最後の一人 3
うるさい。お前に何がわかる。どうしてそんな事が言える。人殺しの本質的な意味? そんなの知るかよ。人殺しがいけない事だってのはわかってる。でも僕らはやらなくちゃいけなかったんだ。
泣いている人たちがいた。悲しんでいるのは知っている。でも、そんなのどうだっていいと思えてしまう。自己中心的な、勝手な発想。
空っぽな心は何も感じない。苛立つだけだ。あの悲しみを見て、僕は悲しみを感じなかった。苛立っているだけだった。僕は間違っている。僕は狂っている。でも、それはお前だって同じだ。
「だったらお前はどうなんだよ。変異種はいつか人を殺す。自分の思考なんて消えうせて、暴れまわって全部奪ってく。そうなる前に殺さなかったら、大勢の人が死ぬ!」
「だから俺達に死ねって言うのか」
田上が吐き捨てるように言った。
「勝手なんだよ。お前らは。俺たちは生きているのに」
「父さんだって生きていたさ! それをお前が殺したんだ! 」
バーニアを吹かし、無理矢理に上昇。そのまま加速し、田上を廃工場の外壁にぶつける。コンクリートの壁を打ち破り、設備を破壊する。廃工場を突き抜け、そのまま大きく旋回。再び工場を突き抜ける。建物を貫通し、高層マンションに向かって、全力で田上を叩き付けた。
窓ガラスが割れて、田上の背中に突き刺さる。そのほかの破片は二十メートル下の地面へ落ちていく。
「僕は守りたい。救いたい人がいる。その人たちをお前らは殺す。だから、殺す」
遠藤はそのための覚悟を僕にくれた。父さんはそのための力を僕にくれた。だから戻れない。引き返せない。僕がやらなきゃならない。
「それに、お前だけは許さない。父さんを殺したお前だけは、この手で殺してやる!」
許すなんて、そんなことできるわけがない。復讐? 権利? 知ったことかよ。
「……調子に乗るなよ」
田上の手が僕の喉元を掴んだ。
「俺の命は俺のものだ。他の誰のものでもない。俺の命の使い道は、俺が決める。それに、この街のやつらはまだ、誰も殺しちゃいなかった。自分じゃなくなっていく自分を必死で抑えて、当たり前の生活が欲しかっただけなんだ。そんな俺たちにお前らは死ねと言う。だったら、やられる前にやるしかないじゃないか」
田上が僕を蹴り飛ばす。僕は数メートル押しやられた。バーニアを吹かし、その高度を維持する。
「許せないだと? 俺のほうが許せないさ。理不尽を振りかざし、それを当然の事のように突きつけてくるお前らが。そんなお前らが憎くて憎くてたまらない。だから俺が……」
田上が何かを取り出した。
僕はそれを知っている。それはさっきまで、僕が持っていたものだったから。
「俺が、お前らをぶっ殺してやる」
田上が右腕だけを人間のそれに戻す。取り出したそれを右腕にはめて、起動させる。パスワードを打ち込み、認証させる。
《解除コード認証。ヴァリアント・システム起動》
田上の身体が変化していく。変異種のものから、真っ黒な姿をした、エニティレイターに。黒い装甲、白のライン。背中のブースター、腰の二丁拳銃。僕の今の姿と瓜二つだ。
僕はさっきそれを一ノ宮博士に渡したんだ。それなのに、どうして変異種がそれを。
「また、アンタなのか……」
またもあいつが何かを企んでいる。直感がそう告げていた。それ以外の理由が見つからなかった。だって、そうじゃないか。仮想空間はこうして造られている。一ノ宮は生きているんだ。ヴァリアント・システムを殺されて奪われたわけじゃない。
「またアンタなのか、一ノ宮ァ!!」
車内に一人の男がいる。白衣を着た、髪や髭が無造作に伸ばされて、やせこけた男だ。その男がノートパソコンの画面を見ながら、暗い声で呟いた。
「さて。エヴォルヴ・システム、そしてエヴォリューターのその力。じっくり見させてもらうよ。エニティレイターの力を得た変異種。その程度の相手に勝てなければ、切り札にはなりえない。大変異を切り抜ける事は敵わず、特異種に一矢報いる事さえできない。さあ、僕に見せてくれ。陣内博士の最高傑作。最強の進化の力。僕を拍子抜けさせないでくれよ? 」
画面を見つめるその男の口元は、笑っていた。