感動の再会
「はい、どうぞ」
「あ…ありがとうございます」
コトリと目の前に置かれたティーカップには琥珀色の良い香りをだす紅茶入っていた。
先程吐いた事は関係無いと思うが緊張のためか喉が渇きを訴えている。喉に潤いを戻そうと目の前の紅茶を手に取り一口含んだところで驚いた。
「!!…なにこれ」
「どうだい、美味しいだろう?実はそれ砂糖は一つも入れていないんだ。」
目の前に座る団長さんの顔を見ると笑顔で答えてくる。私が言うのもアレだが上品な甘さがあり今までで味わったことの無いような不思議な味だ、誰もが美味しいと声を思わずこぼすような不思議な味。
それに砂糖を入れていないでこんなに甘さが出るなんて凄い。もうこんな高級そうな飲み物一生飲めない、絶対。
ちびちびと高級紅茶を飲んでいると団長さんがお菓子を出してくれた。食べることを一瞬躊躇したが団長さんの笑顔がその躊躇を何処かへぶん投げた。こんなに笑顔で薦められて断れる人がいたら勇者だよ…
サクサクとした食感のサッコルというクッキーに似ているお菓子は意外と美味しく、何個か食べていると笑顔が絶えない団長さんがずーっとニコニコと私を見ている。
「あの、何かーー」
「ふふ、僕もその紅茶が1番気に入っていてね。とても美味しいだろ?」
「え、あっ、あー…美味しい、です。こんなに美味しい紅茶、初めて…」
言葉を遮られたが目の前の団長さんに悪意は見えず無意識に遮ったのだろう、特に気にする事でもないため求められた紅茶の感想を素直に述べる。
「それはそれは、お気に召してもらえて良かった。実はこれ、妖精をすり潰して作られているんだ」
「ぶっっ!!!!」
思わず反射的に噴き出してしまい紅茶が目の前に座っていた団長さんの顔にかかってしまったのは仕方がない。
「…………」
それよりも、なんてことだ。
え?妖精とは…あれか。背中に羽が生えていてとても可愛らしく、森の愉快な仲間たちと楽しく仲良くほわほわ過ごしていたり、空飛んじゃったりしてるあの妖精さんか?
…ということは私は今、その妖精さんたちの怨念が入ってそうな飲み物を美味しいなんて思ってしまったのか!?
あ、お腹の中から断末魔が聞こえてきた気がする
「…おいおい団長。嬢ちゃんを苛めてやんなって、顔色悪くなってんぞ。」
ガチャリと開いたドアの方を見ると、苦笑いをしながら安喰が入ってきた。
「あ、安喰!!」
「いやぁ、紅緒ちゃんが面白くてつい」
妖精さんたちの怨念が!と言いながら安喰のもとへ駆け寄ると苦笑いしながら大丈夫大丈夫と言われた。
一体何が大丈夫だと言えるのだ、安喰は知らないかもしれないが私は今妖精さんたちの呪いを一身に受けているのかもしれないのだぞ!
「団長は人をからかうのが好きなんだ。あの人の言うことは8割適当だから気にすることじゃないぞ」
「ははは、紅緒ちゃんごめんねぇ」
「それに団長はここ2週間、溜め込んでいた3ヶ月分の仕事を不眠で終わらせてたからな。きっとストレス発散も兼ねてる」
「ええーそんな事ないよー?」
「……」
なんて傍迷惑なストレス発散法なんだ。
ごめんねと言っているが全く申し訳なさそうに見えない団長さんの顔をよく見てみると確かに薄っすらと目の下に隈が出来ている気がする。
しかし、これも仕事を溜め込みすぎた自分が悪い、自業自得である。
それなのに初めて会った人に妖精をすり潰したなどと言ってお茶を吹かせ自分の顔にかけさせて楽しんでいるなんて、そんなのまるで…
「ドMじゃないか」
「待て、何でそうなったんだ」
「ははははっ!!!」
団長さんは服の汚れを気にすることもなく床に転げ回りながら笑いはじめた。気品漂う人が転げ回るとこんなにもドン引きするとは、自分自身もびっくりだ。
「団長少し…いや、嬢ちゃんがかなり引いてるぞ。それにこんな騒いでたら」
「は、ははっ…っひふ…いや、だっ…いだっ!」
「何騒いでるんですか」
転げ回っていた団長さんをガッ!!っと踏みつけ動きを止めたのは、何処からか現れたこれぞ秘書の中の秘書!オーラを醸し出しているお姉様。
白藍の髪を綺麗な雪の結晶と朱色の蝶の飾りがついている簪で一つに纏め、藤色の瞳がシャープな眼鏡とよく合い不機嫌なのだろうか現在のムッとした表情がお姉様をより冷たい印象にさせる。
「ちょ、い、痛いよ朱雪!!」
「何を言っているんですか痛くしているんだから、痛いのは当たり前です。」
「お、おい…そんな力入れると団長が」
「何ですか、文句ありますか?私なんて宍戸が溜めた仕事を手伝ったんですよ、不眠不休で。途中で何度抜け出したか…漸く仕事をする気になったかと思えば安喰の連絡があった後そわそわし始めて仕事が疎かになるし、結果的に私は本人の2倍の量を片付けました。そもそも何で私がこの人の分まで仕事しなくてはいけないんですか。いつもいつも私は溜めるなとあれ程言っているのに学習せず溜め込んで…先ほどトイレに行ってくるといって出て行き、しばらく帰って来ないと思ったらこんなところで笑い転げてる…それで?文句ありますか?」
「……イエ、何デモアリマセン」
眼鏡お姉様のマシンガントークが安喰の団長を庇う心をポッキリと折り砕いたのだろう。一瞬で大人しくなり団長を庇うことをやめてしまった。
ほぅ、これが大人の女の力なのだろうか…素敵だ。かっこいい!
