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ヒーロー  作者: 山都
第五章 真実
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敵 3





 僕は真っ暗な土手を歩く。たった一人で、息を殺しながら。

 ヴァリアント・システムの反応は、廃工場の中にあった。僕が特訓に使っていた、所の近くだ。この街で人目につかないところといったら、あそこくらいなものだ。だから廃工場に変異種は天月を連れ去ったんだろう。あの廃工場は人目につかないという、それを知っているという事は、変異種はこの街に長く住んでいるってことだ。

 僕はこの街を守る為に、この街の誰かと闘おうとしている。この街の誰かを殺そうとしている。

 そんなこと、正義じゃない。

 けれど、僕の正義に一体どんな価値があるというのだろう。世間とズレている僕の正義は、一ノ宮博士に対し、何も言い返せなかった。

 廃工場に向かうのは僕一人だ。一ノ宮博士に「構成員を十人ほど囮に使ってもいい」と言われたが、断った。僕の心は、それを許さない。

 一人で歩く。心臓の鼓動は強くなっていく。

 怖がっているのか、僕は。

 多分、そうだ。たった一人でヴァリアント・システムを奪還するという、そのことに僕は恐怖を感じている。無性に自分が嫌になった。僕は、内藤君にそれ以上の恐怖を与えていたじゃないか。

 震えかけている足を、音が出ないように殴った。

 無性に腹が立った。あんな事をしておいて、一丁前にビビっている僕に、僕自身がとても苛立っている。

 暗闇を進みながら僕は思う。

 果たして僕は、変異種と闘えるのか?

 やります、と言ったのはそうしなければ天月が死んでしまうからだ。それは嫌だった。だからやると言った。でも、僕が闘うという事は、僕は変異種を倒すという事で、つまり誰かを殺すという事でもある。

 誰かを助ける為に、誰かを殺す。

 僕はそんな事、したくない。内藤君の時と同じ事をするってことだから。

 あの声。表情。息遣い。脳裏に焼きついて離れない。三日たった今でも、目の前で起こっている事のように、脳内で再現される。

 できるかどうか、正直わからない。その時になったら、こんなにも悔やんで悩んでいる事が嘘のように、あっさり変異種を殺しているかもしれないし、もしくは、殺す事などできないと、どうにかしてその場を切り抜けようという事を頭の中で考え続けるかもしれない。

 どっちにしろ、廃工場にいかなければ天月を助ける事すらできない。

 答えが出ないまま、覚悟の無いまま、僕は歩く。

 正義を見つける事ができれば。

 僕は思考する。それは自分を正当化するだけの言い訳なのかもしれないけど。

 正義という、信じる絶対の「何か」があれば、僕はこんな、覚悟も何も無い、ただ悩んで答えが出ないだけの現状から抜け出せるかもしれない。

 けど、探しているものが正義なんだ。信じたいものがわからないんだ。

 僕は天月を守りたい。誰も死なせたくない。

 けど、そのためには誰かを死なせなくちゃならない。

 矛盾している。そんなものを信じれるわけが無い。そんな事に、覚悟なんてもてない。

 それが僕のわがままだって事はわかる。わかってるんだ。

 僕が素直に闘う事を受け容れてしまえば、全ては解決する。僕がやらなくても、誰かがやる。変異種を殺すのは誰だっていい。それが僕でも、一緒だ。

 わかっているのに、心が受け容れない。そんな事してはいけないと、拒んでいる。

 世界を守る為に、少数の、人間から離れていった人を、犠牲にする。それができない。

 目的の廃工場についた。内部ではほんの少しだけ、灯りがついていた。僕は足音を立てないように気を使いながら、その灯りへと向かう。

 変異種はそこにいるだろう。僕の倒さなければならない相手は、そこで待ち構えているはずだ。

 覚悟も結論も、まだ出てない。ただ、天月を死なせたくないとだけ、それだけははっきりしている。

 薄暗い廃工場を、僕は進んでいく。

 人影が見えた。一つは何かに座っていて、もう一つは倒れている方は長い髪。天月だ。

 天月は動かない。眠らされているのかもしれない。身体は鎖で拘束されている。でも、拘束されているって事は、生きてるって事だ。

 僕は安堵する。

 天月の倒れている近くには、腕輪が転がっていた。一ノ宮博士がロックを解除したからだ。

 変異種に気づかれないようにそれを回収するには、とりあえず変異種の死角から回り込むしかない。

 僕は座っている方の人物に目をやった。そいつがどんな風に、どんな所へ視線を向けているか、わからなければ動けないと思ったから。

 ――は?

 物陰から見えたその顔は、ありえるわけが無かった。

「ん、ああ、遅かったじゃねぇか」

 そいつは僕に気がついた。完璧に目が合った。間違いない。そいつを、僕は知っている。

「そんなとこに隠れてないで、こっちに来いよ。お前、この腕輪が欲しいんだろ?」

 そいつは天月の近くに転がっているそれを拾い、掲げた。

「どうして」

 僕は呟いていた。

 ふらふらと、自分の意思とは関係なく、脚が進んでいく。心のどこかに、近くで確かめたいと、そんな事があるわけないと、そんな気持ちがあったのかもしれない。

「どうして、お前が!」

 薄い灯りの中に、見える顔。

 知ってる。間違いない。信じたくない。

「ま、俺には俺なりの考えがあるってね。まあいいや、ともかくさ、闘おうぜ。そのために、そのためだけにここまでのお膳立てしたんだからよ」

 いつものように、軽い調子で、そんな事を言う。

 そいつは、遠藤だった。






 

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