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6 ラスク・フォン・ルーテシア

  6





 まだ生きている。


 生かされている。


 だから、生きなければならない。


 いつか世界(だれか)に殺されるその日まで――



 ● ● ●



「お前ほどじゃない」


 戒がそう告げると、名も知らぬ少女はゆっくりとその双眸を閉じた。


 それは大量の出血による意識の喪失だったが、彼女の生命の灯火が完全に消え去るのは時間の問題だった。


 それを止める手立てを戒は持たない。


 ただ黙って看取ってやるのが、せめてもの手向けだった。


 脱力した体から温もりが――彼女の生命ともいうべき何かが失われていくのがわかる。


 時間の経過と共に、少女が死に蝕まれていく。


「…………」


 血に濡れた少女の手を取った戒は思う。


 ――いつだって他人は簡単に死んでいく。


 傍らを通り過ぎるような気安さで。


 篠宮戒として歩んできた世界には、何時だって『死』が傍らに寄り添っていた。


 何人も。何人も。いちいち数えるのが億劫になるほどに、数多の人間の死を見てきた。


 戒にとって、誰かの死は身近にあるものだった。


 だからこそ思う。


 あれだけ他人が死に逝く環境にありながら、何故――俺はまだ生きている?


 何故(・・)――この世界はまだ(・・・・・・・)俺を生かしている(・・・・・・・・)


「………………」


 それは何時の頃からか、胸中で燻り続けている疑問。


 数多の死の訪れを傍観しながら、時には自らの手で量産しながらも、それが己に訪れない理不尽(・・・)に対する疑問。



 何故(・・)俺だけが死に(・・・・・・)置き去りにされる(・・・・・・・・)



 敵と定めた奴らに復讐するという理由があるから、などというお目出度い理由が適用されているはずもない。理由があろうがなかろうが、拒もうとも受け入れようとも、死は等しく平等に生者を蝕んでいく猛毒だ。


 誕生(はじまり)があるのならば、終焉(おわり)が訪れるのが必然。


 そこに理由は必要ない。


 なのに――


 誰かの意図で自分だけが死に逝く運命(さだめ)から排除されているような――そんな妄想じみた考えを抱く時がある。


 遥かな高みから睥睨している悪魔に弄ばれているのに気づきもせずに、滑稽に踊り続ける愚者を演じているかのように。


 己が生き永らえているのが、あまりにも不自然で、あまりにも理不尽に思うのだ。


 だから。


 目の前に伏して、生命の灯火が消えていく少女が――

 今にもこの世界から解放(・・・・・・・・)されようとしている(・・・・・・・・・)少女が少しだけ、■■■■■■と思ってしまった。



「随分と眩しそうに見ているね?」



 澱みを帯びた思考に沈んでいたとはいえども、それで他者の接近を許すほどに警戒を緩めていたはずもない。


 だが、それでも唐突といって差し支えのないタイミングでかけられた声。


 同時に、至近距離に出現(・・)した気配に、戒は無様に取り乱すような失態を犯さない。


 このような形での不意打ちは、想定の範囲内だからだ。


 むしろ、声をかけるだけに留めて、攻撃に及ばなかったのを意外に思うほどだった。


 今更のように『PDA』が警告音を鳴らすが、それはつまりおよそニ百メートルの距離を何らかの手段で無視したという意味に他ならない。


 高速での移動か、あるいは『能力者』が使う空間移動か。あるいはこちらの知識の及ばぬ『何か』か。


 如何なる手段を用いたのかを追求する意味はなく、冷静に警戒レベルを一つ上げる。


 握っていた名も知らぬ少女の手を地面にそっと下ろし、自らの手に付いた血を拭いもせずにゆっくりと戒は立ち上がる。


 そして――


「…………む。」


 無言のままに視線を向けた先、正面からゆったりと歩み寄ってくる人物を目にした戒は、驚きとは異質な違和感を覚えた。


 服は黒いドレス。かさばる上着に多層構造のスカート、大量のフリルが縁取るゴスロリ風の衣装をまとった白緑色の髪の幼女だったからだ。


 どんなに水増ししても小学校の高学年以上には見えなかった。


 見えないからこそ、透明でありながら底がまるで見通せない異質な存在感に、警戒レベルをさらに上げる。


 戒は纏った闇の一部を右手に集中させ、馴染んだサイズの長剣を形作る。


 少なくても、幼女からは戦意を感じられない。


 ――今はまだ(・・・・)


「まあ、待ちたまえ。死にかけている少女を置き去りに、いきなり好戦的な態度を取るものではないと思うよ」


 害意はないと言いたげに両手を広げる幼女の声は、外見を裏切らない鈴を転がすような愛らしいものだが、口調は男性に近かった。


 その程度の言葉などで警戒を緩める戒ではないが、だからといって積極的に攻勢に出るわけでもなかった。


 無言のお見合いが十秒は続き、幼女はやや困ったように苦笑を浮かべる。


「友好の証として、自己紹介でもするべきなのかな?」


「必要ない。この舞台の上で遭遇した以上、するべきことは限られているはずだ」


「ふむ。実にもっともな意見だが、私は『急いては事を仕損じる』という言葉に深い感銘(かんめい)を受けているのだよ。拙速の判断だけを根拠に、望んでもいない戦いを演じるのは愚の骨頂というものだろう」


