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3 戒と世羅

  3






 ――『また、明日』――



 ● ● ●



あたしの友達になって(・・・・・・・・・・)くれないかしら(・・・・・・・)?」


 人気の絶えた虚構の街。


 戒と『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』との戦闘の余波で刻まれた破壊の痕跡のある路上で、殺し合いが前提となったサバイバルゲームの舞台で、目の前の闖入者から場違いなセリフを聞いた。


「………なに?」


 埒外の言葉に、戒は思わず聞き返す。


 耳がおかしくなったのかと本気で思い、本当に久しぶりに驚かされた。


「ん? だから、あたしの友達になってよ?」


 無邪気な表情で首を傾げている桜堂世羅という名の少女を見やる。


 淡い色のややクセのある髪は肩で切り揃えられており、両サイドの一房が桜色のリボンで緩くまとめられている。大きな瞳といい、肌の白さといい、可愛らしさと凛々しさが両立した顔立ちといい、戒の好みではないものの男子に騒がれるだけの事はある。


 余談ではあるが、スタイルも平均を上回っているらしい。


 あの(・・)学園でもそこそこ知られた有名人だ。


 容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群という主人公のような三要素を兼ね揃えておきながら、学生の域を超えたそつのない態度で要領よく他者に負の感情を抱かせないようにしている――などとクラスの情報通が語っていた。


 成程。確かに、常人離れした度胸と頭の回転は認めよう。


 彼女にしてみれば、学園における処世術などは呼吸をするのと大して変わらない程度の労力しか必要とするまい。


 などと考えていると――


「言っとくけど、本気よ。

 それにあたしから求めたのなんて、実のところ初めてなんだからね」


 悪戯っぽく言いながら、ウインクのおまけまで付ける始末。


 冗談を言っている風ではないのは確かだが、自身の置かれている状況を本気で理解しているのかどうかが疑問だった。


「――何故、わざわざ俺に関わろうとする?」


 戒がまともではないのは明白だろうに。


「媚を売らなくても、お前には手を出さん」


 戦う手段に関しては疑わしいが、食事と隠れる場所さえ提供すれば、彼女ならばどうとでも乗り切るだろう。それぐらいの図太さはありそうだ。


 その程度までなら、この不自然な闖入者の面倒を見てもいいと考えていた。


 さすがに状況を理解していない危うい立ち位置の世羅を放置するのは気が引ける――と思えるぐらいには人間を忘れてはいない。


 ――とはいえ、あくまでもそこまでだ。


 そこから先の段階になると、むしろ戒の近くにいる方が余計な面倒を招き寄せかねない。


 それなりに方々から恨みを買っているので、戒を始末しようと刺客を紛れ込ませている者がいないとも限らない。


「いや、そーゆー姑息な思惑とかなくて純粋に、友達になってと言ってるんだけど……」


 不器用ながらも気遣おうと苦心している戒の思惑を、しかし、世羅は手をパタパタと左右に振りながら壊しにかかる。


「………………………。」


 どうせ『PDA』を持っていないのだから、気絶させて縛り上げて誰も探しそうにない場所に放り込んで、『遊戯(ゲーム)』終了後に回収するなりした方がいいのかと真剣に検討をする。


 だが、回収時に死体になっていたら目も当てられないので、構想段階で断念した。


「断る――と言わせてもらいたいが」


 なにやら面倒な流れになりつつあるのを感じていたので、断ち切るように言った。


「そこは素直にうなずきなさいよ。話が進まないでしょ」


 当然のように、世羅は諦めずに食い下がってきた。


 自分の身の危険や今後に対する不安など微塵も感じられない。


 本気で戒と友達になりたがっているとしか思えず、


「そういう問題ではない」


 わずかな苛立ちが語気を強めた。


「いいからいいから。気にしないで」


「そういうわけにはいかん。この問題を棚上げすると、後々に無駄な労力を負うはずだ」


「このあたしが友達になってと頼んでるのよ」


「それがどうした?」


「レア度激高よ」


「だからどうした?」


「あ~もう。じゃあ、そっちはしばらく保留ってコトでいいから、あたしと手を組んでよ」


「根本的な意味で、提案の内容が変わっていないのだが」


「細かい突っ込みはいーから。足手まといだと判断したなら、その時は見捨ててもらっていいわ。それまでは面倒を見てほしいのよ」


 打てば響くようにとはこのことか。戒に考える時間を与えないようにしているとしか思えないほどに矢継ぎ早に言葉を繰り出してくる。押し切るつもりかというとそうでもないのだろうが、やりにくい相手だという印象が強くなる。


 少なくても、口で勝てる類の相手ではないのだとこの時点で悟った。


「………最初から、最低限の面倒は見るつもりなんだがな」


「あら、そーなの。優しいわね」


「ここでお前を放置するほど、人間を捨ててはいない」


「惚れたわ。友達になって♪」


 取り合う価値のない戯言は無視する。


「何を好んで、お前はこんな下らない『遊戯(ゲーム)』に首を突っ込む?」


 わざとらしいぐらいに重たげなため息を吐いてから、遠回しにではあるが世羅の持ちかける同盟提案を受け入れた意を含め、問いかける。


「必要に駆られての判断よ。首を突っ込むというよりも、とっくに巻き込まれているんだから、他の参加者(プレイヤー)に見逃してもらえるなんて楽観はしないで、知識と身を守る手段は確保しておくべきよね? 血気盛んというか、殺人大好きみたいな頭のイカレた連中もかなり跳梁跋扈してるんでしょ?」


