気まづさ 2
「じゃあ、貴方思うの正義の味方って何?」
「僕の思う正義の味方?」
「そう」
天月がそんな事を聞いてくるなんて、思いもしなかった。
これもあまり時間は掛からなかった。いつも思っていたことだから。
「誰かの為に闘えて、誰かの為に命を賭けて、誰かの為に平和を守るような人、かな」
自分のことよりも他人を心配できる。
損得なんかで動かない。
ありえないような、真っ直ぐな人間。
そんな生き方に憧れる。だからそんな生き方をしてみたい。
だから僕はヒーローになりたいんだ。
「僕に守ることができるなら、守ってみたいんだ。皆を、この街を、全てを」
あのエニティレイターの力があれば、そうすることができる。
僕にだって、誰かを守ることができる。
正義のヒーローになることができる。
「僕も力になりたいんだ。平和を守りたい」
「……あなたには、無理よ」
「え?」
驚く僕を置いていくように、歩き出した。
「待って。それ、どういう意味?」
「そのままの意味。貴方はエニティレイターとして闘えない」
意味がわからなかった。どうして、天月はそんな事を言うんだろう。
僕の言ったことが気に入らなかったのか?
「貴方の正義は、人を殺せる?」
「なんでそんな話になるのさ。それに、倒すのは人じゃなくて変異種じゃないか」
「変異種も元々は人間なの。それでも貴方は闘える?」
「……闘えるよ。変異種は野放しにできない」
脳を本能に支配されていく変異種は、速やかに殲滅しなければならない。
一ノ宮博士が言っていた事だ。天月だって、それを知っているはずだ。
それを倒さないでいれば、被害が出る。誰かが死んでしまうかもしれない。あの時の、変異種と初めて遭遇した時の恐怖は、今でも明確に覚えている。
変異種という化け物を倒す為だったら、僕は闘える。
あの恐怖を皆に味合わせるのは嫌だ。
けれど天月は、僕の気持ちを折るように言ってくる。
「貴方にはできないわ。絶対に」
天月の真意がわからなかった。
僕の事を闘いから遠ざけようとして、それであんな事を言ったのだろうか。
一ノ宮博士の説得ができないから、だから僕の心を折るような言葉を――。
そんなことない、と頭を振る。天月はそんなヤツじゃない。
僕の正義は、人を殺せるのか。
天月はそう言った。僕の思うヒーローを聞き、そう言ったんだ。
僕が誰かを殺す。
想像してみる。誰でもいい。誰でもいいんだ。
エニティレイターとなって、誰かを襲う。誰かを殴る。誰かを撃つ。誰かを切り刻む。
想像できない。人を殺すなんて、僕にはできそうにない。
いや、違う。倒すのは変異種だ。危険な奴らだ。僕や天月の事を殺そうとしたやつらだ。
放っておけば、犠牲者が出る。傷つけられて恐怖して、殺されてしまうかもしれない。
天月だって、そうしてきたんじゃないか。
そのお陰で、僕らはこうして平和に暮らせてるんじゃないか。
僕らを守ってくれていた天月は、もうエニティレイターとして闘えないんだ。
だったら、誰かが代わりをやらなきゃいけない。
それが、僕だって構わないはずだ。
「英志君は黄昏の時期に突入しました、っと」
窓の外を見ていた僕に、遠藤が喋りかけてくる。
うるさいな、と小声で言う。考え事をしているときに、遠藤の無意味な話に付き合う気は無かった。
それに、今は授業中だ。私語は慎んだ方がいい。
「天月さんと上手く行ってないのか?二週間経たないうちに破局か。大事なのはお互いを思いやる事だぜ。お前、一人で我が侭な考えに走ってないか?」
「僕は何も我が侭な事は言ってないよ」
そうだ。僕は別に我が侭なんかじゃないじゃないか。
我が侭だとしたら、天月の方だ。僕に理解できないことを言って、困らせてくる。
僕が闘うのは、ヒーローになりたいからだけじゃない。
天月を死なせたくないからでもあるのに。
「まあ、何があったかわからないけどよ、そうカリカリしない方がいいぞ。落ち着いて話せば理解し合う事もできるだろうよ。時間は有限だ。なるべく早く、仲直りしといた方がいいんじゃないか」
「遠藤には関係ないだろ」
「あるよ。大有りだ」
何を根拠に、こいつは。
「俺とお前は親友じゃないか。その親友が困っていたら、手を差し伸べる。当たり前だろ」
「遠藤……」
よくもまあ、そんな恥ずかしい事を堂々と言えるな。
なんか可笑しくて、笑ってしまった。
「感動したか?感動しただろう?俺は親友を第一に考える男だからな。感謝していいぞ」
「違うよ。遠藤の言っている事が狂ってて、苦笑いが出たんだよ」
「声上げて苦笑いかよ。素直じゃないんだから」
丁度その時、チャイムが無かった。
四時間目が終わって、これから昼休みだ。
僕らは号令を済ませて昼飯を食べるを準備を始める。
天月は買ってきていたサラダやらおにぎりやらを食べていた。
なんというか、運動部の男子みたいだ。その容姿から全く想像できない雰囲気だ。
そういう所がまた、女子にとっては近寄りがたいのかもしれない。
「あーあ。んじゃまあ、俺は学食にでも行こうかな。英志も来たかったら一緒に来てもいいぞ。俺にジャンケンで勝ったら、カレーくらいは奢ってやってもいい」
「素直じゃないな。普通に、一緒に行こうって言えよ。あとカレーはいらない。弁当あるし」