欠落と憎悪 3
「あんたは、僕に何をさせよとしてるんだ」
僕の宿命?父さんが全てを知っている?何のために存在しているか?進化の力?限りない究極の力?
この男は僕を導こうとしている。けれど、それがどんな結果なのか、僕にはわからない。
「さっきも言っただろう。君に正義の味方になって欲しいのさ。人類を守る、ヒーローにね」
飄々と、さも当然のように、そんな事を言う。
「……何が正義だ。何がヒーローだ。ふざけんな。あんたの言ってる事は、ただの人殺しじゃないか!」
例えその結果、誰かを救う事ができたとしても、その事実だけは変わらない。
誰かを守る為に内藤君を殺し、誰かを救う為に遠藤を殺した。それが正義だなって、やっぱり僕は思えないんだ。
求める正義がわらなくなって、信じたい正義がわからなくなって、それでもわかる事がある。
今の僕には、正義なんかない。
なあ、遠藤。僕はやっぱりガキなんだよ。お前が言ってくれた言葉、誰でも救えるわけが無いって言葉、僕にはどうしても、正義だとは思えないんだ。全部を救いたいんだ。できない事だって、わかっているけれど。
「どうして君たちはそうも、奇麗事に縛れるんだい?変異種を殺さなければ、どうなるか、わかっているはずなのに。殺さずにはいられないだろうに。そのくせ、奇麗事に苦しめられている。馬鹿らしくて、笑えてくるよ」
そんなことはわかっている。知っている。僕の考えなんて、所詮は奇麗事だ。それを割り切らせる為に遠藤は死を決意したんだし、僕はそれを消し去る為の覚悟を決めたはずなんだ。
人殺しの選択をした。変異種を殺す覚悟はある。人のために、人を殺すのはもう、迷っちゃいけない。
けれど、割り切れない。割り切れないんだ。
「どっちにしろ、君はもうヒーローになるしかない。君自身でその道を選ぶだろう。あとは全てを知るだけだ。君が本物のヒーローになるために」
「……ヒーローって、なんなんですか」
「人類を救う、英雄の事だよ。変異種という敵から、全ての人類を守る、絶対の救世主。それがヒーロー。それが君。全ては陣内博士――いや、君の父親が知っているよ。訊いてみれば、全てがわかる」
目の前のこの男は笑っていた。笑っていたんだ。
――こいつ!
けれど、僕は殴らなかった。一ノ宮博士の胸倉を、僕は手放していた。
「ふぅん。意外だったよ。君はてっきり、殴ってくるものかと思っていた」
「あんたなんか殴っても、何も変わらない」
もしこの男を殴って全てが解決するのなら、何度だって殴ってる。でも、殴ったって何も意味が無いんだ。
「帰ります」
一人になりたい。けれど僕は、家に帰って父さんに訊いているだろう。知らなければならない。命令されている訳じゃない。けれど、知りたい。
僕の宿命を、父さんの知っていることを、進化の力を、僕は知りたい。
クソ。ちくしょう。結局僕は、こいつの思い通りにされようとしている。
「全てを知れば、君は必ずヒーローとなる道を選ぶ。確実にだ。君はそういう人間のはずだからね」
「それも、遠藤が言っていたんですか」
「ああ。そうだよ」
だったら僕の結果は、もう既に決まっているのかもしれない。