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ヒーロー  作者: 山都
第七章 覚悟
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犠牲 1

久しぶりの更新です。滞ってすみませんでした。これからスローペースになりそうです。






 生きる為には何かを犠牲にしなければならない。

 時間を。物を。食べ物を。命を。

 魚を食べるのなら魚を殺さなければならないし、牛肉を食べるのならば牛を殺さなければならない。

 知っていたはずだった。わかっていたはずだった。僕はずっと前から、命を犠牲にしていたんだ。

「それは、エヴォルヴ・システムは、君の中にある進化の因子を完全に引き出す事ができる。君の望む、君の求める、君だけの進化の力。究極の救世主の力」

 知っていたはずなのに、僕はなんとも思わなかった。

 動物だから? 人じゃないから? 気に病むことなんて何もない。

 考えないから? 明確な意思を読み取れないから? 生きていることには変わりないのに。

 人を殺す子を躊躇う僕は、人以外を犠牲にすることに何のためらいも持っていなかった。

「その力は人を守る為にある。そうしなければ、人類は奴らに滅ぼされるだろう。迷う必要などどこにもない。それ以外の方法はないんだから」

 人を殺す事は悪だ。悪い事のはずだ。

 だけど人を殺さなければ人が死ぬ。何もしなければ、何もかもなくなる。

 僕は正義が欲しい。

 どんなことにも揺るがない、どんなことにもブレることのない、明確で確かな正義。

 正しい、間違いなんて一つもない、絶対の正義。

「だから闘うんだ。闘って、闘って、闘って! そして君は本物のヒーローになる! 」

 僕は正義のヒーローになりたい。僕の求める、正義のヒーローに。


 街には大量のそれがいた。

 沢山の人が逃げ惑っている。悲しみ、苦しみ、絶望。何人もの人がそいつらに殺されている。

 道路には血が飛び散って、建物には血痕がこびりついて、人の目には人のような獣のような、そのどちらでもないそいつらが映っている。  

 無数の変異種が人を殺戮していた。

 空は灰色に染まっていた。太陽は見えない。暗い空だ。

 悲鳴が響き、骨の砕かれる音が聞こえる。液体のぶちまけられる音が耳を打ち、また命がなくなった。

《遺伝子照合クリア。エヴォルヴ・システム起動》

 電子音と共に、僕の身体が変わっていく。

「これが大変異だ。『進化の系譜』を呼び覚ます覚醒因子が、人から人へ、連鎖的に目覚めていく。変異種は新たな変異種を呼び覚まし、そしてその変異種がまた別の変異種を覚醒させる。最悪の負のスパイラル」

 一ノ宮博士は僕の隣で語る。丸腰で白衣を着た男のその言葉は、どこか喜びの感情を秘めていた。

「だが僕らは手に入れた。救世主の力をね。それが君だよ。久坂英志くん。君こそ、ヒーローなんだ」

 身体は真っ白な、まさにヒーローのそれへと変化していた。エヴォリューターと呼ばれるこの姿で、僕は変異種に目掛け飛翔する。

 腰から拳銃を取り出した。銃口を変異種に向け、銃弾を放つ。

 人を今まさに食いちぎろうとしていた変異種の頭が、弾丸によって吹き飛ばされた。目の前の女の人に真っ赤な血と肉がぶちまけられる。

 その隣に、人間の腕を食っている変異種がいた。手前には心臓を爪で貫いている変異種が。すぐ左には人の頭を踏み潰してはじけさせている変異種が。

 僕は一気に引き金を引く。変異種の身体にそれぞれ数発の弾丸がめり込み、四散させる。

 

 そう、これが僕の選んだ道。

 正義が欲しい僕は、正しさの欲しい僕は、人を守る為に人を殺すんだ。






 時は一日前に遡る。

 田上を殺した僕は泣いていた。自分の家で、自分の部屋で、泣いていた。

 憎しみに任せて人を殺した僕の手は、言い訳のしようのない血で染まっている。

 遠藤が教えてくれた、たった一つの方法。僕の怒りが導き出した答え。

 人を守る為に変異種を殺す。人殺しで人を守る。誰かの大切な人をこの手で殺す。

「久坂君……」

 気がつくと、天月が僕の目の前にいた。僕を見つめ、そして抱き寄せる。

「あなたは間違ってない。間違ってないわ……」

 天月の言葉は優しく僕に響く。暖かいぬくもりが僕の肌に触れる。

「そうしなければいけなかったの。誰かがやらなくちゃいけないことなの。あなたはそれをしただけ。間違ってなんか、ない」

 甘く響く、安らぎの言葉。僕を正当化し、僕を包み込んでくれる言葉。

 それに身をゆだね、僕は泣いている。

「みんな、死んだんだ」

 天月の胸で、僕は呟く。

「内藤君も、遠藤も、田上も。僕の父さんも、死んだ」

 僕は弱い。

 自分の決めた事すら、まともに実行できない。迷わないと決めたのに、迷った。殺すって決めたのに、それに徹しきれない。

「正義の味方になりたかっただけなんだ。こんな事、望んでいなかった。望んでなかったんだ……」

 笹倉さんは泣いていた。遠藤を失って悲しんでいた。

 僕が殺した。僕がそうした。しなきゃならなかった。

 変異種は全部、殺さなきゃならないんだ。

 人を守りたい。誰を死んで欲しくない。だから殺す。その矛盾を、天月は肯定してくれる。

「知ってる。あなたは優しいから。あなたは、だから全部が守りたくて……」

 僕は泣く。

 天月のぬくもりと言葉に甘えて、逃げこんで、泣いている。

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