17 舞台裏について―③ 『闇と刃について』
「――さて、舞台裏の説明はこれぐらいにして、あなたの求める本題に入るわよ」
「ようやくね」
「黒衣の彼と刃の少年――闇を纏いし者と静謐なる刃。」
「戒と爽馬ね」
「わたしがあの二人の存在を知ったのは、あの夢を視た時が最初。殺し合いの果てにどちらかが欠けるのが確定しているのだから、あまり重要視もしていなかったわ。そして、それ以上の深み――あの二人に纏わる『因縁』を垣間見たのは、この『遊戯』に参加してからよ」
「………………」
「――あらかじめ明言しておくけれど、荒唐無稽さがこれまで以上に増すわよ。それでも聞く?」
「教えて」
迷わずに即答した。
真奈美は噛み締めるように瞑目し、やがて口を開いた。
「あの二人の『運命』には何者も介入が許されない。個々人と遭遇することは出来ても、対峙したあの二人の間に割り込むことは何人にも許されてはいない。邂逅の初戦は、再戦への布石。二度目の遭遇時に、彼らの仕組まれた『運命』は成就する。
――出逢った『二人』は、『孤独』となる」
「それはつまり、あの二人が戦えば、どちらかが必ず死ぬということね」
何故――と思う。
だが、あの二人が戦えば、その結末はどちらかの『死』しかないだろうとも思う。
再びの遭遇を忌避する素振りを見せる戒が、爽馬を語る時に見せる冷たい眼差し。それは何かに上書きされたかのように感情の宿らぬ無機質な殺意。
その瞬間だけ、まるで別人になったかのように、世羅は思ったのだ。
「仕組まれた、ね? あの二人は誰になにをしたのよ?」
………………。
あれ?
――いや。少し待て。
自分で質問をしておきながら、その内容に違和感を覚える。
戒はこの『遊戯』での遭遇が最初だと明言している。爽馬も顔見知りという印象ではなかった。
間違いなく初対面である二人が、何故『二人』であるのを前提に何かを仕組まれるのか?
それでは順番がおかしい。
「………………」
その世羅の疑問を察したのだろう。
真奈美は名状しがたい表情で世羅を見て、虚空を見上げた。
「信じる信じないはそっちの自由だけど、事の発端は『前世』よ。それも数え切れないぐらい遡らないといけないぐらいのね」
「また随分と夢見がちな言葉が出てきたわね」
「わたしが知っているのは、あくまでも『知識』でしかない。本来ならば、知り得るはずもない『過去』――それも『前世』と呼ばれるほどのものまで遡れたのは、ここが『特異点』化した影響でしょうね。
でも、それは戦う術を持たないわたしが知っても意味がない情報。
――だから、それを知る必要のある者に伝えるための『伝言者』――それがわたしの役割だと思ったのよ」
真奈美は不思議な光を宿した双眸で、世羅を視る。
「信じる信じないはそっちの勝手だし、そうした裏事情を知らなくてもあなたならその行動はきっとなにも変わらないとは思うけどね」
「――だったら、聞いておかないと損ね」
「その考え方は本当に香澄みたいね。おかしくなっちゃうわ」
クスクスと笑う真奈美。
「お姉ちゃんみたいな人だし、カッコいいからね。そりゃ影響も受けるでしょうよ」
「わたしはあんな風にはなりたくないけどねぇ」
「それは価値観の相違でしょ」
「そうね」
苦笑を浮かべてから、真奈美は本題を再開する。
「今とは少し違う時代。異なる法則で編まれた世界。そこで生きていた最初のあの二人は親友で、背中を預けて戦える相棒で、確かな絆で結ばれていた」
「………想像するのが難しいわ」
あの二人が背中を合わせて何かと闘う光景を想像しようとして、それが不可能なのだと悟ると素直に諦める。
………正直、ギャグでも無理。
「それは今後の課題ね」
真奈美も苦笑い。
「戦いが日常の世界観で、倒した『敵』の一人に『そいつ』はいた。
まあ、あっさり殺されたわけだけど」
「なんの盛り上がりもないわね」
「………でも、死の瞬間に世界に焼き付いた憎しみ。その執念深い恨みが神域へと至り、彼は『超越者』として覚醒した」
超越………と資格。
この二つの単語には、どうにも世羅が知らない意味があるような気がしてならない。
「彼の望みは復讐。そのために二人の『魂』に腐毒を混入した。彼らが死んでも、その『魂』が受け継がれる限り、世界が終わらぬ限り、いつまでもいつまでも繰り返されるたった一つの『命令』を実行し続けるように……」
