70/89

喜びの裏で

伊右衛門の方が好き。

「はぁあっ！！」

　ユアンは右手の甲でルークの槍を弾き、顎に向かって左腕で裏拳を放つ。

　それを予想していたのだろう。

「ふっ！！」

　ルークはすぐに槍を引き戻し、左拳を下段から弾き挙げると共に上段から重い一撃を振り下ろす。

　柄の部分だとしても大怪我は避けられない程、強烈である。

　ユアンは流れるような一連の動作に目を見開きながら、即座に後ろへ飛び退く。

　風切り音が耳元で聞こえた事に冷や汗を流しつつも、ルークから視線を外さない。

　互いに見つめ合うその様子は些細な動きも逃すまいとする気迫が伺える。

―ジリ・・・

　どちらかの足が地を擦った音が訓練場に響く。

　その瞬間、先に動いたのはユアンであった。

　身を低くし、爆発的な速さでルークに肉薄する。

　反射的に突き出された槍を地面を滑る様に避け、足払いでルークを崩そうとした。

「―っ！？」

　当然、避けるためには足を上げるか、跳躍するかしかなく、ルークが選んだのは足を上げる方だ。

　跳躍すれば無防備になる事を瞬時に悟ったのである。

　しかし、それもユアンにとっては想定内だ。

　足払いの体勢から横腹に向かって回し蹴りを放った。

　ルークの選択肢はほぼ無い。

　槍を盾にし、その一撃を受け止める。

　しかし、ユアンにとってそれは好手であった。

　槍を軸とし、飛び上がったユアンはルークの首筋に右足首を引っ掛ける。

　蹴りではないそれにルークは嫌な予感を覚えた。

　普通、蹴りとは足先を真っ直ぐに伸ばし、鞭の様に弾く物だ。

　なのにユアンは直角に曲げた足首をルークの首筋に当てている。

　体をひねり避けさせないためだろう。

「やべぇっ！！」

　ルークは思わず危機を口にした。

　片足で立っている体勢で後ろから首を思いっきり押されている状況だ。

　前に倒れてしまうのは当然だろう。

　普段なら槍で踏ん張るか、地面に手を着くことが出来るが、今、槍はユアンに引っ掛けられ動かせず、手を着こうにも、それより早く地面に顔が当たりそうである。

「くっそ！！・・・『風の揺り籠』！！」

　ふわりとルークを風が包み、何とか顔が地面に当たり、鼻が拉げるのを回避した。

「そこまで！！」

　ビュールの声が訓練場に響く。

「・・・あ゛～疲れたぁ～」

　緊迫していた空気がユアンの一言でふっと緩む。

　実技の授業で模擬戦をしていたのだ。

「ずるいよ、ルーク！！魔法無しだって先生が言ってたじゃないか」

「馬鹿野郎！！あのままいってたら鼻が折れるだろうが！！」

　魔法無し、武器ありの模擬戦。

　もうすぐ一年が経過するであろう時期になっても、未だ一年ではルーク、クイン、ユアンの三強であった。

　その高度な駆け引きと戦闘技術に、ビュールも顔が引き攣るほどである。

「くそぉ～、また負けたぜ・・・」

「ふっふ～ん、これで百五十勝突破だよ。ルークの奢り決定だね」

　ユアンとルークは賭けをしていた。

　五十勝単位で先に突破したほうが相手にご飯を奢る賭けだ。

「おい、クインが居るだろ！！」

「私が魔法無しであんた達に勝てるわけ無いでしょうが！潔く奢りなさい、私にも」

「おいこら、てめぇ！！」

　この一年で更に三人の仲は深まっていた。

　軽口も言え、何でも相談できる仲だ。

「次の人、準備しなさい！！」

「あ、私だ。行って来るね」

「お～、頑張って来いよ～」

「頑張れ～」

　魔法主体のクインは当然、近接戦闘は苦手だ。

　ただ、一年の中での三強に選ばれているという事が意味するのは明白だろう。

「お～、頑張ってる頑張ってる」

「ルーク、もうちょっと応援してあげなよ」

　苦手と言えどもそれをそのままにして置くほどクインは馬鹿じゃない。

　クインの武器は短剣で、相手は一般的な長剣だ。

　武器の性質上、クインの戦い方は相手の武器や戦闘傾向を分析し、嫌な場所にちくちくと攻撃する。

