怪人 2
赤い豚は獲物を探しているように見えて、それでいて何かに脅えているようにも見えた。
とにかく、見つかるのはマズイ。
赤い豚に気づかれないように、僕はブロック塀の影へと隠れた。見つからないようにとしゃがんで座り込む。
赤い豚が何を探しているかはわからないが、もしも僕が見つかったら無事ではすまないだろうという事は感じた。
見境なく家を壊しているくらいだから、見境なく人を殺す事だってあるだろう。
赤い豚が動き出した。足音というには大きすぎる音があたりに響く。
周囲はあまりにも静かで、赤い豚の足音とうなり声以外は聞こえない。
そこで僕は、あまりにも遅すぎる疑問を浮かべた。
なんでこんな事が起こっているのに誰も声を上げない。そして、僕はさっきから誰にも会っていない。こんなことって、あるのか?
時間は夕方の五時くらい。場所は学校の近くの住宅街。
こんな異常なことが起きているっていうのに、誰も姿を見せない。そうでなくとも、帰宅している学生がいたり、買い物帰りの主婦がいるのが当たり前のはずだ。
それなのに、誰もいない。
そもそも、ここは本当に僕が住んでいる街なのか?
僕の身体を何か、嫌な感覚が駆け抜ける。それは恐怖だった。僕はこの状況に怯えていたのだ。
どこがぼんやりとした感覚の中で感じ取っていたことが、急に鮮明なものに感じ取れた。赤い豚も、誰もいない町も、いきなり現実味を帯びてきた。
徐々に大きくなってくる足音は、確実に僕へと向かってきている。
僕は這うようにして近くの家へと向かった。恐怖で足がすくんでいた。
もしここが僕の住んでいる街じゃなかったら。
もし僕以外に誰もいなかったら。
一体僕はどうすればいいんだ?
なんとか玄関へたどり着いた。
何度も見たことのある家だ。僕がこの街で住んできた時間の中で、何度もこの家を見た。僕が学校へと向かう途中の通学路で、さっきも遠藤と一緒にここを通った。
この家には年を取った夫婦が住んでいる。話したことはないが、会釈程度はしたことがあった。
ドアノブへと手を伸ばした。鍵は開いていた。僕は震える手でドアを開ける。
玄関には二足の靴と、サンダルと下駄が一組ずつあった。それなのに、人の気配はない。
僕はそのままリビングへと向かった。
そこにはミカンと給湯ポットがおいてあるテーブルがあり、椅子の近くには食べかけの饅頭が落ちていた。
窓が開いていて、そこからは庭に干してある洗濯物が見えた。その近くには洗濯物が入っている籠がある。
洗濯物を取り込んでいる途中のように。
「なんだよ、これ」
洗濯物を取り入れるのを途中で止めて出かける人はあまりいないだろうし、食いかけの饅頭をその場に置いて出かける人間もまずいないだろう。
まるで、普段の生活の中から人間だけをなくしたようだった。