「なるほど。もっともだ」


 すらすらと紡がれた言葉に感心しながら、桜堂世羅に対する評価を上向きに修正する。


 異常な状況に置かれておきながら、無闇に騒ぎ立てるような愚行にも走らずに冷静さを保っていられるのは希有な才能だろう。


 真っ当に育ってのものならば、賞賛に値する。


 だが、そうした人間でさえ、狂い壊されていくのが『遊戯(ゲーム)』の性質だ。自覚のない部分を露わにされて、生死を分かつ極限状態に追い詰められた人間の選択は醜悪だ。ただ生きたいという渇望のために、人間はあらゆる悪を再現する。


 それを何度も目の当たりにした戒は、目の前の少女がそうなるのは嫌だと思った。


 大した理由もなく、そう思ってしまった。


 後にして思い返せば、この時点でいろいろと諦めてしまっていたのだろうと戒は述懐する。


「それに、あたしがどうして鞄を二つ(・・)持っていると思う?」


 内心でため息を吐いている戒には当たり前だが気づかずに、世羅は続けていた。


「成程と言っておこう」


 それに関しては完璧に見落としていた。


「前後の状況から察するに、気を失う前に一緒にいた友達も巻き込まれている可能性があるのよ。それを確かめずにはいられないのが一番の理由ね」


「………友達、か。それはつまり、柊のお嬢様という認識でいいのか?」


「知ってるの?」


「一応は、クラスメートだからな」


 柊、雪菜。


 どちらかが欠席でもしない限り、学園で毎朝必ず声を聞く少女だった。


 クラスで浮いている戒に挨拶をしてくる奇特なクラスメートの一人。


 どちらかというと西洋風の世羅とは対照的に、純和風の大和撫子という印象が強く、何処となく儚げな顔立ちは人形のよう。その名に刻まれた雪のように真白色の長い髪。おっとりとした大人しげな雰囲気の持ち主。十分以上に人目を惹く容姿なのは間違いないのだが、美しさが過ぎると逆に近づき難いという実例でもある。


 そういう意味では、繰り返しとなるが世羅と様々な意味で対照的な人物である。


 さながら太陽と月の如く――そんな風に思う。


 故にこそ、柊雪菜は太陽(セラ)に惹かれたのだろうか。


 高嶺の花のように扱われ、それゆえに親しい人間が限られている柊のお嬢様が、友達になりたいと自分から近づいていったという噂話を聞いた覚えがある。


 ともすれば、それが世羅の現状に直結しているのかもしれない。


 有数の資産家でもある柊家と政治的に対立している何者かが、娘の大事な友達を使って警告をする――裏ではよくある話だが、ありがちな分だけ有効ではある。


 この『遊戯(ゲーム)』をそうした駆け引きに利用するのは難しくない。


「――いや……」


 仮にそうだとしても、現状における世羅の立ち位置の杜撰さは手抜きで片付けられるレベルを逸している。それこそ始まった瞬間に殺せるような配置になっていないとおかしい。あるいは、慌てふためく様から殺すまでの過程を録画して送りつけるつもりなのかも知れないが、それならば、そもそも敵側である戒と遭遇するような場面は発生しないだろう。


 その線は薄いと判断すべきなのだが、何故か全くの無関係とも思えない。


 そう。その考えは正しいが追求するべき角度を誤っているような――正面でもなければ、裏でもない、搦め手のような側面からの死角に真実は潜んでいるような、そんな気が不自然なまでの確信を伴ってしたのだが。


 それを明確な形で掴むよりも先に――


「………ああ、そうね。雪菜のクラスには何度か足を運んでるから、なんとなくあんたの顔に見覚えがあるような気がしてたのね」


 些細な疑問の解を見出したような顔で何度かうなずいている世羅の声で、戒の思考は朧と消えていた。


「…………。あのクラスは個性的な人間(・・・・・・)が多過ぎる(・・・・・)。お前の認識が薄いのも無理はない」


 それなりに目立つ外観なのだと(不本意ながら)自覚している戒だが、あのクラスはそれを上回る個性が群れを成しているので都合よく埋もれられるのだ。日頃から意図的に気配を静めているのも一役買ってはいるのだろうが。


「あ~。まぁ、そうかもね」


 世羅は苦笑を浮かべてから、


「ところで、さっきから何か言いたげに見えるんだけど?」


 そんな意図を混ぜたつもりは無いのだが、横目の視線に含みがあるように思われたのだろう。やや棘を含んだ口調でなにやら促してきた。


 わざわざ口にする必要は感じていなかったのだが、この際なので些細な疑念を晴らしておくことにした。


「単純な推測だ。例えば、お前たちは巻き込まれた。そして、柊雪菜が先に目を覚まし、事情を把握した上で行動を開始した。お前の『PDA』を抜き取った上で………という考えが成立しないでもないと思うが?」


「無いわね」


 秒にも届かぬ即答だった。


 桜堂世羅はこちらの推測を、検討する価値すらない愚昧な意見であると断言した。


 どころか、やや怒りを滲ませた眼差しで睨んでさえきた。


 親友が侮辱されたも同然なのだから、もっともな反応だと戒は肩をすくめる。


「あんたは同じクラスだから知ってるかもだけど、雪菜は普段のおっとりした雰囲気とは裏腹に、頭の回転が速いし、特殊な状況下でも冷静さを維持する胆力の持ち主よ。ことによれば、精神面ではあたしよりも強いといってもいいくらいにね」


