21 静謐なる刃―① 『戒と爽馬』
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己が心を削ぎ落とした者。
己が心を内側に閉じ込めた者。
その奥底にある本質が似て非なる両者が今、対峙する。
理由を知ら無い敵意を抱いて。
● ● ●
『しかし、まあ、アレだな』
『いや、まったくね。まるで代わり映えのしない光景だ』
『少しは学習しろと言いたくなる』
『それは無理だろ』
● ● ●
――あいつは、俺の■■■だ。
● ● ●
二日目が終わり、この醜悪な『遊戯』の最終日が始まった。
場所は変わらず、ただ時が定刻を過ぎた。
ただそれだけに過ぎなかったが、変化はその境界を越境した瞬間に訪れた。
「………………」
静かになった。
奴の二つ名を思わせるような静謐に、しかし、奴は無関係に包み込まれている。
ありとあらゆる全てが、その瞬間に薙いでいた。
ただの現象に堕ちた死者の嘆きでさえ、息を潜めるように黙り込むか、磨り潰されるように消え去った。
残ったのは凍りつくような静寂でありながら、この空間には妖風が吹き荒れている。
表情は険しく緊張を孕み、戒をしても身構えざるを得ないような禍々しさが一帯を覆い尽くし、ただでさえ異常な空間をさらにもう一段階変異させた上で隔離させている。
用意された戦場と評するには、あまりにもおぞましい異界だった。
これは本能のレベルで訴えかける忌地だ。
健常な精神を持つ者ならば、近寄ろうとさえ思わないどころか、即座に逃げ出すだろう。
ぐつぐつと煮え滾るような悪意が沸騰している。
呪詛と狂気で汚染されている。
強制的に変異させられた空間が、世界の修正力と鬩ぎ合いながら激痛に絶叫している。爛れて膿んだ傷口は腐臭を放ち、なおも膨れ上がり続ける神威の憎悪が、喚き散らしている。
殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね殺せ死ね………。
耳には何も聞こえない。
だが、精神を確実に汚染している。
たった二つの音無しの単語が、このおぞましき異界で無限の繰り返しを奏でている。
報復の憎悪を叫び続けるだけの現象と化した存在の、病んだ悪意が顕現していた。
――さぁ、舞台は用意したぞ。
今宵も愉しい歌劇で、腹の底から嗤い転げさせてくれよォォ……――
耳の奥で木霊する声無き嘆きは、滴る毒のように蝕み、なにかを犯していく。
「………五月蝿いぞ」
戒はその全てを無視して、虚空を見上げる。
間もなくその視線の先に、『奴』は必ず現れる。
それは不可解なまでの確信だ。
顔を合わせたくなどないし、むしろ忌避感のようなものさえある。
逢いたくない。あいつと逢ってしまえば、それは『■』を悦ばせるだけのつまらない喜劇の幕開けと同義なのだ。
――なのに、互いを認識してしまえば、もう止まらない。
避けようとしても、それが一方通行では意味がない。
奴が――『静謐なる刃』が来る。
俺が目的なのでは、断じて無い。
ある種の忌避感は、あいつも抱いているはずだ。おそらくは無意識レベルで、関わりたくないと感じているに違いない。
それでもこちらに突き進んできているのは、挑発した世羅を追ってのものだろう。
単純そうな奴だ。感情には馬鹿正直で、それゆえに舐めた挑発をした世羅を切り刻まなくては気がすまない。
たまたまその通り道に俺がいた。
生命の奪い合いが始まる理由なんて、それだけで事足りてしまう。
理不尽で不条理だが、それは破滅的なまでに決定事項なのだ。
一度目の邂逅は、二度目への布石。
理由の皆無い殺意を植え付けるため。
二度目の逢瀬は、どちらかの生命が尽きるまでの終わらない円舞曲の始まり。
………………………………。
ああ。本当に実につまらない。
結局は、踊らされる傀儡人形のまま変わらない。
