傷跡 その一
ただいま
「君すごいね」
そんな言葉を言ったのは誰だったか。
忘れる事などできるはずもない。
だって、彼女は僕が王都を目指す理由を作った人だから。
◇
僕はそれなりに優秀だった。
他人の意見を尊重し、顔色を伺い、器用に生きる事が出来たのだと思う。
お陰で教師からの覚えも良かった。
技術面でも自分を高める行為が好きだったから、訓練も苦にすることなく努力できたのだろう。
だからか、二年の終わり頃には来年の優秀者はお前だろうと教師から伝られる。
でも僕はそんな事には興味がなかった。
自分の努力が評価されたのは嬉しいと思ったけれど、王都に行くつもりもなかったし、どちらかといえば自分の故郷に貢献したい気持ちのほうが強かったのだ。
だけど可能性を消すのはもったいないと思ったその時の僕は何も返事を返すことなく、頷くに留めて置いた。
そんな僕が彼女に出会ったのは三年生の春。
まだ肌寒い風が吹き、花を咲かせようとする蕾が大地に広がっている、そんな季節だった。
自主訓練を終えた僕は体の火照りを冷やす為に中庭の木陰に寝そべっていた。
今日は休校日。
誰も居ないこの静けさと訓練による気持ちの良い気だるさが何とも瞼を重くする。
―風が涼しい
僕はこの時間が好きだ。
自分を上へと出来た事が体の熱さとして実感できるこの時間が。
今日は昼までここで寝よう、そんな事を思ったその直後―
「君すごいね」
頭上から女性の柔らかい声が聞こえた。
休校日のこんな朝早くに自分以外の人は居るのだろうか。
頭の中に浮かんだ人は何人かの教師だけだった。
しかし、その全員がこんなにも若い声ではなかったように思う。
・・・ビュール先生がいたっけ、ごめんなさい。
返事もせずに寝た振りを続けても良かったのだけれど、こんな時間にここにいる彼女が僕は妙に気になったのだ。
重くなり始めた瞼を無理やり開け、眩しさに目を細め、光に慣れるのを待った。
その間、彼女は一言も発さず、あの声は思い過ごしか、そんな考えが過った。
けれど、視線を横にずらすと彼女は木に寄り掛かり僕が目を覚ますのを待っていたようだった。
「あ、起きた」
視線が合った彼女は嬉しそうに笑う。
「・・・誰?」
話した事もない女生徒だ。
というよりも元々自分以外に興味がなかった僕は殆どの同級生と話した事がなかったのを思い出した。
顔も覚えていないとか自分でも失礼だなとは思う。
直すつもりはないけれど。
「えぇ~!!わかんない?私だよ?私!!」
私といわれても知らないものは知らない。
私で通じるほど有名人なのだろうか。
有名人だとしても話した事無いだろうけれど。
「・・・お休み」
思い出そうと努力はしたけれど先ほどから強烈に誘う眠気には逆らえず、瞼を閉じた。
「ちょっとちょっと!!ちょっ~とだけ待って!!」
・・・彼女はそれを許してくれなかったようだ。
「何?」
「同級生に冷たい!!」
なるほど、彼女は同級生だったようだ。
しかし、同級生でも親しげに話す相手など居ないからか、彼女の事が全く記憶にない。
「寝惚けて名前が思い出せないのかと思ったけどもしかして・・・名前覚えてない?」
「全く」
僕の言葉に呆れたのか彼女は頭を抱えた。
人の名前って覚えたくないんだよね。
そんな事を記憶して置くより魔法陣基礎紋様でも覚えていたほうが余程有意義だと思う。
それと今関係ないけど、横になっている僕の近くに立つと下着見えるよ?
面倒だから言わないけれど。
「アイナ」
「ん?」
「私の名前!」
名前を教えてくれたようだ。
覚えておく事にしよう。
今だけ。
どうせもう話しかけてくる事なんて無いだろうし。
「で?アイナさんは僕に何の用?」
「・・・他人行儀だけど、まぁいっか。そんな事より言う事があるでしょう?」
・・・彼女との会話の中で僕が言うべき言葉などあっただろうか?
今さっきの事だからさすがに記憶から消える事はないと思うけど、全く思いつかない。
「分からない」
考えるのが面倒臭くなって来たから降参と言う風に手を頭の上に上げる。
「はぁ~、・・・君の名前は?」
彼女はため息をついて僕の名前を聞いてくる。
ため息を吐きたいのは僕の方なんだけど。
と言うよりも名前なんて関係あるかな?