「それが……」
「出逢った瞬間に芽生える殺意。どちらかが死ぬまで殺し合いを続ける衝動。
その『呪い』は成就したわ。最初の二人は何事もなく天寿を全うしたわけだけど、その『次』からは何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も………呆れるくらいに『呪い』は繰り返された。どちらかに偏ることなく、常にどちらかが死んだ」
何度も何度も………その光景を『夢』として視たのだろう。
その表情は滑稽な喜劇を憐れむように、うんざりとしたものだった。
「しかも、呆れることに覚えているのよ、あの二人」
「………覚えて、いる?」
「いつもいつも殺した後に後悔するのよ。無自覚に涙を流して、その理由も知らないままに悲しむの。その『魂』に刻まれた記憶が、慟哭するのよ。いつもいつも………いっつもよ。本当にバカみたいに」
真奈美がその頬に一筋の雫を伝わせる。
どこか達観した雰囲気を漂わせている彼女をして、その心を揺さぶり涙を流させる――その悪夢はどれだけ繰り返されてきたのか。
「………………」
とても嫌な気分になる。
仕返しにしてもタチが悪い。自分の手を汚さずに、お互いの手でそれを成そうとさせる辺りが特に。
その『誰か』とやらは、あたしの大嫌いなタイプだ。
「………あぁ、そっか」
きっと、あの二人に何かを感じたその『起点』はそれなのだと思う。
ここが『特異点』だからこその理屈を超えた『勘』が、あの二人の『殺し合う』構図に違和感を抱き、その理由を求めた。それを理解することまでは出来なかったが、それが『間違っている』という確信を無自覚に得た。
それが真相であり、あたしがあの二人に関わろうとする行動原理。
――邪魔をしてやる。
そんな腐った性根で編んだ惨めな復讐劇なんて、跡形も無くぶち壊してやろうとそう思っただけなのだ。
「あはっ」
思わず、くすりと笑ってしまう。
気づいてしまえば、本当に単純な話だった。モヤモヤしていた気持ちが晴れて、とても気分がいい。やっぱり、目的がはっきりしているとすっきりする。
まあ、それはそれとして、戒と爽馬の二人にも興味があるのは事実だ。ここでの介入は、長い付き合いの始まりとなりそうだけど、既に自分はそれを『よし』と選択している。
ならば、あとは必然の流れのままに、己の衝動のままに動くべきだろう。
現状においては、件の『誰かさん』を殴るのは難しい。
けれど、一度でも邪魔をしてしまえば、それはその時点で崩壊する泡沫のような存在に過ぎないのだと、誰に教えられるでもなく不思議と理解をしていた。
「ありがとうって言うべきなのかしらね。ようやくいろいろと見えてきたわ」
「どういたしまして。――さて、もう少し続けるわよ」
「まだあるの?」
「『呪い』に関しては本質的に抱えている問題であって、それとは別に彼らのこれまで生きてきたことで生じた問題もあるのよ」
「長くなる?」
そんな『その後のお話』的なものは、その時に応じて解決していけばいいと思う。そんなネタバレ的な話はあんまり聞きたくないのだが。
「そんなに把握してないから、ここから先は短いわ」
「ならいいわ。続けて。」
真奈美はうなずき、口を開く。
「今回のあの二人がそれぞれに抱えている事情は、この『遊戯』のあとにも続いていく今後の展開において重要な意味を持っているものよ。でも、片方が確実に消えるように仕組まれているから、そっちの問題は解決される余地のないままに火種として残るわ」
「それはあまりよろしくはないよね?」
「わたしが視たのはノイズだらけの夢だけど、それでもかなり厄介な問題のように思えたわ。放置すれば火の粉が世界に撒き散らされそうなぐらいにはね。世界が悪い方向に転がるのは間違いないわ」
登場人物だけが消失した物語。
火種を消すにしろ、燃え上がらせるにしろ、役者の存在しない物語はただ垂れ流されるだけでしかない。あらかじめ配役された人物による舵取りがされないのならば、それは他の登場人物の手によって都合よく語られてしまうだろう。
あの二人の関わる物語において、その結果が『世界がよりよき方向』へ巡るとは、世羅にはどうしても思えなかった。