なんのことはない。
いろんなものを削り落とした篠宮戒という個人は、あの『静謐なる刃』と大して変わらないのだ。その事実の認識がたまらなく不愉快で、だからこそ鏡のような存在を叩き割りたくて仕方がない。
同じ穴の狢の共食いみたいなものだ。
もとより、世界の不純物。
存在そのものが迷惑な形に嵌っている。
ここでそれが一つ減るのならば、それも有益だろう。
「………………」
そこまでを無意識に理解していながら、現実の戒はそこまでをまったく理解していない。
ほんの刹那の思考は、かつての残滓を垣間見ているだけ。
あの瞬間の先にある後悔を、軋んだ心の悲鳴を、訴えているのだ。
やめてくれ、と。
アレはもう嫌だ、と。
頼むから気づいてくれ、と。
「………はぁ………」
戒は細い吐息を一つ、口の端から漏らす。
わけのわからないままに綯い交ぜになった感情を吐き出すかのように。
単純になれと自己暗示。
ほんの少しの時間だけ目を閉じる。
とっくに『静謐なる刃』の『知覚圏』の内側に取り込まれ、今では『刃』の効果圏内ですらある。
あいつはすぐそこにいる。
ゆっくりと目を開いていくその過程で。
――よう、久しぶりだな、馬鹿野郎。
久闊を叙するような感慨を抱いたのが、本当に不思議だった。
それでは、まるで俺が楽しみにしていたようではないか。馬鹿馬鹿しい。
それさえも刹那で忘れ去る『可能性』の残滓。
異界と化した世界が教えてくれた俺たちの■■。
「………………」
見上げる視線の先に、赤黒い光を背負って現れる人影。
両手をポケットに入れて、背中を逸らして、戒など視界にも収めたくないといわんばかりの横柄な態度で。
何らかの動作をすることもなく、しかし、圧倒的な有用性を持つ不可視の刃が放たれる。
一瞬で。
数百にも及ぶ数で。
まずは縦に切り刻もう。次は横に。ブロック上になった瓦礫を斜めに。そこから先は気まぐれに。ズタズタに。粉々に。跡形すらも残さない。
――あぁ、邪魔だぞ。視界に入るな。立ちはだかるな。切り刻むぞ――
暴力的などという言葉が陳腐に堕するような不可視の『刃』の暴嵐。
この蹂躙を無傷で凌げるような者など、一人もいないだろう。
たった一人の『例外』を除いて。
音も無く不可視の刃に切り刻まれた廃ビルが、大量の粉塵を巻き上げながら轟音とともに崩壊する。
瓦礫の山に降り立つ『静謐なる刃』。
険しい気配を表出させて、粉塵の帳に隠された空間を『視』ているのがわかる。
「………………」
狭間に十メートル弱の距離を挟んで、奴と向き合う形で何事もなかったかのように佇む戒。
逃げ場のないはずの刃の蹂躙が、ただの一筋の傷すら刻んでいない。
戒は一歩も動いていない。刻まれた足場が崩れた時に軽く上に跳ねただけで、結果としては落下しただけに過ぎない。
奴が外したなどというのはありえない。
だが、事実として、戒に『刃』は届かなかった。
単純に当たるはずの攻撃が、当たらなかっただけなのだ。
「気に入らない。不愉快だ。」
口を開くのも嫌そうでありながら、それでも何かを言ってやらなければ気が済まないといった風情の『静謐なる刃』。
「お前を見ているとイライラする」
「お互い様だ」
「鬱陶しくてたまらない。この手で切り刻んでやりたくなる」
「奇遇だな。俺もお前を目の前から消し去りたくてたまらない」
「……お前は微塵になるまで刻んでやる」
「安っぽい小者の台詞だな」
やや大仰な芝居がかった仕種で、戒は漆黒の衣を翻らせる。
右手には闇色に塗り潰された長剣――その切っ先を『静謐なる刃』の心臓へと向けて、
「――やってみろ。戯んでやるよ」
ただ静かに、淡々と告げる。
それが死闘の開幕ベルとなる。
それ以上の言葉は無く。
この穢れの満ちた戦場で。
ただそれだけは阿吽の呼吸で。
互いの生命を求めた疾走が始まった。