　反撃をされそうになれば、すぐさま後退し、相手の出方を伺う。

　相手がクインの動きを観察するのだとすれば、また嫌がる攻撃をするだけで、もしイライラして激高するのであればクインの思う壺である。

　今回の相手は後者だった様で、クインの口元が弧を描く。

　力任せの上段からの大振り。

　避けることなど容易く、懐に潜り込み、首元に短剣を宛がう。

「ま、参りました・・・」

　相手が降参し、クインの出番はそこで終了となった。

「今回は相手が馬鹿でよかったな」

「ん～、馬鹿かどうかは分からないけれど、一年も一緒の教室で学んでいるんだからそろそろクインの戦い方を覚えたらいいのに」

　ルークとユアンは辛辣な評価を下す。

「やったわ、これで百勝突破ね」

　戻ってきたクインは指折り数え、確かに百勝突破した事を確認する。

「おめでとう、クイン」

「はんっ、まだまだだな、俺は百三十八勝だぞ」

「ユアンに負けてるくせに」

「うっせーわ」

　自分達の出番が終わり、後は模擬戦を観賞するだけの三人はクインの戦闘について話したり、この後の奢りは何がいいかなど話し合う。

「勝てねぇな～、くっそぉ」

「勝ちに行くから負けんじゃねぇか？負けに行くとか・・・」

「・・・ねぇな」

「ユアン君すごかったね！！」

「うんうん、ドーン、スッ、バーンみたいな感じだった！！」

「いや、わかんないから、それ」

　三人は皆から尊敬の念を抱かれている事に気が付いていない。

　いや、クインは気が付いているのだろうが、目線を向けたりはしなかった。

　絶対に面倒な事が起きると予感できたからだ。

◇

　授業終了の鐘が鳴り、今日出来なかった模擬戦は次回の実技の時間に回される事となった。

　学園の後、三人は一緒に過ごす事もあれば、他の子達と遊ぶ事もある。

　だが、今日はユアンが賭けに勝った為、学園後は軽食を取る事となった。

「どこ行く？」

「安い物を頼む。今月金がねぇ・・・」

「早っ！？この前渡したばかりじゃない！！何に使ったの・・・」

　クインは毎月本家からルークの分と自分の分の小遣いを貰って生活をしている。

　何事もなければ十分過ごせ、余った分で欲しい物が十分買える額を、だ。

「いや・・・、槍の修理を・・・後、訓練道具・・・」

「「・・・」」

　訓練馬鹿ここに極まれり、といったところだろうか。

　ここまで行けば馬鹿を通り越して、一種の病気である。

　二人は呆れたため息を漏らすのだった。

「ちょっといいかしら？」

　馬鹿馬鹿しい会話に入ってきたのはビュール先生だ。

　最近、悩み事が解決したらしく、肌が出会った当時のつやを取り戻している。

　・・・太ったからかもしれないが。

「何でしょう？」

　代表してクインが返事をした。

「まず、クインさんは学園長室に行って貰えるかしら？学園長が何かお話がある様なので・・・」

「？・・・えぇ、分かりました」

　呼ばれる理由が思い付かず、疑問符を浮かべるも、行けば分かるかと思い、クインは首肯を返す。

「ルーク君とユアン君は少し残ってくれる？」

「構わねぇぜ」

「分かりました。クイン、後で寮に集合ね！！」

「りょうか～い」

　クインが訓練場を後にし、二人は残った。

　同級生が皆、帰った訓練場はやけに広く、物静かである。

「回りくどいのは嫌いなのでさっさと本題を言ってくれます？」

　教師に対する態度とは思えないほどのルークの発言。

　しかし、一年も受け持っていれば大抵の事は分かるようで、ビュールも苦笑を漏らすに止めた。

「えぇ、そうするわ。まず、おめでとうと言いましょうか」

「もうすでに回りくどいっす」

「黙って聞く」

　ユアンがルークを嗜め、ビュールに先を促す。

「では、・・・『一年ルーク・ディナトルエ、同学年ユアン。今年度、成績優秀者候補に選ばれた事を通達いたします。詳細は追って連絡いたしますが、優秀者としての自覚を持ち、来る日まで勉学に励みなさい』・・・との事よ。おめでとう、二人とも」

