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さようなら日常



キーンコーンカーンコーン…


「はい、そこまで。筆記用具は机の上に置いて後ろの奴は答案用紙回収しろー…こら、今谷お前もうペン置け。」

「ちょいたんま!あと少し!!」

「あーつかれたー。全然出来なかったんだけど」

「おつかれー…あ、これから駅前のクレープ食べに行こーよ」

「これから俺ん家で、一狩りいかね?」

「えー、俺今日持ってきて無いんだけど」



授業終わりを知らせるチャイムが鳴り、高校生活最後の学期末テストが終わるとクラスの生徒は放課後の予定を決めて盛り上がっていた。

受験を終えてからの学期末テストは生徒にとっては最後の試練とも言える。何せこのテストは"卒業"がかかっている。このテストで赤点を残さなければ晴れて卒業。

もし赤点を取りその後にある追試にも受からなかったら卒業取り消し。

今まで進学するために頑張り、合格出来たというのに最後の最後で学期末テストが受からなかったから留年なんて笑えない。

そんなことの無いためにもこのテストには気合いを入れて挑んだ生徒は多い。




「紅緒ー!!これからカラオケ行くんだけど行くー?」


帰り支度の手を止めて顔をあげると隣のクラスの友人が前の扉から顔を覗かせていた。


「おお、みっちゃん。んー…カラオケかぁ私はいいや今日バイトあるし」


あ、そう?じゃあまた明日ねーと、みっちゃんは言い残すとさっさと帰っていった。みっちゃんの切り替えの早さはもう慣れた。流石に1年生の頃は驚いたが。みっちゃん曰く「あんたに合わせてると時間の無駄。」だそうだ。


この後は、バイト行ってから夕飯の材料買って…うん、今日は鍋にしよう。

そうと決まれば三年間使い古したスクールバックに筆箱とプリントをいれる。

よいしょ、と椅子から立ち上がると私は急いでバイト先へ向かった。







ピロリロリーン~



「あっしたー」

「…ねぇ、紅緒ちゃん。ここはコンビニよ?体育会系の部活じゃないのよ?何回言えばちゃんと挨拶してくれるようになるの?」

「いやぁ、つい」

「それ確かこの間も聞いたわ。まぁ、前の『ありあっしたー』よりはマシだけど」

「いやぁ、つい」

「もう、……いいわ。それよりも紅緒ちゃんもう上がっていいわよ」



ほら、もう時間でしょ?そう言って店長の指差したほうを見ると時計の針が8時を少し過ぎていた。

今のお客さんで最後らしく店長が裏から出てきて、私に文句と上がっていいということを伝えきたのだろう。

苦笑い気味の店長をじっと見てると

あ、そうだ。と思いだす。


「てんちょー、私前から店長が見たがってたDVD借りてきましたよー」

「え?!本当に?!きゃー!紅緒ちゃん流石!ありがとう!!」



先程とはうって変わって店長の表情は喜びに変わり、きゃー!どうしよう!嬉しい!私もう今日帰るわ!と、まるで恋する乙女のように騒ぎ始める。

…いや、帰んなよ。危うく声に出してしまうところなったがぎりぎりで踏みとどまった。

早く早く!とキラキラとした目で店長が見てくるから私は裏に急いで戻り、鞄を掴んで店長お目当ての物を店長の胸元に押し付けた。


「はい、これです。どうぞ」

「もーほんと助かるわぁ!」


うきうきと店長が袋から出したDVDは


―――"夏の男祭!!全国のガチムチマッチョな野郎共!俺の筋肉見てみろやぁ!!"―――



……ほんと、何がいいのだろうか。

私にはさっぱり分からない。なんで店長は喜ぶんだ。いや、分かりたくもないけど。


「やばーい!鼻血でるじゃないこれ!やだ!この人の筋肉良いっ!たまんないっ!!」

「ははは、喜んで貰えてよかったですよ」



このDVDを借りるのにどれほどの勇気が必要だったか。もうこれ借りれたのだから、あっはんうっふんなえろてぃくなねぇちゃんのDVDも借りれる自信がある。だってお店の店員さんの目が本当に痛かったんだ!年齢指定が入ってる訳でもないのに店員さんの目線がDVDと私をちらちら往復してる時なんて……特に!



