【第11話】魂鋼
ついに目的の刀を見つけたラバン達。しかしどうやら、その刀は普通の刀ではなかったようです。
そして、エルバード家とアイギスの秘められた関係が今、明らかになります。
『ミスリル』誕生について語られる第11話、どうぞお楽しみください!
「さてと、着いたわね。ここからはキャス、あなたの役目よ」
アイギスがそう言うと、キャッスルは大きくうなづいた。
「わかってるわ、アイギス。でも、刀を取りに来たのに、なんで人の気配がするの…?誰かいる…?」
「それは、その扉を開けばわかるわ。さあ、キャス、開けて」
祠の奥に、なにやら人の気配のようなものを感じたキャッスルは躊躇していたが、アイギスが扉を開けるよう促すので、仕方なく、恐る恐る目の前のその扉を開けた。
そして、二畳ほどの狭い部屋の中には、抜き身の一本の刀が、台座に鎮座していた。
「あれ…。刀だけ?誰もいない…」
勇気を振り絞って扉を開けたキャッスルだが、その目の前に現れたのは刀だけだったので、少々拍子抜けだった。
「ちゃんといるじゃない、キャス。目の前に、『彼』が」
「いるって言っても刀じゃない…?」
そうキャッスルが言った次の瞬間だった。
「アイギス殿。御久しぶりですな」
アイギスでも、カルブリヌスでも、ゲイボルグでもない。そう、言葉を発したのは、目の前の刀だった。
「なによ!またしゃべるの?も、もう驚かないんだからね!」
キャッスルも、武具がしゃべることにだいぶ慣れてきたようだ。
「久しぶりね、大典太。どうやらまだ、大丈夫のようね」
そしてどうやら、アイギスはその刀、大典太と顔見知りのようだ。
「御陰様で。アイギス殿も、相変わらずお美しゅうございますな」
「あのぉ、お取り込み中悪いんだけど、ちょっとどういうことなのか説明してくれる?アイギス。まさか、この刀も『ウルクの七賢人』だった、なんて言うんじゃないでしょうね?!」
ただ刀を回収するだけだと思っていたキャッスルは、アイギスと大典太とのまったりとした再会に、少しいらいらしていた。
「ごめんね、キャス。彼、大典太は『ウルクの七賢人』ではないわ。彼は…」
アイギスが説明を始めようとした時、大典太のそばに、ぼうっと人影のようなものが浮かび上がった。
「アイギス殿、そのことは私が話しましょう。そこのアイギス殿と一緒におられる少女よ、あなたはエルバード家の血筋のお方、ですな?」
「そ、そうよ!あたしはキャッスル・エルバード。エルバード家の…26代目よ!」
大典太のそばに幽霊のようなものが見え、一瞬ぎょっとなったキャッスルだが、肝を据え直して答えた。
「26代…。それだけの月日が流れたのですな。キャッスル様、と言いましたな。あなたの家系が鍛冶職であったことはもちろんご存知でしょうが、あなたの御先祖である初代、マサムネ様の作品を見たことはありますかな?」
「ないわ。というより初代マサムネは、自分の作品を遺してないって聞いてるわ。その技術のすべてを五人の弟子と、二代目に継承させることに熱心だったって…」
キャッスルがそう答えると、大典太は、一呼吸置いて再び語り始めた。
「私が、マサムネ様の遺された五本の刀のうちの一振り、そして、その弟子のうちの一人なのです」
「え…?ど、どういうことなのよ!」
「そのままの意味です。私は元、人間だったのです」
それを聞いて、キャッスルはもちろん、後ろで聞いていたラバンとディタールルも驚いた。目の前に鎮座している刀、それが元々は人間だったというのだ。そしてその刀、大典太は話を続けた。
「我が師マサムネは、本当に素晴らしい鍛冶師でございました。当時は刀を打つ職人は数多いましたが、その中でも、我が師の技術は群を抜いておりました。そして、キャッスル様が聞き及んでいる通り、その技術を後世に遺すべく、二代目と我ら五人への指導も、それは熱心でございました。しかし、ある日を境に、鍛冶場にいらっしゃらなくなり、部屋に閉じこもる日が続いたのです」
「そう…、私と出逢ってしまってからね」
大典太の話に、補足するように入ってきたのは、アイギスだった。
「はい。アイギス殿と出逢われて以来、我が師は随分と悩んでおられました。どんなに苦心して鍛えた鋼より硬く、持てば羽のように軽い金属でできていたアイギス殿との出逢いは、それまでの常識をあっさりと覆すものでした。我が師は、御自身を追い詰めました。そして、悩まれた末に、更なる高みを目指すことを、御決心なされたのでございます」
「それから私とマサムネとの、長い対話が始まったの。私は、知りうる限りの知識を彼に授けたわ。そしてついに、ある金属の精製に成功したの。それが…、『ミスリル』よ」
そのアイギスの言葉に、キャッスル達は驚きを隠せなかった。なぜなら『ミスリル』は、魔法が世に出た現在から三年前以降に、その製法が発見されたとばかり思っていたからである。
「ど、どういうこと…?魔法が、『レメゲトン』が出てくる何百年も前に、『ミスリル』が…?」
キャッスルは特に困惑を隠せない様子だ。キャッスルの父親にも、そのことは聞かされていなかったのだ。