「戦いを望んでいない……だと?」


「意外かね? まあ確かにこんな『遊戯(ゲーム)』に参加している者の言葉ではないのかも知れないが、君にはそれなりの理解が得られると思うのだがね」


「………………」


「この『遊戯(ゲーム)』に参加した理由はいくつかあるが、その一端を担っているもののために、君には少し無駄話に付き合ってもらいたいのだよ。ほんの一時の仮初めの友人としてね」


 大人びた口調とは裏腹に、花が咲くような無邪気な笑顔で言う。


 だが、全ての感情を表情が物語るわけではない。その表情を『仮面』として、本心を偽り隠す者などいくらでもいる。


 上辺だけで判断するなど、愚の骨頂だ。


 だが、この見た目が幼女――見た目そのままの年齢とはとても思えない――を『敵』と認定するのを戒は躊躇っていた。


 それは敵意が感じられないだけでなく、彼女の瞳に見慣れないとても親しげな色が浮いているせいだった。


 詐欺師じみた連中の浮かべる薄っぺらい虚構などではなく、そこに込められた親愛は『本物』のように思えた。


 それが本当に戒に向けられたものなのかどうかは定かではないが。


「…………。」


 思案は数秒。


 警戒は緩めぬままに、戒はため息を吐いた。


「篠宮戒だ」


 そのついでと言わんばかりに、ボソッと付け加える。


「ふむ」


 満足そうにうなずいた幼女が、軽い足取りで歩み寄ってくる。


「良き名に見合う高潔な魂の持ち手と見える。いかに(よど)みに堕ちようとも『本質』……『根源』とも言うべき心までは(けが)れてはいないのだな」


 こちらを見上げる幼女は小さく呟く。


 安堵したような吐息をさえ漏らしながら。


「無理な頼みを引き受けてもらえたことに感謝するよ」


 スカートを両手で摘み、深々と頭を下げる。


「私はラスク・フォン・ルーテシア。覚えてくれると嬉しい。『深き森(リヒトハイツエン)』の住人――といっても、君の理解には至らないだろうけれど……まあ、そういう立場にある存在(モノ)だと思ってくれればいい」


「余計な付属のある怪しげな自己紹介だな」


「自覚はしているが、これでも簡単に告げたつもりだよ。賢しらぶって複雑(めんどう)設定(はいけい)を長々と語るとなれば、君に同行していた可愛らしいお嬢さんが同伴している必要がある。故に今は饒舌(じようぜつ)に意味がない」


「あいつを見知っているような口ぶりだな」


 剣の柄を握る手に、わずかに力が込もる。


「この催しが始まってからそれなりの時間が経過している。必要な情報を集めるには十分な時間がね。それなりの把握は済ませている。特に君たちはなかなかに興味深い。こうして話がしたいと思わせるほどにね」


 指を立てて、それを左右に振りながら言うラスク。


 知ったかぶりをする子供のようだが、不思議なくらい様になって見えた。


「つまり、お前は何者だ?」


 情報を集める――と簡単に口にしているが、この『遊戯(ゲーム)』においての他人の情報を収集するのが容易でないのは明らかだ。


 それを難なく可能であると口にする少女の手段が、少なくても戒が想像しうる手段を用いていないのは確かだろう。


「あの可愛らしいお嬢さんが属する世界の住人だよ」


 目つきをわずかに鋭くして、ラスクは唇の端を微かに持ち上げた。


 それだけで外見から感じていた可愛らしい印象は覆った。


 その眼の奥には――深遠な知性と理性を宿しており、年配の人間のような貫禄を感じさせる雰囲気さえもが漂い始めている。


 それでも敵意は混じらない。


「真面目に答えるつもりはないというわけか」


「饒舌に意味はないと言ったよ。

 まず君に知ってもらいたいのは、私の名前なんだ」


「くだらない」


「だが、人間関係の構築には最優先且つ必須事項だ」


 そこまで言ったラスクが、ふと思い出し笑いのようにくすりと口の端から音を零した。


 わずかに眉間に皺が寄るのを自覚しながら、視線で意図を問う。


「いや、すまない。私がこのような事を口にするようになったのだと思うと、少しばかりおかしくてね。思わず自嘲を禁じ得なくなってしまったのさ」


 くつくつと可笑しそうに笑声を漏らしながら、ラスクは小さな手を差し出してきた。


「なにはともあれ、よろしく」


「………………悪いが、そこまでは応じられない」


「ふむ。まあ、仕方があるまい。君の警戒ももっともだ」


 残念そうにしながらも拘泥はせずに、ラスクはあっさりと手を引いた。


「――さて、ひとまず挨拶も済んだところで、まずは手遅れになる前に気がかりを解消するとしよう」


 ラスクは屈みながら、戒の傍らに伏す名も知らぬ少女に手を伸ばす。


 反射的に剣の切っ先をラスクに向けそうになる戒に、ラスクは案ずるなと微笑む。


「私は彼女をここで死なせるのは忍びないと思っている。故に可能な限りの手段で、彼女を延命しようと思うのだが、君はどう思う?」


「好きにすればいい。俺が口を出す理由はない」


「私の行為は偽善だが?」


「それがどうした。こいつは死に抗っていた。お前の偽善でも生きられるのなら――死なずにすむのなら、その先はそいつが選択すればいい。仮にお前の力が及ばずに死んだとしても、それは――いつかは訪れる死がこの時だっただけの話だ」


