チェイサー 4
僕は起き上がる。そしてわかった。何が起きたのか。
目の前のブロック塀はくぼみ、ヒビが入っていた。僕の考えが正しいなら、兎の変異種が蹴った跡だ。
ナイフを突き刺そうとした時、兎の変異種はブロック塀を蹴って、僕に体当たりをしてきたんだ。そして、そのまま逃げた。
逃げられたからって、素直にそのまま放っておくわけにはいかない。
変異種は血を流しながら民家の上を跳んでいた。
遅い。少し前のまでの僕から逃げいていた時と比べて、格段に遅い。足に弾丸を受けて、腕を切断されたからなのだと思う。
これなら、簡単に捉えることができる。
僕は脚の裏と背中で推進剤を吹かす。少し跳んで、身体を浮かした。そしてブースターを加速させる。飛行を開始した。
瞬く間に僕は変異種に追いついた。右肩が無くなった変異種の移動速度は、見た目よりも遅く感じた。
「喰らえ!」
僕は銃を取り出し、変異種に撃ち込んだ。僕と変異種の距離は三メートルもない。こんなに接近していて、目標もあまり動かなければ、僕だってほぼ全ての弾丸を命中させる事ができる。
引き金を引く。弾が吐き出される。それが命中する。変異種の身体が衝撃で仰け反る。
変異種は叫び声を上げながら、最後の力を振り絞るように、跳んだ。
高く高く、変異種の身体が空へと舞い上がる。
これは、チャンスだ。
あの変異種は、空中を移動する事はできない。攻撃を避けられる事は無い。
変異種の身体はもう多分、限界だ。身体が再生するまで待っていたら話は別かもしれないが、とにかく今は、余裕があるとは思えない。
敵が弱って、動きが鈍くなって、隙が大量にできるようになったら。
することは一つだ。必殺のあの技を、変異種に叩き込む。そして、殲滅する。
僕は右腕に力を込めた。自分の全身の力を、全てそこへと移動させる。そんな感覚。
背中のバックパックからモーター音が聞こえてくる。不思議だ。エニティレイターは機械じゃなくて生物なのに、なんでこんなに機械的なのだろう。
右腕が発光を始めた。そこに力が集中していくのがわかる。これを直撃させれば、変異種はひとたまりも無いだろう。
いける。やってみせるさ。天月じゃなくて、僕が変異種を倒すんだ。
「うおおおおおおおお!!」
空中の変異種目掛け、一直線。全力を籠めた右拳を、叩き込む為に。
変異種が僕を振り向いた。けど、空中だったら関係ない。いくら僕を認識してたって、僕の攻撃がかわせる訳じゃない。
「こいつでトドメだ!!」
僕は加速をしながら、光る右腕を変異種へと振りかぶる。
この一撃を叩き込めば、変異種は光となり、消える。敵を倒すことができる。皆も平和も街も、守ることができる。僕だって一人でも闘えるんだと言う事を、天月に証明する事ができる。
この一撃さえ、当てる事ができれば。
しかし、僕の拳は胴の一部を掠めただけだった。
――しまった!こんな状況で攻撃を外すって、どういうことだよ!
変異種は僕の拳が直撃するその瞬間、身体を捻らせたのだ。そのせいで僕の拳は胴を掠めただけとなってしまった。
力のやり場を失った拳は宿していた力を解放させた。全力をそのままとどめて置く事ができなかった。それは高エネルギーの球体となり、街へ向かおうとしている。
――やばい。こんなのが街に直撃したら!
この一撃は、変異種を光の粒子に変えるほどの力を持っている。物体に直撃したら、同じように消し去る事ができるだろう。民家一つ消えるくらいじゃ、済まないかもしれない。
「くっ!」
僕は腕の方向を変えた。街の方向を向いている拳を振り上げ、街に直撃しないようにする。
エネルギー体が僕の手から飛び出し、上空へと放たれる。腕から力が抜けていくような感覚。それはそうだ。さっきの技には、僕の全身の力を込めていたんだから。
エネルギー体は上昇していく。そして、五十メートルくらい上った所で、その球体は破裂した。
「うわっ!」
突風が僕の身体を襲う。周囲では、ガラス戸が揺れ、割れていた。
僕はバーニアを全力で吹かし、なんとかそれに耐えた。しかし空を飛べない兎の変異種は突風に耐えれるはずが無く、風に流され、そのまま地面に落ちていく。