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ヒーロー  作者: 山都
第五章 真実
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敵 8







 跳躍し弾丸を避けた遠藤は、ベルトコンベアに跳び移っていた。僕は両手に銃を構え、走る。接近しながら遠藤を狙う。

 遠藤が再び跳んだ。錆びた機械や所々にヒビの入った壁、埃まみれの床を蹴り、細かく方向転換を繰り返す。弾丸が当たらないように。内藤君の使った、あの戦法だ。

 障害物の多いこの場所で、弾丸は何度も遮られる。何度もはじかれる。そうでなかったとしても、細かく方向転換を繰り返す遠藤に、弾丸は当たらない。

 だったら、どうすればいいのか。

 僕はまだ遠藤のいない場所に弾丸を放った。遠藤の動きを予測したんだ。あいつの動きは、なんとなくわかる。僕を誘導しているような、そんな動き。

 遠藤の右肩を、銃弾が貫いた。血が噴き出る。遠藤は失速し、動きが鈍る。

 ――迷うな。英志。

 僕は弾が尽きるまで、二丁の銃を乱射する。遠藤を大量の弾丸が襲った。それらは障害物に遮られ、時には的外れな場所に向かっていきながらも、残りの数発が遠藤の身体に命中した。

 血が宙を舞う。遠藤からかすかなうめき声が洩れる。

 僕は片方ずつ新しいカートリッジを装填しながら、遠藤の元へ走る。接近する。

 遠藤は全身から血を噴出しながらも、動いていた。動きは遅くなっている。けれど、確実に、動いていた。僕と闘う為に。

 全身の血は少しずつだが出血量が収まってきている。傷口が修復されているんだ。だから、致命傷が決定的な傷にならない。変異種を殺したいのなら、あの技を使うか、急所を完全に破壊するか。人間の状態なら、それに加えて、頭部を吹っ飛ばすか。

 ――それ、お前が観たいって言ってた特撮の映画のヤツだよ。たまたま見つけたから、落しといた。

 遠藤が地面を蹴り、僕に突撃してきた。両手の爪で僕を切り裂こうと、腕を大きく振るう。僕はそれを銃身で受ける。重い一撃。銃がはじかれた。それでもなんとか一撃目を防いだが、すぐに二撃目がやってくる。僕はそれをまともに喰らった。胴に五つの直線が、斜めに刻まれる。熱を帯びた痛みが、僕の装甲を襲った。

 苦痛で動きが止まった僕を、遠藤の拳が襲った。僕の胴体を何度も何度も殴ってくる。僕は後退し、吹っ飛ばされながら、それを喰らっていた。僕の背中がタンクに激突する。遠藤が差を詰めてくる。僕の腹に、十分に加速をつけた遠藤の一撃が、叩き込まれる。

 ――覚悟を決めろ。

 僕は苦痛にもだえながらも、銃口を限りなく接近している遠藤に向けた。ほぼ真横から、遠藤の胴体を撃ち貫く。遠藤の身体が一瞬、跳ねた。その隙に僕は遠藤を蹴り飛ばす。

 遠藤の身体は赤い液体を撒き散らしながら、床に衝突した。身体が地面で一回跳ねる。

 僕はそれ目掛け、トリガーを引く。遠藤の身体がさらに跳ねた。開きっぱなしの蛇口のように、血が流れでている。

 ――お前は、ヒーローにならなきゃならないんだ。

 銃を撃ちつくす。弾丸を全て遠藤に叩き込む。身体が反れ、絶叫にも似た雄叫びが廃工場の中に響いた。

 それでも、僕はやらなくちゃいけない。

 僕は弾薬の尽きた銃をしまい、ナイフを手に取った。超振動を起動させる。どんなものでも簡単に切り裂く事のできる、刃物。遠藤の身体だって。それを手にして遠藤へ跳ぶ。背中と足の裏のバーニアを吹かしながら、加速する。

