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17 舞台裏について―① 『能力者・蓬莱寺香澄』

 17






『――では、そろそろ舞台裏について語るとしよう』



 ● ● ●



 蓬莱寺(ほうらいじ)香澄(かすみ)


 同じ学園の三年生。上級生。先輩。


 大人びた雰囲気の女性で、艶やかな長い黒髪をポニーテールにしたり、下ろしたりの二パターンが基本。平均よりも背が高く、綺麗な顔立ちは凛々しくて、異性はもとより同性からも人気が高い。おまけにスタイル抜群。


 性格は男勝りで面倒見がよく、一言で言ってしまえば『姉御』みたいな感じ。


 出逢いのきっかけは、頻繁ではないが中学時代から通っている近所のラーメン屋。


 アルバイトしていた香澄先輩とたまに話しているうちに親しくなったという感じで、生来の面倒見のよさと世羅が一人暮らししている関係から、何かと世話になるようになったのが馴れ初め。決定的だったのは、迂闊にも風邪で寝込んでしまった時に、面倒を診てもらったことだろうか。


 ――それ以来、数少ない頭の上がらないお姉さんになった。


 いくら風邪をひいて気が弱くなっていたとはいえ『………お姉ちゃん。眠るまで手を握っててくれる……?』なんて甘えてしまったのは、一生ものの不覚である。忘れたい。そして、忘れて欲しい。


 中学時代から――具体的には中二の夏――付き合いのあるご近所さん。

 そんな肩肘張らずに接することのできる頼れる先輩が――


「………………まさか、まさかの能力者だったなんて、びっくりだね」


 世羅がそんな第一声をがっくりと項垂れながら口にしたのは、先輩たちが拠点として利用している製作者の無意味なこだわりを感じさせる喫茶店に場所を移して、とりあえずお互いの情報を簡単に交換してからのことである。


 ――とはいえ、先輩が能力者であり、とある能力者集団(グループ)に所属していること。世羅が魔術師であること。そうしたことを簡単に話しただけではあるが。


 正直、魔術師云々は黙っておきたかったのだが、咄嗟の反応が裏目に出てしまった。


 さすがに傍らにサッカーボールくらいの火球を浮かせていては、どう言い繕ったところで誤魔化しようがないし、先輩相手に下手に誤魔化そうとするのは逆効果だと理解している。


「いや、それを言ったら、あんたも魔術師なんてよくわからない因果な感じの商売してるんでしょ? ある意味、お互い様って感じじゃないの?」


 それを言われるとぐうの音もでない。


「いや、まあ、そーなんですけどね。ちなみに商売じゃないですけど。似たようなものではありますが」


「それにこういう裏の顔みたいなのは、どんなに信頼や信用を築き上げていたとしても基本的には他言しないものよ。むしろ、知ってしまった側に災難が降りかかるからね。ほら、特に能力者の排斥活動って、中世の魔女狩り並にタチが悪いし。最近は過激派が無駄にハッスルしてるから下手をすれば、会話をしたってだけで裁判無しの焼き討ちされかねないのよね。個人的にはそんなドス黒い話に世羅を関わらせたくはないわよ」


 あっけらかんとした調子で、殺伐とした内容を香澄先輩は口にする。


「ありがとうございます。それと、あたしの背景的にも全くの同感です」


「でしょ?」


 喫茶店でもアルバイトをしている香澄先輩は、無駄に色々と揃っている厨房で昼食の用意をしてくれている。


 ………本当に器用な先輩だよね。これで成績もよければ、完璧美少女(スーパーヒロイン)の称号も得られそうなのに、勉強にだけは一切興味がないと宣言している。狙ったように赤点だけは回避している人なので、やる気になればトップクラスに名前が連なりそうなものなのだけど。


「まあ、あたしは上手い具合に隠れてきたし、可愛い後輩に火の粉がかからないように気をつけてるけどね」


「それはまあ、ありがとうございます」


 その言葉に偽りがないのは、今の今まで疑うことすらなかった世羅自身が証明のための材料になるだろう。それなりに顔を合わせる時間が多かったのに、普通に気風のいいカッコいい先輩だとしか思っていなかった。


