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情愛カミング


うちの妹は捻くれモンだ。



喋ったり騒いだりするのが本当は好きなくせに、変に相手を気にして二の足踏んで、自分から踏み込もうとしない。

そのくせ俺が先に打ち解けていたりすると、すげえ落ち込んだりする。

なら自分でどうにかしろって思うが、やっぱ妹だ。

どっかで面倒見てやらんとって思っちまうし、実際小さい頃親戚の家とかに連れて行かれると、結構盾になってやったもんだ。

あいつはそんなん忘れたって顔してるけど。

っつーか俺も、そんなの小学校低学年くらいでめんどくさくてやめたけどな。



俺は、親からもわりと外面がいいだの言われるだけあるのか、別に人と接するのをそんなに苦だと思ったことがない。

壁とか感じても、然程気にしたことがなかった。

わざわざそんなの壊してまでぶつかってやろうって相手もそういないし、届くヤツには届くもんだ。

俺の行動になんら影響はない。



だから黒川と初めて会ったときは思った。




すげえ面倒そうなヤツ…



桜花に何となく似てる気がする、と。







濡れ鼠のまま足跡つけて風呂に突撃してった桜花のあとに続き、傘二本と何故か妹の靴を握り締めた涙目の黒川がインターホンを鳴らしてきた。



「なんでおめーら、んな揃って濡れてんだよ。傘させよ持ってんだから」


「あっあっあのっおうっ桜花ちゃん帰って…!」


「おう。あの足跡見てみろよ。子供かっつーの!俺ぜってー拭かねぇ」


「すみません!!元はといえば俺が、悪くて」



深刻そうな顔で俯く黒川と、桜花が一人で帰ってきたところを見るに、実に面倒そうな雰囲気だ。

妹に男を紹介したといっても、痴話喧嘩の世話までしてやる義理はない。

だが、今日桜花はこいつの家に行ったわけで…



「ぁあ?あいつに何かしたのかよ」



合意の上でならいくらでも…とは言わないが、まあ想定内というか、妹のそんなこと考えたくもないんだが、まあ許すとして。

もしそうじゃないってんなら、オトシマエはつけないとな。


濡れたシャツの胸倉掴んで目を合わせると、黒川は顔を盛大に歪めて目線を下げた。



「オイ」


「っだ!?」


「目ぇ逸らしてんじゃねーよ」



ドアに後頭部を当てて追い詰めると、黒川はろくな抵抗もせずに言われるまま俺を見た。

罪悪感で動けませんって顔で。



「マジでヤッたのかよ。だから逃げこむみてーに帰ってきたのかアイツは」


「……………!?いいいいえ違っ誤解です!!」



途中でぎょっとしだしたかと思えば、ヤツは大慌てで両手をブンブン振り回した。



「じゃあ何なんだよ」



まあ冷静に考えれば、こいつにそんな度胸ないだろうと納得ではあったんだが、それにしては心当たりのある顔だったのが気にかかる。

これで痴話喧嘩ならやっぱ一発ぶん殴ると決めて、俺は黒川を玄関先へ追いやった。





そして俺は――――どっちにしろぶん殴った。





「あーくだんねぇ…チッ!これじゃ俺まで首突っ込んでアホじゃねーか」



向こうの兄貴は喜んで弟の世話焼いてるみたいだが、これじゃ俺まで同類みたいじゃないか。



「言っとくがな!俺はムカついたから殴っただけで、お前んちの兄貴みてーに桜花の保護者気取りで手ぇ出したわけじゃねーからな」



暴力を受けたとか、桜花にどうしようもない理由で何かあったなら別だが。



「どうせ仕返しすんならお前の兄貴にしてる。ったく弟妹(した)の話に(うえ)が割り込むなんざルール違反だろーがよ」


「……すみません。兄は昔から俺のことを気に掛けてくれてて」



尻餅ついたまんま謝る黒川の前に屈んで、俺はあいつのポケットからスマホを取った。



「オラ、ぼーっとすんな。兄貴にかけろ」









通話を切ってから、黒川も再び玄関に入れてやる。