「精神面はどうか知らんが、意外に肝が座っているのは事実だな」


 どのような思惑があるのかは不明だが、物怖じせずに戒に毎朝のように挨拶をしに来る図太さがあるのだから。


 お近付きになりたくないので、未だに一瞥以外のものは返していないが。


「もしも、雪菜が『PDA』を手にしていたなら、たちどころに自分の置かれた状況を理解した上で行動を開始するでしょうね。このバカみたいな『遊戯(ゲーム)』に乗らない場合は、近くにいるあたしに協力を求めないでいる理由がないわ。

 また乗る場合に至っては――あたしが生きているのが疑問になる。もしも、彼女がこの『遊戯(ゲーム)』に本気で参加するつもりなら、近くで寝てるお手頃な獲物のあたしを生かしておく理由なんかないもの」


「………決断すれば、そこまで吹っ切れるのか、あのお嬢様は」


 見た目とは裏腹にというか、見た目や普段の振る舞いからは想像もできない。

 ほとんど詐欺のようなものだ。


「あの娘、あれで意外と容赦ない部分はあるわよ? 敵対した上で怒らせたりとか、裏切ったりとかはNGね」


「………………わかった。気をつけよう」


 ひどく冷静に自分の親友の行動を推測する世羅だが、どう考えても後者の可能性は最初から切り捨てており、あくまでも口にしているだけという印象だった。実際にそうならばそうなるだろうと確信していながら、柊のお嬢様に裏切られる(この言葉が適切かどうかは疑問だが)とは微塵も思っていないらしい。


 もっとも、それは戒も同意見ではあった。


 わざわざ疑問を呈したのは、世羅の意見を確認しておきたかったからに他ならない。


 彼女たちを結び付けているのは、その程度で揺らぐような安い友情(もの)ではないようだ。


 そう思えたことに、ほんのわずかな安堵を抱く。


「クリア条件がそれを阻んだ可能性もあるが?」


「その可能性が低いのは、あなたが証言しているわよ。そもそもそれなら自分の痕跡を残すような間抜けをしないわね」


 世羅が二つの鞄をパンパンと叩く。


「どっちのパターンで考えても、その行動における雪菜らしさが皆無なのよ。よって、あたしの考えとしては二択のみ。そもそも巻き込まれてはいない。もしくは巻き込まれてはいても、雪菜自身は『遊戯(ゲーム)』の参加者(プレイヤー)としては含まれていない」


「つまりは、人質としての隔離、か」


「そーゆーこと」


「大した信頼だな」


 言葉にすれば単純だ。だが、自分の生死を含めた上でそこまで考察できるのは――そうした言葉には当てはまらない別の何かなのではないかと思わないでもなかった。


「こそばゆい表現だけど、親友だもん。当然よ」


 微苦笑を浮かべ、軽く肩をすくめる世羅。


「さて、ちょっと脱線しちゃったけど、結局のところはどうなの?」


「どうとは?」


 問いの意図が掴めずに、戒は聞き返す。


「あたしと手を組んでくれるの?」


 それまでのやや難しげな表情からは一転して、世羅はにやりと口の端を吊り上げる。


 背中が寒くなる嫌な笑みだった。


「………返答は済ませたつもりだが」


「口にはしてないわよね? あたしは回りくどいのは嫌いなのよね。何事もわかりやすい形で伝えるのが一番だと思うのよ」


 こちらの意図を理解したうえで、わざわざ言わせようとしているのは瞭然なので、それに素直に応じるのはなんとなく抵抗があった。だが、結局は同じことなのだと諦め交じりの納得をして、重たげに口を開く。


「………いいだろう。さっきも言ったような気がするが、最低限の面倒をみるまでは付き合ってやる」


「面倒見てもらうのと手を組むのとじゃあ、ちょ~っと意味が違うし、この上ない渋々感が気に入らないけれど、まあいいわ。よろしく頼むわね」


 満開の笑顔で手を差し出してくる世羅。


 その意図がまるで読めずに瞬きを一つ。


「同盟成立の握手よ。基本でしょ?」


「知らんな」

 さすがにそこまで気を許す気にはならずに、そのまま背を向けてすっかり止まってしまっていた歩みを再開する。


 夜よりも深い赤い闇の中、牢獄に等しい戦場に静かな足音が響く。


「もうっ! ノリが悪いわね」


 その闇の暗さを祓うような軽い足取りが続く。

 即座に追いかけてきた世羅を横目で見やりながら、内心ではため息一つ。


 殺伐とした疑心暗鬼渦巻く戦場にありながら、場違いな空気を放散する存在との接触に少なからず気が緩んでいたのだろう。


「ところで、気になってたんだけど、あんたのあれ(・・)って『闇の衣』でしょ?」


 だから――


 何気なく続けられた世羅の言葉に、自分の中で何かが(ヒビ)()れるのを自覚した。


「―――――」


「あたし、そっち方面(・・・・・)にはそれなりに首を突っ込んでるから、ちょっとは詳しいのよ。何処でそんな代物を手に入れたのか興味が――」


 世羅の言葉に被さるように、戒にしか聞こえない声無き声が怨嗟を叫ぶ。



 許サナイ。許サナイ。絶対ニ許サナイ。貴様ラ必ズ殺シテヤル。一人モ残サナイ。



 血涙を流しながら、胸を怒りの業火で焦がし、憎悪で汚れた誓約を咆哮する。


 それこそが全てを奪われた俺に残された唯一の渇望(ねがい)


