現魔王様に報告 その一
そこは城内の最も格式高い場所である。
重厚な扉を抜けた先にあるのは王が座する場所だ。
そこに向かう床には赤く銀の刺繍がされた高級な絨毯。
壁には魔人国を現す国旗がズラリと並び、天井には金の装飾をあしらった照明がいくつもこの部屋を照らしている。
そんな場所に身を置くのは現魔人国国王エンビィ・ポートレス。
この地を治め出してからまだ百年余りの新国王である。
彼は先王の側近を勤めていた過去があり、統治するには問題がないと思われた。
しかし、王の座に至る過程での出来事が統治するに当たり、大きな障害となって困難さを増大させていた。
彼は先王を殺し、その席を奪い去ったのだ。
勿論、これは魔人国に伝わる魔王になる為の正式な方法であり、何ら問題はないのだが、先王が残した偉業がこの方法をとったエンビィを苦しめている。
七千年もの安寧を築き上げ、経済の基盤を作り、絶対的な力と統率力を持った王。
それが先王であった。
大抵の人は革新など求めない。
何千年もの平穏、安寧、康寧に浸っていた人々を無理やり、改革の現代へと引き上げたのだ。
彼の支持率は最底辺から始まる。
しかし、彼は有能であった。
貴族諸侯から徐々に取り込み、賛同した貴族が治める地の税率を引き下げ、その地に住まう人の支持を得ると、賛同しない者の税率を上げる。
こうする事で目の前に起きている格差が反発を小さくするのだった。
最終的に税収が下がるのではないかと疑問符を浮かべるものもいるだろうが、そんなことは無い。
税では釣れぬ貴族や民衆もいるのだ。
彼は先王の偉大さをも利用した形になる。
「―様、魔王様!」
一人の臣下が王を呼ぶ。
少し心配げな表情をする家来に若干の申し訳なさを抱く。
「・・・すまない、少し過去を思い出していた」
彼は遠い目をし、虚空を眺め、過去の輝かしい記憶に身を沈ませていたのだ。
王になってからエンビィが時にふと行う癖のようなものだった。
「それはどのようなもので・・・?」
「・・・私があの方と出会った時のことだ。私が憧れを抱くに相応しいあの方のな」
あの方とは誰の事を指すのか。
最近王城に立ち入る許可を得た彼にはわからない。
胸に輝く勲章が新しい。
それもまた、エンビィに過去を思い起こさせる要因の一つではある。
「それで?何のようだ」
家臣の男は恭しく跪き、赤い絨毯の上に頭を垂れる。
「ご報告にございます」
報告書らしき紙を跪いたまま、両手で頭上に掲げる。
ここには彼とエンビィしか居らず、王自ら取りに降りることなどしない。
「読め」
「はっ」
故にエンビィは短く命じる。
臣下は緊張した様子で報告書の封蝋を解き、縦に開く。
彼は王に届く様に声を張り、読み上げる。
「現在、平人国に潜入させて居りました諜報工作部隊第一次席アレル・バラン氏からのご報告にございます。王都にて対象の暗殺は膠着しております。さまざまな角度から作戦の考案・実行をしておりますが、後数年は時間を頂きたく思います、ということであります」
「・・・」
エンビィはその報告を目を閉じ、静かに聞いていた。
頭の中で計算をしているのであろうと臣下は考える。
部隊の構成人数も、名前も、どのようなことが得意なのかも把握しているのがこの王なのだ。
いくつもの策を考え付き、取捨選択をしているのだろう。
「・・・後数年待っても結果が出ない場合、シルヴィアを送る」
「・・・?」
エンビィは小さくそう呟く。
シルヴィアという名に臣下は覚えがあった。
『蝋人形』『鉄火面』『裏切りの平人』というように呼ばれる侍女である。
彼女は先王に仕えており、先王の命令以外聞かないはずであった。
元は表情豊かな者だったそうだが、先王の死を知った彼女の顔から感情が消えたらしい。
最近城入りを果たした臣下は彼女の笑った顔など想像も付かないのだが。
感情が消えたその日から現在の王エンビィに忠誠を誓い、彼の命令を聞くようになったという。
先王時代から使える他の侍女曰く、薄気味悪いという印象しかないそうだ。
そんな彼女をエンビィは使うと言う。
真意を測りかねていると王から彼女についての説明があった。
「シルヴィアは先王に心酔した平人である。高度な侍女の技量も持ち合わせ、同じ平人であるが故に侵入もたやすいであろう。更に彼女は先王よりある実験を行われていた。通常の平人では無いと知れ」
「そうでありましたか」
彼女にどんなことをさせるのか臣下は理解する。
このまま進展がなければシルヴィアに暗殺を行ってもらうのであろう。
しかし、それは諜報工作部隊の一次席に身を置き、そのことに誇りを持っているアレルに対し、自尊心を傷つける行為である。
発破を掛ける意味を持ち、成功を急がせる意味を持つのであろう。
失敗したとしてもシルヴィアを送るのだから問題ない。
王のシルヴィアに対する信頼に臣下は若干の嫉妬を覚えるが、表に出さず、報告を続けるのであった。
二話目~




