表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーロー  作者: 山都
第五章 真実
71/97

学校 2

 校舎裏に二人は着いた。あたりには誰もいない。

 校舎の窓からこの場所は見ることができない。木の幹や葉が壁となって、周囲の視線を遮断している。この手の場所によくあるように、告白によく使われている場所だった。

 この学校の生徒ならば、それは周知の事実だ。しかし、学校に着てから間も無く、また、ろくに友人関係を広げようとしていなかった天月は、それを知らない。

 遠藤もそのつもりでここに来た訳ではなかった。

 今一度周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、遠藤は天月に向き合った。


「一体、英志はどうしたんだ?あいつが三日間も学校来ないなんて、おかしい。体調不良っていったって、長すぎる。俺が見舞いに行こうとしても、会いたくないって塞ぎこんでやがる。天月、お前なら知ってるんだろ?英志はどうしちまったんだ?」

 やはり、と天月は内心で思っていた。

 久坂英志がこなくなり、学校から内藤光がいなくなった。偶然にしても、何かあったのではないか、と勘繰られてもしょうがない。特に、その二人と深く関わっている者ならば。

 遠藤が自分を避けていること、天月は知っていた。なんとなくだったが、感じ取っていた。

 それは、もし話をしてしまえば、この疑問をぶつけてしまいそうになっていたらではないか。天月はそう推測した。

「最近、あいつはおかしかった。妙に浮かれていた。ヒーローを見たって言ったり、化け物に襲われた、とか言ったり、妄想にしちゃ本気で話してた。あいつはそんな冗談を言うやつじゃなかった。なあ、お前が来た前日くらいから、あいつには何かあったんじゃないのか?教えてくれ。何でも良いんだ」


 天月はそれに答える事ができなかった。

 機密保持の為、というのもある。しかしそれ以上に、久坂英志が体験してしまった事を、目の前の男に言うべきか否か、迷っていた。

 そもそも、一般人が変異種やエニティレイターの事を信じるとは思えない。妙な誤解をされて、間違った納得をされるのは避けたかった。そうしたら、また久坂英志を傷つけるのではないか。そう、天月は考えていた。


 天月は遠藤の事をよく知らない。興味がなかった。心のどこかでは鬱陶しいとも思っていた。だから、どんな人物かを全く知らない。どこまで話して良いのか。どこまでなら信じてくれるのか。彼は、久坂英志の支えとなってくれるのか。


「その腕輪、英志がこの間していたやつと一緒のだろ?」

 遠藤は天月の制服の右の袖を指差した。ヴァリアント・システムのことを言っているのだろう。

 天月も久坂英志も、それを直に人目に触れさせるような事はしていなかった。長袖を着て、手首までそれを伸ばし、見えないようにしていた。

 それに遠藤は気がついていた。確かに、その気になれば腕輪をはめていると言う事はわかる。征服の上からでも、若干形が浮かび上がって、それを確認することができる。

「英志は何かに巻き込まれてるんじゃないのか?なあ、頼むよ。教えてくれ。あいつに何があったんだ?」

「……それは、言えない」

「お前」

「けど、彼は苦しんでいる」

 目の前の男は本気で久坂英志の心配をしている。天月はそれを感じとった。

 だから言ってもいいと思った。この友人ならば、この先、久坂英志の苦しみの意味をわからなくとも、理解できるのではないかと。久坂英志の心を救えるのではないかと。


「私のせい。私が、彼を止める事ができなかったから」

「お前の?どういうことだ」

 天月はそれに答えない。自らの言葉を続ける。

「もう二度と、あんな事はさせない。彼を苦しめるようなことはさせない。私を信じて」

 天月は心に決めていた。久坂英志を日常に帰すことを。右腕にはめられた、腕輪がその証明だった。

 久坂英志が日常に戻る、ということは、天月自身が闘うと言う事だ。

 一週間前、覚醒因子が暴走した時と比べ、天月の身体はだいぶ安定していた。日々、薬を投与しているお陰でもある。それに、あの暴走はヴァリアント・システムのせいではないと、天月は考えていた。

 あと数回ならば、エニティレイターとして闘う事ができる。残り二体の変異種を殲滅し、この街から離れてしまえば、久坂英志を非日常から遠ざける事ができる。そうすれば、あとは後任のヴァリアント・システムの適正者にすべを任せればいい、と。