「・・・ガーナード」
多分黙っていたら彼女は永遠と聞いてくるような気がする。
面倒を避ける為に仕方なく、名前を教えたのだけれど―
「じゃあガー君ね!」
変なあだ名を付けられた。
何だ、その気の抜けるようなあだ名は・・・。
「嫌だ」
「何でよ!!」
僕以外に『ガー』が付く名前の人が居たらどうするつもりなんだ。
それに何か子供っぽい。
「ガー君決定ね!!」
「・・・はぁ」
そんな事より早く本題に入って欲しい。
こんな無駄な会話に時間が掛かるなんて何て世界は消費効率が悪いのだろう。
寝る時間が無くなるし、一眠りした後、まだ自主訓練を続けるつもりだし、時間を削るのは勘弁してくれないかな。
「ガー君はすごいね」
アイナはゴホンと咳をし、もう一度同じ言葉を言った。
褒められるのは悪い気分ではない。
だけれど彼女の言葉には何がどう凄いのかが無く、喜べばいいのか怒ればいいのかはっきり出来ない僕は曖昧に頷いた。
「でねでね?私に教えてくれないかな?」
「何を?」
彼女には言葉を教えた方がいいのでは無いだろうか。
先ほどから言葉足らずで意味がはっきりと理解できない。
勿論、眠いから聞き逃しているのかも知れないけれど。
「全部!!」
なるほど、彼女は俗に言う馬鹿なのだろう。
教えを乞う時に全部という言葉は使ってはいけない。
どこをどう教えて欲しいのか、どこがどう分からないのか。
明確にしてから聞きに来るようにしなければならない。
それが教えを乞う側の規則であり、義務だ。
それを彼女に伝えれば―
「難しい事考えているんだね?」
だと言う。
ぜんぜん難しくない筈なのだけど・・・。
普段の僕なら確実に関わらない人だっただろう。
だけどこの時、なぜか僕は彼女を放っておく事が出来なかった。
わざわざ自分の睡眠時間を削ってまでなぜ彼女に構ったのか。
今の僕でも一切分からない。
彼女を異性として見ていた訳でもないというのにどうしてか、その時の僕は彼女に質問を返していたんだ。
「じゃあ、座学か実技か。これぐらいは絞ってくれないかな」
「ん~・・・実技!!」
「じゃあ、実技の中で剣術や槍術とかの近接武器系統?それとも魔法?」
「武器は使わないから魔法かな?」
彼女が魔法を選んでくれて少し安堵した。
もし彼女が武器関連を望んでたら僕では答える事が出来なかったかもしれない。
僕が使う武器は余り有名じゃないし、扱い方は人それぞれだから結局教える事ができないし。
寝ながら教える事もできるから楽でいいしね。
「分かった。でも魔法って個人の想像に依存する部分が大きいから一番成長効率がいいのは本を読むことだね。物語を頭の中に浮かべ、登場人物を動かす事で想像力が付くよ」
「・・・それって実技って言えるの?」
「・・・言えないかも知れない」
肌寒さを感じる風が吹いた。
体の火照りは消えたけれど、僕の身体の中で何か暖かいものがあったからか、寒さは感じず、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
それが何の香りか分からなかったけれど、嫌いじゃない、そんな風に感じたのだ。
唯、その風がふわりと彼女のスカートを捲り上げた事が余計だったかな。
「・・・見た?」
「初めから下着は見えてる」
「~~~っっ!!」
乾いた音が誰も居ない中庭の空に響いた。
頬が熱くなったのを記憶している。
これが彼女との出会いだった。
馬鹿で子供っぽくて、無邪気で可愛らしい笑顔のするアイナとの出会い。
彼女と出会わなければ僕はどうしていただろう?
きっと同級生と話す事無く、自分を高め続け、王都など目指さず、故郷に帰る。
多分きっとそう違いない。
だって僕が王都を目指す事を決めたのは『あれ』が理由なのだから。
お久しぶりです
晴月 松です
ただいま!!
と言っては何なのですが、一日掛かってこれだけしかまだ書けません
どれだけ遅いんだって話ですよねぇ・・・
多分、まだまだ本調子には程遠い
本編についてですが前も言った通り、横文字は余り使いたくないのですが
スカートだけは勘弁して下さい・・・
主に女性婦人が履く腰から下がっている衣服
なんて長過ぎぃ
表現力が無い私をゆるしてつかぁさい
書いていない間、ブクマを外さなかった読者様に感謝を申し上げます。
まだまだ書くのに時間が掛かりますが、ゆっくりと更新は続けていく所存に御座います。
どうかこれからもよろしくお願いします。
感謝感謝です。
ではでは~
(新作はまだ五話までしか書けていません。三十話ぐらいになったら投稿しようかと・・・遅すぎぃ)




