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ヒーロー  作者: 山都
第六章 進化と憎しみ
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欠落と憎悪 2

 遠藤は天月にそんな事を言っていたのか。

 あいつ、とんでもないお節介焼きだ。だからあいつは、僕にこの道を選ばせてくれたんだ。選ぶだけの理由をくれたんだ。そして、自分が死んだ後のことまで気にしてくれている。

 わかる。あいつは、いいやつだ。最高の親友だ。

 けど、今はただ、遠藤の気持ちも天月の善意も鬱陶しいだけだった。悪いとは思うけれど。

「ごめん。今は一人でいたいんだ」

 僕は踵を返し、天月を振り返らず、歩く。

 一ノ宮博士の所に行こうかと思った。聞きたい事は山ほどあった。一ノ宮博士は遠藤が変異種だって事を、多分知っていた。二人は協力していたんだと思う。それを確かめたかった。

 それに、一ノ宮博士は遠藤の死を、なんとも思っちゃいない。全く気に留めていない。

 家じゃ駄目だ。父さんが帰ってくる。近所の家の人は皆、遠藤のことを知っている。僕に気を使って、腫れ物を障るように扱ってきて、そして僕は苛立ってしまう。

 一人になりたかった。もしくは、苛立たない場所に行きたかった。

 それは廃工場だっていいし、あの真っ黒なキャンピングカーでも構わない。

 どこだっていい。とにかく、苛立たない場所ならば。

 天月の足音は聞こえてこなかった。

 僕は歩く。道を曲がって横断歩道を渡る。学校の傍を通る。グランドでは、体育着を着た生徒がサッカーをしていた。体育の授業なんだろう。今日は平日だ。僕らだって、本当は葬式なんかやってないで、つまらなくて退屈で、けれど平和な授業を過ごしているはずだった。遠藤だってそうだ。

 僕が遠藤を殺したから、それが行われていないだけで。

 遠藤のことを知らない人間にとっては、当たり前の毎日が続いているだけだ。朝礼で何か、担任の先生に一言いわれ、ゴシップのネタが増える。それくらいだろう。

 川原にたどり着く。

「おーい、久坂くーん」

 黒いキャンピングカーの側に、一ノ宮博士が立っていた。いつもどおり、変わらない格好で。髭と髪は相当伸びている。外見を気にするような人だとは思わないけれど、邪魔だと思わないのだろうか。

 僕は坂を下りて、一ノ宮博士の下へと行く。

「君が何でここに着たのか、大体のことは察しがついているよ」

 そうだろう。この人は多分、僕がどんな性格をしていて、どんな行動をするかどうか、考えた上で遠藤を協力させたんだろうから。

「中に入りなよ。立ち話もなんだし」

 キャンピングカーのドアを開け、一ノ宮博士は言った。僕の返事を待たずに中に入ると、ソファーに座り、ノートパソコンを開いた。

 きっと拒否権なんてのは無いんだろう。どっちにしろ、僕は中に入るけれど。

「さあ、さて。何から話そうか。何から知りたい?今、僕はとても気分がいいんだ。なんだって答えてあげるよ」

 僕は向かいのソファーに座る。

「最初から、僕が天月と出会って、僕がエニティレイターになって、内藤君が死んで、遠藤が死んで、それって全部、一ノ宮博士は知っていたんですか?」

 遠藤は言った。全ては一ノ宮博士が仕組んだ事だと。

 最初から全部、この人は知っていたんだ。僕にエニティレイターとしての適正があることを。遠藤が変異種だって事を。内藤君が変異種だって事を。そして、僕が彼らを殺せば、どんな感情を抱き、どんな選択をするのかを。

「ああ、そうだよ。君が仮想空間に始めて転送されたことがあっただろう?あの時点から既に、計画は始まっていた。君をヒーローに変えるための計画がね」

「僕をヒーローにする?」

「そうさ。君は人類の救世主となるんだ。君にしかできない、君がやらなければならない事なんだ。掛替えの無い友人をその手で殺めた君は、引き返す事などできなくなる。だから、彼にはその犠牲となってもらった。平和の為の、正義の為の犠牲にね」

 やっぱりそうだ。思った通りだ。

「君が仮想空間に転送されたのはシステムの誤作動なんかじゃない。僕がそうしたからだ。君をヒーローにするために、僕らの世界を知っておく必要があったからだ。天月の覚醒因子があのタイミングで暴走したのも偶然じゃない。彼女が戦いの前に打ち込んだ薬は、因子の侵食を加速させるものだったからだ。内藤光という少年を仮想空間に転送できたのは、君の友人の協力があったからだ」

 目の前のこの男は、全てを思うがままに動かしていたんだ。

 僕は自分で選んでいるつもりでいた。でもちがう。何もかも、この男の思惑通りに選択を繰り返していただけだったんだ。

「そして、君が彼を殺したのは、僕がそうなるように仕向けたからだ」

 僕はソファーから立ち上がる。何も考えず、身体が勝手に一ノ宮博士の胸倉を掴んでいた。

「君はもう引き返せない。引き返せるような人間ではないだろう?君の一番の友人が、そう言っていたよ。君は本当にいい友人を持ったね。僕の思い通りにならければ君の事を消すと言ったら、彼は快く協力してくれた」

「あんたは……」

 僕の右手は、握り拳を作っていた。

 そのくせ、心は空っぽだった。

 この男が憎い。憎くて憎くてたまらない。それなのに、この状況を冷めた視点でとらえている僕がいる。

「僕を殴るかい?それもいいんじゃないか。僕は今、最高に気分がいいんだ。それくらいなら笑って許す事ができる。しかし、君は引き返せない。戻る事はできない。君は知ってしまったんだ。変異種を倒さなければならないと言う事を。君はやらなければならないんだ。変異種を殲滅し、人類を救うと言う事を」

 胸倉を掴んだまま、拳を握ったまま、僕は一ノ宮博士の声を聞いている。

「それが君の宿命なんだ。君はそのために産まれてきたんだ。大変異から人々を救い、特異種を殲滅し、世界に、人類に平和をもたらす、ヒーローとなるために」

「あんたは、何を言って……」

「僕が何を言っても、君は心の底からは信じないだろう。だったら、君が父親だと思っている人物に訊けばいい。あの人に訊けば、君は全てを知ることになる。自分が何のために産まれてきたか、何のために存在しているか。そして君は手に入れる事になるだろう。進化の力を。限りない、究極の力を」

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