【第6話】コギト=エルゴ=スム
強力な魔法でオークの群れを打ち砕いた謎の男。その男の正体とは?
そして、魔法召喚の危険性とは?
魔法について語られる第6話、どうぞお楽しみください!
「いやぁ、びっくりさせてすみません。大丈夫でしたかぁ?」
ラバン達の目の前まで来た赤マントの男は、まるで緊張感の無い、ゆったりとした口調で話しかけてきた。
「ちょ、ちょっと!何者なの、あなた!今の魔法、『アルボス』の高位魔法でしょ?!」
キャッスルはいつもの調子で、たたみかけるように問いかける。
「いやぁ、すみません。オークの数が多かったので、面倒だから一気に片付けようと思いましてぇ。あ、ボク、マールって言います。こう見えて一応、魔法普及士やってるんですけどねぇ。なかなか戦う意志を持つ人が見つからなくて困ってるんですよぉ。…おや、そこのお兄さん、立派な剣をお持ちですねぇ。見たところ、魔法契約はまだのようですが。どうでしょう、ここは一つ、ボクと契約しませんかぁ?最近ボク、契約全然とれてなくて、魔導士様によく思われてないんですよぉ。どうか、ボクを助けると思って、お願いしますよぉ」
「は、はぁ。まあ、どのみち魔法覚えようと思っていたんで(…というより、多分無理やり覚えさせられるんだろうから)、ぜひ今お願いします」
マイペースなマールという魔法普及士の話の流れで、ラバンは魔法契約を結ぶことにことにしたのだが、むしろ、女性陣にあれこれ言われる前に魔法を覚えることができるのは好都合だと、ラバンは密かに思った。
「いやぁ、ありがとうございます。久々の契約ですよぉ。では早速…。こちらの端末に右手人差し指を当てて、ご自分のフルネームをおっしゃってください」
マールはそう言うと、赤マントと背中の間にごそごそと手を突っ込み、B5サイズのタブレット端末、『ゴエティア』を取り出し、ラバンの目の前に差し出した。
「では、フルネームでお願いします」
「はい。では…。<ラバン・ディスコウェル>」
人差し指を端末に当て、ラバンが自分の名を言うと、ピコーンという認識音が鳴った。
「契約ありがとうございます!以上でラバンさんの登録は完了です。いやぁ、これでボクも胸を張って協会に帰れますよぉ。そうそう、あとこれを渡さなくてはいけませんねぇ」
マールはそう言いながら、やや小さめのウエストポーチから黒く細い、首環のようなものを取り出した。
「これは『テウルギア』って言いましてぇ。そちらのお嬢さんのとはデザインは違いますが、同じものです。これで魔法詠唱を音声認識しますので、忘れずに着けてくださいねぇ。そして、最初の詠唱ですが、知っておられるかもしれませんが、重要事項なので改めて説明させていただきますねぇ。まずこの詠唱で、魔法陣を呼び出します」
そして、マールは静かに詠唱を始めた。
「<コギト=エルゴ=スム>」
すると、マールの胸の前あたりに、直径30センチ程の円形の、透明な魔法陣グラフィックが現れた。そして、その魔法陣を大きくしたり小さくしたり、上下左右に動かしたりした。
「魔法陣はこうやって自在に方位・範囲を変えることができます。まぁ、これはそのうち慣れていただくとして、重要なのは、この最初の、魔法陣を呼び出す詠唱を破棄しないで欲しいということなんですよぉ。これを破棄して、魔法召喚すると、ただの災害になっちゃうんで。気をつけてくださいねぇ。では次に属性召喚の詠唱です。<エウォカーティオン>の後に、属性を決定するコードネームが来ます。火の属性『イグニス』、水の属性『アクア』、雷の属性『アルボス』、とりあえずはこの三属性で事足りるでしょう。属性決定したら、魔法陣の色がその属性の色に変化しますんで、そうしたら、最後に魔法詠唱ですが…」
淡々と説明をしていたマールだが、突然アラーム音が、マールの持っていた『ゴエティア』から鳴り響いた。
「あらぁ、もうこんな時間ですかぁ。…というわけでラバンさん、魔法名はこの紙に書いてあるんで、それで覚えてください。それ以上が必要になったら、またいつでも魔導協会にいらっしゃいませぇ。それでは、契約ありがとうございましたぁ!またお会いしましょうねぇ」
そう言い残し、ラバンの手に、二つ折りにされた手のひらサイズの紙を渡したマールは、『ゴエティア』に内蔵されている『ヘルメス』で、そそくさと座標ジャンプし、消えてしまった。
「…行っちゃった。『ゴエティア』って、便利なんだね…」
魔法契約のことより、『ゴエティア』のことが気になっていたラバンは、ぽつりと小声で言った。
「言いたいこと言って、やりたいことやって、忙しない男ね…。でも良かったじゃない、ラバン!魔導協会で契約すると、くどくどと説明が長ったらしいのよね。しかも『テウルギア』もあっさり手に入ったし。でもなんであたしのとデザイン違うのかな。今まであたしが見てきた『テウルギア』は、全部あたしのと同じデザインだったけど…。ま、いっか。ところでさっきから静かじゃない?アイギス、カルブリヌス?」
今までおとなしく黙っていたキャッスルが、ここぞとばかりにしゃべりだした。
「キャス、私達『ウルクの七賢人』は、基本的には保有者としか対話をしないの。私達の正体が知られると、いろいろと厄介だから…。それより、カル姉さん。今の男…」
「…いいえ、どうやら人違いのようね。かすかに、あの男の匂いがしたような気がしたんだけど。まあ、いいわ。ラバンの魔法契約も済んだことだし、先を急ぎましょう」
アイギスとカルブリヌスには、どうやら少し、思うところがあるようだった。
「なによ、なによ!二人とも辛気くさいわね!そういえばラバン、そのもらった紙見せて」
そう言うとキャッスルは、ラバンが手にしていた魔法名が書いてあると渡された紙を、すばやくかすめ取った。
「あ、僕まだ見てないのに…」
「いいじゃない!ラバンは後でゆっくり見れば。えと…、『イグニス』が<フラマ>・<マグナフラマ>・<イクスヴァン>、『アクア』が<ウォタ>・<マグナウォタ>・<イクスハイドラ>、『アルボス』が<テンダ>・<マグナテンダ>・<イクスボルトー>…って、なぁんだ。三属性の低位・中位・高位だけじゃない。これならあたしも知ってるわ。つまんないの。もっとすごい魔法が書いてあると思ったのに。意外とまじめなのね、あのマールって男。はい、返すわね、ラバン」
どうやらその紙切れではキャッスルを満足させることはできなかったようで、無事にそれはラバンの手元に帰ってきた。
「乱暴だなぁ、キャスは…。それで、カル姉さん、この魔法は僕でもすぐ使えるんですか?もしそうなら、少し練習してみたいんですけど…」
「魔法を使うには、使用者の意志力と精神力が関わってくるわ。ただ詠唱すれば使えるってわけでもないの。要するに、戦う意志を発動していないと魔法は使えない。この意味がわかるわよね、ラバン」
「…はい。実戦で覚えろ…ですね」
「その通り。わかってきたじゃない、ラバン。でも、魔法はあくまで補助的に使う方がいいわ。あなたには私がついているのだから」
そのカルブリヌスの言葉には、いつもよりほんの少しだけ、優しさが含まれているようであった。
「もちろんです!なんとなく、僕には魔法より剣の方が合っている気がしますし。これからもご指導、よろしくお願いします、カル姉さん!」
ラバンはカルブリヌスを強く握り締め、決意を新たにした。