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ヒーロー  作者: 山都
第五章 真実
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着信

 




 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 わからない。とりあえず、カーテンの隙間から光は消えていた。

 時計を見るのも億劫だった。僕は画面に視線をひたすらに送る。それ以外、する気は無かった。

 何かを叩く音が、ドアの方から聞こえてくる。程なくして、父さんの声が聞こえた。

「開けるぞ」

 僕は何も言わなかった。どっちでもよかった。父さんが入ってこようが来なかろうが、どうでもいい。


 画面の中では、肉親を殺されたヒーローが悪の怪人に復讐を誓っていた。


 これもそうだ。同じように怪人を殺す。悪だから、敵だから、その行為に違和感を感じる事はない。

「何か食べたか?」

 ドアを開けた父さんは、部屋の入り口で立ち止まり、僕に問いかけた。

「食べたよ」

 嘘だった。本当は三日前から何も食べてない。そんな気にはなれなかった。ちょっと、水を飲んだくらいだ。

 最後に水を飲んだのはいつだったっけ。

 少し考えて、止めた。まあ、どうだっていいや。

「そうか……」

 多分父さんは、僕の言ったことが嘘だってわかってる。当然だ。台所は綺麗なままだし、生ゴミなんてどこにもない。僕の様子を見て、料理をしなくてもいいように父さんはカップラーメンをいくつか買ってきたくれていたみたいだけど、もちろんそれは一つも開封されていない。

 僕の記憶が正しければ、今日、というかカーテンの隙間が光が出るようになってから、僕はこの部屋から出ていない。尿意や便意も特に感じていなかったから。

 身体からすいえた臭いがしていた。そういえば、風呂にも入っていないな。でも、それだってどうでもいいことじゃないか。だって、風呂に入らなくたって、死にはしないんだから。

「なあ、英志。晩御飯は何を食べたい?」

 その言葉で今が大体七時くらいなんだとわかる。いつも晩御飯を食べている時間だったから。

「いらない。お腹いっぱいだから」

 僕はまた嘘をつく。お腹は空いている。何も食べてないから。

 けど、精神的な意味ではお腹は空いていなかった。気にならいんだ。そんな事なんて。

 暫く、父さんは何も喋らなかった。その間、僕はずっと画面を見ている、いや、最初からずっとそうだった。


 復讐を誓ったヒーローは、仲間の制止を振り切って、怪人のアジトへと乗り込んだ。下っ端の怪人を蹴散らし、複数の悪の幹部を相手に、圧倒的な強さを見せ付けている。


「辛い事があるなら、全部話してもいいんだ。父さんは、何だって聞くし、どんな相談にでも乗る。お前が何かを抱えているなら、すぐに話してくれ。一人で抱え込んでも、それはきっと、解決しない事だと思うから」

 父さんの声は優しい。だから言えない。だってそうだろう?父さんは僕を一人で頑張って育ててくれたのに、僕は人殺しになったんだ。

 言えるわけがない。もし言ったら、父さんは悲しむ。そんなのは嫌だ。正義なんてない、間違った僕でも、父さんは悲しませたくなかった。

「大丈夫。なんでもないから。そういう気分なだけだよ」

 父さんはきっと、納得しないだろう。でもそれでいい。本当のことは言えない。けど、だからと言ってなにかこれといった言い訳があるわけでもない。

 それでも父さんは頷いてくれるんだ。父さんは、そういう人なんだ。厳しい時もたまにあるけど、僕の事を大切にしてくれている。僕の事を、思ってくれている。

「英志、お前は……」

 父さんが何かを言っていた。けどその声は歯切れが悪く、尻すぼみに小さくなっていく。テレビの音声に飲み込まれて、何を言っているかわからない。


 ヒーローは悪の首領と闘っていた。そのほかの怪人は殆ど全て倒していた。息があるのか、それとも無いのか。詳しくはわからない。でも、多分、後者だ。


「僕は大丈夫だから」

 そんな風には絶対に見えないだろう。でもいいんだ。口だけでも、大丈夫なフリをしたかった。

「大丈夫なんだ」

 嘘をつく。それでいい。父さんに本当の事を話さなさ無くてすむ。それ以外に、僕は術を知らない。

 いつもどおりの生活が送れれば、僕はこんな状況を作らずにすんだんだろう。

 朝起きたら学校に行って、授業を聞いて、同好会の活動をして、そして帰ってきて、適当に勉強して、DVDを観て。

 でもそんなこと、できない。僕はどんな顔で遠藤に会えばいいんだ。どんな顔をして毎日を生活すればいいんだ。

 だって、僕は内藤君を殺したんだ。

 いつもどおりなんて、できない。そんな事は不可能だ。

 ここで、父さんを顔を見ずに、説得力のない嘘をつくのが精一杯なんだ。

「……腹が減ったら、いつでも言ってくれ。英志の食いたい物、なんでも作るからな」

「うん。ありがとう」

 

 悪の首領の秘密兵器が登場し、少しずつ押されていくヒーロー。とどめの一撃を刺されようとしたその時、ヒーローの仲間が現れた。仲間と協力し、ヒーローは憎しみではなく。絆という力で悪の首領を倒す。


 ありふれた、だからこそ誰もが好む展開だ。僕だってそうだった。

「あまり、遅くなるなよ。じゃあな」

 父さんが部屋から出て行った。ドアが閉められ、僕の部屋は、テレビの光だけが灯っている。


 父さん、僕にはわからないんだ。


 僕は心の中で呟く。口には出せなかった。

 本当は聞きたいことがあった。尋ねたい事があった。でも、言えない。話を聞く父さんの表情を想像すると、そんな事はとてもじゃないが聞けはしない。


 僕はさ、人を殺そうとしたんだ。学校の後輩を、この手で。そしてその子は死んじゃったんだ。僕が殺したのも、一緒なんだ。

 でも聞いてよ、父さん。倒さなきゃいけなかったんだよ。だって、その子は変異種っていうヤツで、いつか暴れて人を殺すかもしれないんだ。だから、僕は闘ったんだ。平和を守る為に。正義を守る為に。ヒーローとして。

 ねえ、父さん。正義って何なのかな?