「『ミスリル』というのは今の時代の呼び名でございましょう。我々はそれを、『魂鋼』と呼んでおりました。そして、その製法を『魂入れ(たまいれ)』と呼び、我が師はアイギス殿に近づくことができたと、喜んでおられました。しかし、その製法には、大きなリスクを伴ったのでございます」
「ここからは私が話すわ、大典太」
そう言うと、アイギスは大典太に代わって話を進めた。
「人間達の金属精製は、この世界に存在する『マテリア』と呼ばれる物質を鍛えることで、強く、有益な金属を生み出す、というものなの。風を送り、火をおこし、鉄を熱し、水で冷やす。そうすることで鋼という新しい『マテリア』は生まれるわ。でも、そこまでが限界なの。私達『ウルクの七賢人』と普通の金属との決定的な違い…。それが『エーテル』、つまり、魂が宿っているかどうか、なのよ」
「やはり、そういうことか。オレの睨んだ通り、『オリハルコン』…いや、『ウルクの七賢人』はつまり、金属生命体…だな」
後ろで聞いていたディタールルがぼそっとつぶやく。
「その通りよ、ディタ。私達は、魂の宿った金属なの。形状変化・自己修復といったことができるのも、私達があなた達人間と同じように魂を宿しているからなの。そもそも魔法とは、この世界に存在する火や水といった『マテリア』と、自らの『エーテル』をシンクロさせたものなの。今は『レメゲトン』のおかげで、魔法召喚はその『エーテル』の負担が少なくてすんでいるの。そして、キャスのお父様…25代目マサムネが開発に成功した『ミスリル』というのは、初代の『魂鋼』の製法を基にして、さらに魔法を利用した、魔力精製によるものなのよ。だから量産化が可能になっているわ。でも、初代のマサムネの時代は、もちろんそんなものはなかったのよ。つまり彼は、自らの魂を削ってまで、『ミスリル』…いえ、『魂鋼』の精製にこだわっていたの。大典太達五人の弟子達もマサムネの『魂入れ』に共感し、少しでも自分達の師の負担を減らす為に、自らの魂を捧げたのよ。そして、刀と同化し、人工的な金属生命体として今も存在しているわ。私は…、マサムネ達の生き方を、間違った方向へと導いてしまったのよ」
アイギスは、魔法や『ミスリル』などの説明をしながらも、数百年前のことをまるで、つい最近の出来事のように思い返し、自責の念を含みながら語った。
「あたしの先祖…、初代マサムネにそんな話があったなんて…。それより、なんであなた達は刀と一つになろうなんて考えたの?なんで…、そんな刀馬鹿なうちの先祖につきあったのよ!」
キャッスルは、自分の先祖の為に、自らの魂を捧げた弟子達の行動に、疑問と申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「さて…、我らも刀馬鹿、だからでしょうか。我ら五人は、マサムネ様をお慕いし、お役に立ちたい一心でございました。我ら五人の魂は、その師と共に打ったそれぞれの最高の刀と、一つになったのです。その刀にマサムネ様が付けられた名が、今の我らの名でございます。これ以上の名誉はありません。それに業を継ぐことに関しては、二代目がいらっしゃいましたので、我らに躊躇する理由などまったくなかったのでございます。…そして我が師は、我ら五人の『魂入れ』を終えると、二代目に我らの安置を、アイギス殿にエルバード家の守護を託し、逝かれたのです。我らは、師と同じ夢を見ることができたのでございます。そして今は、師の意志を受け継ぐ、あなたという御子孫に時を越えて出逢うことができました。我らは皆、アイギス殿に言葉で言い表せない程の感謝をしているのです。これら全て、アイギス殿に出逢ったことで、得ることができたのですからな」
「キャス、あなたの先祖の初代マサムネも、共に歩んだ大典太達五人の弟子達も、自らの意志でその歩む人生を決めたのだと思うの。そういう生き方こそが、人間らしさだと私は思うわ。アイギスも自分を責めてはいけない。あなたと出逢ったことで、キャスの先祖達は、人間のたどり着ける最高の…いえ、それ以上の生き方ができたのだと私は思うわ。それは、子孫であるキャスを見ていればよくわかるもの。二人とも、もっと自分達の存在に胸を張りなさい」
後ろでラバン達とともに聞いていたカルブリヌスが、キャッスルとアイギスに、そっとさとすように言った。
「……」
「大典太…、カル姉さん…。そうね。ありがとう」
キャッスルはまだ胸の内のもやもやが晴れない様子だったが、アイギスは大典太とカルブリヌスの言葉に、随分と慰められた。
「さて、随分と昔話に花が咲いてしまいましたが、本日参られたのは何用でございましたかな?」
大典太のその言葉に、一同はここに来た目的をすっかり忘れていたことに気がついた。
「あ!そうだったわ!今はそんな先祖の話なんて聞いてる場合じゃなかった!アイギス、説明をお願い!」
「そうだったわね。大典太、実はあなた達に再びエルバード家に戻ってもらうためにここに来たの。今この世界は…」
キャッスルがいつもの調子でアイギスに説明を任せようとしたその時だった。その場にいた全員が、ただならぬ気配を感じた。そして、ラバン達のすぐ後ろに、突然オレンジ色の魔法陣が出現したかと思うと、その魔法陣からゆっくりと人影が姿を現した。
「人間じゃ…、ないね!」
ディタールルがそうつぶやくと、その手にしていたゲイボルグも形状変化を始めた。