「でも、店長筋肉なんてみて何になるんですか。いま冬ですよ冬そのDVD明らかに夏ですよね。それに店長自分の筋肉でいいじゃないですか」

「ばっかねぇ紅緒ちゃん。他人の筋肉だから良いんじゃない。それにイケメンよ?これはもう観るしかないわよ」


そう、私が働いているコンビニの店長は世間で言われるオネェ。きっと10人に聞けば10人が同じ答えになるほど。

がちむち筋肉の持ち主であり髪を伸ばし綺麗にパーマをして真っ赤な口紅をした男性をオネェ以外でなんと言えるのだ。

別に私は店長がオネェだろうが無かろうが気にしない。それは店長の自由なんだから。でも流石に1年中半袖っていうのは止めてくれ。夏はいいんだが、冬は見てる此方が寒いんだ。それにきっとそのサイズ合ってない。だってピッチピチなんだ、ピチピチすぎて店長筋肉が丸見えだよ。



「…いや、私は別に見たくないんでいいですほんと。」

「んまぁ!!そんな言い方しなくてもいいじゃない!んもぉ、つれないわねぇ~」



いや、もうほんと勘弁してくれよ。昨日の夕方から私の手元にあったがちむち筋肉DVDを店長に渡す任務は終えた私は、おつかれさまでーす。と店長に声を掛けてコンビニを後にした。



コンビニから家までは徒歩で20分ほどで、途中にスーパーがある。大体この夕方を過ぎると食材やら何やらがお買い得になるから一人暮しの私にとってありがたい。けれども今日はバイトが終わってから店長にDVDを渡したりテスト終了祝いに自分自身へのご褒美として少しリッチなアイスを買ってしまった。うむ、冬の寒いなかで食べるアイスも美味しい。

……けど、やっぱちょっと寒いかな。


色々と寄り道してしまったから何時よりスーパーに行く時間が遅くなってしまった。いつもは少し怖いから使わない道だけど、ご飯の為だ腹を括るしかない。

―――そっ、と目線をあげるとそこには数十段の階段が続いて奥に見えるのは立派な神社。薄暗いこの時間は人があまり通らないため神社を不気味雰囲気で包み込む。ひいぃ



「この階段を一段抜かしで上がったとしても10秒、それで境内を走って突っ切ったとしても30秒近く。反対側の階段を降りて15秒。うん、行ける。1分以内で向こう行ける。」


中学は文化部、高校は帰宅部、体育の成績は確か…3だったか?ちゃんとした運動は小学生の頃の水泳で最後だった。

今までの人生でそんなに運動に縁がなかった私だけど、ラジオ体操して走ればどうにかなるっておばあちゃんが言ってた気がするし。

理想の1分以内で向こう側に行けるように念入りにラジオ体操をする。


―――よし、行ける。


スクールバックを背負って走り出す体勢をとる。


「位置について、よーい、…どんっ!!」



合図と同時に走り出し階段をかけ上がる。―――13、14、15、16!!

予定より6秒遅いけどしょうがないだって階段が悪いんだもん。あんな高さがバラバラな階段で一段抜かしが出来なかったんだから遅くなっても仕方がない。

そうこうしてるうちに境内を全速力で走れば階段が見えた。もうこの時点で何秒かなんて数えてない。走りながらとか無理だし。

全力で階段を登って、全速力で走ったから膝はもう笑ってる。けどここでいきなり止まると崩れ落ちる自信がある!たったったっと階段を降りる。

あと少し、漸く終わる。ちょっと呼吸が変だけどそんなの気にしない、こっちは全力だったんだ。呼吸が変だからって気にしてなんていられない。



「あ、あと、ひゅ…す、すこ、うえっ!ぉえっげほっ―――?!」



―――世界が、回った。


え、なんで?と、思う前にわかってしまった。

…あぁ、そうか。私階段踏み外したのか。膝の力が抜けた感覚がいまになって感じとれた。


何故だか落ちているこの数十秒が私にはとても、長く感じる。死ぬかもしれないって分かっていてもこんなにも冷静になっている自分が少しおかしいのかもしれない…



階段から落ちる時の浮遊感が何とも言えないが、目の前に広がる夜空には珍しくたくさんの星が輝いていることに目を瞬かせた。


最後に見た目光景はいくつもの輝く星。


そうして私の意識は途切れた―――




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