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ヒーロー  作者: 山都
第五章 真実
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敵 7

 嫌だ。遠藤を殺したくない。でも、どうしたらいい?どうしたら、殺さなくて済む?

 僕はこれまでに無いくらい、頭の中で思考を繰り返す。

 嫌なんだ。絶対に避けたいんだ。例え理性が結論を既に出していたとしても、僕の心が別の道を探している。だってそうしなかったら、僕はこの手で遠藤を殺さなきゃいけないんだ。

 僕はあることを思いつく。

 身体を起した。立ち上がる。視線は狼の変異種である、遠藤に向けて。でも意識は全く別のところを向いていた。

「……一ノ宮博士」

 僕は弱々しく、その名前を口にする。

 恐らく、一ノ宮博士は僕のこの声を聞いているはずだ。エニティレイターの腕輪には、通信機の機能も含まれている。戦闘中のボイスレコーダー的な役割もあるのだろう。それを、一ノ宮博士が聞いていないはずがない。

「仮想空間に転送してください」

 仮想空間に行ってしまえば、もしかしたら、遠藤を説得できるかもしれない。

 その結果、どうなるかは全然わからない。ただの思いつきだ。でも、もしかしたら、遠藤を止める事ができれば。僕が必死に一ノ宮博士に頼み込めば。もしかしたら遠藤の覚醒因子の侵食を抑える薬を、一ノ宮博士から貰えるかもしれない。

 ヴァリアント・システムに使用されている覚醒因子に利く薬があったんだ。変異種の覚醒因子に利く薬があったって、不思議じゃない。

 憶測でそれがほんの僅かしかなさそうな可能性だとしても、僕はそれにかけたい。

 ほんの僅かでも最悪の結果を招く事を避けられるのなら、今の僕はどんなに小さな可能性でも信じる事ができる。

 けれど、声は返されない。

「一ノ宮博士。聞いてるんでしょう?返事くらい、してくださいよ……」

 声は一向に聞こえてこない。僕の声だけが、弱々しく空しく廃工場に木魂する。

「無駄だ。いくら呼びかけたって、あの場所にはいけないぜ」

「どうして何も言ってくれないんですか……?」

「だから無駄だって言ってるだろ。仮想空間なんて所に俺たちを転送したら、そんなことしたら、人質の意味がなくなっちまう。そんな事を、あのいかれたオヤジが許すと思うか?」

 遠藤は何を言ってるんだ。

「あのクソオヤジはな、お前の事をヒーローにしたくてしたくてしょうがないんだよ。お前を正義の味方に仕立て上げる為にな、こんな手の込んだシナリオまで用意してよ。全く、大人ってのはくだらない事ばっかりに無意味に思考を費やしているよな」

 遠藤の言っている事は無茶苦茶だ。

「全部、あのオヤジが仕組んだことだ。この場面を作り出すために。エニティレイターとなったお前。人質となった天月。そして、俺を殺さなければならないこの状況。全てはこの時、この為に仕組まれた事なんだ」

 一ノ宮博士の声は聞こえてこない。

 だから遠藤の言葉が、聞きたくも無いのに耳に入ってくる。

「だからお前は覚悟して闘って選択して、平和を掴み取らなくちゃいけない。それしか方法は無いんだ。それ以外、無理なんだよ。お前ができないと思っていても、それでもやるしかないんだよ」

 なんなんだよ、それ。

「さあ、これで選択肢は二つしかなくなった」

 遠藤が僕に歩み寄ってくる。

 ゆっくりと、確実に。

「このまま俺に殺されて、そして全てが死んでいくか」

 答えはもう決まっている。そんなもの、既に理性がたたき出している。

「それとも俺を殺して、そして全てを守るのか」

 どっちを選ぶのか。

 僕が僕でなかったら、すぐにでも選べるだろう。僕が僕だから、選べない。

 遠藤と僕は親友なんだ。遠藤がそう思っているのか、もうわからない。けれど、僕は今でもこの瞬間でも、遠藤の事を親友だと思っている。

「選択しろ。覚悟を決めろ。そして、平和を掴み取れ」

 なんなんだよ。お前は何でも知ったように言うけれど、僕は何にもわからないんだ。

 お前が敵だって、変異種だって事だけで、僕は頭の中がいっぱいになりそうなのに、それだけじゃなくて闘えだとか選択しろだとか覚悟を決めろだとか、なんでそんな事を要求するんだよ。

「できるわけ、ないじゃないか……」

 だって、お前は、お前は、僕の――

「お前なら、できるさ」

 遠藤が僕の目の前で立ち止まる。

 そして、言うんだ。こんな事を。

「だってお前は、俺の親友だろう?」

 ――ああ、そうか。

 その一言で、僕は悟った。

 遠藤は僕の為に闘おうとしているんだ。

 僕に決意をさせる為に、僕に選択をさせる為に、僕に覚悟をさせる為に。

 遠藤は、僕を迷わせないようにしようとしている。僕の道を、確固たるものにさせようとしている。それが正しい道なのか間違った道なのか、それはわからない。

 けれど、人を守る為の道だ。僕が選びたくて、でも選べない、道だ。

 変異種を殺せない僕に対して、変異種を殺さなければならない状況を作り、そしてその道を進むように、選ばせようとしている。

 自らが、死ぬ事によって。

「……遠藤」

「仕切りなおしだ。武器を手に取れ。俺と闘え。俺を殺せ。そして、お前はヒーローになるんだ」

 遠藤の思いを知って。

 遠藤の決意を知って。

 遠藤の覚悟を知って。

 僕にはそれを知らないふりは、できなかった。

 選びたくなかった。他の道を選択したかった。

 でも、遠藤はこの道の為に、覚悟をしている。変異種を殺せない僕を、自らの命を糧にすることで、変えようとしている。そしてそれは、僕のためなんだ。僕が殺せないから、遠藤は、自分が犠牲になる事で――

 僕は拳銃を握った。それを遠藤に向ける。

 重かった。引き金はそれ以上に重い。

 けれど、遠藤は死ぬ覚悟で、僕の為に闘おうとしている。

 だったら、だったら僕は。

「……お前は、僕の親友だ」

「俺だってそう思ってるさ」

「本当は殺したくなんて無い」

「知ってるさ。お前は、そういうヤツだ」

 遠藤は優しく、そう言ってくれる。

「でも、それしか道が無いんだったら」

 そう、無いんだ。僕の理性と、遠藤の死ぬ気の決断が、それを物語っている。

 だから、だから僕は。選びたくない。だけど、選ぶしかない。

 それが正しいのか間違っているのか、わからない。

 だけど少なくとも、「人」は救える。

 だから、僕は。

「僕はお前を、殺す」

「そうだ。それでいい」

 僕は引き金を引いた。銃声が廃工場に響く。

 それが、僕と遠藤が殺し合う、始まりの合図だった。






  

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