「君の死生観は独特なようだね」


 顔を少女に向けたまま発せられたラスクの呟きに含まれていたのは、哀れみに類する感情だったように戒には思えた。


だから君は今も(・・・・・・・)生きているのだね(・・・・・・・・)?」


「………………」


 沈黙を以って、然りと還す。


「それはあまり正しい考え方ではないと思うよ」


知っている(・・・・・)


「そうか。……あぁ、そうか」


 ラスクが少女へと向けた手が光を帯び、それが一際強い輝きを発した。


 視線を逸らすことでやり過ごして、再び見やると――そこに地に伏せた少女の姿はなく、ここまで這い摺ってきた夥しい流血の痕跡だけがあった。


「彼女は何処へ?」


「ああ、ココ(・・)だよ」


 少女のかざす手――人差し指と中指の間に挟まれている『何か』を示す。


 それは深い緑――いや、翡翠色をした球体。ビー玉のような、宝石のような、戒の知識ではよくわからない代物だった。


「とりあえずは魔力を満たした空間に隔離して、彼女の生命力を補っているよ」


「なに?」


「平たく言うならば、彼女自身の体力を温存して、他から必要な生命力を用立てて供給しているのさ。応急処置ではあるが傷口も塞いでおいた。あとは彼女の死に抗う気持ちの強さに賭けるだけだよ」


「彼女がそれを望んでいるなら、助かる………と?」


 夢見がちなその言葉――もう少し端的に述べるなら、その戯言(ざれごと)のような発言に、どちらかというと嫌悪に近い感情を抱いた。


 望めば叶う――それは限られた極一部の特権だろう、と。


 全ての者に等しく適用される理屈ではない。


「近い表現ではあるね」


 だが、ラスクはそんな戒の内心の呟きに対するようにうなずき、続ける。


「この世界はそうしたものなのだよ。自己の望む事象を招き寄せる性質がある。強く強く――より強く願えば願うほどに可能性を手繰り寄せられる。願えば叶うと言うほどに目出度くはないが、その気持ちの強さがある一線を越えたならば、そうなる仕組みになっている。無論、相応の努力が必要なのは言うまでもないがね」


「………………っ」


 妙なスイッチでも入ったのかいきなり饒舌になったラスクに、戒は無自覚に顔を顰めてしまっていた。


「そういう意味では、彼女には才能があるよ。死に瀕してなお、死にたくないと願えるのは稀有な才能だと言える。人はとかく安易に絶望を受け入れる。諦めてしまえば楽になれると思いがちだ。人の心は存外に脆いものなのだから、死の痛みに苛まれながらも死にたくないと願える者は決して多くはない。故に、彼女の願いは尊い。絶望の中で折れずに、死に抗う姿を滑稽などとは誰にも言わせんよ」


「………そうだな」


 ラスクの言葉の前半は理解の及ばない妄言と断ずるが、後半に関しては一定の理解を得るに躊躇はない。


 あの名も知らぬ少女の死に抗う姿は尊いと素直に思えるのだから。


 生き汚いなどと嘲笑えるはずもない。


 ただ、と思う。


 ラスクの言葉を真に受けたと仮定して考えると、さして生に執着を持っていない戒が今に至るまで生き延びているのにはいかなる理屈が成されるのだろうか、と疑問を抱く。


 それが誰かの願いであるが故に、彼は生かされている(・・・・・・・・・)――とでもいうのだろうか?


 もしも、そうだとすれば、それは、とても、許容しがたいがまでに、玩具のように、この生を弄ばれているのと同義だろう。


「不愉快な話だ」


 自分の耳にしか届かない程度の声量で戒は吐き捨て、下らない考察を打ち切った。


「しかし、いいのかね?」


 膝元を軽く払いながら立ち上がったラスクが問いかけてきた。


「何がだ?」


 あまりに端的過ぎて、何について問われているのかがまるでわからない。


「あの可愛らしいお嬢さんを置き去りに、このようなところを徘徊していても――という意味での問いかけだよ。この瞬間にも彼女が襲撃される可能性を考慮してはいないのかな?」


