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ヒーロー  作者: 山都
第四章 正体
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絶叫





 なんで、内藤君が。


 内藤君の身体は右肩から先が切断され、足からは血を流していた。

 どうして、こんな。


 本当はわかっていた。

 けど、わかりたくなかった。そんな事、信じたくなかった。


 内藤君が変異種?

 そんなこと、あるわけないじゃないか。

 

 ナイフが手から落ちる。内藤君を押さえつけている手から力が抜ける。


 僕と内藤君は昼を一緒に食べたんだ。そこには遠藤もいた。下らない話をして、学食で昼休を過ごして、その後サッカーをするとかしないとか、そんな話をしていたんだ。

 いや、それよりもまず、内藤君が僕の目の前にいる時に、一ノ宮博士からメールが来たんだ。「変異種が出た」という一文を僕が目にしたとき、内藤君は目の前にいたんだ。それは、内藤君は変異種じゃないってことなんじゃないか?


 少年は地面を這って僕から遠ざかろうとしていた。

 信じたくなかった。あり得ないと思った。でも、その少年は間違いなく内藤君だった。

 細い身体。幼さを残している姿。僕の知っている内藤君だった。

 制服を着ていて、白いワイシャツに血が染みている。よく見ると茶色のシミがあった。昼に食べていた、醤油ラーメンのスープだ。

 片腕と無事な片方の足で、なんとかアスファルトの地面を這っている。しかし、血がひたすら流れ出ていた。背中にもいくつもの傷跡がある。さっき、僕が何発も弾丸を撃ち込んだからだ。


 嘘だ。


 僕は声を出す事ができない。思考するのが精一杯だった。

 

 どうして内藤君なんだ。あの子は僕らの同好会に入ってくれて、楽しそうな顔を見せてくれた。僕らと一緒にいたはずなんだ。遠藤となぜか仲良くなっていて、僕も仲良くなって、最初は僕らに怯えていたけど、そんなこともなくなっていたのに。いい子だったんだ。変異種なんて、関係ない子のはずだったのに。


「久坂君、どうしたんだ?はやく、変異種を殲滅するんだ」

 当たり前のように一ノ宮博士は僕を促す。いや、一ノ宮博士にとっては当たり前のことなんだ。

 でも、僕にはできない。

 殲滅するって言う事はつまり、僕が、内藤君を――


 殲滅と言えば、違う意味に聞こえてしまう。当然の事に聞こえてしまう。何も間違っていない、正しい事のように聞こえてしまう。それだけで自分を肯定するには十分なほどに。

 でも違う。違うんだ。殲滅と言い換えているだけで、僕がやろうとしてたことは、一ノ宮博士が言っていることは――「殺す」って事なんだ。


 できるわけが無い。


 僕の身体は震えていた。恐怖じゃない。怯えているわけじゃない。ただ、震えていた。

 ヒーローだとか正義だとか、そんな考えは頭の中から消し飛んでいた。あんなにも僕を高揚させていた言葉は、この状況になんら意味を持たなかった。

 目の前で起こっていることをわかりたくなかった。目を逸らしたかった。けれど、僕の視線は内藤君に吸い込まれてしまう。


「はっ……くっ……」


 苦痛の声を上げながら、内藤君は僕から逃げる。片腕で地面を這って、生き延びようと僕から遠ざかる。

 僕は動けない。動く事ができない。

 どうしたらいいかわからなかった。どうしようもなかった。

 僕の身体は小刻みに震えていた。何に震えているのか、僕にはわからない。意思とは関係のない何かが僕の身体を震えさせといた。


「嫌だ、死にたくない……」

 今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。

「死にたくないよ、先輩……」


 震えがさらに強くなった。


 内藤君の傷は修復が始まっていた。肉が傷を高速で被い、出血を止ようとしている。

 弾丸を打ち込まれた場所も、腕を切断されたところも、少しずつ再生している。

 生きようとしているんだ。人間の身体でも、変異種の本能が内藤君を生かそうとしている。


 僕がこのまま何もしなければ、内藤君は生き残る事ができるんじゃないか?