「……ん?あなたは」
キラキラとした眼で見ていると紅緒の視線でようやく紅緒の存在に気づいた朱雪は紅緒と数秒見つめあい
「お姉様と呼ばせてください!!」
「嫌です」
一刀両断した。
そんなクールなところも素敵ですお姉様。
そう言い迫りたかったが初対面でこんなことをしてみろ、その瞬間このクールなお姉様の中で私の印象は底辺になる。そう、まるで私の中の団長さんのように…うわぁ考えただけでも嫌だなそれ。
「私のことは朱雪と」
「は、はい!」
そうと決まればまずお姉様の言う通り朱雪さんと呼ばせていただこう。
親しくなるためにも呼び方は大切だもんね
「しゅ、しゅせt」
「ほら朱雪それはごめんって今度君の好きなアレをあげるからさ。それよりもほらこの子が紅緒ちゃんだよ。紅緒ちゃん彼女は朱雪と言ってね僕の相棒なんだ。はい二人とも挨拶挨拶」
「……」
何なんだ、せっかく勇気を出して朱雪さんと呼ばせてもらおうとしたのに、遮った挙句グイグイと私の背中を押すなんて…団長さん朱雪さんが怖いんだろ。さっきからグイグイ押してるけど押しが尋常じゃないくらい強い、私のつま先がピクピクするくらいにね!
そしてその手の震えを出来れば止めてほしい。目の前の朱雪さんと目を合わせられないくらい私も圧力を感じちゃってるからね、頭がどうしても前を向こうとしないんだよ!
静かに攻防を繰り広げていると私たちの前から「はぁ~~…」と長い長い諦めるような溜息が聞こえた。お互い無言で押し合いをしていたが突然聞こえた溜息に2人して恐る恐る溜息の排出元である朱雪さんを見る
「もういいですよ。分かりましたから手を離してあげて下さい紅緒ちゃんが心なしか泣きそうです。紅緒ちゃん改めまして、私は宍戸の相棒の朱雪と申します。どうぞよろしくお願いしますね」
「しゅ、しゅせつしゃん…!!こ、こちらこそ、っよろしくお願いします!」
苦笑いをしながら握手を求めてきた朱雪さんの手を遠慮なく掴み幸せに浸かっているといきなり肩にポンっと手が乗せられた。反射的に首を捻らせ自分より高い位置にある相手の、ーーー団長さんの顔を見る。うん、さっきよりも心なしか顔色は良さそうだ。よかったね団長さん許してもらえて
温かい目で団長さんを見るとその意味を理解したのか眉を微妙に八の字にして笑った
「さて、簡単な自己紹介はこの辺にして本題に入ろうか」
「では紅緒ちゃん、こちらに座って下さい。今新しいお茶を淹れ直します」
「おら、嬢ちゃんこっち来て座りな」
「お、あっ…うん」
ほらほらーと言いながら背中を押されそのまま流れるようにストンと安喰の隣に落ち着いた。朱雪さんはカチャカチャと紅茶の用意をし始め、目の前によいしょっと団長さんが座り直した。
「さて紅緒ちゃん、今から幾つか質問するけどいいかな?」
「あ、はい」
「うん、じゃあまず君は…どうやって此処に来たのかな」
特に難しいわけでもない、ありきたりな質問をされただけなのに一瞬で私と団長さんの間にある空気が変わった気がした。
忘れていた。そうだ、私はここにお茶をしにきたわけではないんだ
〝団長と会って話をしてもらう〟
その話の内容が何かは分からないが、そう言われて連れて来られたんだ。実際に団長さんに会ってみれば怖いよりも変な人だけど悪い人ではないと思った。
そう第一印象で感じたのに、ガラリと空気を変えて私を探るような鋭い目で見てきた団長さんに初めて恐怖を覚えた。
謝るような事をしたわけでもない責められるようなことをしたわけでもない、分かっているのに今の私にはこの視線が自分を責めているように思えて居心地が最悪だ。
(この視線は本当に嫌い。何なんだろうこの圧迫感何でこんな事になってるんだっけ。苦しい、胸が締め付けられる感じがする)
呼吸が浅くなってさっきまでクリアに聞こえていた安喰と朱雪さんのおやつ談義が嘘のように遠くなっていく。
