学校 1
「なあ、天月。ちょっといいか?」
ホームルームが終わり、掃除が始まろうとしていた頃。荷物を鞄に仕舞い、帰ろうとしてた天月に声をかけたのは遠藤だ。
「何?」
「大事な話があるんだ。どこでもいいからさ、あまり人がいないところへ行こう。誰かに聞かれてたら、話しづらい」
遠藤が天月に声をかけたのは、久しぶりの事だ。
久坂英志が学校に来なくなってからというもの、遠藤は天月に対する興味を失ってしまったかのように、近寄る事すらしなかった。
ヒーロー同好会の活動も行われておらず、二人の接点は全くなかった。
そもそも、ヒーロー同好会の活動を楽しみにしていたのは、久坂英志と内藤だけだった。残りの三人は、それほど同好会の活動に意欲的というわけではない。
いつか久坂英志が思っていたとおり、天月は特撮が嫌いではなく、好意的な印象を持っている。だが、熱心に観るほどではない。自ら進んで同好会の活動を行おうとも思っていない。
久坂英志は体調不良ということで学校を休みんでいた。
内藤は手続き上、親の転勤ということで学校を止めていた。内藤はすでに死んでいる。学校にこれるわけがなかった。
内藤の両親は捜索願を出していない。他人ならまだ虚偽の報告でごまかせるかもしれないが、肉親となれば話は別だ。政府が事情を説明したか、それとも両親を「処理」したのか。
「遠藤君、天月さんにちょっかいだしてるの?」
横から首を突っ込んできたのは、笹倉美由紀。彼女はまだ、自分の帰りの身支度が終わっていない。それでも口を挟んできたのは、二人の会話が気になるからだ。
「ちげーよ。真面目な話だって。美由紀はちょっとさ、あっち行っててくれよ」
遠藤が鬱陶しそうな態度を示す。それを見た笹倉は、繭を寄せて遠藤に詰め寄った。
「最近は無意味なちょっかいを出さなくなたから、やっと、天月さんも迷惑してるんだってわかってきたんだと思ったのに。久坂君が来なくなって暇なのはわかるけど、そういうの、止めた方がいいわよ」
「そんなんじゃない。俺を信じてくれって。頼むからそういうの、後にしてくれないか?ほんとにさ、大事な話なんだ」
「大事な話って、何?そんなに大切だったら、今ここですればいいじゃない」
「なんつーか、他人に聞かれちゃいけない事っていうか、他人がいたらいけないっていうか……ああ、頼むよ、美由紀。わかってくれよ。一生で最後のお願いだからよ。俺は確かめなきゃいけないことがあるんだ。お願いだ、ちょっとの間くらい、許してくれよ」
遠藤は両手を合わせ、笹倉に頼み込む。
「あんたねぇ……どうせ、ろくでもない事、考えてるんでしょ?」
笹倉は呆れたように、ため息をついた。
「違う。真面目な話だって、言ってるだろ?」
そう言う遠藤の顔を見て、笹倉はたじろいだ。その表情はいつになく真剣だった。
笹倉は久坂英志ほどではないが、遠藤とは長い付き合いだ。だからわかる。遠藤が真剣な顔で言う時は、本気の時なのだと。たとえ、一生で最後のお願い、などとふざけた事を言っていたとしても。
「別に私は構わないわ」
はっきりとした声で、天月が言った。笹倉はそれに、若干驚いたようだ。
「あ、天月さん?」
「悪いな、天月。助かる。じゃあ、あんま人のいない場所にいこう。そうだな、校舎裏とか」
遠藤と天月は教室から廊下へと出た。笹倉はそれを目で追う。
「ああ、そうだ」
遠藤が立ち止まった。天月に「先に行っておいてくれ」と言い、そして、笹倉の方を振り返り、口を開く。
「美由紀、ありがとうな。お前がいてくれて、本当によかった。お前と英志がいたから、俺は――」
「え、何?」
笹原はよく聞き取れなかったようだ。遠藤の言葉をもっと近くで聞こうと、寄ってくる。
「なんでもねえよ。こっちの話」
「嘘。今、なんか言ってたでしょ。なんでもなくないじゃない。ちゃんと聞かせてよ」
遠藤の顔は、悲しそうだったのだ。笹倉がこれまで見たこともないような顔で、何かを言っていたのだ。
どんな事かはわからないが、聞かなければ成らない事がある。笹原はそう、確信していた。
しかし遠藤はそれを言おうとしない。二回もそれを言うつもりはなかった。代わりに、いつものようにふざけた口調で喋りだす。
「だから、何でもねえって。つーかさ、美由紀はさ、本当は可愛いんだからもう少し怒らないようにした方がいいって事を言ったんだよ。怒ってばかりだったら、彼氏なんて一生できないぞ」
「な、何よそれ!」
笹倉の顔が真っ赤になった。
遠藤は楽しそうに笑いながら、彼女から遠ざかる。
「まあ、そういう話。じゃあな、美由紀」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
笹倉が手を伸ばした時、すでに遠藤は走り去っていた。
天月に追いついた遠藤は、息を整え、共に歩く。
「悪い。ちょっと野暮用があってさ」
「別にかまわない」
それから暫く、二人は無言で歩いた。廊下を進み、階段を下りて、校舎から出る。狭い建物と建物の間を通り、校舎裏へと向かう。
途中、蜘蛛の巣が這っていた。足元は平らではなく拳くらいの大きさの石がいくつもある。まともな道ではないから、仕方がない。
普通の女子ならば嫌がって顔をしかめる位はしているだろう。しかし、天月はいつもどおりの無表情だ。