● ● ●
『しかし、いつまでも同じ結果を繰り返し見続けるのもつまらない』
『あいつがいつまでも嗤っているのも癪だしな』
『憎しみの理由すらも忘れて、呪詛を繰り返し呟くだけの擦り切れたような奴などどうでもいいがな』
『都合よく、亀裂も生じている』
『――ならば、それを利用させてもらおうか』
『面白そうな奴もいるみたいだし』
● ● ●
初めて視た『世界』は、とても美しく、綺麗だった。
初めて見た『光景』は、とても醜く、無惨だった。
一つの出逢いがあって――
一つの『約束』を交わして――
とてもとても残酷な別れを経て――
そして、僕は『孤独』になった。
● ● ●
眼はほとんど見えていない。
生まれた時からそうだった。
岸本爽馬にとって、世界とは最初から狭いものだった。
ほとんどの人間が当然のように享受しているものを、彼は中途半端に欠落させて生まれた。
そして、病状は年の経過とともに進行し、今では失明同然だ。
最後の記憶は、美しいものと醜いものが混交されていて、それを最後にその眼はなにも見ることなく闇に閉ざされた。
いらない。いらない。なにもいらない。もう見たくない。
僕の『光』はあの記憶だけでいい。
「………………………」
かつて交わした約束と。
何時か訪れるその刻を。
僕は忘れずに待っている。
だから――
誰だか知らないが、僕の邪魔をするな。
お前は嫌いだ。お前は敵だ。お前は邪魔だ。
ああ。気に入らない。本当に気に入らないから、さっさと消えてしまえ――と『刃』を放ち続けているのに、あの闇を纏った『誰か』は何時まで経っても死なない。
僕の『刃』が届かない。まるで見えているかのように避け続ける。その手に持った剣の一振りで砕いている。
あの時と同じだ。
この『誰か』は、鬱陶しいぐらいに面倒くさい。
簡単に死なない。逃げもしない。
それどころか、着実に距離を詰めてこようとさえしている。
それがわかる。
「………ウザいな」
爽馬には視覚という概念が、もう存在していない。
彼は見るのではなく、感じているのだ。
岸本爽馬の知覚圏とは、己の力を及ぶ範囲まで広げたものだ。その内側にある全てを肌で感じているという表現が近いだろうか。それら得た情報に処理を施して把握していく能力が、岸本爽馬の真骨頂と言えるだろう。
死角無き知覚圏は、半径二キロにも及ぶ彼の世界。
隠れることなど出来ず、侵入した者は瞬時に把握し、攻撃圏内――約五百メートル――に入った途端に『刃』が放たれる。
それは能力者としても『規格外』と言う他ない『能力』だった。
しかも、能力は時間の経過とともに増大を続けている。まるで底無しの穴に永遠と水を注ぎ続けているように。
爽馬は自分が並外れているのだと自覚している。
その上で『力』を使うことに躊躇がない。
――なのに、その『力』を十二分に振るっているというのに、何故あの男には傷の一つも刻めない?
プライドなどと呼ばれるものに重きを置いてはいない爽馬だからこそ、会戦後しばらくは遠距離攻撃に徹していたのだが、それは単純に時間の無駄でしかなかった。
当たらないし、容易く砕かれる。
異常な結果だった。
すでに三桁を超え、四桁にも届こうかというほどに放たれた必殺の『刃』が、放たれた数だけ常人を殺している静謐なる死神の鎌が、ことごとく空を切って命中しない。
全方位を覆い尽くす空間攻撃。豪雨に濡れない者がいないように、それら全てを回避しきれる者が存在するはずも無いのに、その全てを奴は前進しながら躱す。
「―――――はぁ?」
それに爽馬は驚愕する。しないわけがない。
その結果を生んでいるのは、悠々と散歩しているかのような足取りだ。
奴は遅い。速くはない。少なくてもこの刃の嵐を見て躱せるような身体能力は持ち合わせていないのは明白だ。
ではなぜ、なにがこんな真似を可能としている?