 遠藤は起き上がり、僕を迎え撃っていた。

 僕は遠藤の右腕を切断する。噴出す遠藤の血を、全身に被った。真っ赤な血だ。僕らと同じ、赤い血。それが地面に流れ落ちていく。

 遠藤の残りの腕が、僕の首を掴んだ。投げられ、叩きつけられ、地面と僕の背中がぶつかる。さらに遠藤は僕を蹴り飛ばした。僕の身体は血まみれの床を転がり、何かの機材に当たって止まった。

 ――お前は選択しなきゃいけないんだ。

 僕は立ち上がる。遠藤が僕に襲い掛かってきた。残りの腕を僕に振るう。鋭い研ぎ澄まされた爪が、僕を切り刻む為に、迫ってくる。

 反応できなかった。僕は殴られ、機械に激突する。めり込むような形になる。遠藤の爪が、幾重にも僕の全身を切り裂いた。黒の装甲は削られていく。痛みが広がっていく。

 押し寄せる、苦痛。苦痛。苦痛。逃げ出したくなるほどの痛み。腹部を今、全力で殴られた。機械を破壊しながら、僕の身体は廃工場のコンクリートの壁にぶつかる。

 痛みで力が入らなかった。飛行することもままならず、僕の身体は重力に逆らえず、落ちる。全身を床に打ち付けた。辛苦の声が吐き出される。

 遠藤が迫ってくるのがわかる。痛くて痛くてしょうがなかった。だけど、立たなきゃならない。そうしなければ、この闘いが、遠藤の決意が、遠藤の覚悟が、無駄になってしまう。

 足の裏と背中のバーニアを吹かす。初速度0から、一気に加速する。遠藤の腕をかわし、交錯する際にもう一本の腕もナイフで切り裂いた。

 灰色の毛をした獣のような腕が、落ちていく。遠藤の血は止まらない。もう、致死量になるほどには出血しているはずだ。それでも遠藤は立っている。何のために? 僕に、選ばせる為にだ。

 身体をくの字に曲げる。足を前方に向け、バーニアの勢いで方向転換。

 遠藤は両腕を失いながらも、僕に向かってくる。

 ――だったらお前はどっちを選ぶ。どちらかだ。両方は選べない。

 遠藤に向かって、進む。迎え撃つ。右手には、どんなものでも切り裂く事のできる、超振動ナイフ。遠藤は丸腰。負けるわけが無い。やるしかない。殺すしかない。遠藤を。

 ――お前なら、できるさ。

 僕は遠藤の胴体を、真っ二つに切り裂いた。腰を一閃し、上半身と下半身を切り離す。

 遠藤の上半身が、床を転がった。遠藤の下半身が、ベルコトンベアの上に乗った。それらが人の姿に戻っていく。血を噴出しながら、それでも生きようと、肉を再生しようとしている。