「何から何まで面倒を見る必要があるとは思っていない。何より、当人がそういうのを拒みそうな印象だがな」


 いきなり変わった話題に眉をわずかに上げながらも、戒は律義に応じる。


 いつの間にか随分と口が軽くなったものだと内心で呆れながら。


「確かに。だが、現状における彼女の消耗は深刻だ。深く眠りに落ちていては危険を察知する感覚も鈍っていよう」


「広大な戦場(フイールド)を有する今回の『遊戯(ゲーム)』の性質上、他者を発見するには『PDA』が不可欠だ。半径ニ百メートル以内に存在する『PDA』を認識する機能がなければ、一目で看破できない場所に隠れている他者の発見は困難を極める。この『遊戯(ゲーム)』をクリアするためには『PDA』の所持が必須である以上、それを手放す理由もない。ならば、その反応がない場所をわざわざ探す者がいないのは道理だろう」


 付け加えるなら、人間心理なのかどうかはさておき、参加者(プレイヤー)の多くは端に移動するよりも戦場(フイールド)の中心に向かう者が多い。


 大人数を有する広範囲の戦場(フイールド)において、それは特に顕著になる傾向が強い。


 戒たちのいる区画(エリア)は二十四に分割された戦場の中心から外れた位置――地図上でいえば右下の端手前側に位置しているので、初期配置されていた者たちならばともかく、敢えてこちらまで出張ってくるフットワークの軽い参加者(プレイヤー)は現時点においてそんなに多くはないだろうという読みもある。


 積極的に参戦する意志がなかったので、雇い主(クライアント)に初期の配置場所が外周部分になるように要請しておいたのが功を奏したといえよう。


 もっとも、そのせいで『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』と接触したり、桜堂世羅と関わったり、ラスクに遭遇したりしているので、結果だけをみれば面倒を招き寄せただけのような気がしないでもなかったが。


「だからこそ、あいつの(・・・・)PDA(・・・)を俺が手にしていれば(・・・・・・・・・・)、あいつが他の参加者(プレイヤー)に発見される可能性はかなりの低下を望める。無論、余計な客を招く『小道具』があそこに仕込まれていないのも確認済みだ」


 そうした理屈を無視する規格外がいないわけでもないが、そこまでを考慮に入れると身動きが出来なくなるので無視をした。


「成程。君は気配り上手のようだ」


「今後のためにもある程度揃えておく必要のある物がある。現状、あいつの立場は篭城向きではないのだから、常に移動を考慮に入れておかなければならない。あいつが休んでいる間に準備を済ませておくのが現実的だ」


 この空白の時間に世羅が殺されてしまう事態が発生したならば、それまでの話だ。


 世羅は彼女の理屈の中で生きているのだから、そこに戒が関わる余地などない。今の状況はほんの些細な袖が擦りあった程度の接触に過ぎない。


 故に――結果を導くのは、桜堂世羅自身に他ならない。


 どちらに転んだとしても、戒の痛手にはならないので、『ああ、そうなったか』ぐらいにしか思わないだろう。


「前言撤回した方がよさそうなことを考えてはいないかね?」


 じっとりとした視線で見上げてくるラスクに、戒は好きに解釈しろという意図を込めた一瞥を向けつつ続ける。


「ある意味ではあいつの運試しだが、勝率は高いと思っている」


 桜堂世羅は簡単に死ぬような奴ではない――そんな不自然なまでに強い確信がある。

 それは厳密には『勘』と呼ばれる類のものなのだが、どういうわけか外れる気がしない。


 まるで、既にその結果を知っているかのようだ。


 それは些細でありながらも、後を引く類の違和感だ。


 桜堂世羅と遭遇してから――あるいは『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』との戦闘を経た辺りからか、正確なところはよくわからないが、時折不自然な感覚が過ぎ去っていく。


 意識すれば、露と消えるそんな淡さで。


「そうか」


 なにやら得心したようにうなずくラスク。


 どうにもこちらの内心を読まれているような、そんな気分にさせられる態度だった。


「そういうお前は何を目的に、この『遊戯(ゲーム)』に関わっている?」


 だからだろうか。


 少し踏み込んだ問いを口にしていた。


 警戒は未だに解いてはいないが、どこか空気が弛緩してしまっているせいもある。


「先に言ったように理由はいくつかあるのだがね。その最たるものとしては、付き合いの古い友人に誘われたからだね」


 暇つぶしに、適当な店に立ち寄ったとでもいうような口振りだった。


 それにしてはあまりに剣呑な場に在るといえるのだが、ラスクにとっては真実その程度の認識でしかないのだろう。底の知れない得体の知れなさは、確かな実力を伺わせる何かを漂わせている。


「こんな『遊戯(ゲーム)』に誘うような友人(ヤツ)とは縁を切れ」


「君がそう言いたくなる気持ちはわからないでもないが、別にこの『遊戯(ゲーム)』に快楽を見出しているような殺人狂というわけではないよ。どちらかというと否定的なのだが、拠所ない事情があるとでも思ってくれればいい」