爽馬にはまるでわからなかった。
だが。
奴が意にも介していないのは明白だった。
「お前は、なんだ?」
漏れた呟きは、純粋な疑問に満ちていた。
「………………」
だんっと強く地を蹴る音が耳に届いた時には、奴は一気に加速していた。
虚空を飛翔する爽馬に、地面を滑るような低空から一気に追いすがる漆黒に包まれた影。
腕の一振りで、二十にも及ぶ『刃』を放つが、当たるはずの攻撃はその悉くが奴を避けるような軌道を描く。
真っ直ぐに直進してきているような移動のくせに、なぜだどうしてだわけがわからない理不尽にもほどがある。
瓦礫の破片やガラス片は掠めていたりするのに、何故僕の刃だけが届かない。
「――っつぁっ!?」
漆黒の剣のその切っ先が、胸元を掠めて服の生地を裂いていく。
追撃を避けるために、空間転移を行い奴から距離を取る。
五十メートル以上の十分な距離を取ったはずなのに、気がついたら奴の気配は目前に存在していた。
まるで返礼と言わんばかりに、縦横無尽な斬撃が放たれる。
手と足と胸元と頬と――
ほとんど一瞬で傷を刻まれて、おまけとばかりに胸元に靴底を押し付けられたかと思えば、押し出すように蹴り飛ばされた。
「おぉ――ぅがぁっ!?」
砲弾のように打ち出される身体。
衝撃で頭が揺れ、脳が撹拌される。
混濁しそうになる意識が途絶える直前に、爽馬は民家の壁にぶち当たって強制的な停止を余儀なくされた。
ちょっとやそっとの傷などは瞬時に癒されていくデタラメな体質だが、痛みそのものがなくなるわけでもないし、構造そのものは人間のものと変わらない。頭を強く揺さぶられれば、脳震盪は起こるし、鳩尾に一撃を受ければ、呼吸困難にも陥る。
なまじ、これまでに苦戦というものを経験してこなかったのが、この場合では爽馬に不利に働いていた。
「――ふざけんなよ」
ならばと空間転移で相手の死角を狙った近接戦に移行してみれば、さらに輪をかけた悪手となってしまった。
まるで、それが確定事項であるかのように。
悉くがこちらの思惑を無視して、奴には一切の攻撃が届かない。
「………うっ、くぉ……おおおおおおおおおおおおおっ!」
苛立ちを吐き出すように吠えて、全方位に『力』の衝撃波を飛ばす。
これは隙間がないので避けようがないし、また距離を詰めてきていた奴にしてみれば、不意打ちも同然になったはずだ。
なのに、それさえも奴はあっさりと凌いで見せた。
縦斬り一閃。
それだけで自身に迫った衝撃波を両断してのけた。
「――なっ、がっ」
普通に視覚を有していれば、爽馬は目を剥いていただろう。
一切の手加減を抜いた『力』の波動だ。無作為にばら撒いたとはいえ、少なく見積もっても大型のトラックがアクセル全開で突撃してきたぐらいの威力はあったはずなのだ。
爽馬は自身の『力』を過小評価していない。
全てを切り裂く『刃』だけでなく、己の内側に在る『力』の質量が並外れているのだという自覚もある。
なのに、何故、その全てが張りぼてだったかのように扱われなくてはならないっ!?
そんなのはおかしいじゃないかっ!!
「くそっくそっくそっくそっ」
厳密に言えば、力に力で対抗されたわけではない。
柔よく剛を制す――そうした業を用いた斬撃だった。
言い換えれば受け流したといってもいい。
だが、爽馬の渾身の悪足掻きをあっさりといなされたことに、何の変わりもない。
――戯んでやるよ。
最前の言葉が蘇える。
奴はそれ以来、一言も言葉を発していないからこそ、爽馬も簡単に思い出せた。
……………………僕は…………遊ばれている、のか?
こんな奴に……?
そう思い立った瞬間に、思考が漂白されたかのように空白となった。
その刹那の自失を奴が見逃してくれるはずもない。
たまたま近くにあったという理由で、自動販売機が蹴り飛ばされる。蹴りの一発で握り潰したタバコの空き箱のようにひしゃげたのを知覚する。のみならず、吹き飛んでくるその質量が凶器となって迫りくる。
「――あっ!?」
迷わずに『刃』を放ち両断すれば、その『刃』を砕きながら突き出てくる漆黒の切っ先。
「がぁあっ!?」
苦鳴が漏れる。
紛れもない苦痛の呻きを爽馬はあげさせられた。
空間転移で回避したために直撃こそ避けられたものの、その先端が脇腹を削っていった。
クリーンヒット。
今までで一番のダメージに、痛みよりも屈辱が勝る。
「………この、野郎っ!?」
そして、怒りに駆られた爽馬が、追撃に迫る彼に対して選んだのは殴打。
握り締めた右の拳を放っていた。
「………………」
ため息を吐かれたような気がした。
能力で一方的な蹂躙を繰り返してきた爽馬の殴打は、速さも威力もない稚拙なもので、癇癪を起こした子供が腕を振り回しているだけのような幼稚な一撃には当然のように手応えはなく、逆にすれ違いざまに確かな経験の上積みされた膝が鳩尾に抉るように叩き込まれた。
「ごぉ――ぱぁがっ」
弾き飛ばされた肉体は何度か地面をバウンドしてから、ビルの壁面に突き刺さり、上下が反転した状態でようやく停止する。
痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い。気が狂いそうだ。
なんだこれは?
どうしてこうなる?
僕は、こんな奴に、負けるのか?
それは嫌だ。
絶対に嫌だ。
途轍もない嫌悪感がある。
僕は、こいつにだけは、殺されたくない――――っ!
