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冒頭

Act 0.5  log no.10


 長いコールドスリープから目覚めた爺様は、今の世の中を見て戸惑いを隠せないそうだ。基本的な文化レベルはそこまで大きく変化していない筈なので、驚く、ではなく皆、戸惑うのだ。

 そんな戸惑いの代表格に、まずは車が上げられる。

 車の燃料で化石燃料を使っていた時代があった事は知っているが、今や公共機関の乗り物を含めたその全てが電気で動いているので、内燃機関が横行して、道行く車の全てが排ガスを撒き散らしていた時代を知っている人達からすれば、まずは世界の静けさに途惑い、今自分が立っている世界は、自分がかつていた世界では、もうないのだと気付かされる。大袈裟かもしれないが、それくらい音の違いがあるそうだ。

 昔の漫画を読み解けば、未来の世界では車が空を飛んでいるようだけれど、未だにそんなものは見た事がない。飛ぶ必要がないからだろう。

 しかし、爺様は戸惑ったものの、そんなに悲観はしていないという。人間は、生きてさえいれば、必ず良い事がある。そうアルコールの臭いを口からさせて陽気に語る爺様は、確かに幸せそうで、隣に座る俺につまみを勧める時は、決まって笑いながら背中を叩いた。皿には細く裂かれた乾燥肉。塩味が強すぎるが、酒には合った。

 爺様はとにかく陽気だった。何の肉だか分からない乾燥肉も、大衆酒場の安い合成アルコールも、彼にしてみれば豪勢な晩酌なのだ。そして恐らくは、彼はそんな豪勢な晩酌など無くても、変わらないのだろう。彼は今頃どこにいるのだろうか……。

「ちょっと! ボーッとしてないで、タクマ君も何とかしなさいよ!」耳元で叫ぶ声。「聞いてるの? タクマ君」

「こんな陽気の日に昼間から酒でも飲んだら贅沢だな、と」

「はあ? 何いってんの?」アオイは銃をリロードしながら眉をひそめる。

「タクマ。昼間からアルコールを摂取するのは、堕落した人間のする事だぞ」後部座席から前へ身を乗り出したリンネが真剣な顔で注意をする。

「俺は飲まないよ。ただ、昔そういう爺さんがいたなぁ、とね」

「タクマのお祖父様か?」

「いや、ただの飲み友達」

「なに呑気な話ししてんのよ? 後ろを何とかするから、リンネ、ちょっと私の足押さえ込んで」

「わかった」そう言うと、運転席に背を向ける形で立て膝を付いたアオイの足を、リンネはその小さな身体ごと上から押し付ける。「これで良いのか?」

「オーケーばっちり」リンネに向かってウインクをするアオイ。「タクマ君フォローお願い! いくよ!」

「気を付けろよ」

 開けている窓から、挨拶なしで入ってくる風に掻き消されない程度の声で、アオイに返答する。当の本人は助手席の窓から颯爽と上半身を乗り出して、車両後方に向かって照準を合わせる。

 左右に覆う木々の隙間から望む清々しい空に、渇いた銃声が響く。アオイに気を遣って運転するが、悪路の為か振動が激しい。

 右に急カーブ。

 足のつま先でブレーキを掛けながらハンドルを右へ切る。車体の後輪が横滑りした時に、タイヤが幾つかの小石に乗り上げ、小さくバウンド。

 車内で響くゴツンという鈍い音に、横目で助手席を眺める。アオイが先程のバウンドで頭を打ったらしい。

「イタタ……。もう少し気を付けて運転してよ」後頭部をさするアオイ。

「今の文句は小石に言ってくれ」

 尚も悪路は続く。

 後方の車は、俺達を追跡する手を緩めない。こちらは街乗りの車だが、向こうはオフロード。差は徐々に縮まってきている。

 左にカーブ。なだらかだが確実な下り斜面に、またもや後輪が滑る。

 砂埃。後ろはまだ付いてくる。このままだと、こちらの車両の方が持たないかもしれない。

 後方から銃声。被弾した感じはない。

「その銃で相手のタイヤをバーストさせたり出来ないのか?」元の体勢に戻っているアオイに尋ねる。

「そんな映画みたいな事は無理よ。さっきのは威嚇。動く標的に、自分も動きながら当てるのって難しいんだから」

「ならエンジン狙って止めるとかも辛そうだなぁ」

「それこそ無理。それに、このセミオートクラシックのハンドガンだと、ピンポイントでもない限り、車体で弾かれるわ」

「実用性に欠ける趣味に走るからそうなるんだ」

「なによ私の所為? だったら、同じ趣味で買ったヤツを後ろにぶん投げてみる?」

「やめてくれ。目の前で死なれると夢見が悪くなる」

 しかし、後ろにぶん投げるという部分は悪くない。

「向こうはお構いなしに撃ってきているぞ」うしろの窓から後方車両を確認するリンネ。

 数発の銃声。運転席側のサイドミラーに被弾した。

「ちょっとアンタ、もう少し身を低くして眺めなさい! 危ないでしょ!」助手席から後ろに手を伸ばしてリンネを押さえつけようとする。

「いや、大丈夫だろ。アイツらの狙いはリンネなんだし」

「そういう問題じゃなくて! なら、もしもの事があったら、タクマ君は責任取れるの?」とアオイ。

「そうだ。傷物になったら責任を取ってもらうぞ」と畳み掛けるようにリンネ。

「それって俺の責任?」

 女性陣の発言に溜息を漏らす。しかし現状はどうにか打開しなければならないのも事実だ。銃でどうにか出来ないのであれば、運転でなんとかしなければならないが、悪路のうちは、そちらの目も薄そうだ。

