかったら良いんだ。
自覚すれば簡単な事だった。
自分で自分を追い込んで何がしたかったのか。
そう思うと笑いが込み上げてくる。
「ビュール先生、ありがとうございます」
「何か分かったの?」
「えぇ、僕が馬鹿だっただけです。僕が他力で王都に行ってしまえば、僕が王都を自力で目指さなくなればそれは本当に彼女との出来事に意味が無くなってしまうとようやく今分かりました」
変わらないものなど無い。
その中で本当に大事なものを変えないようにする。
それを理解するのにどれだけの時間が掛かったのだろう。
「ビュール先生、僕は王都に行きません。彼女が行った事実を消さない為に」
「じゃあ、王都は諦める?」
「いいえ、自力で努力してこの学園にいる間に王都に行って見せましょう!!これが僕が僕に課した試練です」
夕焼けが沈む頃、彼女と出会ったこの場所で、もう一度宣誓をする。
「アイナ!!僕は王都に行く!!君の後を追うから!!待っててくれ!!」
夕闇が僕の宣誓を受け止めてくれたのだろうか。
薄く見える星がきらりと落ちた気がした。
◇
「待って・・・ください・・・まだ、終わっちゃ・・・いない・・・」
体のあちこちが爆裂による損傷で軋みを上げる。
懐かしいような記憶を見た気がするが、今は朦朧としていて考える余裕が無い。
僕の意思は・・・芯は折れちゃいない。
「『破砕の・・・』」
魔法を紡ぐ事すらできないこの状況が恨めしい。
天才。
正しく彼はそれに相応しい。
僕のような紛い物とは違う本物だ。
折れる事など無いのだろう。
涙する事など無いのだろう。
強い、敵わない、もう休め。
そんな言葉が頭をぐるぐると駆け巡る。
「無理に・・・」
楽になれ。
諦めろ。
「無理に・・・決まってんだろ!!『破砕の百雷』!!」」
僕の魔法で訓練場の天井に現れた雷雲は今まさに雷を轟かせ落ちようとしていた。
彼に向かって数多くの雷が落ちる寸前、僕の耳元で誰かの声が聞こえた。
「貴方は十分頑張ったわ。もういいの、ゆっくりお休みなさい」
女性の声と共に眠気が僕を襲った。
抗えないその睡魔に僕は自分の身体を恨んだ。
「貴方はもう王都に行けるのだから・・・」
最後、何を言ったのか聞こえなかったが、ビュール先生がこちらを優しい目で見ていたような、そんな気がした。
暑い・・・
ゆでだこになるぅ・・・
もう七月だよ・・・
早いね
さて本編ですが
上司と部下の話は当然、あの人とあの人の話をビュール先生が変えて話してます
あの人を尊敬(崇拝)しているのはあの人しかいませんからねぇ
後、皆さんのご想像にお任せしますが、ファドレド先生の台詞で「王都にいけなくなるぞ」といっています
しかし、会議でガーナードを推薦したのはファドレド先生が最初
この数年でファドレド先生にどんな心境の変化があったのでしょうかねぇ?
ではこの辺で終わります
ではでは~
と思いましたが、一つ話し忘れていました
十月になれば前ほどの更新頻度に戻せるかも知れません
十一月には確実に戻せるでしょう・・・多分
最低でも週二更新はします
後、その時期に新作も書こうかと
詳細はその時にでも話しますが
それまではゆっくりな更新が続きます
申し訳ねぇ・・・
今度こそではでは~