こいつにだけは――そんな思いが湧き上がり、憤怒に塗り潰されて顕現する。
「お前なんかにぃぃぃぃぃっ!!」
耐え難い。許せない。こんなはずはない。こんなわけがない。認めない。負けてたまるか。殺されてたまるか。
僕には――僕にはぁ………………っ!?
子供の駄々のような思考を千々に乱れさせながらも、だからこそ爽馬の意識領域を染め上げていく無意識が攻撃を先鋭化させていく。
よりその数を、その鋭さを増す『刃』を檻のように展開しながら、爽馬は叫ぶ。
「刃の檻の中で、切り刻まれろぉぉぉぉぉっ!」
千にも届くであろう『刃』が放たれて、その区画を蹂躙するべく爆ぜた。
● ● ●
『しかし、アレはなんだ?』
『うん?』
『アレは、お前の仕込みなのか?』
『………いや、流石にそこまでの『ご都合主義』は、仕掛けられなかったよ。物語は既に幕引きされていて、亀裂を刻んだとはいえ、今はまだ結果が確定されている。あの呪いは片方だけ越えても意味がない。異なる可能性に変革を託しはしても、それはほんのわずかな底上げに過ぎないよ。我ながら情けない限りだがね』
『では、誰が?』
『それこそ、偶然の産物じゃないかな。かくも世界は不思議に満ちている。我々には想像出来ないことでも、誰かが想像したならば、それは現実に成り得る可能性を秘めている』
『あるいは優しい優しい神様の導き……なのかも知れないな』
『………………。あぁ、そうかも知れないね』
『――ならば、期待をさせてもらおう』
『とりあえずは見届けるとしようか』
『そうするか。あまり掻き混ぜすぎるのも変な悪影響の種になる』
● ● ●
それは――
本人にさえも自覚の無い無意識の中で処理された瞬間を切り刻んだ刹那の思考。
――あぁ、理解る。
考えるよりも先に、反射のように体が動いている。
縦横無尽に繰り出される『見えない刃』の軌道を、出現を、正確に見抜いている。
いや、それが放たれるよりも先に、その全てが読めている。
理解る。理解る。理解る。
ともすれば、それは『静謐なる刃』の思考を先読みしているかのようだ。
あいつが何を考え、こちらの動きからどのように思考するかを理解っているかのようだ。
永く戦い続けてきたかのように。
何度も何度も殺し合いをしてきたかのように。
いつも、背中を預けて共に戦ってきたかのように。
俺はあいつを理解している。
あいつも俺を理解している。
だから、あいつの攻撃は当たらない。
絶対に当たらない。
当たるはずがない。
あいつが、俺を、殺せるわけが無いのだから。
………………………………………………あぁ、理解っているさ。岸本爽馬。
――だというのに、お前はなんだ。
そんな風に『目』を閉ざしていれば、見えるものも見えなくなる。
そんなこともわからないのか、お前は。
………あぁ、それとも――まさか、今度は、自分の番だとでも言うつもりか?
ふざけるなよ。この大馬鹿野郎がっ!!
● ● ●
繰り出されたのは無限にも等しい数で編まれた『刃』の檻。
「――っ!」
必滅が約束された『刃』の群れを、しかし、戒は剣の一振りで砕き散らした。
ガラスの破砕音は、連鎖していく。
砕け散った破片が『刃』を次々と砕いていく。
あまりにも鋭すぎる『刃』は、それゆえに脆い。
あまりにも密集させすぎたからこそ。
それを乱された瞬間に、壮絶な自壊の工程へと移行した。乱れ散る破片の乱舞は、もしもそれが不可視でなければ、凄絶なまでに美しい光の乱反射を生んでいたかも知れない。
さらに一振りで、『静謐なる刃』へと続く道を斬り開き、戒は地を蹴った。
心は薙ぎのように冷静でありながら、その深奥で得体の知れない何かが渦巻いている。
強く、強く、強く。
削り落としたことで枯渇した感情を揺さぶるほどに。
その正体はわからないが。
それが『静謐なる刃』に起因しているような気がする。
「………………」
だが。
そんなものはどうでもい。
今は躊躇なくこの機を逃さない。
闇を固めた長剣の切っ先が、違うことなく爽馬の心臓を射抜こうとしている。
通常の攻撃ではないので、刺されば『能力者』でも容易く殺せる。
それが『静謐なる刃』であったとしても、今ならばまだ。
その確信がある故に、戒は止まらずに剣を突き出し続ける。
最早無防備とさえいってもいい敵に向けて。
驚愕に目を見開いている奴の顔。
年相応に思える幼さの残る顔立ちを、戒はこの時に初めて見た。
そんな風に思えるほどに、まるで記憶に残っていなかった。
「………………」
何故か、それがとても残酷な認識のように思えた。
そんな不必要な感慨とともに、剣の切っ先が奴の心臓に届く。
――終わりだ。
揺るぎない確信を抱いたその刹那――何故か、ほんの些細な疑問が生まれた。
こいつは、誰だ?
