敵 6
「覚悟を決めろ。英志」
遠藤の、狼の変異種の顔が、僕の目と鼻の先にある。
「覚悟?覚悟って何だよ。ふざけんなよ。お前ばっかり、知った風な口きいて。なんでこんなことするんだ?こんなことする必要なんて無いじゃないか!どうして僕とお前が闘わなくちゃいけないんだ!」
そうだ。こんな必要なんて、ない。
例え変異種でも、遠藤は遠藤なんだ。それなのに、どうして。
「お前がそんなヤツだからだよ」
遠藤は静かに言い放つ。
「普通に闘えって言っても、お前は絶対に断るだろ?」
「当たり前だ!」
「だからだよ。俺はお前と闘いたい。いや、闘わなくちゃならないんだ。絶対に、何があってもそうしなきゃいけない。だからお前が闘わざるを得ない状況を作った。そして闘ってる」
「闘わなくちゃいけない?何でだよ。わけわかんないんだよ!」
遠藤の考えが全くわからない。
僕らは毎日顔をあわせていた。遠藤がくだらないことで絡んできて、鬱陶しく思うこともあったけど、でも、僕はそんな遠藤が嫌いじゃなかった。嫌々ながらも、なんだかんだでヒーロー同好会に毎日付き合ってくれていたし、なんだかんだで同好会の存続の為に、色々と考えてくれていた。
僕みたいな、ヒーローに憧れているガキみたいなヤツを、遠藤は受け容れて、認めて、仲良くしてくれていたんだ。小学校の頃から、ずっと。
同じ私立の中学に入って、腐れ縁が続いて、僕らは何年も一緒に過ごしてきた。
遠藤は僕の親友なんだ。遠藤もきっと、そう思ってくれているはずだ。
なのに、何で僕達が闘う必要がある?
「お前はヒーローにならなきゃならないんだ」
そんな事を、遠藤は口にする。
「お前にしかできないんだ。お前じゃなきゃ駄目なんだ。お前がやらなきゃいけないんだ。お前は全ての変異種を倒して、平和を勝ち取らなきゃならない」
「なんで僕なんだよ。どうして僕なんだよ。わからないよ。お前は、何考えてるんだよ!」
「お前は選択しなきゃいけないんだ」
遠藤がナイフを弾いた。その腕が、僕の首筋を掴む。
喉が締め付けられる。爪が僕の喉元の装甲にめり込む。苦しい。遠藤は、本気で僕の首を握り締めている。窒息死させるつもりで。
僕の事を、本気で殺そうとしている。なのに、そんな素振りを全く見せない口調で喋る。
「お前はきっと、全部を守ろうとするだろう。けれどお前は神様じゃない。全部を守る事なんてできない。だから選択しなくちゃならない。そうしなければ、守りたいものは何も守れない。たった一つもだ」
遠藤の爪がさらにめり込む。僕は宙に吊り上げられた。僕の脚が地面から浮く。
「選択しろ。覚悟を決めろ。今、お前が本当に守りたいものは何だ?本当に守るべきものは何だ?変異種の俺と闘わず、人間の天月を見殺しにするのか?俺を生かせばどうなるか、変異種を野放しにしておけばどうなるか、お前はわかっているよな?だったらお前はどっちを選ぶ。どちらかだ。両方は選べない」
それが覚悟だってのか。ふざけんなよ。僕にとって、お前も、天月も、両方大切なんだ。
どっちかなんて選べるわけ無いだろ。どっちも死んでほしくないんだ。
「選べないか?それなら、お前は全部を失うぜ。天月も、お前の父さんも、学校のやつらも、俺はそのうち、全てを殺し始めるだろう。俺の意志とは関係無しにな。それが変異種だ。進化に行き詰った人類が、突然変異という形で得た新たな進化だ」
遠藤が僕を壁に向かって投げつけた。
「が……っ」
僕の身体がコンクリートの壁にぶち当たり、そして床に倒れた。地面に突っ伏した。
なんなんだよ、ちくしょう。ふざけんなよ。なんで、僕にそんな事を選ばせるんだよ。
僕の理性は、とっくに答えを導き出していた。
そう、僕は変異種を、遠藤を殺さなければならない。
そうしなければ、天月が死ぬ。天月だけじゃない。下手をすれば、この街の人全てが死ぬかもしれない。変異種ってのは、そういうものなんだ。
遠藤はまだ理性と言うものが残っている。けれど、いつあの虎の変異種のように、赤い豚の変異種のように、暴れてしまうかはわからない。それが十年後なのか、もしかしたら、今すぐなのか。
どちらにせよ、僕が皆を殺させたくないのなら、遠藤を殺す以外の方法は無い。
うるさい。わかってる。わかってるんだ。でも、そんなの、選べるわけ無いじゃないか!
遠藤をこの手で殺す。内藤君の時と同じように、殺す。
生きている命をこの手で奪う。自分と誰かの為に、誰かの息の根を止める。
遠藤は、僕がヒーローにならなけれなばならないと言った。もしそうだったとして、そんなものが、犠牲を払わなければ平和を掴み取れないやつが、本当にヒーローなのか?
そうしなければ、平和なんて得られないのか?
ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!