「事情があればいいというものでもないと思うが………………俺が言っていいようなセリフでもないか」


「全くその通りだね」


 楽しげに頬を緩めるラスク。


「しかし、実際に参加してみれば――」


 空を覆う天井を見上げるように顔を上げたラスクが、まるでそれだけで広大な戦場の総てを見通すかのように、ぐるりと視線を巡らせる。


「思いがけない意外な顔触れが揃っていたのにはすっかり驚かされたよ。君ら風に言うところの、ちょっとした同窓会気分だ」


 そして、ラスクの双眸は最後に戒を見た。


「君もその一人だよ。

 正確には、君の纏う『闇の衣』が、と言うべきだがね」


「――――っ!?」


 その言葉と同時に、ラスクは視線を合わせてきた。


 その双眸に魅入られた瞬間に体が揺れたのではないかと錯覚するほどの強い頭痛がした。


 覗き込まれるような、入り込まれるような、強い不快感に意識までが揺らぐ。


「それはとても貴重な――そう、いろいろな意味で貴重と呼べる『魔宝具』なのだよ。恥知らずの馬鹿者のせいで、行方知れずになってしまった物が何故、君の手にあるのかを覗かせてもらうよ(・・・・・・・・)?」


 ラスクが何かを言っている。


 聞こえない。


 戒は顔を手で覆う。


 指の隙間から見える光景が、激しく揺れている。歪んでいく。


 耳障りな音が聞こえる。それが自分の荒い呼吸だとしばらく気づかなかった。


 震えている。手が。足が。体が。


 篠宮戒という存在が揺らいでいる。


 頭が痛い。


 刹那、視界が黒く塗り潰された。



 ――ワスレルナ。ソノミニキザマレタ(・・・・・・・・・)ゾウオヲ(・・・・)――



 ぎりっと奥歯を噛み締める。


 脳裏で点滅する記憶の断片を、力尽くで握り潰す。


 殺意と憎悪が、自分の内側で急激に膨れ上がり――不意に霧散した。


「………か………はっ」


 悪夢から醒めた時のような、そんな違和感を覚えた。


 記憶に微かな欠落がある。


 いつの間にか、地面に膝を付いていた。無様に背中を丸め、嘔吐寸前のように前屈みになっている。


 ――まるで土下座をしているかのようだ。


 そんな状態の戒の頭を、ラスクが優しい手付きで撫でていた。


 ゆっくりと顔を上げると、哀れむような表情をしたラスクと目が合った。


「すまない。強引に触れてはいけない過去だったようだ」


「………っ」


 さすがにこの至近距離を許せずに、戒は即座に幼女との距離を開いた。覚束なさの残る足を叱咤し、地面を踏みしめ立ち上がる。


「手にしたわけではないのだな。君は『それ』を――」


「……黙れ……」


 霧散していた闇を再び、剣の形と成し、その切っ先をラスクの眉間に突きつける。


 ほんのわずかな隙間――軽く押すだけで傷を負わせられる距離にありながら、ラスクの表情は微塵も揺るがない。憐れむような、申し訳ないような、そんな表情で戒を見ている。


「それ以上続ければ、攻撃を自制できなくなる」


「すまない。全面的に私が悪いと認めよう」


 ラスクは謝罪の言葉と共に、あっさりと両手を挙げた。


「……俺に、なにをした?」


「手の内を明かすのは性に合わないのだが、無粋な真似をした謝罪はするべきなのだろうね。君が信じてくれるかどうかが懸念材料だが、私の瞳は『魔眼』と呼ばれる異能の力を宿したものでね。目を合わせた相手の過去を『視る』事が出来るのだよ」