先刻よりもさらに輪をかけた、心の底からどうでもいい疑問だった。
なのに、何故かどうしようもなく気にかかる。
無視が出来ない。
静止したかのように秒を無限に切り刻んでいく時間の狭間で自問自答。
奴は『静謐なる刃』と呼ばれる能力者。
荒んだ眼差しの盲いた少年。
口を開けば幼稚な悪口雑言。
躊躇無く他者を害するような精神性は、決して相容れるものではないだろう。
例えどんな理由があったとしても、マトモに生きている奴を害する権利など誰にもありはしないのだから。
だが、こいつもまた降りかかる火の粉を払っているだけなのではないか?
精神が幼いからこそ、やり方が過激になっているだけで。
何も学んでこなかったからこそ、ただのバカにしか見えないだけで。
こいつは、本当は、誰よりも、他人を、傷つけられるような、強さなんか、まるで持ち合わせていない、そんな、どうしようもないくらいに、弱くて、甘いような――
――ああ。そうか。
その瞬間、彼の脳裏を過ぎ去ったのは、ひどく当たり前の事実だった。
―― こいつは、俺の…… ――
目の前の殺すべき相手が、何者なのか。
仕組まれた『呪い』を超えて得た――その単純な答えが、戒の手を止めていた。
「――あ……?」
しかし、脳裏を過ぎ去った『真実』は霞みのように消え失せて、自分が何に気づいたのかもすぐにわからなくなる。
ただ呆然と静止する身体。
意識もまるで追いつかない。
その致命的な隙を『静謐なる刃』が見逃すはずも無く。
「あ? あぁ、う……わっああぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
形振り構わぬ無様な有り様で、それでも致命傷に至る『刃』が、は、な、た、れ、て――
● ● ●
『――あぁ、やはりこうなったか』
『流石だね。そして、こちらは相変わらず不甲斐ない』
『そう言ってやるな。こういう状況で手を止める理由が、向こうには無い。むしろ、止める方が愚かと言う他ないだろう?』
『………そりゃあねぇ。そうかもしれないけれど、やっぱり抱くのは忸怩たる思いだよ。それこそ死にたくなるぐらいにはね』
『そう腐るな。甲斐がなくなる。
――さて、それでは停滞した円環、それを崩す螺旋の一手、これより始まる未知の結末を見届けるとしよう』
『他人任せなのが情けない限りだが』
『なに。受けた恩はいずれ返せばいい。それだけの話だ』
『迷惑ばっかりかけているのに、愛されているな』
『それを迷惑だなどとは、もう口が裂けても言えんよ』
● ● ●
そして――『二人』は『孤独』になる。
それはあらかじめ定められた運命。
出逢った瞬間に、そうなるように仕組まれた強固な呪い。
かくして、傀儡は呪いの糸に操られるままに悲劇を実行する。
全てを仕組んだ者は、実に面白い喜劇がまた繰り返されたと嗤う。嗤う。血塗れの涙を零しながら嘲嗤う。
過程や結果はその都度によって異なるが、幾度も繰り返されたこの結末。
これは彼らが『二人』である限り、決して逃れ得ない。
故に、今――
この『特異点』で――
さあ、ようやく二人のバトルが始まりました。
早速終わってしまいそうな上に、かなりゴチャゴチャしてますね。我ながら面倒な設定を組んだものだと今さらながらに痛感してます。しかも、それをぶっ壊す必要があるんだからもうね。
この戦いは作為的であるからこそ喜劇的であり、彼らにとっては『運命』という繰り糸に操られるままの予定調和に過ぎません。始まってしまえば、もう逃げられない――そういう形の戦いです。なのに、お互いにまだ相手の名前もロクに覚えていないというか、知らないところに、状況の異常さが如実に現れているのではないでしょうか?
それと最後に一言。
爽馬、弱っ――とか言ってやらないであげてください。
作者の愛が半分ぐらい詰まっていますが、これは必然の結果なのですよ。そこら辺に関しては次話で、いろんな奴らがボロクソに語ってくれます。