「時が経てば、彼はきっと戻ってくる。でも、心の傷は癒えていないと思う。だからその時は、あなたが彼を支えてあげて」

 私にはできないから、とまでは言わなかった。

 天月は久坂英志を巻き込んだ責任を感じていた。そこに悪意が介入している事はわかっているが、それでも責任を感じていた。

 久坂英志の苦しみが天月にもわかる。かつて、彼女も悩んだ事だった。

 彼女は割り切れた。久坂英志は割り切れない。

 割り切ることのできない彼が、天月は羨ましかった。だから天月は、自分にはできないと思う。人を殺す事を当たり前として受け容れてしまった自分には、純粋ゆえに割り切る事の彼に、かける言葉かみつからない、と。


「……やっぱり、思ったとおりだ」

 奇妙だ。呟くように言った遠藤は、微笑んでいる。

 天月はその表情に何か、ズレのようなものを感じ取る。

 天月が喋った事は、少なくともそういう類の話ではなかった。微笑む要素がなかった。それなのに、遠藤はそうしている。優しく、やわらかく、微笑んでいる。


「天月、お前は良いヤツだ」

 遠藤は天月に歩み寄る。微笑みながら、ゆっくりと。地面を一歩一歩、踏みしめるように。

「英志のこと本気で心配してくれている。あいつの事を助け出そうとしてくれている。お前ならきっと、大丈夫だ」

 天月には遠藤の言っている意味がわからない。近づいてくる男の考えがわからない。

 

「英志はこれから、沢山辛い目にあうと思う。ホラ、あいつ、バカみたいに正義正義って言って、割り切る事なんて絶対にできなさそうだろ?きっと、一人じゃあいつは壊れちまう。だからさ、誰かが一緒にいないと、ダメなんだ」

 

 遠藤は天月のすぐ近くで立ち止まった。近い。あともう少し前に出れば、息を感じる事ができるくらいに。

 微笑みは失せていた。真剣で、悲しみ帯びたものへと変化していた。

 それが何故だが、天月にはわからなかった。

 ただ、目の前の男は何かを知っていると、思考が告げていた。具体的なことはわからない。それが変異種に関することなのか、ヴァリアント・システムに関することなのか、それとも、そんな事はなくてただの気のせいなのか。


「英志のこと、支えてやってくれ」


 意味がわからなかった。だから天月は口にする。

「何を言ってるの?」

「俺には、できないんだ」

 天月の声をかき消すように、遠藤が口を開く。深い苦しみと、限りない哀しみと、そしてほんの少しの後悔を含んだ声を口にしていた。


 不意に、天月は痛みを腹部に感じた。身体がくの字に曲がっている。何かにそうさせられていた。

 意識をなんとか保つ。痛みが全身から力を奪う。不意のそれは、鈍く、重く、天月の身体に響いていた。

 腹部には、遠藤の拳が叩き込まれていた。それは深くめり込んでいる。鍛えている天月の身体にを悶えさせるほどに。

「あなた、何を……っ」

 天月は苦痛を押さえつけ、身体を起き上がらせようとする。頭を前へと上げ、脚でしっかりと地面を掴む。

 天月は何がなんだかわからないまま、それでも何とか体勢を起した。正面の男に向け、視線を向ける。

 しかし直後、天月の視界から遠藤が消えた。腹部に痛みを抱えたままの天月は、反応が一瞬、遅れる。

 天月の首筋に手刀が振り下ろされた。

 僅かなうめき声とともに、天月の意識が薄れていく。

 その手刀は的確に、確実に意識を奪っていった。

「悪いな、天月」 

 遠藤のその言葉は、天月の耳に届かない。





「さてと。これで後戻りはできなくなった」

 気絶した天月を見下ろし、遠藤は呟いた。

 周囲には誰もいない。誰も、この現場を目撃してはいない。

「……っ!」

 何の前触れもなく、遠藤が苦しみだした。膝が折られ、蹲る。

 頭は抱えられ、口からは擦れた声と涎が漏れてくる。額には汗が浮かんでいた。視線は彷徨い、表情は歪められている。

 一分ほどして、それは収まった。遠藤は息を荒げ、口元の涎を拭った。

 ふらつきながら立ち上がる。その顔は真っ青で、正常ではない事が伺える。


「ダメだ。あともうちょっとなんだ。それまで頼むから、黙っててくれよ……」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