「な、に……っ」


 真顔で何を言っているのかと呆れたくなる発言だったが――


 能力者という荒唐無稽な『力』を宿す輩が横行しているような世界において、そのような特殊な『力』が存在していたとしてもおかしくはない。


 問題があるとするならば、不躾に踏み込まれたという点だろう。


 過去を視る=戒の過去を覗き見たという図式が成立するのならば、先ほどの感覚を『頭の中を覗き見られた』と評するに違和感がない。


 そして、ラスクの双眸には確かに理解の色が浮かんでいた。


 どの程度までの過去を視られたのかはわからないが、いずれにしても不愉快なのに変わりはない。


「我ながらあまり好みではない不躾な手段ではあったのだが、君が『闇の衣(ソレ)』を手にした経緯によっては敵対してでも取り戻す必要があるのだよ」


「………ならば、ここで戦うか?」


「いや、君と敵対してまで取り戻す理由は無いよ。

 だからこそ、どうしたものかと悩むのだよ。私の手に余る由々しき事態であるが故に、この問題は保留という形にするのが妥当のようにも思える」


 途方にくれたように、ラスクは天を仰ぐ。


「つまり……?」


「その件に関しては、見て見ぬ振りをするさ。

 ………全く、これでは君の不興を買ってしまっただけだよ。我ながらわずかなりとも動揺をしていたようだ」


「………………………。」


 ラスクにどのような思惑があり、戒の纏う『闇の衣』にどのような曰くが付いているのか。


 戒にはまるで理解が及ばない範囲ではあった。


 わざわざ追求する意味も意義も感じなかったので、この無為な時間を早々に終わらせるべく、戒は解散を意図した言葉を口にしようとしたのだが――


 それよりも先にラスクの視線が戒から、その後方へとわずかにズレた。


 その双眸がわずかに細められた瞬間に、ラスクが感じたであろうものに戒も遅ればせながらに気づいた。


 正確には、空気を切り裂き何かが飛来する音を耳が聞き取ったのだが。


「――――っ」


 戒は地を蹴り、片手を上げようとしていたラスクを小脇に抱え、さらに一足飛びに数メートルを前方に跳躍する。


 その直後。


 寸前まで彼らがいた空間に、十数本ものナイフが突き立った。


 ドカカカカ……と重々しい音を立て、アスファルトに突き刺さったナイフ。人間の身体などあっさりと貫通しそうな殺傷力が秘められていた。


「ほぅ。これはこれは」


 荷物のように抱えられておきながら、面白い余興が始まったとでも言いたげにラスクが楽しげに呟く。


「空気の読めない無粋な輩が現れたようだね?」


「無駄な雑談に長々と足を止めていたこちらも相当に間抜けだとは思うがな」


「友好を深める会話に横槍を入れるのはどうかと思うがね」


「お前の認識と俺の認識では隔たりがあるような気がするが?」


「ふむ。まあ、誤解を招く行いをしてしまったのは事実だが、私は首尾一貫していたつもりだよ」


「………………。」


 戒はため息を吐きながら、小脇に抱えていたラスクを放り出す。


「おっとっと………」


 人形を放り投げるように放り出されておきながら、危なげなく着地を決めるラスク。


「さて、どうしたものかな?」


 可愛らしく小首を傾げるラスク。


 戒の持つ『PDA』が警告音を発する。半径ニ百メートル以内に『PDA』を持つ者が進入したことを示している。


 まだ姿の詳細は見えないが、どこか荒々しい気配を隠そうともしておらず、むしろこの『遊戯(ゲーム)』の空気に馴染んでいるように感じさせる何者かは、恐らくは『狩人(ハンター)』の類だろう。


「どうせ、俺の客だ。こっちで始末する」


「では、私は向こうの相手をしよう」


 戒が見据えている相手とは逆の方向を指差し、ラスクがにっこりと微笑む。


「なに?」


 横目で伺えば、赤い火線が高みから何十条も飛来しようとしていた。


 それは流星のように降り注ぐ、人間の頭ほどのサイズの火球の群れだった。


 アレが着弾し、炎を撒き散らせば、少なくても人間の生きていられる環境にはなるまいと思える程度には、膨大な熱量を孕んでいるのがわかる。


「いいのか?」


 およそ、十秒程度の猶予。


 常人であれば明らかに逃げ切れない状況でありながら、二人に焦りの色はまるでない。自らの脅威にならない稚拙な攻撃だと看破して、役割分担に時間を割く。


「背中は私に任せて、君は存分に戦うといい。


 いくつかの非礼の詫び代わりというには少しばかりアレだが、君と顔合わせをするには時期尚早だったようだ。この場での雑談はこれにてお仕舞いにしておこう。逢っておきたい昔馴染みを探す必要もあるし、ひとまずはそちらに注力するさ」


「勝手にしろ」


「また巡り逢う機会が訪れたなら、その時は私のこの場における無礼を謝らせて欲しい」


「この場で詫びていけ」


 もう会う必要は感じないという意図を存分に含ませて、しっしと追い払うように手を振る。


「再会の約束代わりのようなものだ」


「迷惑だ」


「譲歩してくれたまえ」


「再会の前提条件として、互いが生き残る必要があるわけだが」


「了解したよ。では、健闘を祈る」


 戒が面倒くさそうに言葉の中に含めた意図を正確に読み取り、ラスクは微笑む。


 互いに背中を向けて、それぞれが相手とするべき者たちを見据える。その先に言葉は必要なく、ラスクは片手を無造作に上げて、戒は一歩を踏み出す。


 仲間というには浅い関係の二人が、互いの背中を預けた戦いが始まる。



 ● ● ●



 背中越しに爆炎が弾ける音を聞いた。


 赤々と揺らめく色が周囲を染め上げていくが、見えない壁に遮られているかのように熱は一切通らない。


 それらを些事と気にも留めずに、戒はゆっくりと歩を進めていく。


 およそ、二百メートルの距離を歩き、悠然と待ち構えていた男と対峙する。


 年の頃は三十代前半ぐらいだろうか。


 ラフに着こなした服はどこか荒くれた無頼者を連想させて、サングラス越しの鋭い眼差しがその印象にさらに拍車をかける。


 筋骨隆々というわけでもなく、どちらかというと痩せたようにも見える体格だが、それは鍛え抜かれた肉体が締まっているからこそだ。


 染み付いた血臭が鼻につき、戒はわずかに片眉を上げた。


 だが、何よりも異質なのは、男の周囲に浮かぶ数十にも及ぶナイフの群れだろう。まるで縫い付けたように固定されたものから、無作為にフラフラと揺れ動くもの。


 数多のナイフが獲物を求めて、赤い炎の色を反射している。


「なんだ、お前がボーナスプレイヤーか?」


 意外という含みを孕んだ調子で男が言う。


「あぁ、そうだ」


 わざわざ訂正する必要を感じなかったので、戒は首肯する。


 向こうは戒を知っていそうな様子でもあったが、戒の記憶の片隅にも存在していない。つまりは一方的に知られているだけで、ましてや友好的なわけではないのは先の攻撃でとうに知れている。