目の前の団長さんは私の変化に気づいたのだろうか、いやそれともわざとなのか「ん?」と首を傾げたが視線は外れない。それになんだか隣に座っている安喰やお茶の用意をしている朱雪さんからも見られている気がしてならない。
「そんな顔するな」
私の頭にポンと何かが置かれた。
ハッと気づき隣を見ると安喰が私の頭に手を乗せてグリグリと笑顔で「何にも怖がるこたぁねぇよ」と続ける。
(…あぁ、そうか。)
私は会ってからこの瞬間まで危害を与えること無く逆に良くしてくれている彼らがあの人たちとは違うと勝手に思いこみ安心していた。だけど少し空気が緊迫したものに変わり疑いの目で見られるとは思っていなかっただけに一瞬で
〝この人たちはあの人たちと同じかもしれない〟
と勝手に判断し勝手に体を強張らせ拒絶反応を起こしてしまったのだ。
こんなにも暖かい雰囲気を持った人たちを私は勝手に恐れるなんてどこまでも勝手で最低すぎる
「そうですよ紅緒ちゃん。そんなに強張らないで大丈夫です。私たちは貴女の事をとって食おうとしているのではありません。宍戸の糸目が気持ち悪いのなら目潰しでも何でもしてもらって構いません」
「朱雪?!それは僕が痛いじゃないか!それに気持ち悪いって…」
「はははっ!!団長そんな落ち込むなっていつもの事じゃねーか!」
ああ、本当に申し訳ない…
少し鼻の奥がツンッとし、目頭が熱くなってきた。
「はぁ、もう…あのね紅緒ちゃん。確かに僕は君のことを試していたよ。そのせいで怖い思いをさせちゃったね…あぁ、そんな泣きそうな顔をしないで、本当にごめんね。でもね、これは僕たちにとっても大切な事なんだ。過去に何があったかは知らない。けどこれだけは言わせてほしい…僕たちは君の味方だ」
ニコリと優しい笑顔を見せてくれた団長さんに続いて朱雪さんと安喰もぼやけた視界の中で微笑んでいるようにみえた。右頬に熱いものが一筋流れる。
「あ、団長が泣かせた」
「最低ですね。」
「え?!これって僕が悪いの?!べ、紅緒ちゃん泣かないで!!」
「う゛ぅ…ずいまぜんっ…」
「嬢ちゃん、ほらこれで涙拭きな」
「安喰それは雑巾です。なめているんですか?」
もうこんな筈じゃなかったんだけどな~と笑いながらテーブル越しに私の鼻水を拭いてくれる団長さんにつられて私も少し笑みがでた。
「あ、団長そういえば嬢ちゃんの件で話忘れてーーー」
「た、大変です!!今ギルドのホールで………あっ!し、失礼致しました!!」
「あぁ、そんな慌てないで。大丈夫だから続けて」
「え、いっいや…あ、はい!」
慌てた様子で部屋に入ってきた茶髪のそばかす顔の男の子は部屋の様子を見て1度フリーズした。まぁ実際驚くよね、1番偉い団長さんは見知らぬ小娘の鼻水を拭いてるし、朱雪さんは安喰の口に雑巾突っ込んでるし。
私もいきなりそんな場面見たら思考停止するわ
「れ、連絡致します!先程正面入り口から何者かの襲撃があり現在ギルドに居る者は交戦中!!敵の数は1人ですが相手になりませーーーうわぁ?!」
そばかす君が今このギルドで起きている出来事について報告している途中でそばかす君後ろにある扉が吹っ飛んだ。
「うえっ…げほっ…」
「大丈夫かい紅緒ちゃん」
「あ、だ、大丈夫ですけど一体何が…っ」
「朱雪お客様の姿は確認出来るかい?安喰は轟を呼んで戦闘態勢ね」
「おう」
「敵は報告の通り1名です。呼吸も乱れていませんね…本当にうちの者たちを相手にしていたのでしょうか」
まぁうちの者たちが鍛え足りなかったのですかね…
ボソッと言った朱雪さんの言葉が静かな部屋に響く。うん、私と対面していた時とは違う緊張がこの部屋に走る。
扉をぶっ壊されたため煙が部屋中に広がっていたが次第に視界がクリアになってきた。
そのクリアになった視界から現れたものは数刻前まで見慣れていた綺麗な銀色と翡翠。
「あ、魅碌」
「……べ、にお」