呼び出し
かすかな振動を腰あたりに感じて、目が覚める。何時の間にか寝ていたようだ。視線の先にある時計は、五時を指そうとしていた。日はまだ落ちていない。窓の外では夕焼け空が広がっている。
制服のズボンから携帯電話を取り出した。液晶には遠藤光一という文字が浮かんでいた。
どうやら遠藤から電話がきたらしい。何の用だろうか。
僕は電話に出るか出ないかで迷った。
遠藤から電話がくる事は稀だ。そして、電話をかけてきた時の用事はロクでもないことばかりだ。
もしかしたら、大事な用があるのかもしれない。
そうやって自分に言い聞かせるようにして、僕は通話のボタンを押した。
「よう、英志。元気か?俺は元気だ。ところでお前は家にいるよな?」
「そうだけど。僕、寝てたとこだったんだ。どうでも言い用事なら、寝てたい」
実際はそれほど眠たいわけじゃなかった。むしろ、丁度良い仮眠のお陰で頭は冴えているくらいだ。
そんな状況でも、遠藤の話す内容によっては電話を切りたい気持ちはあった。
これまでのように、「AV観にこいよ」だとか、「俺の秘蔵エロ画像みせてやるよ」だとか、そんなどうでもよくてロクでもない内容だったら、付き合う気にはなれない。
「そんな怒るなよ。お前が寝てたなんて知らなかった。悪かった」
珍しく遠藤が素直に謝ってきた。普段なら、そのまま自分の言いたいことを言っていく奴なのに。今回はちゃんとした用事があるのか?
「お前に渡したい物があるんだよ」
「変な物じゃないよね」
「安心しろよ。俺はこれまでのお前との付き合いの中で、お前が極度のヒーローマニアだと理解をしたからな。今まで俺は、そのマニアと大切な大切なコレクションを共有しようとしたが、無理だった」
「僕がマニアだとかマニアじゃないとかは置いといて、無理だってわかってくれたら嬉しいよ。」
「普通は興味示すんだけどなぁ……」
遠藤が小声で呟いたが、僕はそれを無視する事にした。遠藤にとってもそれは独り言だったらしく、僕の無視を気にせず話を進める。
「お前が考えているようなことはもう諦めてるよ。もはやこれは悟りの境地と言ってもいい」
「それならいいんだけど。それで、なんの用?」
「いや、それは俺の家に来たらわかる。だから今すぐ来い。例えどんな用事があってもすっ飛ばして来い。必ずだぞ。じゃあな」
「え、ちょっと」
遠藤は一気にまくしたてると、そのまま電話を切ってしまった。
「いや、これはロクでもなさそうな気が物凄くするんだけど……」
急に電話をかけてきて、急に電話を切ってしまった。こういうときはあんまりいい事がないと、僕の今までの経験が告げている。
やっぱり、遠藤がまともな用事で電話をかけてくる事なんてないのかもしれない。
とはいえ、このまま無視しておくわけにもいかない。
僕は制服のまま部屋を出た。階段を下りて玄関へと向かう。
途中でリビングを通ったが、まだ父さんは帰ってきていなみたいだった。
僕は靴を履き、玄関のドアを開けた。遠藤の家へは真っ直ぐ、八十歩。近い。急ごうとしなくてもすぐに着く。
僕は普通にいつもどおり、例えば学校に行く時とか、コンビニへ飲み物を買いに行く時のように歩き始めた。
その時、不意に、唐突に、予期せずに。
視界が真っ白に染まった。