 今にして思うと、ある時期から欠席日数が増えたぐらいだろうか。

 わりと気紛れな人でもあるので、それも疑惑を抱くには弱いけれど。


「しっかし、それにしても、まさかあんたがこの『遊戯』に巻き込まれるなんてね」


「自分でもわけがわかりません。そもそも最初は、参加者(プレイヤー)ですらなかった感じです」


「なにそれ、どゆこと? もうちょっと詳しく」


「え~と、ですね」


 できる限り丁寧に自分の置かれている立場と状況を説明する。話が面倒になりそうだったから、知り合った人たちのことや今の目的はまだ伏せておく。


「ふ~ん。それだと、あたしたちともまた違う感じね」


「と、いうと?」


「あたしらは『招待客(ゲスト)』枠なのよ」


 聞き覚えのある単語である。

 確か、斉藤悠にそんな疑惑をかけられたような気がする。


「ゲスト……?」


「うん。そう。………ちょっと、そこの暇人。世羅に説明してやって」


「あん?」


 カウンター席の隅っこでタバコを吹かしていた男の人が、面倒そうな声を出す。


 こちらは二十歳過ぎぐらいの青年である。なんかこうやる気がない感じを隠そうともしておらず、退廃的な雰囲気の持ち主である。そのくせ、目付きや服装の端々に攻撃的なイメージがあるのが、ある種の矛盾を世羅に感じさせた。


 導火線に火を点けられるのを待っている爆弾――そんな印象を抱いた。

 普段はやる気がないくせに、一度でも火が点いてしまったら簡単には止まらない。おそらくはそんなタイプなのではないだろうか。


「なんで俺が?」


「あんたお昼食べたくないの? あっそ。ふ~ん。そうなんだ」


「………わかったわかった。んで、小娘――」


 各所のシルバーアクセサリーをジャラジャラさせながら振り向く彼だが――


「あたしの可愛い後輩を小娘呼ばわりすんな」


「――ボゥッ!」


 けっこうな勢いで飛んできたお玉が鼻っ面に直撃して、椅子から転がり落ちる。頭から落下して、痛そうな音がした。


「それとあんたも名乗っときな」


「……オゥ、イェス」


「………………」


 なんか人間関係というか、序列が見えたような気がする。


「俺は『エイジ』だ。一応(・・)、グループのリーダーをやってる」


「リーダー?」


「言いたいことはわかるが黙っとけ」


「尻に敷かれてるんですね。わかります」


「放っとけよ」


 チッと舌打ちしてから椅子に座り直すエイジさん。プカーと吐き出す煙で輪っかなんかを作りながら、


「………つーか、『招待客(ゲスト)』枠についてだったな」


「あぁ、はい。」


「俺たちは『能力者』で徒党を組んでいる。正体がバレないような工夫をして、今の社会の中に隠れ住むためにだ。だが、個人でもそれなりに難しいことが、集団になれば難易度が上がるのは自明だろ? 全員が全員そうしたことに頭を使ってるわけでもねーしな」


「つーか、あんたも含めて、バカしかいないし」


 野次ではなく、切実な響きを宿したお言葉が飛んできた。

 ………香澄先輩、苦労してるんだなぁ。


「うるせぇよ。集団ともなれば、それなりに必要なものも多岐に渡る。ましてや、俺らみたいな『能力者(バカ)』連中で、香澄みたいに『表』に順応できる奴は少数派だ。となれば、必然的に揉め事が穏便な形で収まらない場合も頻繁にあるし、その結果で裏社会に関わりを持たなければならなくなる時もある。

 細かい点は面白くもない話だから省くが、そこら辺のフォローを交換条件にこんな下らない催しに駆り出される時もあるんだよ。所詮は絶対数の少ない弱小集団だ。世界そのものと言ってもいいような連中には逆らえねぇよ」


 世知辛い世の中を嘆くようなことを言いながら、ポワッと星型の煙を吐く。

 当事者でありながら、他人事みたいな態度である。


「この『招待客(ゲスト)』枠もその一環だな。簡単に言ってしまえば、強制的な人数合わせだ(・・・・・・・・・・)

 ま、見返りがないわけでもねぇし。連中の趣旨に反するルール違反をしない限りは、ある程度の自由も許可されている」


「そんなのに、わざわざリーダーが出張るんですか?」


 どう見ても乗り気ではなさそうだし、乗り気になる理由も見当たらない。

 付け加えて、リーダーという責務に責任感を持つタイプには見えないし、何よりもあからさまにやる気がなさそうなのが態度から滲み出ている。タバコの煙で遊んでいる方が、よっぽど楽しいと言いたげだ。


 ………気持ちはわかるけども。


「下手なのを出して、殺られちまったら目も当てらんねぇだろ?」


「まあ、確かに……」


 意外と仲間思い……なのだろうか?


