自尊心 2
僕は敵と闘って、皆の平和を守るんだ。
できないなんて事は無い。僕はヒーローになるんだ。正義の為に闘うんだ。絶対に、やり遂げてみせる。
その言葉は高揚感を伴って僕の頭の中に響く。とても気持ちがよかった。思考を止めて、身を任せてしまいたいと思うほどに。
ヒーロー、そして正義という憧れが、自分の目の前にある。手を伸ばせばすぐに届く。僕が、それを体現する事ができる。
プライドが肯定し、僕の心が受け容れる。そうでありたいから。そうであってほしいから。だから、天月の言葉を僕は否定している。
馬鹿馬鹿しいという感情は消えうせていた。
ヒーローに、正義に、この状況に、僕は酔っているんだろう。それらはたまらない興奮と心地よさを僕にもたらしている。
ヒーローとなれることに、正義を貫く事に、僕の気持ちは最高に高まっている。
三度目の振動。携帯は一ノ宮博士からの着信を告げていた。
僕は携帯を開く。通話を開始すると、間髪いれずに一ノ宮博士の声が聞こえてきた。
「今から君たちを仮想空間に転送する」
その直後、僕らの視界は白く変わった。
仮想空間へと転送される間の、この白い視界。
ここは、僕らの次元と仮想空間の次元の狭間だ。白く見えるのは、僕らの身体を被っている膜だ。これがなければ、僕らは次元と次元の間を永遠に彷徨う事になる。この膜が僕らを仮想空間へと導いてくれている。
膜が消え、眼前には見慣れた、だけど違和感のある景色が広がった。
僕らはグラウンドに立っていた。視線の先には校舎がある。近くにはいくつかのサッカーボールが転がっていた。時間はまだ昼休の途中だから、サッカーをしていたんだと思う。
僕らの他にはだれもいない。ここはそういう場所だ。
「今回は、この前の兎の変異種が一体だけ。逃げ足がすばやく、脚力もある。前回は大した攻撃をしてこなかったから攻撃能力はわからないが、一応蹴りには注意しておいてくれ」
「大丈夫ですよ。このためにトレーニングしてきたんですから」
僕は一ノ宮博士の声に答え、制服の袖をまくった。僕の右手首には腕輪がはめられている。ヴァリアント・システムと呼ばれるものだ。
腕輪のボタンに解除コードを打ち込むと、電子音が聞こえてきた。
《解除コード認証。ヴァリアント・システム起動》
僕の身体が変わっていく。人のものから、エニティレイターというヒーローへ。誰かを守る為の力を持った、敵と闘う姿へ。
「久坂君は敵を追ってくれ。なに、君の適合率なら相当の動きができるはずだ。あの変異種はすばやいが、問題ないだろう。天月さんはバックアップに回ってくれ。但し、できる限りは久坂君に闘わせてくれ。助っ人的な立場とは言え、実戦経験は多いに越した事はない」
「了解」
天月の声に感情は感じられない。機械みたいだ。
「それじゃあ、いきます!」
僕は背中と足のスラスターを全力で吹かす。
身体が飛んだ。数秒で校舎の屋上の高さまで昇る。
僕の頭の中に、この町の地図が浮かんだ。その中の一つの点が、赤く光っている。それは僕から離れるように移動していた。
「変異種の座標を転送した。君の意志でイメージとして頭の中に呼び起こす事ができるから、うまく活用してくれ」
エニティレイターの姿だからこそできる事なんだろう。僕の意志に応じて、それは頭の中に浮かんだり消えたりする。しかも、その頭の中のイメージが鮮明だ。普通、頭の中で考えている画像や映像っていうのは、どこかぼんやりとした物なのに。