正義
あの変異種が誰なのか、目を見れば一瞬でわかる。確信があった。父さんを殺したあいつを、僕は絶対に見つけ出せる。後は殺すだけだ。ぶっ殺して、ぶっ殺して、ぶっ殺して、父さんと同じ目にあわせてやる。
同じ気分を味わえだって? だったらあいつも味わうべきだ。父さんと同じ、死の瞬間を。
ああ、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる――。
ヴァリアント・システムは一ノ宮博士に返した。あれはもう、必要ない。この右腕につけた新しい力があれば、僕は闘える。
一ノ宮博士は父さんの死を聞くと「そうか」とだけ呟いていた。どうやら、一ノ宮博士の尊敬していた人と言うのは父さんだったらしい。
あいつは、どこだ。
街中を探し回った。だがどこにもいない。一ノ宮博士が変異種の反応を今探っているらしいが、全く見つからない。
大通りを歩く僕は、過ぎ去る店の中に視線を送る。コンビニ、喫茶店、ファミレス。けれど、いない。あいつはいない。どこだ。どこにいる。この街にいるのはわかる。何か、感じるんだ。変異種という存在を、僕の全身が感じ取っている。
僕は道を曲がり、路地へと入った。一軒家の立ち並ぶ住宅街を探す。がだ見つからない。確かに存在を感じるのに、漠然としすぎていてそれをアテに探せない。
「クソッ!」
ポリバケツを蹴っ飛ばした。
路地を曲がる。その先に、僕の視界に、制服を着た女子が映る。天月だった。
「やあ、こんな所でどうしたの、天月さん」
口ではそう言いながら、心の中では全く別の、どす黒い濁ったヘドロみたいな思いが渦巻いていた。
「久坂君、あなたは……」
「ごめん、僕、急いでるから」
天月は父さんが死んだことを知っている。そんな顔をしていた。
「待って」
横を通り過ぎようとした僕の左手を、天月が掴んだ。
「離してよ。僕にはやらなきゃいけないことあがるんだ」
「嫌」
「離せって」
「あなたは優しい人だから。そんな気持ちで闘ったら、駄目」
天月はそんな事を言うんだ。優しい?そんな気持ちで闘っちゃいけない?僕をそんな風に見てくれてたなんて意外でしょうがないけど、でもさ、君の言う「優しい人」の父さんは死んだんだ。
「変異種は全部殺さなきゃいけないんだ。そうしなきゃ何も守れないんだ。迷ったらそれだけで全部なくなるんだ。だったらさ、どんな気持ちで闘おうが、一緒だろ?」
そうだ。何も変わらない。僕が悩みながら闘ったって、殺したくないって思いながら闘ったって、一緒だ。同じだ。結果は全部、変異種を殺す。違いはその過程で誰かが死ぬか死なないか。だったら、誰かが死なないほうがマシだ。迷わずに殺した方がマシだ。
「あなたの正義は、それでいいの?」
苦しそうな顔だ。僕の事を心配してくれているのか。わかるさ。君は、君の方が優しい人だって。だからこんな事を言うのは卑怯だ。君はきっと、答えを出せない。それでも僕は聞きたい。
「正義ってなんだよ」
ずっと、ずっとわからないんだ。それがどうしてもわからない。
「僕は人殺しを悪だと思ってた。正義じゃないと思ってた。でもさ、それじゃ人は守れないんだ。遠藤がたった一つの命を使ってそう教えてくれた。僕は身をもってそれを知った。大切なものを守れなかったんだ」
引き金を引くのを躊躇った。一瞬、それが遅れた。かすかな差だったかもしれない。それでも僕は、あの状況で迷ってしまったんだ。
そして、父さんは死んだ。
「人を守る事が正義がというのなら、人殺しが悪だというのなら、人を守る為の人殺しはどっちなんだ? 教えてくれよ。天月。君は前に、間違った正義って言っていた。だったら間違ってない正義ってなんだ? 君の言った、幼い純粋で歪みのない正義ってのは、大切なものを守れるのか? なあ、教えてくれよ」
天月は何も言えない。言わないんじゃなくて、言えない。優しいから。僕よりも、ずっと。
誰かを守る為には、誰かを犠牲にしなくちゃならない。必ずしもそうじゃない。けど、その場面は必ずある。
そしてそれは、「幼い純粋で歪みのない正義」がどうしても受け容れられなかったことだ。
「それにさ、僕はあいつを殺したくて殺したくてしょうがないんだ。抑えられないんだ。無理なんだ。だから行く。だから闘う。だからさ……」
こんな事を言うのは卑怯だ。ずるい。天月が答えを出せないって知っているんだから。天月が何もいえないって知ってるんだから。
それでも僕はあいつを殺したい。その邪魔になるなら、この優しさも消えて欲しい。
「離せよ。天月」
天月の手を振り解く。簡単だった。天月の手に力は入っていなかった。
天月は何も言えない。わかってる。天月は悲しそうに僕を見ている。知っている。天月は何かを言おうとして、何も言えない。でも僕はあいつを殺す。
「……歪みのない正義は」
天月の呟きが聞こえてくる。どうしようもなく、消え入りそうな声が。
「歪みのない正義は、正しい道の事。だけれど……」
その正義が何をもたらすのか、天月は知っている。僕も知っている。天月は優しいから、言えない。僕は天月の言うような優しさもっていない。心の中に渦巻いているのは真っ黒な憎悪だけ。だから、言う。
「そんなのじゃ、誰も守れない」
父さんのように、死んでいくんだ。
修正版ができました。でもまだ、誤字脱字あるかも……
ストックたまったら修正版の方に持ってきます。基本的にはこっちで更新。
なんか、ストックためてやったほうが修正上手くできそうな気がして……
一応、URLです
http://ncode.syosetu.com/n1181v/