敵 2
「頼み、ですか」
どんな事かは、大体想像がついている。
「君にはヴァリアント・システムを回収し、それを使って変異種を殲滅して欲しい。できる限りのバックアップはこちらでも行う」
やっぱりそうだ。わかっていた。わざわざ僕を呼びつけたんだ。それ以外の理由はない。
僕は無言になってしまう。答えられなかった。少し前までの僕ならば、すぐに確実に了解していただろう。
天月を助けたい。その気持ちはある。でもそれだけじゃない。僕が変異種を倒すってことは、誰かを殺すってことなんだ。内藤くんが死んでしまった時のように。
「どうして、迷っているんだ?」
一ノ宮博士が問いかけてくる。
多分、一ノ宮博士には理解できない事だと思う。だって、一ノ宮博士はずっとそうしてきたんだから。変異種という敵を倒し、人の平和を守ってきた。言うなれば、世界の正義で動いてる。
僕はそれがどうしても受け容れられない。誰かを犠牲に、誰かの全てを奪って、平和を守るってことが、どうしても納得がいかない。幼い僕の正義は、それに拘っている。
「変異種を倒す事が、そんなにも嫌なのか?」
「……はい」
「変異種を殲滅しなければ、どれだけの被害が出ると思う? 街中で暴れでもしたら、十数人は確実に、下手をすれば百人単位の人間が命を落とすだろう。変異種を殲滅しないでいることはできないんだ。そして、そうすることで人の平和は守られる。君もわかっているだろう?」
それはわかってる。でも、理屈じゃないんだ。
「でも、変異種だって、僕らと一緒で、生きてるんですよ」
内藤くんがそうだった。他の変異種だってそうだろう。僕らと変異種となった彼らに、何の違いがあるんだ? 危険だといったら、僕らだって対して変わらない。毎日のように世界のどこかで、時には故意に、時には偶然に、誰かは誰かを殺している。
被害が出るって言うのはわかる。それを防がなきゃいけないってのもわかる。
けど、偶然そうなってしまっただけの人を、殺していいのか?
「この街の人間が皆殺しにされてもいいって言うのかい?」
「それは……」
「君が言っているのはそういう事だ。いいかい? 変異種を殺さなければ、人が死ぬんだ。確かに変異種は生きている。僕らと同じようにね。けれども、やつらはもはや人間ではない。別の生き物だ。虎やライオンや熊が僕らと共存できると思うか? 僕らと同じ場所で、檻もなく自由に動き回る猛獣たちは、そのうち人を殺すだろう。それと同じだ。変異種は人じゃない。化け物なんだ。放置しておけば人を殺す。君も殺されそうになっただろう? だったらどうする。 答えは二つある。檻に閉じ込めるか、殺すか。だが変異種には檻なんて意味はない。檻に閉じ込められないなら、殺すしかない」
僕は何も言い返せない。
そうなんだ。変異種は殺さなくちゃいけない。大切なものを守りたいのなら、そうしなくちゃいけない。
要するに、僕は正義という言葉に固執しているだけなんだ。自分の行動を正当化しておきたいだけなんだ。
守りたいものがあるのなら、何も考えず、何も思わず、それを守る事だけを考えていればいいんだ。
わかってるさ、そんなことは。
「君がやらなければ、人が死ぬ。どれだけの被害になるかは想像がつかない。まあ、確実に天月は死ぬだろうね」
この街の全ての命が消えていくかもしれない。
父さんも、遠藤も、田上君も、笹倉さんも、学校の皆も、一ノ宮博士も、もちろん、天月も。
わかってる。僕は闘わないってことは、そういうことなんだって。それを防ぎたいなら、答えは一つしかない。
「……わかりました。やりますよ」
そう言うしかないんだ。僕は。