 僕は、やらなくちゃいけない。

 人へと戻った遠藤の表情は、酷く歪んでいた。それでも、平静を装うとしているのがわかる。何故そんな事をするのかは、考えるまでも無い。

 人となった変異種を、完全に殺す為には。

 ――やめて……殺さないで……お願いします……。

 僕は迷わない。

 ――嫌だ、死にたくない……。

 覚悟を決めるんだ。

 ――これが、変異種と闘うということ。

 天月のやったように、頭を吹き飛ばせばいい。

 僕は遠藤に歩み寄りながら、銃を取りだす。カートリッジを装填する。右手にそれを持ち、銃口を遠藤に向ける。

「そうだ。それでいい」

 遠藤は顔をさらに歪めた。もしかしたらそれは、笑おうとしていたのかもしれない。

「俺の最後の頼み、聞いてくれるか」

 血を垂れ流して、遠藤の顔は蒼白になっていた。血が足りないんだ。それでも生きているのは、遠藤が変異種だからなんだろう。

 僕は無言で頷く。喋ったら、感情が流れ出てきそうだった。

 サンキューな、と遠藤は口にする。

「父さんと母さんと美由紀を、守ってくれ。死なせないでくれ。必ずだ」

 頷く。

「それとな、英志。お前、死ぬなよ。お前には生きていて欲しいんだ。頼むぜ、本当。絶対に、何があっても、生き残ってくれ」

 僕は頷く。

 身体が震えていた。何で震えているか、わかる。エニティレイターは泣けないんだ。だから震える。行き場の無くなった悲しみが、全身を震わせる。

「お前ならヒーローになれるさ。人を守って人を救って、平和な世界を勝ち取る事ができる。お前は神様じゃないから全部は救えないかもしれないけれど、それでも、お前のお陰で誰かが生きることができるんだ。それだけでも十分、上等な正義だと俺は思う」

 僕は何もいえなかった。震えて、頷くだけだった。

 ここで僕が止まれば、全てが無駄になる。内藤君の死も、遠藤の決意も、そしてこれから起きる遠藤の死だって。

 ――また明日な。

 だから止まれない。遠藤は僕に理由をくれたんだ。人殺しの理由を。それに足りる動機を。他人にとっては、ただの言い訳にしか聞こえないかもしれない。けれど、僕にとっては重く十分すぎるほどの、理由だ。

「わりぃな。お前にこんな、辛い事押し付けちまって」

 止めろよ。そんなこと言うなよ。口にはできないから、心の奥底で、呟く。

 僕は引き金に置いた指に力を込めた。あと数ミリ。たった数ミリ押し込めば、目の前の命は消える。

「じゃあな、親友」

 遠藤は笑っていた。苦痛に歪むことなく、綺麗に、すがすがしいほどに。本当は怖くて仕方が無いはずなのに。死にたくないはずなのに。

 だから僕は、引き金を引いた。





 天月葵は意識を取り戻していた。闘いの途中から、ずっと。

 視界には、拳銃を構える黒い影。そして、上半身だけの少年。

 ――駄目。

 天月は叫ぼうとした。しかし、声が出ない。出す事ができない。何か、薬を飲まされていた。

 何故、遠藤が久坂英志と闘おうとしたか、大体天月には察しがついていた。そもそも、遠藤という少年が久坂英志を殺そうとするわけがないと、確信していた。それほどに、彼は久坂英志のことを大切に思っていたからだ。

 久坂英志が彼を撃てば、その心は壊れてしまう。幼く歪みの無い正義は砕け、残るのは自分自身への嫌悪感だけだ。

 ――だから、彼は、私にあんなことを言ったっていうの?

 英志のこと、支えてやってくれ。

 遠藤は久坂英志がどうなってしまうのか、わかっているのだろう。人を殺すと言う罪に、耐え切れないと言う事を。そして、壊れてしまうと言う事を。

 ――だったら、どうして。貴方がいた方が、久坂君は……

 人殺しに殉ずることしができなかった自分がいても、なんの支えにもなりはしない。

 天月はそう考えていた。

 人殺しに慣れ、正義など一切考えず、ただ人殺しを続けていた自分。そんな自分が、人を支えられるわけがない。

 だが久坂英志は引き金を引こうとしている。友を、その手で殺そうとしている。

 ――駄目!

 しかし、弾丸は放たれる。遠藤光一は頭を四散させ、絶命した。頭部を破壊すれば、例え変異種の再生能力を持つ人間の身体でも、確実に死ぬ。

 久坂英志がその姿を人間のそれへと変える。友のなきがらを抱え、そして泣いていた。吼えるように泣いていた。

 久坂英志は決断していた。変異種を殺すということを。人を守る為に、何かを犠牲にするということを。

 それが久坂英志にとっての正義でない事を、天月は知っている。幼い正義が歪み、罅割れ、壊れていくのを、感じていた。

 俺には、できないんだ。

 遠藤の言葉が、天月の胸に響く。







との。さん協力感謝です。

ありがとうございました。

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