 また銃声。今度は被弾しなかった。そうそう上手い事当たってもらっては困る。

 暫くすると開けた道に出る。景色は山間の草原。こんな状況でなければ、車を止めて休憩でもしたい程に清々しい場所だ。

 森林地帯を抜けて、路面は申し訳程度の舗装だが、ようやくまともな道に出た。先程の砂利道よりかは、格段に走りやすい。

 ここぞとばかりにアクセルを目一杯踏み込む。モーターの回転数の上昇に合わせて、速度も急激に上昇する。加速して身体に掛かる負荷に同調するように、後輪が巻き上げた砂埃が遠く離れていく。

 相手も食らいついてきてはいるが、後方車両との差は徐々に開き始める。純粋なストレート勝負なら、車体重量が軽い分こちらの方が有利なのだ。

「リンネ。そっちに水の入ったボトルがあるから、二三本取ってくれ」

「喉が渇いたのか?」リンネは俺にボトルを数本まとめて渡す。

 受け取ったボトルの中の水で、砂埃で荒れた口内を潤す。飲み終えると、中身が漏れないようにキャップを片手できつく締め、隣のアオイに渡す。飲んでいないものも含めて、そのまま彼女の膝の上にボトルを積み上げる。

「なにしてんの?」アオイの疑問に富んだ声。

「それを思う存分後ろに投げてくれ」

 俺の言葉に一瞬戸惑いの色が浮かんだが、すぐに意図を察知したアオイは、自分もボトルの水を一口飲んだ。後ろのリンネにも飲ませる。勿体ないからだろう。

「どうして水を飲むんだ?」

「これから捨てちゃうからよ。少しくらい飲んでおかないと、勿体ないじゃない?」

「そうか。そういう事なら、もう少しボトル以外もあった方が効果的だな」

 そういったリンネも合点がいったように、自分の脇にあるバックから、いらないものを取り出す。うちの女性陣は察しが良くて助かる。

 水の入ったボトル数本と、布やらゴミだかよく分からないもの各種を両手に抱え、アオイとリンネがそれぞれの窓を開ける。

「それ!」

 後ろの様子を確認したのち、アオイの掛け声と共に順々と外に投げ出される。

 あっという間に後ろへ流れていくボトル達。布は宙を舞い後方の車体に張り付く。後方から迫る車両は、突然現れた障害物を避けようと、車体を小さく揺らす。しかしその挙動がこちらの狙いだ。

 遠くから聞こえる連続した破裂音。ボトルを数本踏んだのだろう。

 頭を振るように小刻みに揺れる車は、そのまま左右に振動を大きくしていく。振り幅の最大値で路面から外れると、車両は砂埃を上げながらダンスを踊るように回転し、牛みたいに豪快な音を響かせて路肩に衝突した。

「やった! 一丁上がりぃ!」アオイの歓喜の声。

「高速走行中のハンドリングは事故の元だからな」

「死んでしまったのか?」表情にあまり変化はないが、心配そうな声のリンネ。

「あの程度なら、だいじょうぶだろ。後ろを見た感じだと、煙が出てる感じもないし」

 そう言った俺の言葉に、リンネも釣られて後ろの景色を眺める。バックミラー越しに見ているので、リンネが乗り出すと、彼女の小さな後ろ姿しか見えない。

「もう見えないや。なにげに結構スピード出てたりする?」助手席側の窓から後ろを眺めていたアオイが、俺とハンドルの間に覆い被さるようにしてフロントメータを覗き込む。

「おいアオイ、その体勢はちょっと運転の邪魔だ」

「邪魔ってなによ。偉っそうに」運転中の俺の頬を指で突く。「うりうり」

「ちょっ……、そこそこスピード出てるから……」アオイの抗議行動に意識を取られる。

「タクマ! 前を見ろ!」リンネの叫び声。

 気付いた時には遅かった。

 リンネが珍しく上げた大声に勢いよく顔を上げると、前方に川が見えた。傾斜になっていて気付かなかったのだ。

 すぐさま足をスライドさせ、踵で蹴り抜くつもりでブレーキペダルを踏み込む。

 車体が大きく揺れる。

 カウンターを当てて体勢維持。間に合わない!

 車体が傾いたまま、側面から川に突っ込む。開けたままの窓から、容赦なく飛び込む水しぶきが顔に掛かり目を細める。

 景色が廻る中、俺はハンドルから手を放し、アオイとリンネを引き寄せ、覆い被さるようにして、二人の身体を固定。無理な体勢から動いたので、足首に痛みを感じる。

 金属音。車体の何処かが壊れたのだろう。この際仕方がない。二人が無事ならそれで良い。

 衝撃。

 全身に打つ痛み、取り分け頭にぶつかった何かは強烈だった。

 強烈すぎて、そのまま俺は意識を失った。

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