進化 3
これこそが、一ノ宮が言っていた、進化の力。
このエヴォルヴ・システムは、僕の意志に応じて身体をより優れたように変化、つまり進化させることができる。
身体を再生させる事も、バーニアを大型化させることも、それ以上のことも。
――こんなもののために僕は生まれて、父さんは……ッ!
多分、一ノ宮は田上に父さんを殺すように言ったんだ。僕にこのエヴォルヴ・システムを使わせる為に。父さんが僕に渡すように。父さんは迷っていたんだ。本当は僕にこの力を渡したくなかったんだ。だから、あいつは、あの男は、父さんを追い込むことで無理矢理に決断させたんだ。
ナイフを取り出した。そしてその刃を鋭く、長く、刀のように進化させる。超振動はそのままに、僕はそれを振るい、田上に斬りかかった。
田上がナイフでそれを防ぐ。変異種と入り混じったエニティレイターは、通常よりも何十倍も力が増幅されていた。刀とナイフが拮抗する。互いに超振動を繰り返し、互いを破壊しようとせめぎ合う。
――お前に、渡すものがある。
あの時の倒産の表情。とても悲しそうだった。とても辛そうだった。全身を血が被って、あのときにはもう本当は死んでいるくらいの傷だったんだ。
田上の爪が僕に切り込んでいた。腹部にそれは突き刺さり、力が一瞬抜ける。その隙にナイフが刀を押し切り、僕の首筋へ迫ってくる。
――この力の使い道は、お前が選べ。
父さんはそう言った。こんな事は間違っているのはわかってる。父さんはこんな事望んじゃないし、僕はこんな事をしちゃいけないんだ。
バーニアを前方に吹かす。追ってくる刃を紙一重の所でかわし、そして刀を田上の左肩に突き刺した。刀は貫通し、そこから血が流れる。
「やってくれたなぁ、ヒーロー!」
肩に刃が突き刺さったまま、田上が僕との距離を詰めてきた。さらに深く刃が突き刺さる。それでもエニティレイターと変異種の混ざった真っ黒なそいつは、僕の首筋を掴んできた。
田上がそこに力を籠める。苦しい。息ができない。首に食い込む爪は、僕の身体に傷をつける。
――他人の言う何かの為じゃなく、お前の思う何かの為に、この力を使え。それが例えどんな事でも、それが、お前にとっての正義となる。俺は、そう信じている。
父さんはそう言っていたのに。けれど僕は今、何もかもがあの男の思惑通りに動いている。自分の正義なんて見つけられなくて、かつて持っていたそれは何の役にも立たなくて、全部あの男の思い通り。
僕の首を握る腕を掴む。そして僕の手が発光する。田上の腕は、瞬く間に粒子となった。僕の首を絞めていたそれは消えていく。光の粒が僕らの目の前で舞う。
田上の動きが止まったその瞬間、僕は刀を振り上げる。左肩を刀が切り裂いて、そしてそのまま、今度は振り下ろす。完全に左腕を切断した。
――……すまない。お前に、辛い事ばかり押し付けて……できればお前には、普通の生き方を……して……欲しかっ……
そうして、父さんは死んだ。守れなかった僕は、迷ってしまった僕は、だから決めたんだ。こいつを殺す事を。
殺すんだ。殺すんだ。僕はこいつをぶっ殺さなくちゃ……
怒りに任せて突っ込んでくる田上をかわし、背後に回る。そして、背中を押さえつけて、そのまま地面にダイブする。田上の身体が地面に激突した。骨が折れたような音が聞こえてくる。
僕は田上に馬乗りになり、そのまま背中の翼を捥いだ。片方ずつ引きちぎる。叫び声が仮想空間の中に響く。
「お前は父さんを殺した。父さんを殺したんだ。だから……!」
けれど、この理屈は田上と同じだ。殺されたから殺す。やられたらやり返す。永遠の最悪の堂々巡り。その結果父さんは死んで、僕は田上を殺そうとしている。
「大層ご立派な理由だなッ!」
田上が暴れた。馬乗りになっていた僕は身体の体勢を崩す。田上は右腕を地面に押し付けて全身のバーニアを一気に吹かせ、僕を吹き飛ばした。
「お前らは俺たちに死ねと言う。何の代価もなしに、ただ死ねと言う。人を殺すだって? 確かにそうだ。俺たちの本能はいつかお前らを殺すだろう。でもな、それはお前らのせいでもあるんじゃないのか? 俺たちの本能がお前らを殺そうとするのは、お前らが俺たちの敵だからなんじゃないのか? 」
田上は立ち上がる。左腕はなくなり、背中からは血が滴り落ち、しかしその傷を修復しようと肉が蠢いている。
「俺は死にたくない。死ぬのが怖い。何もかも無くなるのが怖い。久坂、それでもお前は俺に死ねと言うのか? 大勢の命のために、死ねって言うのか? だったら、俺の命は一体なんなんだ? 何も成し遂げず、偶然の出来事で死を決め付けられて、死ななきゃいけないのか? なあ久坂。答えろよ。そんな事を決め付けるお前たちは、正しいのか? 」