「はっ!」


 愉快げに口を歪めた男が、嘲笑を浮かべる。


「そんな風に堕ちるとは滑稽だなぁ、反逆者ぁっ! 用済みになったんなら、さっさと死んで俺の懐を潤す糧となれよぉぉぉっ!?」


 ざぁっと一気に数を増したナイフが渦を巻き、次の瞬間には白刃を閃かせながら戒に襲いかかる。


「お断りだな」


 ナイフの群れは縦横無尽に不規則な軌道を描き、戒の移動を阻害し限定する。


 そして、必殺の軌道を描く白刃が、戒の四肢を狙う。


「この程度の飛び道具が、届くとでも思っているのか」


 半径二メートル。


 戒の纏う『闇の衣』の効果圏内に侵入した途端に、ナイフは見えない何かに削られるかのようにその質量を減じさせていき、あっという間に消滅する。


「な、にぃっ!?」


 驚きの声を上げる男との間合いを詰め、無造作に首を凪ぐ横凪の一閃を放つ。


「――なんて三下御用達のセリフを初手から言うような雑魚だと思われるのは心外だぞ、闇を纏いし者っ!」


 背中を反らすように――というよりはそのままブリッジするぐらいに上半身を後ろに倒した男が、両手が地面に触れた刹那に片足を跳ね上げる。


 その爪先は正確に戒の顎先を狙っており、直撃を受ければ脳震盪を免れないほどの威力を秘めている。


 それを紙一重で回避した戒は、そのまま後ろに数メートルを一気に跳ねてから着地する。


 さすがに甘く見すぎていたかと自省しながら、戒は剣を構える。


「なるほどな。お前はそちら側(・・・・)か」


 闇を纏いし者――戒が敵だと認識している連中が、そのような呼び名を付けている。


 付け加えて、先の口振りから察するに、この男はただの『狩人(ハンター)』などではなく、戒に放たれた刺客なのだと考えるのが妥当だろう。


 向こうの認識に誤差はあるが、やるべき事が変わらないのは自明だ。


「あぁ、そうだよ。てめぇの手の内なんざ知れてんだよ。例えば――」


 男の周囲に侍らせたナイフを、闇の衣の効果圏外に突き刺す。


 地面に切っ先が触れた瞬間、ドドドドンと一斉に起爆し、破壊の嵐をばら撒く。生じた爆炎は人間を容易く消し炭へと変えるだけの熱量を秘めていた。


「爆発で生じた破片や炎は、その『闇』の前にかき消されるが、発生した衝撃波までは相殺できない――とかな」


「確かにその通りだが……」


 爆発で生じた粉塵の帳を手で払いながら、戒が他所事のように言う。


 口では肯定しながらも、その内実にはズレがある。


 戒の纏う『闇』の消去対象は、突き詰めてしまえば装備者に迫る害意だ。それに優先順位を付けながら脅威判定の高い攻撃を消失させている。


 爆発で生じた熱量。飛び散る瓦礫。さらに追加で紛れ込ませていたナイフ。それらを確実に消去しておきながら爆発で生じた衝撃波が戒に鈍いダメージを与えているのは、単純に『闇の衣』の処理能力が追いつかなかっただけである。


 身体強化を施された肉体ならば耐えられるために脅威判定が低かったという点も含まれるが、要するに余ってしまっただけだ。


 侮れないだけの威力を秘めた攻撃を男が繰り出したのも事実ではあるが、現状において敵にさしたる脅威を感じてはいなかった。


「火力不足だな。その程度では届かないぞ」


「それも知っている」


 その声は間近で聞こえた。


「だから、必要なのは至近距離から放たれる単純な物理攻撃だろ?」


 放たれたのは拳と蹴りを交える確かな技術に裏打ちされた格闘術だ。


 顎先を狙った一撃に続く、腹を撃ち抜く重いストレート。その二撃を回避したとて、跳ね上がった足が側面から脇腹を抉るように放たれる。


「おらおらおらおらっ!」


 剣を持った相手に接近戦は愚考に等しいが、その間合い深くまで侵犯すると一気に形勢は逆転する。長い得物を振り回す余地を奪われ、コンパクトに身体を折り畳みながらも確実に体力を削り、痛みを蓄積させる重い攻撃が連続して襲いかかってくる。


 男の攻勢は止まらない。


 格闘戦を仕掛けながらも、周囲に配置した己の武器もまた巧みに使用する。


 無駄でありながらも完璧に無視が出来ない軌道でナイフを飛ばし、あるいはナイフを起爆させることで聴覚を奪い、集中力を掻き乱す。


 自らも巻き込んだ自爆戦術に近いが、男は戒の身体を盾にすることで自らに及ぶダメージを最小限に留めていた。


 得た情報を検証し、有利な状況を作り、着実に相手を追い詰める戦術は、男の実力が生半可なものではないという証明だ。


 確かな意味での狩人とさえ言えよう。


 男の攻撃を回避し、防御しながら反撃の期を伺うように見に徹する戒だが、男は反撃の暇すら与えまいと攻撃の回転速度を上げていく。それはやがて戒の――男の目からすれば、稚拙な防御を掻い潜り、幾度となく攻撃を当てていく。