 僕は希望を無理矢理見いだすように、思考する。


 このまま、何もせず終わってしまえば、そして仮想空間を解除されてしまえばいいんだ。

 一ノ宮博士だって、ずっと仮想空間を維持させるなんてできないはずだ。それだけ電力を喰うんだから、なるべく無駄に仮想空間を維持するのは避けたいことのはずだ。

 僕が闘わなければ、仮想空間を維持することに意味はなくなる。


 そうだ。僕が何もしなければいいんだ。そうすれば内藤君は生き残って――


 僕の背後から、乾いた音が聞こえた。

 銃声だった。


 直後、内藤君の頭の一部が弾けた。血と共に、肉片が空中に飛び散る。それ以外のものも。

 内藤君は一瞬、たった一言だけ、「あ」と声を上げた。そして、頭から大量の血が噴出す。

 飛び散ったそれらは道路に撒き散らされた。

 肉と骨。そして目玉と髪の毛。


 頭の一部を失いつつも、数秒間、内藤君は動いていた。生き延びようとしていた。

 しかし程なく力を失う。身体は動きを止め、地面にすべてを委ねた。身体の再生もとまり、血を垂れ流すだけだった。


 内藤君が、死んだ。


 僕は背後を振り向く。

 そこには、銃を握っている天月がいた。


 天月が撃ったんだ。

 そして内藤君は頭部に弾丸を受け、死んだ。

 それが目の前で起こったことだった。


「どうして!」

 僕は天月に詰め寄る。

 身体が勝手に動いていた。考える前に言葉が出ていた。

「どうして内藤君を!」


 僕は天月の肩を揺さぶった。

 天月は悲しい眼差しで僕を見つめている。とても深く暗い、憂いを込めて。


「内藤君は死にたくないって言ってたんだ!死ぬのが嫌だったんだ!生きたかったんだ!それなのに、どうして君は!」

 止まらない。言葉があふれでる。

「なんで撃ったんだ!内藤君は普通の中学生だったじゃないか!僕らと同じ人間だったじゃないか!どうして、君は、君は!」


 答えなんて、聞かなくてもわかっていた。


 変異種は殲滅しなければならない。

 天月はこれまでそういう世界で生きていていたんだ。これまでそうして生きてきたんだ。だから、今回もそうした。それだけのこと。


 そして、内藤君を撃ったのは僕の代わりにやったことなんだ。

 僕が内藤君を殺せないから、代わりに天月がやった。やらなければならなかったから。

 ああ、わかってるさ。天月は僕の代わりにやったんだって。僕が内藤君を殺さなくてもいいようにしてくれんだって。

 でも、言葉は溢れてしまう。


「内藤君は一緒に笑ってくれて、喜んでくれて、楽しんでくれて!」

 僕は膝を地面についた。

「内藤君は、僕らの後輩で、仲間で、友達だったのに……」


 涙はでなかった。僕がエニティレイターだから。代わりに震えていた。ずっと、ずっと。


「これが、変異種と闘うということ」


 天月の言葉が聞こえてくる。


「変異種は人間なの。偶然に、覚醒因子が目覚めてしまっただけの、私達と同じ人間。けれど、時が経つにつれて思考が本能に支配されていくから、いつ暴れてしまうかわからないから、私達は変異種を殺している」


 そうだ。僕もそうしようとした。迷わず、大義を掲げて、そうしようとしたんだ。

 それが正義だと言って、それがヒーローのすべきことだと思い込んで。


「私達は人殺しよ。どんな理由をつけても、それは覆らない。危険だからと、なんの罪もない、偶然にそうなってしまっただけの人間を殺している」


 人殺し。

 ひとごろし。

 ヒトゴロシ。


 頭の中で言葉が響く。何度も何度も響いている。

 現実味のわかない言葉。なのに、重く、重く、僕にのし掛かってくる。


「貴方の正義は幼い。だからこそ、純粋で真っ直ぐで歪みのない正義でいれる」


 天月は言葉を続ける。こうなってしまったことを、後悔するように。


「貴方はエニティレイターになるべきではなかった」


 僕はそれを、ただ黙って聞いている。

 僕の足元に、血が流れてきていた。誰の血かは、考えなくてもわかる。


 それは少し、温かみを帯びていた。それは、ほんの少し前まで内藤君が生きていたから。


「あ、ああ……」


 涙は出ない。エニティレイターは泣けないから。


 悲しみと苦しみが津波のように押し寄せてくる。

 一気に僕の心を埋め尽くす。それ以外の感情を消し去っていく。


「ああああああああああああああああ!!!」


 僕は叫んだ。

 感情を押さえられなかった。

 押さえられるわけがなかった。


 僕の絶叫は、静かな世界に響いていく。


 内藤君は死んだ。

 死んだんだ。


「あああああああああああああああああああああ!!!!」


 僕はただ叫んだ。

 そうすることしか、できなかった。

 



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