 故に薄れることさえ許さない。



 忘レルナ、ソノ()ニ刻マレタ憎悪ヲ――。



 底抜けの悲憤を塗りたくられた呪詛の囁きが耳の奥に木霊する。



 永劫ニ忘レルナ――と。



 ズキリ――と、あまりにも強い頭痛に視界が赤く滲んだような錯覚さえ覚える。


「おい」


 戒の怒りは静かなものだ。


 もとより感情表現が希薄な方だが、その深度がさらに深まることで静謐なものへと近づいていき、反比例するように殺意の鋭さは増していく。刺すようなという表現があるが、文字通りの意味でのそれに等しい。


「なに?」


「あまり俺に踏み込むな。誰でもいい気分(・・・・・・・)になる時もある(・・・・・・・)


「これは失礼」


 静かな呟きに含まれた冷えた殺意を正面から受け止めながらも、世羅は笑顔を小揺るぎもさせない。


「………………」


 柳に風とはこのことか。


 実演を目の当たりにしては、気勢を殺がれることこの上ない。


「少し不躾な踏み込み方だったわね。気を悪くしたなら謝るから、許してね?」


 あまり反省した風でもないが、静かにはなったのでよしとする。


 我ながら大人気ない対応ではあったという自覚もあるので、仕切り直しの意も含めて『PDA』を取り出し、地図情報を呼び出す。


「ふむ」


 世羅と会話をしている間にそれなりの距離を稼いでいたらしく――足を止めていた時間も長かったが――いつの間にか隣の区画(エリア)にまで進んでいた。


 自身のいる区画(エリア)に関しては、詳細を閲覧できる仕組みになっているので更新された情報を確認し、今後の方針を決定する。


「桜堂世羅」


「世羅でいいわよ。フルネームで呼ばれるの嫌いだから」


 どうでもいい主張をしてきたので、無視を決め込んだ。


「食料を調達した後で仮眠を取るようにしたいのだが、異論はあるか?」


「あたしの呼び方に異論があるんだけど。それはさておき、食べ物とか休む場所とか用意されてるの?」


「ああ。ここは街を模して作られた虚構(ジオラマ)だが、『遊戯(ゲーム)』中のライフラインは生活可能なレベルで整えられている。ここにある物を参加者(プレイヤー)は好きに使っていい。それが何であったとしてもな」


「うんざりするぐらい手が込んでるわね」


 いっそ呆れたような顔で言う世羅。


「同感だ」


 今回の『遊戯(ゲーム)』の期間が三日と設定されている以上、ある程度までは人間が生きられる環境を用意するのは当然である。終盤で餓えて動かない人間ばかりという状態になるようでは不手際どころか、『遊戯(ゲーム)』そのものが成り立たない。


 もっとも、だからといって、即日暮らせるような街を造り上げるのもそれはそれでどうかと思わないでもないが。


「そういう連中だ。ガキの思考のくせに、そうした準備の手間を惜しまないどころか豪華絢爛極まりない」


「その傍迷惑な労力を、もっと役立つ方向に向けて欲しいものね」


「同意しておこう。

 ……話を戻すが、この区画(エリア)にはコンビニがある。品揃えに関しては『上』と遜色ない。消灯されているのと店員がいないだけで、そこにある物は好きに持ち出していい。早い者勝ちではあるがな。ホテルといった宿泊施設も利用可能だが、こちらは迂闊に使えば強襲されるという欠点もある」


「その手の情報は『PDA』から?」


区画(エリア)移動をすれば、その都度区画(エリア)情報が更新される仕組みだ。食料、宿泊施設、武器の在り処などといった情報から、他にも設定された条件を満たせば他の『参加者(プレイヤー)』の位置情報も得られる」


「その条件は?」


「今回の『遊戯(ゲーム)』では自身の『PDA』を中心とした半径ニ百メートル以内に、他の『参加者(プレイヤー)』を侵入させることだ。直接的な接触をする必要はなく、視認をする必要もない。お互いに無自覚で接近し、警告音が鳴ることで偶発的な戦闘が起こる可能背もある微妙な範囲ではあるがな」


 そうした接点を持った『参加者(プレイヤー)』の現在位置は、同じ区画(エリア)内にいるならばいつでも『PDA』で確認が出来るようになる――という旨を補足として伝える。


「………確かに、この『遊戯(ゲーム)』にそれは必需品のようね。それを所持していない状況というのは著しく不利で、餓えた獣の巣に裸で放り込まれたようなものでしかないわね」


 納得したようにうなずいてから、嘆くように世羅は両手を上げる。

 お手上げとでも言いたいのだろうか。


「お前が陥っている状況は、明らかに異質だがな」


「それでも、経験者(あんた)から情報が得られてるんだから、それは不幸中の幸いね。

 ………………本当、最初に逢えたのが戒でよかったわ」


 しみじみと呟く世羅。


「………。それで今後の方針に異論はあるのか?」


「ないわね。ちなみに仮眠は何処でとるの? いくらなんでも路上はもう嫌よ? 贅沢抜かすなとか言わないでよ?」


「それは俺も考慮に入れていない」


 ホームレスのように公園のベンチなどを利用するのが手っ取り早くはあるのだが、『PDA』を手にした状態で野晒しになるのは悪手もいいところだ。


 こちらから近づかなくても、相手が近づいてくれば――互いの位置がわかるという意味では何の違いもないのだから。


 故に、最低でも一見で居場所が特定されない場所が望ましい。


「近くにホテルがある。前置きしたように強襲の危険性は否定できないが、序盤といってもいい段階でそこまで積極的な攻勢に出る(バカ)はそうはいないだろう。無警戒というのも問題はあるが、必要以上に張り詰める必要もない」