「「・・・」」

　二人は現実をまだ飲み込めないようで、表情が固まっている。

　ビュールはそんな二人を微笑みを絶やさずに見守っていた。

　しばらくすると、言葉の意味が理解出来始めたのか、徐々に二人の顔が緩み始める。

　そして―

「・・・よっしゃああああああああああああああ！！！！！！！！」

「やったーーーーーーー！！！！」

　二人は抱き合い、歓喜の雄叫びを上げる。

「一年で選ばれるなんて快挙よ。誇っていいと思うわ。特にルーク君、王都から来た子の中で戻った前例はないもの」

「これで王都に戻れる・・・よし！よし！！よーし！！！」

「思った以上に早かったよ、マオ！！」

　ユアンは条件の一つを達成できると言う喜び。

　ルークは戻り、見返せると言う喜び。

　二人はそれらを噛み締めるように言葉に出す。

　しかし、彼らには理解してもらわねばならない事があった。

「でもね、優秀者『候補』なのよ」

　喜びに水を差す様な事をして申し訳ない、ビュールはそんな表情を浮かべる。

「・・・『候補』っすか？」

「そうなのよ。今回選ばれたのは七名。この中から本当の優秀者が選ばれるわ」

「って事は何かするんですね？」

　選定方法が何か分かれば対策が出来るかもしれないと思い、ユアンはビュールに尋ねる。

「教えられないのよ、ごめんなさいね」

　しかし、彼女の返答は教えられないであった。

「何にしろ、努力するだけだ。ユアン！！飯は中止だ、中止。訓練するぞ！！」

「ちょっ！？ご飯は奢ってよ～！！」

　ビュールに頭を下げ、ユアンはルークを追い掛ける。

　しかし、彼らは気が付いてなかった。

　優秀者を伝える場にクインがいなかった事に。

◇

「クイン・ディナトルエです。入っても宜しいでしょうか？」

　ルークとユアンが喜びを噛み締めている頃、一方のクインは学園長室の扉にノックをし、返事を待っていた。

「どうぞ」

「失礼します」

　扉を開け、入った部屋は質実剛健と言う言葉が正しいだろう。

　生徒が目を引く物はなく、執務机に学園旗、応接用の卓子など実用性を重視した物ばかりで、見栄っ張りの貴族らしくない。

「書類の奥からすまないね」

　マーサの言うとおり、執務机には大量の書類が積まれていた。

　彼女の姿は見えないほどで、声だけが向こうから聞こえる。

「お話と言うのは何でしょう？」

「おや、早速本題かい？」

「貴族同士の談笑は王都で飽き飽きしていますから」

「ふふっ、それはそれは」

　腹の探りあいは貴族の中で日常茶飯事だ。

　ルークはこう言う事が向かない為、皺寄せは殆どクインに来ている。

　勿論、兄や母の助けも借りて、ではあるが。

「では本題に行こうか。クイン嬢、貴方の本家から連絡がありました」

「私の方ではなく、学園長にですか？」

　クインも本家との連絡手段は持ち合わせている。

　クインに直接ではなく、学園長に来たと言う事は―

「私に協力して欲しいようだ」

「何を考えているのでしょう、あの人は」

　貴族間の貸し借りなどするものではない。

　どんな要求をされるか分からない、クインは悪手でしかないと思えた。

「それほど、彼が可愛いのではないかね？」

「ないですね、あの人は彼に厳しいですから」

　あの、彼、など明確な事を言わない辺り、二人とも貴族なのであろう。

　クインはマーサの言葉をバッサリと切り、本筋に戻すべく、質問を投げかける。

「それで？あの人はマーサ学園長に何をさせて、私に何をして欲しいのですか？」

「あぁ、それは――」

　マーサの言葉はクインにとって予想通りであった。

　本家の意向にクインが逆らえるはずもなく、首肯を返すしか選択肢の無い自分が、堪らなく嫌になった。

「理解できましたか？」

「・・・えぇ」

「では、帰って宜しいですよ」

「失礼いたしました」

　クインは学園長室を後にする。

　約束を違えると思いながらも、クインは頭の中を整理する為、学園通りに足を進めるのであった。

二話目～

このぐらいの長さがいいのでしょうか？

書くのに時間が掛かりますがね・・・

今日、後一話は厳しいです・・・

（書けたら書く）

ではでは～