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ヒーロー  作者: 山都
第四章 正体
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チェイサー 5

 民家の屋根が剥がれた。瓦が吹っ飛ぶ。歩道に倒れていた自転車が車に激突して、その窓を破壊していた。電柱がゆれ、中には折れてしまうものもあった。

 なんて威力だ。

 エニティレイターの全力とは、こんなにもすごいのか。確かにこれを変異種に叩き込めば、跡形も無く消し飛ぶだろう。逆に変異種に叩き込めず、僕のように無駄に暴発させれば、こんな風にすさまじい衝撃があたりを襲う。

 これだけの力があれば、変異種に負けないはずだ。というか、変異種を倒すにしたって、これは過剰な力なんじゃないか?


「無事か、久坂君」

 突風の中、かき消されそうな一ノ宮博士の声を、僕は何とか聞き取る。

「ええ、一応」

 風が少しずつ止んでいた。

 あれが街に直撃したら本当に危なかった。上空で爆発して、あの威力なんだ。仮想空間での出来事は多少、僕らの住んでいる次元に反映されるらしい。もし街に直撃していたら、僕ら住んでいるの次元で、何かしらの被害を被っていたかもしれない。

 けれど、最悪の状況は回避できた。それだけ、まだマシだ。

「そうか。ならいいんだ」

 その後に何か言葉が続くかと思ったが、そんなことはなかった。


 エネルギー体の爆発の衝撃がほぼ完全に収まった。生き物の気配をろくに感じない世界は、何事も無かったかのように静けさを取り戻す。

 ここにいるのは僕と天月。そして変異種だけ。


 不意に、身体に妙な倦怠感を感じた。だるさと疲れが僕の身体に押し寄せる。

 多分、あの技を使ったせいだ。全力を籠めたから、その分の疲れが僕の身体に出てきたんだ。次ぎ使う時は、もう少し威力を調節しよう。じゃないと、今回みたいな事があったとき、また同じ事を繰り返すことになる。

 周囲に被害を与えて、僕には疲労だけが残る。そこを狙われたら、負けはしないだろうが、不利になることはわかる。


 まあ、そんな事はどうでもいいんだ。今は、あの変異種を倒す事だけを考えていればいい。

 僕は変異種を探した。突風に押し切られて、地面に落下したはずだ。周囲を見回したが、しかしそれらしい影は見えなかった。かわりに、血の跡、というより血の線が見える。

 その線は十字路を曲がっていて、この位置からでは目で変異種を確認する事はできなかった。

 だるさを必死に訴える身体を無視して、僕はそこへと向かう。左腕からナイフを取り出し、握った。あの技はもう使えそうに無い。だったら、変異種の急所とやらを潰すしかなさそうだ。


 血の線をたどり、変異種を探す。二つほど道を曲がった所に、そいつはいた。道路を這い、移動していた。脚がおかしな方向に曲がっていた。着地に失敗したのだろうか。

 僕は変異種の正面に立った。獣と人の織り交ざった顔が見える。


 急所って、多分、心臓とか頭だよな……


 僕はナイフを振動さた。そして、這っている変異種の身体を押さえつける。

 変異種の身体は震えていた。恐怖に怯えているのだろうか。


 でも、見過ごすわけにはいかなかった。ここで僕が変異種を倒さなければ、誰かが犠牲になるかもしれない。変異種の中の本能がいつ暴走して、誰が傷いてしまうのうか、全く予想できない。

 だからやらなきゃいけない。僕がここでやらなきゃいけないんだ。

 それがヒーローで、それが正義というもの。誰かの為に、僕は闘うんだだから――。


 その時だった。変異種の身体が、違うものへと変わっていったのは。

 いや、変わったんじゃない。戻ったんだ。発光を行いながら、変異種が人の姿へと戻っていく。脚や胴体、そして頭が変異種のそれから人のそれへと戻っていく。


「え……?」


 僕は目の前の光景が信じられなかった。

 いや、変異種が人へと戻った事が信じられなかったんじゃない。確かにいきなり人へと戻った事に少なからず戸惑いはあった。けれど、目の前の出来事に比べれば、そんなことはどうでもよかった。


 僕の手は華奢(きゃしゃ)な少年の身体を押さえつけていた。

 運動をしているわけではないとすぐにわかる身体。細く、お世辞にも太いとは言えない身体。喧嘩をしたら、骨が折れてしまいそうな身体。

 僕はそれを知っていた。一週間前に、知ったばかりだった。


 怯え、涙を流しながら助けを請うその少年の顔を僕は知っている。


「やめて……殺さないで……お願いします……」


 恐怖に怯えたその声。それはまるで、僕とはじめてあった時のような声だった。

 いや、今の方が酷い。完全に怯えきって、その顔は真っ青になっていた。

 鼻水と涙と涎が垂れ流しになっている。幼さを残したその顔は、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。


 その少年を僕は知っている。


 それは紛れも無く、内藤君だった。





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