 どんなに考えても、答えが出ないんだ。倒さなきゃいけない敵を倒したはずなのに、みんなの平和を守ったはずなのに、僕はどうしてもそれが正義だとは思えないんだ。

 教えてよ。僕には正義が何か、わからない。わからないんだ。


 心の中の、僕だけにしかわからない言葉だ。

 ぐるぐるぐるぐる僕の中を駆け巡る。答えを求めて彷徨っている。それを見つけたいから、僕は画面をみつめる。答えがないと知っているのに。


 絆の力を得たヒーローは、自分の仲間の大切さを知る。悪を滅ぼし、平和になった世界で生きようと決意を固める。


 悪を滅ぼした事に、ヒーロー達はなんの負い目もないだろう。当たり前だ。だって、悪は倒すべき相手なんだから。悪がいるから、世界は脅威に晒されているんだから。

 そう考えれば、変異種だって立派な敵だ。悪だ。変異種はいつ暴走するかわからない。

 虎の変異種を思い出す。あの、狂ってしまった男を。

 もしもあいつが街中で変異種になっていたら、きっと何人もの犠牲者が出た。人が死んでいた。だから、天月はあいつを倒したんだ。殺したんだ。人々の平和を守る為に。

 それは立派な正義と思えて、変異種は倒すべき相手なんじゃないかって気がする。

 でも、それは違う。だってそうだろう?内藤君だって、変異種だったんだ。

 いつかは内藤君も、あの虎の変異種のようになっていたのかもしれない。けど、内藤君は生きていたんだ。普通の人間と、同じように。それは人ってことなんじゃないのか?だったら、人を殺す事に正義はあるのか?

 いくら考えても僕の答えは一緒だ。けど、世界はそれを正義と呼ぶ。映像がそれを証明している。僕の正義と世界の正義はズレている。

 世界の正義を受け容れてしまえばいいのだろうか。僕もこのヒーロー達の様に、世界を守る為に何かを犠牲にして――そうすれば、きっと楽になれる。

 そんなの、ダメだ。世界が許しても、僕の心が許さない。

 正義を見つけられないまま、僕は暗闇の中で、答えを求め続ける。

 映像が止まった。DVDが終わったんだ。これで、僕は自分の持っているDVDを全て見た事になる。答えは見つかってない。僕の求めていたヒーローは、僕に正義を教えてくれなかった。

「ハ……ハハハ……」

 意識しないうちに、僕は小さく笑っていた。

「ハハ、なんだよ、ヒーローってさ……」

 どうして僕は、ヒーローに憧れていたんだろう。

 わからない。それすらもわからなくなっていく。

 カッコいいから?何かを守れる人間になりたかったから?だから僕はヒーローに憧れていたのか?

 そうだ。この前まで、僕の心は世界の正義を受け容れていたんだ。なのに、何で今、僕はそれを拒もうとする?

 わからない、わからない、ワカラナイ……

 音が聞こえてきた。今度はドアを叩く音じゃない。なにか、振動している音だ。暗闇の中で、何かが光っていた。机の上の、そこから振動音が聞こえている。

 携帯だ。僕の携帯が、振動していたんだ。

 僕はベットから降りて、それを手に取る。着信を告げる画面には、「一ノ宮博士」と記されていた。

 通話ボタンを押そうとする指が、止まる。

 一ノ宮博士は知っている。僕が変異種と闘っていた事を。それを否定的に捉えている事は絶対にないだろう。でも、僕が内藤君を殺そうとしたと知っている人と、関わりたくはなかった。

 振動が止まった。不在着信として処理されたんだ。画面には着信ありのマークが出てきた。

 僕は安心していた。一ノ宮博士と、話さなくても済むことに。

 あの人は変異種と闘っている人だ。これまで、何対の変異種を、何人の人間を殺してきたか、わからない。天月だってそうだ。それが彼らにとってのやるべきことで、誰かがやらなきゃいけないことなんだとわかっていても、僕は嫌だった。

 もう一度、携帯が振動を始めた。着信かと思ったが、違う。不在着信の保留メッセージを告げるアイコンが現れた。わざわざ留守電に入れたってことだ。

 僕は気になって、そのアイコンにカーソルを合わせ、ボタンを押す。

 携帯を耳に当てた。留守番のメッセージが再生される。

「久坂君、大変だ」

 一ノ宮博士の声は、焦っているようだった。一体何が、と思った僕は、次の言葉で一ノ宮博士の焦りの意味を理解する。

「天月が、変異種にさらわれた。もしかしたら殺されているかもしれない。これを聞いたら、すぐに僕のところに来てくれ。君にも協力してもらいたい事がある。僕は、いつもの場所にいるから――」

 僕の手は震えていた。携帯が落ちてゆく。一ノ宮博士の声だけが、真っ暗な部屋で聞こえていた。

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