「つーか、おま………桜堂世羅だっけか? 下の名前で呼ぶか?」


「桜堂でお願いします」


「つーか、桜堂も迂闊に一人でウロウロしてんじゃねぇよ。お前、自分がボーナスプレイヤーだって自覚あんのか?」


「………ボーナスプレイヤー?」


 なんだか不穏な響きの宿る言葉に首を傾げる。


「ねーのかよ」


 何故かげんなりした顔で呆れられる。

 エイジさんは取り出した『PDA』を操作して、それを無造作に放り投げる。

 その内容に目を通して、


「………うわぁ………」


 自分の置かれた状況を理解するとともにうんざりと呻いた。


(……戒も教えといてよね。こんな重要な話は)


 ブツブツと内心で文句を言う。

 多分、些細と判断した上で忘れたのだろうけれど……。

 ちなみに後で確認すると大正解でした。


「………まあ、これぐらいの扱いはされても不思議じゃないけど………」


 イレギュラー扱いなのもそうだが、それとは別にちょっとした懸念があるので。


「妙に悟ってんな?」


「なんか、逆恨みめいた悪意を感じないでもないので、いい意味で悪名高い父親が絡んでいるのではないかと疑ってたりはしてるんです」


「あぁん?」


「あ、気にしないでください。

 ところで、お二人はどうして、あそこに?」


「連れに『客』を迎えに行くように言われたんで、それらしい奴を探してたんだよ。そしたら、ネギを背負ったカモが近くを徘徊してるじゃねぇか。殺っちまっても支障なさそうな奴ならついでに殺っとくかと思ったら、香澄の後輩だったってわけだ」


「世の中狭いですね」


「ピンポイント過ぎるとは思うがな。

 ――てか、奴の言う『客』ってのは、この流れからするとどうもお前らしいな」


「はい?」


「いや、それに関しちゃもう少し後で別の奴が話す」


「………はぁ」


「それで、あんたこそ、どうして一人で徘徊してたのよ? あんたの立場で(・・・・・・・)その選択はないと思うんだけど?」


 香澄先輩の質問。


「立場の方は気にしても仕方ないので、あんまり気にしてません。あと、人に逢いに行く途中なんです」


「この『遊戯』の中でか?」


 おいおい、という感じのエイジさん。


「はい。最初の段階で遭遇した人に個人的な用件で」


「あんた、こんなことに巻き込まれた上に、また変なことに首を突っ込もうとしてるんじゃないでしょーね?」


 肯定しか返しようのない質問はしないで欲しいです。先輩。


「それはそれとして、先輩たちこそ何をしてるんですか? 先ほどの口振りだとあんまり積極的に何かをする気はなさそうな感じでしたけど……?」


「あぁ、俺らはスカウトしたい人材がいてな」


「スカウト、ですか?」


「そうだ。何処の共同体(コミユニテイ)にも所属していない根無し草の能力者なんだがな」


「あんたは知らないでしょうけど、『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』って呼ばれてる能力者よ」


「………………」


 香澄先輩の一言に、思わず黙り込む。

 能力者繋がりがあっても、まさかその二つ名を先輩が口にするとは思わなかった。


 そんなこちらの動揺に気づかずに――背中を向けて調理中なのだから当然だが――先輩は続ける。


「これがまた手のつけられない凶暴な奴でね。野放しにしておくには、あんまりにも無分別だから、こっちで管理しようって話になってんのよ。まあ、アレよ。あたしらの目線から見てもかなり非常識な『力』の持ち主で、かなっっっり手を焼いているのよね。今のところ連戦連敗負傷者続出建造物倒壊その他諸々と惨憺たる有り様よ」


「今回は俺と香澄の二人に加えて、ウチの中でも腕利きの『炎使い』を投入したが、あえなく返り討ちにあった。俺らはギリギリで難を逃れたが、あいつは少なくても今回の『遊戯』内では再起不能だな」