「――なら、あたしは是が非でも『あの二人が生き残る可能性』を導き出さないといけないのね。言われるまでもないわ。あたしが関わると決めた以上は、問答無用の幸福な結末以外を認めるつもりはないもの」
「そこまでの高望みを押し付けるつもりはないけれど、それが理想的なのは確かね」
「配役されていなかった通りすがりが、まさかの大抜擢ね」
自分から首を突っ込んでおきながらなんだけど、本当に厄介そうな面倒事である。夢見が悪くなりそうだから迂闊に失敗も出来そうにない。
………投げ出す気は微塵もないけれど。
「ご愁傷様ね」
「ふんっ」
他人事みたいな態度の真奈美に爪先キック一閃。
「な、なにすんのよ」
大げさな悲鳴を上げて、しばらくその場をゴロゴロしてから涙目で抗議。
「その他人事みたいな態度に、すごくイラッとしたから♪」
「……少しは協力してるわよ。あなたが逢いに行きやすいように、香澄たちに頼んで『静謐なる刃』を、そんなに『参加者』が近寄らない場所に誘導しておくのが精一杯だったけど」
「目印を付けておいたから、別に探す手間は必要としてなかったけど………?」
小首を傾げながら言うと、真奈美に呆れた風の視線を向けられた。
なんかほんの少し前に、香澄先輩やらエイジさんにもそんな風に見られた気がする。
「ちょっとは自分の立場を自覚しなさいよ。本公演している舞台にあんたが紛れ込んだりしたら、金の亡者と化している『狩人』にひっきりなしに襲われるわよ。後は『崩れかけ』とかにもね」
「あ、そっか。無駄手間を省いてくれてありがとう」
「………あなたって他人の面倒事に首を突っ込んで世話を焼くのに、妙に自分に関しては無頓着よね」
無自覚な方向からの指摘を受けたような気がする。
「単に周りを見ているから、自分が見えてないだけだと思う」
「それはそれで問題あると思うわよ」
「気をつけるわ。
――それで、もう話は終わり?」
「とりあえず、最低限必要と思われる情報は提供したつもりよ」
単眼鏡に軽く指を添えながら、真奈美が言う。
その態度からは、まだ何か隠し事をしているような気配が感じられたが、わざわざ追求するつもりも、口を割らせるつもりもなかった。
さっきも口にしたように、過剰なネタバレは人生を曇らせる。
生きることを退屈と感じるようになってしまったら、そんな奴にはもう生きる資格なんてありはしない。
生きるということは、それが前であっても後ろであっても、進むということなのだから。
「なら、そろそろ行動に移りたいんだけど」
「わかったわ」
真奈美が目の前に手をかざす。
途端に目蓋が重くなり、意識が揺らいでいく。
夢の中でさらに眠るなんて、矛盾した感覚だなぁ――なんて思いながら、意識が闇に飲まれていくのに任せる。
「――あなたのその真っ直ぐで綺麗な心に、期待しているわ」
そんな言葉を最後に聞いた。
● ● ●
すぅっと目を開く。
それが眠りであったのかと疑うほどに、覚醒はスムーズだった。
寝かされていたベッドの傍らには、椅子に座った香澄先輩(眼鏡バージョン)。分厚い洋書を読んでいたが、目を覚ましたこちらに気づいたらしく視線がスライドする。
「おはよ」
「………どれぐらい眠ってました?」
上半身を起こしながら聞く。
「そんなに長くはないわ」
「そうですか」
時計を確認すれば、午後二時を少し過ぎたぐらいだった。
「行くの?」
先輩後輩の以心伝心。
香澄先輩は、あっさりとこちらの内心を看破していた。
「はい。とりあえずは当初の予定通りに爽馬に逢いに行きます」
「――そう。わかったわ」
優しい手つきで頭を撫でられる。
その顔に浮かんでいる表情は、まるで本当の姉のように優しくて。
「そんな顔のあなたを止めるのは、野暮だものね。傍にいてあげるから好きにしなさいよ」
「ありがとう、ございます」
それが照れくさくて、半端に視線を逸らしながら呟いた。
今回の話で、世羅はようやく必要な情報を得ました。
そして、戦うための理由と己の立つべき舞台を見出します。
それが始まり。
ようやく立った彼女のスタートライン。
本来ならば出逢わなかったはずの三人が出逢うまでの物語。
随分と長くなりましたが、ここからが本番です。