「うん。それには同意見」


「お前は『PDA』を所持していないから居場所を特定されないという優位性(アドバンテージ)もある。迂闊な真似をしない限りは、それなりに休めるはずだ」


「言われてみれば、それもそうね」


「――以上だ」


了解(りよーかい)


 敬礼っぽい仕種を見せる世羅。


 そこから先の食料調達から仮宿までの道程は雑談に終始した。


 ――とはいえ、戒と世羅では日常というものに対する認識がズレているので、半ば必然的に世羅が話題の提供をして、それに戒が応じるという形になった。


 実のところ、雑談をする必要も無いのだが、とにかく世羅が黙らなかったのだ。


 鬱陶しかった。



 ● ● ●



 ――午前四時二十七分。


 コンビニで適当な食料を調達し、仮宿として選んだビジネスホテルに到着したのが、およそ三十分前。


 世羅はさっさと食事を済ませ、ぱっぱと部屋を見繕い、シャワーを手早く済ませて、あっさりと眠りに付いている。


 その順応性に呆れと頼もしさを同居させた微妙な感想を抱きながら、戒も適当に選んだ部屋の椅子に腰掛け、窓際から外の光景をなんともなしに眺めていた。


「………………。」


 頭の片隅を占めている懸案事項は、桜堂世羅に関するものだ。


 この『遊戯』において、辻褄の合わない不自然な闖入者。


 あるいは『敵側』が用意した新手の催し物(アトラクシヨン)かと疑う気持ちは少なからずあるが、戒はシロだと判断していた。


 根拠はない――が、裏に身を置く者特有の暗い影を感じない。


 血の臭いもしない。


 あくまでも戒の私見だが、彼女からは『戦う者』としての強さを感じない。


 哀れな一般人が『獲物』として放り込まれたと考えるのが妥当なのだが、それにしては行動がおかしい。


 戒と『静謐なる刃』の戦闘に割り込む意味がない。


 そこに理由があるとしたら、それはなんだ?


 表と裏のどちら側に属するものであったとしても、そこに意味があるとは思えない。


 あるいは――


 何の打算もなく、あの戦いを止めようとしただけだとするならば、それは――


「………………………………ただの馬鹿だ」


 戒は迷いなく断じる。


 何かの確信、ある種の衝動、あるいは考えなしの暴走、そのいずれかであったとしても、実際に行動に移せた時点で微量の狂気を孕んでいる。


 それは『死』の可能性を自覚しておきながら、動けたという一点だ。


 時に、人間は反射で行動をする時がある。


 例えば、車に轢かれかけた子供を助けるために。


 例えば、頭上の落下物に気づいていない誰かの手を引くために。


 例えば、生命の危機に瀕した誰かを救うために。


 自分の生死を厭わずに、身体が勝手に動く場合というものは存在する。

 それは人間の善性を象徴する美しい行動ではあるが、大半はただの反射だ。


 しかし、あの戦いにおいて、そのようなものが働く余地はない。


 己の力量を過信しているわけではないが、マトモな神経を持った人間であるならば、一瞥しただけで身動きが出来なくなるであろう戦場になっていたはずだ。


 反射で動くよりも先に、本能が身を竦ませる。


 それでもなお踏み込めるような人間は、明らかに何かが欠けている。

 それこそ、世界の『裏』に関わりを持つ輩であろう。


「………………。」


 思考の堂々巡りにため息を吐く。


 他人の事情にいちいち首を突っ込むほど暇な性分ではないのだから、無駄に他人の事情を探るような思索をやめておく。


 どちらにせよ、最初から結論は出ている。


 桜堂世羅は正体不明で用途不明。

 厄介事を招き寄せる可能性のあるお荷物だ。


 最低限の面倒を見るとは言ったが、今の時点でその義理を果たしたと思わないでもない。 茫洋とした眼差しで窓の外の景色を眺めながら、どうしたものか――と、内心で呟く。


 時折。


 遠くで何かが光っているように見えるのは、戦闘の余波だろうか。それとも悪趣味な鬼ごっこの戯れだろうか。


「………………。」


 意味も無く、手に持った『PDA』を軽く放り投げ、落ちてきたそれを受け止める。


 実のところ、世羅に意図的に説明しなかったことが二つある。


『PDA』から得られる情報の中には、『参加人数』と『現在の生存者数』も含まれている。


 今回の『遊戯(ゲーム)』の参加者は『狩人(ハンター)』が六十人。無作為に各エリアに配置された『獲物(プレイヤー)』が百九十六人。


 合計二百五十六人が、この『遊戯(ゲーム)』のために配された『駒』の数である。


 最低でも百人規模と口にした世羅の倍以上の人間が、この舞台に配されている。


 そして、現在の生存者数は二百四十三人。


 遊戯(ゲーム)開始から四時間弱が経過した今、すでに十人の『獲物(プレイヤー)』が退場(リタイア)しており、またこれは少し意外なのだが『狩人(ハンター)』側も三人退場(リタイア)している。


 この場合における退場は、死亡と同義であるのは言うまでもない。


「………………。」


 もう一つは『狩人(ハンター)』に適用されるルール。


 前提条件としての『七十二時間の生存』は、世羅に告げた通り偽りはない。


 だが、もう一つ。


 これは強制ではなく、運営側から提示されているものなのだが――『獲物(プレイヤー)』を一人狩るごとに、生存時の賞金が上積みされるように設定されている。


 ゲームの進行を円滑にするための『狩人(ハンター)』サイドへの発破のような思惑だろう。


 この『遊戯(ゲーム)』は『狩人(・・)にとってのボーナス(・・・・・・・・・)ゲームのようなもの(・・・・・・・・・)――と世羅に説明したが、本当に文字通りの意味でボーナスを与えるという側面もあるのだ。