 それは多分、戒と悠が戦った直後の『アレ』がその一戦だったんだろうなと思う。


 腕利きと言われるだけの凄い炎が渦巻いていたけれど、文字通りの意味で四散させられていたのを思い出す。


「………その人、大丈夫なんですか?」


 当時は全く気にしていなかったが、身近になると不思議と気になる。


「目付きが悪くて、不健康に痩せた体つきで、未成年だから喫煙をやめるように言ってるのに一向に聞こうとしない生意気盛りの男の子だったんだけど、今はただの哀れなミイラ男ね」


 香澄先輩、ミもフタもないですよ。


「意識不明の重傷だが、能力者ってのはそんな状態でも簡単に死んだりゃしねぇよ。自己治癒能力が高いのも特徴の一つだからな。十日もあれば日常生活に復帰できるだろうし、もう十日使えば完全復帰だ。

 ………普通の人間なら、今後の人生がベッドの上ってレベルの負傷なんだがな」


 思うところがありそうな感じに最後の一言を付け加えて、エイジさんはどこか遠い眼差しをする。


「我ながら、おかしな体質だよな?」


「同意を求められても困ります」


「そりゃそうだ」


「とりあえずは、戦線離脱が一人って状況で作戦を練り直してるのよね。もう一人は実戦では何の役にも立たないし、あたしら二人だと荷が重いんだけどね」


「気を悪くさせてしまうかもですけど、そんなに爽馬って強いんですか?」


『……爽馬?』


 二人に怪訝な声で返される。


「あ。」


「あ、ってなに? 世羅」


「いや、あのぉ~」


「あたしに隠し事をするとためにならないのは承知の上よね?」


「正直に話すのを前提として、その内容を聞いても怒らないと誓ってもらえるでしょうか?」


「予防線を張る時点で、怒られるのが前提になってるでしょーが」


「自覚と自信はあります」


「いいから話しなさい。判断は聞いた後にするから」


「だから、それだと怒られるんですってば」


「今から怒るわよ?」


「イエス。マム」


「お前も尻に敷かれてんじゃねーかよ」


 ウサギの形をした煙――ちょっと待って欲しい――を吐きながらのエイジさんの突っ込み。


 返す言葉も御座いません。

 少なくてもこの面子における序列の最上位は、香澄先輩で決定している。


「え~と、爽馬――岸本爽馬というのが、『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』の本名なんです」


「ほう」


「どうして知ってるの?」


「本人から聞いたので」


「さっきの話では、その下りは話してないわよね?」


 香澄先輩の声が少し怖くなる。

 怒っているというよりも心配の成分が強いけれど。


「そこに触れるといろいろと長くなるので省略しました。落ち着いたら話すつもりはあったんですけど、香澄先輩が爽馬に関わってるとは思ってなかったので」


「ま、それもそうね。それじゃあ、今から詳しく話してもらうわよ」


 昼食の用意もできたし、と湯気を立てる料理の載った皿を次々と置いていく。


 オムレツ=世羅。

 ナポリタンとコーンスープ=香澄先輩。

 焼肉定食=エイジさん。

 あとはボウルに多めの野菜サラダ。そんな感じのラインナップだった。


「わかりました」


 スプーン片手にうなずく。


 うなずきはしたものの爽馬について話す内容はそんなに多くはない。最初の邂逅とその後の顛末を話し、今は爽馬に逢いに行く途中なのだと説明する。そして、それを話すとなると必然的に戒についても語る必要性が生じるので、それも含めて話す。


