気まづさ 1
でもそれは多分、天月も僕に思っていることなのかもしれない。
だから僕を巻き込みたくなくて、だから僕にヴァリアント・システムを使わせたくなかった。
天月は僕を守ろうとしてくれてたのに、僕はそれを無視している。
やっぱり僕のこの行為は、ただの我が侭なんだろうか。
「もう時間も時間だし、早く帰った方がいい。何かあったら、君の携帯電話に連絡するから。いつでも電話に出れるようにしておいてくれよ」
「僕の携帯に、ですか?」
「ああ。もう知っているから、言う必要は無いよ」
「いつの間に、そんな」
一ノ宮博士に携帯の番号を教えた記憶は無い。
「まあ、知り合いから聞いたのさ。僕は顔が広いからね。こう見えても」
知り合い、と言って真っ先に思いついたのは天月だ。
でも、僕は天月に携帯電話の番号もメールアドレスも教えていない。
他には誰も思いつかない。第一、僕が知る分には、一ノ宮博士はいつもキャンピングカーの中にいる。
身体を洗うために銭湯くらいは行っていると思うけど、そこで僕との共通の知り合いができるとも思えない。
考えるのがバカらしくなってきた。
一ノ宮博士は政府から変異種を倒すように言われているんだ。政府が後ろについているんだったら、個人情報が全部筒抜けってこともありえなくはない。
そう言えば、初対面の時も僕の名前を知っていた。
「とにかく今日は帰ってよく寝る事だ。この一週間の訓練の疲れが溜まっていると思うから」
言われなくてもそうするつもりだった。
僕は運動が嫌いなわけじゃない。でも、進んでやろうとは思わない。
普段の僕は俗に言う運動不足で、だからこの数日の訓練はかなり応えていた。
エニティレイターの身体で訓練をしているんだけど、多少は僕の本当の身体にも多少は影響があるみたいで、全身が筋肉痛になっていた。
あんなに激しく運動して、筋肉痛で済んでいるだけまだマシだ。
「それじゃあ、彼をよろしく頼むよ。僕はデータの検証をやるから」
天月にそういうと、一ノ宮博士は僕らを置いて、キャンピングカーへと向かった。
これも、一週間続けていた事だ。
訓練が終わって、家に帰る。その時に何故か必ず、天月が僕を見送る。一ノ宮博士の指示で。
「もしかしたら、変異種に闇討ちされるかもしれない」
と、一ノ宮博士は言っていた。まあ、理屈はわかる。納得もできる。
でも、気まず事この上ない。僕が勝手に思っているだけだけど。
話しかけるのに緊張するって訳じゃない。別にそれ自体は抵抗はない。
ただ、天月と近くにいるのが気まずい。
問題はそう、一週間前だ。
何で僕、あの時あんな事しちゃったんだろうなぁ……。
変異種を倒した後に、天月の元へと向かった時。
僕は思いっきり天月を抱きしめたんだ。それはもう、盛大に。
あの時は気分がハイになっていたんだ。ヒーローになれて、極度の緊張から開放されて、それでちょっと頭がおかしくなっていたんだ。
そう思いたい。
抱きしめるって、そんな間柄じゃないじゃんか。全然さ。
多分、天月は気にしていないと思う。
出会ったときから口調は変わってないし、別に僕を避ける様子もない。
僕が一方的に気まずく感じているだけなんだ。それはわかっているんだけど。
「はぁ……」
ため息が出てしまう。
僕は天月が好きだ。でもそれは友達としてって事で、恋愛感情があるわけじゃない。
田上君とか内藤君と同じ、仲間。同好会を一緒にやっている友達。
その友達と、妙な隔たりを創りたくは無かった。
しかも、その隔たりを感じるのは僕だけだ。天月はどうでもいい事だと思っているだろう。
結局は僕一人の空回りで、間抜けでアホらしい。それがわかっているのに、気にしている僕。
だからため息が出てしまう。
「どうかしたの?」
天月は僕の考えている事なんて、絶対に理解できないだろう。
それが何、とか言われそうだ。
わかっているんだ。わかっているけど、どうしても意識してしまう。
抱きしめた天月の身体の感触。天月の鼓動。天月の体温。鮮明に思い出せる。
なんだこれ、まるで変態じゃないか。
こんな事を天月に言えない。適当に返事をして、誤魔化すくらいしかできない。
「身体に違和感があるなら、すぐに言って」
真剣な表情だ。いや、天月はいつも無表情だから、真剣に見えるんだけど。
とにかく、僕のことを心配してくれているってのはわかる。
それなのに、僕ときたら。
「大丈夫。何とも無いよ」
そう、何とも無いんだ。身体の方は問題は無いんだ。
強いて言うなら、心の問題。この状況を早く終わらせたいと感じる、僕の思考の問題だ。
「……そう」
何かを言いたそうだった。それが僕に対する言及でないことを心の底から祈る。
上手く誤魔化せる自信が無かった。うっかり、変なことを口走ってしまいそうだった。
僕が何を考えているか聞かれたら、それはもう引かれること間違い無しだ。
家に早く帰りたかった。最短ルートを早足で歩く。
天月はそれに何も言わず、着いてくる。彼女はただ僕の事を気遣ってくれているだけなのに。
ただそれだけなのに、僕は居心地の悪さを感じている。ああ、僕ってこんなやつだったのか?
「久坂君」
「は、はい」
決心したかのような声。僕は足を止め、天月の方を見る。
相変わらず表情は変わらない。声の感じも同じだ。
あの時のことを聞かれるのだろうか。どうして私を抱きしめたの、と。
冗談じゃない。そんなの止めてくれ。消し去りたいくらい恥ずかしい事なんだ。
しかし、天月の口から出てきた言葉は違う物だった。
「貴方は何で、闘う事を決めたの?」
「何でって」
とりあえず、安心した。やっぱり天月は気にしてなかったんだ、と。
そして考える。僕が何で闘うのか。
一秒もしない内に頭に浮かんできた。簡単なことだ。ずっと、頭の中にあったことだから。
「正義の味方になりたかったから、かな」
もちろん、それだけじゃない。
天月を守りたかったから、というのもある。
でもやっぱり、僕は正義の味方になりたかったんだ。
短編、書いてみました。
「セイギノタメ」というヤツです。
ヒーローの番外編なので、興味のある方はぜひ。
実は、「セイギノタメ」みたいな展開でヒーローも書いてみたかったり。