 人の生命を代価にした賞金として。


 ………………なぜ、そうした『事実』を伏せたのか。


 話の流れからそれを口にする機会もあったが、前述したように意図的に口にしなかった。


 そこに明白な理由はない。


「………………。」


 だが――


 そんな理由で殺されるために集められた人間が、百九十六人いる。


 そんな理由で殺そうとする人間が、六十人いる。


 そんな理由で死んでしまった人間が十人、塵屑(ゴミクズ)が三人いる。


「……あぁ、そうか」


 何かの勘違いで世羅を慮ったという可能性は消えた。


 ただ単純に、戒が不快だっただけだ。

 そうした事実を言葉にして羅列するのが。


「………はっ」


 口の端が、自嘲するように歪む。


 特に感慨を抱くこともなく、己が目的のためにこのような『遊戯(ゲーム)』に度々参加してきたが、場違いな一般人を傍らに少し侍らせただけで、自分が何か大切なものを見落としているのだとまざまざと自覚させられた。



 ――反吐が出る。



 ああ。そうだ。こんな催しを真面目に開催するような連中も、人間の生死に喜悦を覚えるような連中も、嬉々として参加しているような連中も、諸々全てひっくるめて反吐が出る。


 口に出したその言葉――その感性が、いつの間にか薄れていた。


 戒がこれまでに参加した『遊戯(ゲーム)』において、対峙した敵対者を当たり前に処理(・・)し続けるのが役割だった。


 裏社会の塵屑同士の潰し合い――そうした種類の『遊戯(ゲーム)』を基本的に選んでいる。今回のような一般人(ひがいしや)の含まれる種類のものには、雇い主(クライアント)の意向でもない限りは参加しない。


 だからこそ、処理に感情の揺らぎを覚えたりはしない。そもそもそんなものを覚えるような者ならば、そうした『遊戯(ゲーム)』で生き残れはしない。


 だが、だからといって感覚を鈍磨させては、文字通りの意味で同類だ。


 哀れにも巻き込まれた『獲物(プレイヤー)』からすれば、戒も模範的な『狩人(ハンター)』もさしたる違いはあるまい。


 裏側に浸り、闇に染まり、気づけば己もまた『敵』と同じ場所まで堕ちている。


 ――それはよくない。


 矜持などと上等な呼称が出来る資格を失ってはいても、あんな奴らの同類になるほどに堕ちるわけにはいかない。


 血に塗れているのは同じだが、あいつらのように腐ってはいない。


「………やれやれだ」


 ため息を吐く。

 胸の内に溜まっていた重たい何かを外に出すように。


 それから視線を上に向けた。

 ちょうど真上の部屋で、世羅は穏やかな眠りに就いているのだろう。


「桜堂、世羅……か」


 人間的な意味での興味はない。

 事情への関心もない。


 最低限の義理は果たしたと判断してもよく、そうであるならば、当人の意思をさておけば、行動を共にする理由もない。


 数分前までは、このままこの場を立ち去るという選択肢も浮かんでいたし、そちらに意思が傾いてもいた。


 しかし。


 今はもう不思議とそんな気は失せていた。

 もう少しぐらいならば、彼女と行動を共にしようと思っていた。


 厄介事が生じれば、その時にまた考えればいい。


 珍しく多少の楽観論を織り交ぜた今後の方針を決定してから、戒は目を閉じる。熟睡しない程度に軽く眠って、身体を休める必要はあった。『静謐なる刃』との戦いでそれなりに消耗はしているし、世羅の相手で精神的に疲れてもいる。


 警戒を緩めないままに身体を弛緩させて、意識を沈めていく。



 ――あたしの友達になって(・・・・・・・・・・)くれないかしら(・・・・・・・)



 浅い眠りに就く寸前に脳裏に再生されたのは、世羅の世迷言(よまいごと)


「………………ふざけるな」


 それに対する戒の返答は、馬鹿馬鹿しいの一言でしかない。

 保留という話になっているが、戒の答えは変わらない。変えようがない。


 お前のような奴は(・・・・・・・・)俺のようなモノに(・・・・・・・・)関わるな(・・・・)