 ここまで来ると斉藤悠や白石和也・天宮壱世・その他についても話すべきかとも思ったが、そこまで詳しく話すとなるとかなり時間が必要になるので濁した。

 後々、結局話す必要が生じそうな気はしているのだけれど、その時はその時だと割り切る。


「馬鹿か、お前は?」


「同感ね。無謀にも程があるわ。地下都市なら自殺志願者でももう少し死に方を考えるわ」


 冷めないうちに昼食を済ませて、それから話し終えた後の二人の反応は斯様なものでした。


「やっぱり、危ない?」


 てへり、と笑いながら聞くと睨まれた。ごめんなさい。


「篠宮戒に関しては、恐らくは裏で有名になってる『アイツ』だな。手を出さない限りは噛み付くようなタイプじゃないが、それでも棲んでる世界が違うといわざるを得ない」


 やっぱりというべきなのか、能力者共同体(コミユニテイ)でも戒はそれなりに知られているらしい。主に悪い方向で。


あのクラス(・・・・・)だから目立ってないだけで、本質的には『向こう側』の住人よ。危ない橋を渡るにも程があるわ」


 香澄先輩のまるで面識があるような口振りである。


「実際に話した限りでは、そこまでの危険人物じゃなかったんですけど………?」


「それに関しては同感だけど、修羅場でのアレはまた別人よ。少なくても、敵に回していいタイプじゃないわ。近づかないのが最善だとは思うけどね」


「そっちは手遅れですし、あたしはこれからも付き合っていこうと思ってます」


「物好きね」


「あたしが物好きなら、先輩も一緒だと思う」


「否定するのは、難しいわね」


 香澄先輩は苦笑する。


「――で、『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』だが、予備動作無しでビルを階層毎に輪切りにするような奴だぞ。危ないっつーか、見るな、話すな、近寄るなの三拍子だ。ありゃ、地下都市じゃ局地災害指定になってんぞ」


「災害指定って」


 最早、人間扱いされてないの、あいつ………?


「あ~、うん。まあ、全部事実よ。ビルのダルマ落しも実演を見たし。凄かったわよ」


 冗談の要素無しで、香澄先輩もうなずく。


「だからこそ、他の能力者の立場がこれ以上悪くならないように、彼をウチで管理するって話が上がってるわけだしね」


「他の連中に押し付けられたとも言うがな」


「あ。爽馬のためじゃないんだ?」


「こっちも慈善で動いてるわけじゃないのよ。あんまり好き勝手されると、ただでさえ活発化している排斥運動が、殲滅戦にまで激化しかねないの。だから、その前に無理矢理にでも大人しくさせて、可能ならば社会に適応できる程度には常識を身につけて欲しいのね」


 要するに、岸本爽馬は個人で、能力者のコミュニティを左右しかねない爆弾のような扱いであるらしい。


「よくわかりました。ご苦労様です。頑張ってください」


「完璧に他人事ね」


「冗談ですよ」


「まあ、そーゆーわけだから、あたしらがなんとかした後に機会を設けてあげるから、あんたは『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』からは手を引きなさいね」


「ごめんなさい、先輩。そういうわけにはいかないんです」


「理由を説明して」


 こうした場面で頭ごなしに言ってこずに、説明を求めてくるのだから香澄先輩は立派な大人だなぁと素直に思う。まだ同じ学生だけど。


「根拠のない勘なんですけど……?」


「いいから言いなさい。内容次第で次の対応を決めるから。最悪、残りの日数を眠らせる選択もありだから、慎重に言葉を選びなさいよ」


 ご忠告ありがとう御座います。

 この先輩は有限実行だから、本当に下手なことを口にしたら拉致監禁される。


「友達の申請を出してる友達候補の戒となんだか気になる爽馬が放っておけばまた無益な戦争(ケンカ)を始めかねないので事前に話し合いの余地を生むために親善大使として自発的に和平交渉の申し出に赴く所存であります」


「真面目に答えなさい♪」


 にっこり笑顔で、拳を握られた。

 次は無さそうなので、覚悟を決めてテイクツー。


「爽馬と話がしたい。本当にただそれだけ。理由は自分でもわからないけど、そうしなければいけないという確信があるの」


「わかったわ」


「わかったのっ!?」


「納得されて驚くような内容を口にするもんじゃないわよ」


「仰るとおりですね」


「少なくても、興味本位のまるで考えなしの突撃じゃないということぐらいはわかったわ。あんたがただの直感で動いてるだけってのもね。そういう理由の無い動機ってのは危うくもあるんだけど、言葉で説明できない感覚ってのもバカにできないものよ」


「………はぁ」


「気のない返事をしない。

 とにかく、あんたの地獄逝き直行便には、あたしも同行するわ。それが譲歩よ。文句は受け付けない」


「いいんですか?」


 その質問は、エイジさんに向けた。

 彼はタバコの煙でお城を描いてから――さすがに目を疑う――なんでもないように、


「こっちの現状は手詰まりに近いんだ。桜堂がどんな形であれ進展させてくれるんなら、願ったり叶ったりだな。

 ――お前の好きにすればいいが、死ぬなよ」


 気負いのない声で言われたからこそ、むしろ重みを感じた。

 世羅の行動は、生死に関わるものなのだと。


「はい」


 ふぅ~と紫煙を吐き出して、エイジさんが手を伸ばす。

 なにをされるのだろうと思っていたら、無造作な手付きで頭を撫でられた。


「もう一度言っておく。――死ぬなよ」


 髪をクシャクシャに乱されるが、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 それはきっと、エイジサンの手付きが優しかったのとそうした経験が乏しかったからなのだと思う。