「おい桜花!バスタオル一枚とって」


「…どうしたの」


「黒川が濡れたままなんだよ」


「!」



脱衣所にいる気配があったから声をかけてみれば、黙りやがった。



「早くしろって。黒川放り込まれたいか」


「…私っいないから!!」



やっぱ…うちの妹は捻くれモンで、バカだ。

ドアの隙間から飛んできたタオルをキャッチし、玄関で顔を赤くした黒川にぶつける。

何かイラッとしたので。



「わっ!」


「出たら床拭いとけよ。ついでに黒川玄関に置いとくから、決着つけとけ」


「兄ちゃん…」



用は済んだとばかりに閉まっていたドアをみみっちく開けて、桜花が助けを求めるように見上げる。



「はあ…」



ドアの隙間から手を入れて、濡れたまんまの頭を掴んで揺さぶる。



「ぅえっにぃっちゃ」


「向こうのクソ兄貴には俺から言っといてやったぞ。もしまた何かするようなら言え」


「え?なんっにぃちゃんっ!」


「お前らのことは知らねーから、あとは好きにしろ」





**********





―――まさか家まで来るなんて思ってなかった。



兄ちゃん相手なら容易く開けたドアも、少し向こうの玄関に黒川君がいると思うとどうしていいかわからなくなる。

だって、あれだけムカついて一方的に怒鳴ってさよならしたばっかりなのに、どんな顔して会えっていうの?

むしろ何で来たの。


黒川君の家を出たときには、もう腹立って腹立ってどうしようもなかったけど、雨に濡れて帰る道すがら、それはだんだん悲しみに変わっていった。

家に帰りついたときだって、今日二人で家を出てたときのことを思い出したりして、気持ちが更にぐちゃぐちゃになった。

お風呂に入って少しは落ち着けたかと思ったのに…




「あの…桜花ちゃん…さっきは本当にごめん。俺、自分の気持ちばっかで…桜花ちゃんの気持ち、全然考えてなかった」


「…」


「不安だったんだ……今まで嫌な思いをしたことがたくさんあって…だけど、俺バカだったから、気づいてなかったんだ。そういうの、桜花ちゃんに話してもないのに、こっちばっかり…しかも兄貴を巻き込んであんなこと、」


「………ねえ」



男の人が、こんな風に自分の気持ちを言って、謝るって、女がするより色んな躊躇いがあると思う。

なんとなくそんなことを思っていながら、私は遮った。

黒川君は、私の呟くような声にも反応して瞬時に黙る。

別に、自分が被害者なんだからってふんぞり返って意地悪したいとか、そういう気持ちになったわけじゃない。

ただ…



「兄ちゃん…なんて言ってたの?」



私に黒川君を紹介してくれたから、責任を感じて…とかじゃないことはわかってる。

そんな性格じゃないし。



「何てって…」


「…さっき言ってた。クソ兄貴には言っといたって……」


「ああ…さっき紅さんが電話で―――――」




『もしもし……あ?俺は桜花のお兄様だよクソ兄貴。……ああ、言っとくけどな、次妹に余計な手出ししてみろ。てめーの大事な弟がどうなっても知らねぇからな』




――――って言うだけ言って切ったと。


そんなこと言ったら、あのクソ兄貴さんなら心配してかけなおしてきそうだけど…




「そっか…」



良かった…直接ケンカ売ったんじゃなくて。

それだけ、少し心配だった。



「ならいい」




私はちょっと躊躇って、ゆっくりだけど、ドアを開けた。


私が汚したフローリングの向こうに、タオルを肩にかけてこっちを見る黒川君がいるけど、何にも怖いことなんてない。

臆病にならなくても、堂々としてたらいいんだ。




「……話、聞く」


「桜花ちゃん…」


「聞いたら、色々、考える…から…」


「っありがとう……!」


「手伝って」


「うん!」



リビング掃除用のウェットシートを渡すと、黒川君は片手に私の靴を持ったまま、片手でそれを受け取る…


もしかして、あれからずっと持ってたの?