 ● ● ●



 午前六時三十七分。


 夜の刻限を意味する赤黒い照明が、朝の白へと変化していく中――


 休息のために沈めていた戒の意識を浮上させたのは、『PDA』の発するメールの着信音だった。


「きたか」


 遅かれ早かれ、運営側からの動きがあるとは思っていた。


 連中は全てを(つぶさ)に観ている。


 場違いな闖入者を連中がそのままにしておくはずはなく、現時点で最も身近にいる戒にコンタクトを計るだろうことは容易に推測できる。


 『PDA』に添付されたメールの内容は、その推測に違わぬものだった。


「………よし」


 思考も束の間、戒は直ぐに行動を開始した。


 簡単に顔を洗う程度で身支度を済ませ、上階の世羅が寝床に選んだ部屋へと向かう。


 ノックを二回、五秒の間を置いて中に入る。


「………………………………………………………。」


 中はひどい有り様だった。


 いや、訂正。

 ひどい有り様で世羅が寝ていた。


 別に戒の気づかぬ内に侵入者があって、世羅が殺されていたなどという話ではない。


 ただ単純に、戒でさえ抱いていたかもしれない『女の子』という幻想を跡形も無く崩壊させかねない凄まじい光景が展開されていたというだけの話である。


 下着姿の――半裸の世羅が、寝相が悪いとかいう次元を超越した得体の知れないポーズで、ベッドの上から転がり落ちていたのである。


 さすがにいびきまではかいていないが、逆さになった顔の口元に涎は垂れていた。


 せめて、地震でもあったのだと思ってやりたいぐらいだった。なかったが。


「………………おぉぇ………………………………?」


 自分の口から漏れる呻きのような音の意味がわからない。


 なんだ、コレ(・・)は――などと疑問符を脳裏に浮かべながらも、極めて冷静かつ冷徹に状況を俯瞰している部分が、ほんの数時間前の自分の考えを忘却の彼方へ廃棄しろと淡々と脳に指示を送っていた。


 今すぐにこの場を立ち去りたい。全てを忘れて何事もなかったかのように別の寝床を探して、そこでもう少しばかりの仮眠を取りたい。そうすればすっきりして、真面目に『遊戯(ゲーム)』に励めるだろう。励みたくはないが。


「………どうしろと?」


 とりあえず手で顔を覆い、視界を塞ぐ。


 劣情を催したりはしないが、目に毒な光景なのは確かだった。いろんな意味で。


 なにをどうしたところで墓穴になりそうだが、世羅が目を覚ますまで待つのは論外だ。


 途方にくれた戒の呟きが『遊戯(ゲーム)』とは別な意味で、激動になるであろう朝の訪れを告げていた。



 ――二十分後。



「………………殺伐とした環境にあって、なお人間らしさを失わないために必要なのは適度な笑いよ。アレはあたしのイメージが壊れるのも厭わない体を張ったギャグだったのよ。そう。お茶目な一面をアピールというか、お互いの狭間にある緊張を解して距離を縮めようとか、意外性を演出して好感度をゲットとか、そんな諸々な思惑よ。それに、あたし起きてたし。あんたの気配に気づいていたからこそ、あんな有り様……じゃなくて、ドッキリ映像みたいに恥を晒して……でもなくて、えっと、あの、その………そーゆーことなのよ。あんたならわかってくれるわよね? ね? あたしは、あたしはぁぁ――――」


 真っ赤になっている顔を隠すようにうつむいている世羅が、ベラベラと滑らかに聞き苦しい言い訳を並べ立てている。本人も冷静さを失っているのは明白で、その内容は支離滅裂というか、見事に意味不明だった。


 途中からは聞き流していたし、「お前は馬鹿か」と喉元まで出かかった。


「桜堂世羅」


 台風にでも行きあったかのようにボロボロになっている戒はため息を吐きながら、まだ続きそうな世羅の長広舌を断ち切る。


「はい。あの、その、フルネームで呼ば――」


 どうでもいい主張を無視して、もう一度ため息を挟んでから続ける。


「もう何も言うな。俺も何も言わない」


「………ありがとうございます」


 現状に至るまでの諸々の出来事は省略するとして、昨夜仕入れておいたものを使った簡単な朝食をすませながらの会話だった。


 むっつりと不景気な顔の戒が、コンビニのおむすびを口に運ぶ。

 うつむいたままサンドイッチを、チビチビとリスのように食べる世羅。


 気まずい空気だった。


 だが、いつまでもそうしていられるほどヒマな立場ではない。

 再三のため息を吐きながら、


「お前宛に運営からのメールが届いた」


 その内容を表示した状態で、世羅に『PDA』を軽く投げ渡す。


「―――きゃっ!?」


 受け止め損ねた世羅が、『PDA』を床に落とす。


 乾いた音とともにわずかに床の上を滑った『PDA』を目にした世羅の表情が一変する。どこかコミカルなものへと変じていた空気が、一気に引き締まる。


 その切り替えの速さに、戒が抱いたのは呆れよりも感心だった。

 何が大事なのかを理解して、その線引きを明確にしている。


 やはり頭に花が咲いているような類の馬鹿ではない。


 ――なかなかに失礼で辛辣な呟きを内心で漏らす戒だが、先の一件で被った被害を考えれば妥当なところであろう。


 世羅に対する評価は、現時点ではかなり暴落している。


 さておき。


「……『不測の迷い娘へ。午前八時までに所定の場所にこられたし』って、また随分と簡潔な内容ね」


 サンドイッチと『PDA』をそれぞれの手に持った世羅は、皮肉げに唇の端を持ち上げる。


「下手にヒネる理由もないだろう」


「まぁ、変な暗号を送られても鬱陶しいわね。

 ………それにしても、やっぱり監視はされてるみたいね」


「これは観戦者ありきの『遊戯(ゲーム)』だ。そこかしこに監視・盗聴用の機材が設置されているのは自明だ。むしろ、されていない場所を探すのが困難というべきだ」


 逆に考えるとそこまで設備が整っているのならば、世羅に音声だけで伝達事項を届かせるのは容易なことのはずだ。なのにそれをせずにやや回りくどい手法をとったのは、ゲームの興を削ぐ行為だとでも運営側が考えているからに違いないと戒は考察している。


 余計なところにこだわりを持つ面倒くさい連中なのである。


「う~ん」


 そんな声に視線を向けると、世羅もなにやら考え深げな様子だった。


「どうした?」


「いやね。あんたが言うように機械的な何かで監視されてるのは確かだと思うんだけど、それとは別な感じで視られてるような感覚があるのよね。途方もなく大きな『視点』の片隅に自分が映ってるような感じとでも言うのかなぁ……?」