「はい」


「あんたにしては珍しい態度ね。あたしの後輩が気に入った?」


 ちょっとだけ自慢するような調子の香澄先輩。


「少しな。気概のある奴は好きだぜ、俺は」


 子供みたいな笑みを浮かべて、エイジさんはうなずいた。


「あれ?」


 ――と、不意に新たな声が混ざった。

 上階から降りてきたのか、店側のドアを開けて、中に入ってきた人が発したものである。


「遅いと思って様子見に来たけど、お客様を連れて戻ってたのなら呼んでよね」


 中世的な顔立ちをした背の高い人で、年齢は二十代前半ぐらいだと判断。黒髪のショートカットで右目に片眼鏡(モノクル)


 ゆったりした服で全身を覆っているので性別に確信は持てなかったが、声からするとおそらくは女性だと思われた。


「あー、ごめんごめん。真奈美。顔見知りだったから、ついいろいろと話が弾んでね」


「話を弾ませていられるような環境じゃないと思うけど………?」


「ここは安全って確約したのはあんたでしょ」


「そうだけど。面倒は早く終わらせたいのよね。その娘、借りてっていい?」


「まずは当人の意志を確認しなさいよ。色々と端折ろうとするのはあんたの悪い癖よ」


「結果を知ってれば、そうもなるわよ」


 面倒くさそうに言ってから、世羅に近づいてくる。

 自然と警戒させられる雰囲気の持ち主だったので、思わず身構えていた。


 真奈美と呼ばれた人――名前からして女性だろう――はそんなこちらの警戒を意にも介した様子も見せずに接近を継続。


穂積(ほづみ)真奈美(まなみ)


「は?」


「わたしの名前」


「お、桜堂世羅、です」


 なんだか独特のテンポの人だと思いながら、言いよどみつつも名乗り返す。


「ふ~ん」


 至近距離で立ち止まったその人は覗き込むように、上半身を前傾させてから。

 唐突に。

 片手で、世羅のおとがいを持ち上げて――


「ほえ?」


 むちゅう。れろれろれろ。にゅるりん。んちゅうぅぅぅう。ちゅっぽん。


「………………………………………………………………………………………………」


 奪われた。

 ファーストキスを。

 いろんな意味で頭が真っ白になるくらいとっても濃厚に。


「な、ななななななななななにをっ!?」


「キス」


「どどどどどどどどどどしてぇっ!」


「声、上擦ってるわよ」


 口の端を吊り上げた『にやぁ』って感じの笑みを浮かべながらの指摘に、世羅の動揺はますます加速する。


「あ~、そいつキス魔だぞ」


「なんの慰めにもならないと思うけど、一応、そいつ女だから。とりあえず、ノーカンにしておきなさいな」


「………先輩ぃぃ………」


 香澄先輩の豊満な胸に顔を埋めて、めそめそと泣く。


「ごめん。迂闊だったわ」


「い~じゃん、別に。減るもんじゃないし」


 さすがにその発言は看過できなかったので、腕を一閃して魔力を飛ばす。

 ついでに香澄先輩もなんらかの『力』を使ったのか、手をかざしていた。


 ドゴン、と重たい音がして、店の一部が破損したけれど、真奈美はまるでわかっていたかのように二つの攻撃の軌道上から逃れていた。


「ごめんごめん。反省してるから、そんなに怒らないでよ。次はちゃんと断ってからするようにするわ」


「そもそもキスしようとしな、い……で――」


 反射的に叫ぼうとしたのだけど、途端に膝から力が抜けた。


「あ、れ………?」


 体から力が抜ける。自分が立っているのかわからなくなる。


「おやすみ」


 悪戯を成功させた悪童のような笑みを浮かべている真奈美。


「どういうつもり?」


 険のある声で問い詰めている香澄先輩。


「話をするだけよ」


「………っ」


「その手始めに、本来の物語をご覧頂くのよ。言葉で説明するよりもお手軽で何かと都合のいい夢の中でね」


 必死に脱力感に抗っていると、目の前に手をかざされた。

 途端に眩暈がして、意識が揺らいだ。


 急速に目蓋が重くなる

 ………耐えられない。


 何か仕掛けられたのだと悟るも、そこから何かを考えるよりも先に意識が闇に飲まれた。




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