「靴……そのへん置いといてよ」


「うんっ…あ!裸足で足大丈夫だった?痛くない?」


「…痛かった」


「ごめん…」


「靴返してくれないから」


「うん、ごめん…ホントごめん……」


「それより……黒川君ちでされたことの方が痛かった……」


「……傷つけて、ごめん…」


「うん」


「…怖かった、んだ。…す、…好きになったの…君が初めてだったから」


「……私もなんだけど」


「!!」


「文句のつもりで言ったのに…」


「っだ、だってさ!」


「…」




そんなことを言っているうちに、カピカピになりかけてた足跡はすっかりキレイになった。

キレイになった玄関に二人並んで座って、黒川君がこれまで彼が受けてきた傷とか、不安だった気持ちだとかを、ぽつりぽつりと話していく。




「―――だからって許されるわけじゃないけど……」

そこで一旦口を閉じた黒川君。


ふと訪れた沈黙の間、私も彼の真意を測るべく、じっと待っていた。

すると突然、彼の首がぐわっとこっちを振り向いたので、うっかり驚き仰け反った。



「ひっ」



けれども、私のちょっぴり情けない声すら聞こえていないかのように、彼は口を開いたり閉じたりしていて。

しかし目線だけは、私からそらされる事はなかった。



「…っ………桜花ちゃんは、もう、俺なんか、嫌いかもしれないけど…許せないかも、しれないけど……チャンス、貰えないか…?今度は、俺を試して欲しいんだ」


「試すって…」


「俺が不安だったのと同じ…もしかしたらそれ以上に、俺…信頼を失ったと思ってる。だから、挽回させて欲しい、んだ…それで……それでもし、ダメだったら……その時は…もう、諦めるから…」


「黒川くん」



泣きそうだ。

このひと、私より年上のはずなのに、男のひとなのに…



「…泣きそう…」


「っ!」



あ、



「ご、ごめん!つい…」


「……いいよ。ホントのことだし…ってゆーかおかげでちょっと引っ込んだよ」


「…ごめんなさい。真剣なのに、水差して」


「ううん…いいんだ。情けないとこばっか晒してるのは俺だし」



はは、と取ってつけたみたいに力なく笑う。




―――ああ…そっか。


今まで男の人と付き合ったことがなかった私の中で、彼らは自然と、自分とは違う何か別の生き物みたいに捉えてた気がしてた。



でも、違うんだきっと。


黒川君だって、私と同じ人間で、自分を見せるのに臆病だったりする。


それはみんな、同じことなんだ。



「へへ」


「桜花、ちゃん…?」


「私も人と付き合うの、臆病だからわかるなぁって思ったら…なんかちょっとホッとしたっていうか」


「…」


「だからってあんな卑怯なことしないけど」


「うっ……ごめん…」



ふいに笑い始めた私をきょとん、と見ていた黒川君だけど、ちょっと釘を刺すと途端にしゅん、となった。



「………いいよ。許さないから」


「へ?」



どういう意味かと訪ねる目が、何だかいたたまれなくてそっぽを向く。



「だから、黒川君が言うように試していいんだよね。これから…許せるようになるかも、だし」



何故だか尻すぼみになっていく言葉と一緒に、身体半分を衝撃が襲う。



「わっきゅ!!」


「桜花ちゃん……ありがとう…っ!!」



へっ変な声出たし…!

思い切りぎゅっとされてるし!

でもって、すごく



「冷たいっ!」


「うわっごめん!!」



慌てて離れる身体はすごく冷たかった。

傘たての一番手前に、私の傘ともう一本、見慣れないのがあるのに…



「………しょーがないなぁ」



湯冷めもいいとこだ。

にもかかわらず、何だかほっこりした気がするのは、きっと気のせい。







桜花ちゃん、その人、もうボロクソに泣いた後なんだよ?

…と言ってあげたいのは、きっとにちきだけではないはず。


本当に続く予定ではなかったのに第三段。

シリーズ化するか迷ってます。


案外さくっと決着がついたのは紅兄のおかげもありますが、樹君がすぐに後を追って、年下の女の子って侮ったりせずに素直に謝れたからですね。

こういう時、間違いだった傷つけたと後悔しているうちに動けなくなったり、投げ出したりする人が多いんじゃないでしょうか。

普段は樹君もバッチリそのタイプだけど、そこはね、あれですよ(=w=)

桜花ちゃんにもそれがちゃんと届いたかな?

消極的に生きてきた二人なので、しばしばこうやって仲を深めて欲しいです。

ちなみに紅兄の「大事な弟がどうなっても〜」っていうのはただの脅しです。

兄貴が何かしたら勿論兄貴に話をつけに行くつもりですが、こいつにはこう言っといた方が釘をさせるかなっていう。

下のことに上が首突っ込むのはルール違反ですから。

紅兄は昔、妹をいじめた男子の兄貴に拳で話をつけに行った前科有り。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何回も読み返してます! ぜひシリーズ化をお願いします!!
[良い点] 紅兄ちゃんまじイケメン!!それに比べて黒川兄は…。 前の二つの話は終わり方がしこりに残る感じだったので第三段書いてもらってスッキリしました。 [一言] シリーズ化して欲しいです。
[良い点] わぁあ!待ってました! 二人が前進できてよかったな~と思います。また素敵なお兄さんの登場! 楽しかったです、ありがとうございました(*・∀・*)
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