 それは自分でもよくわかっていない感覚的なもののようで、言葉を探しながらのような物言いだった。


 戒にはまったくわからない感覚だったが、世羅の言葉を吟味して置き換える。


「………。機械類では(・・・・・)補えない部分を(・・・・・・・)別の何かで(・・・・・)補完している(・・・・・・)――ということか?」


「そうそうそれそれ。そんな感じよ」


 言いながら、自分の膝を平手で軽く叩く世羅。


「その『何か』がどういうものかはわからないけどね」


 どことなく心当たりがありそうな口振りではあったが、口にしないのは確信が得られないからなのだろう。


 ならば、追求する必要はないと戒は判断した。


「んぅ? ちょっと待ってよ」


 なんらかの疑問を形として得たのか、世羅が眉根を寄せる。


「なんだ?」


「手段はさておき、常に監視されてるような状態で、悪趣味で暇な金持ちや権力者にノーカットで観覧されてるってことは―――あたしのシャワーシーンもサービスカット扱いされてるってことになるわよね?」


 笑顔なのに恐ろしい――そんな矛盾した表情に、語尾の段階で変貌する世羅。

 目が笑っていないし、こめかみには青筋が浮いている。


「ノーコメントだ。………八つ当たりもするなよ」


 降参するように両手を上げながら、戒は念のために釘を刺しておく。

 これ以上、下らないゴタゴタで生傷を増やされてはたまらない。


「ぐぬぬぬ……」


 拳を握り締めて、しばらくプルプルと震える世羅だった。


「過ぎた話はどうでもいい」


「どうでもよくないわよ。路上で寝てたのとか、あんたらのバトルのとばっちりとかでそこそこ汚れてたから、かなり念入りに身体を洗ったりしたんだからね。それがノーカットで脂ぎったクソ親父とかに晒されてるとか思うだけで、もう身の毛がよだって仕方がないわっ!? 監視カメラとか盗聴機器はどこにあるのっ! 今すぐに全部ぶっ壊すわよっ!!」


 毛を逆立てた猫のように、きしゃーと叫ぶ世羅。


 やや乱暴な言葉遣いにだんだんと素が出てきたな、と他人事感満載ながらも思う戒だった。


「それで、どうするつもりだ?」


 世羅の怒りにはまったく取り合わずに、むしろ冷や水を浴びせるように冷静な声で告げる。


「………~~っ………乗るわ」


 やや切り替え切れていない部分が表情に残っていたが、それでも世羅はうなずいた。


「今の状態だと他に選択の余地はないからね。相手の出方が知りたいし、いつまでもイレギュラー扱いされるのも、それはそれで不満だしね」


「なら、さっさと――」


 空になったお茶のペットボトルをテーブルに音を立てて置く。


「ええ。直ぐに動きましょ」


 戒はさっさと行ってこいと言うつもりだったのだが、世羅に同行するのが当然のような発言を被せられた。


「………………ん? 俺もか?」


 首を傾げる戒。


「当然でしょ」


 何を当たり前のことを聞いてるの、という風にこれまた首を傾げる世羅。


 二人して首の角度が四十五度くらいになった状態で無言のお見合いをすること十秒。


「何故だ?」


 戒は根本的な疑問を問いかける。


「今のあんたはあたしの保護者みたいなもんでしょうが」


「違う」


 はっきりと告げたが、聞き入れてはもらえなかった。


「あんたの主張は聞いてませ~~ん。あたしは決定事項を口にしているの。そもそも最低限の面倒を見るって言ったんだから、最低限の面倒の項目の中に保護者役は十分含まれると思うんだけどね~~」


「それはお前の見解であって、俺がその意見を反映しなくてはならない理由にはならない」


「聞こえませ~ん聞こえませ~ん。

 ………あぁ、でも、あんたって自分で言った発言にも責任が持てないようなちっちゃい男だったんだ~。失望しちゃうなぁ~?」


「幼稚な挑発だな。乗るとでも思っているのか?」


「う~ん。あんたはやっぱり冷静(クレバー)ね~。これは簡単に崩せそうにないわ。まあ、もっとも、簡単に崩れてもらっても困るんだけど………」


「俺で遊ぶな」


「そんなつもりはないんだけど、暫定でも相棒(パートナー)の性格は把握しておきたいじゃない。あんたに見捨てられるとほぼ詰んじゃうような立場だしね」


「――なら、もう少し殊勝な態度を心がけろ」


「お願い。一緒に来て、戒」


「………………………………ちっ」


 漏れたのは舌打ち。


 あなたからあんたへ、それから遂には名前呼び。


 馴れ馴れしさが段階的に上積みされていき、またその加速度が半端ではない。まだ遭遇してからほんの数時間であるのに、ここまで踏み込んできた人間は記憶にない。


 ………………いや、あの白い髪のお嬢様は初対面の第一声が、すでにアレ(・・)だったか。


 あのお嬢様も大概だが、この状況下でそこまで踏み込んでくる世羅も並外れている。


 ――あぁ、本当に面倒な奴だ。


 とても目が離せそうにない。


「わかった」


 戒がこの上もなく嫌そうに告げると、世羅はとてもうれしそうに笑った。

 嫌味さのまるで存在しない爽快な笑顔だった。


「――――はぁ……」


 最後に。


 戒は明らかに増えているため息をまた吐いた。







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