「そのナイフは――」


「あぁ……?」


 人間の形をした暴威の嵐と化したようにさえ見える男は、不意に呟かれた声に男の気がわずかに逸れる。


 それは断じて攻撃の手が緩むという意味ではなく、戒の言葉を耳が拾う程度には狂騒の熱が醒めたというだけだ。所詮は微差の範疇ではあるが。


「あの『計画』の産物か?」


 回避と防御の合間にいくらかの直撃を受けながらも、戒の声は静かなものだった。平静であると言い換えてもいいくらいに、現状を意に介していない無関心ささえ含まれている。


「さぁな。ただ与えられただけのものだ。有用だから活用してやっているが、その出所などに興味はないな」


「………。その程度の深度ならば、もうお前に付き合う必要はないな」


「な――にっ」


 戒の言葉に違和感を覚えながらも、男の肉体は的確且つ最適な動作で渾身の一撃を繰り出していた。その拳の一撃はいつの間にか金属製の補強具を嵌めており、比喩ではなく首から上を吹き飛ばしかねない一撃だった。


 その一撃を、戒は確かな余裕を含んだ紙一重で回避し、そのまま一歩を踏み込んで相手の鼻先に頭を叩き込んだ。


 原始的な頭突きであるが、それは男のサングラスと鼻を潰すほどのものだった。


「なん、だとぉっ!?」


 一瞬で顔面を朱に染めた男が、今度は演技ではない驚愕をその顔に浮かべ、慌てて後退していくのを見送る。


「どうした? 何を驚いている?」


 事実として、男の実力は大したものではあった。


 それが常識の範疇であるならば、大抵の者は成す術もなく封殺されるであろう。


 ただ彼の認識に誤りがあったというならば、それはただ一つ。


 互いの立つ場所、その領域における認識の誤差に他ならない。


 人間の領域から一歩踏み外していると言ってもいいからこそ、まだ戒の居る領域にまで届いていないことは明らかだった。


 人外の領域に堕とされた戒にとって、同種の嗅ぎ分けはさして難しくはない。


 むしろ、嫌でも理解ってしまう(・・・・・・・・・・)


 眼前の男はまだ薄い(・・)。狂気がまるで足りないからこそ弱い。


 それは人間として安堵してもよいことなのだが、この男にとっては侮辱と大して変わらないのは明白だ。


 故に、それ以上の口上に意味を見出さず、戒は自らに差し向けられた哀れな『噛ませ犬』が動揺から立ち直るよりも先に攻勢に出た。


「ぐぅぅっ!? この野郎、ふざけるなぁっ!」


 放たれる数多のナイフ。


 そのいくつかを剣で迎撃し、いくつかは闇に飲まれて消えていく。


 強化した身体能力が生み出す脚力は、男との狭間にあった距離を一瞬で侵略する。


「―――――はっ!?」


「じゃあな」


 明らかに男の認識を超過した速度域は、男の意識を空白にしていた。


 きょとんと目を丸くした男が次の動作に移るよりも先に、戒は剣を横薙ぎに振るう。男の首の高さで。


 無造作な一閃は、無造作な結果だけを生む。


 血の糸を引きながら飛んだ首がごろりと地面に落下するのと同時に、噴水のように血を噴き出していた身体もまた倒れ付した。


 それで終わりの呆気ない決着だった。


「……ったく、」


 吐き捨てるような呟きは後に続かず、胸中で燻るような何らかの情動は形にならないままに次第に霧散していく。


 ――その直後。


 ズドンと足元まで響くような振動が通り抜けていった。


「………向こうも終わったか」


 文字通りの意味で気にしていなかった背後を振り返る。


 視線の先には立ち昇る噴煙を背負うように立つラスクが、ブンブンと手を振っていた。


 外見とマッチした仕種だが、その向こうにちょっとしたクレーターが生じているのを思えば、微笑ましいなんて感想が浮かぶはずもなかった。


 どこから苦情が来るわけでもないが、派手な真似をするとやや呆れたぐらいだ。


 左手を腰に当てて、戒は軽く肩を竦める。


「じゃあな」


 数百メートルと離れてはいても戒の声が聞こえている(・・・・・・)であろう相手に告げてから、ラスクから遠ざかる方向へと歩き出した。


 これにて得体の知れぬ幼女との邂逅は終わり。


 再会を仄めかされはしたが、それが叶わぬことを戒は望みながら、そもそもの予定通りに今後に必要になるであろう物を手に入れるための散策へと戻るのだった。







 やたらと使い勝手のよさそうな『武器』を携えた敵が登場!

 そして、あっさり退場。早ぇ。

 なんか勿体ないので『武器』には再チャンスを上げたい気分です。


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