訓練 1
「ヴァリアント・システムの原理は基本的には変異種と同じだ。その腕輪に組み込まれた人工的な『進化の系譜』を、同じく腕輪に組み込まれた覚醒因子によって引き起こし、装着者の身体と一体化させる」
そして、これが僕の非日常だ。
僕は自分の右手首につけてある腕輪のスイッチを何度か押した。
全部でスイッチは五つある。解除コードを入力するためのものだ。間違って起動することがないようにだったり、盗まれても扱えないようにしてある。
ここは川原の近くにある廃工場の中だ。
この付近を人が通る事はあまり無い。ここなら、あまり人に見つかる心配は無い。
僕の身体が右手首を起点として変化していく。
自分の身体が作り変えられていく。そんな感覚が僕の全身に走った。
僕の身体は黒をベースとし、白い線が掘り込まれている姿へと変わった。
背中や足の裏にはスラスターがあって、腰には拳銃の入ったホルスターがある。
腕の中にはナイフが内蔵され、太股の中には十数発の弾が装填できるカートリッジがある。
僕は軽く跳び、そしてそのまま飛んだ。
足と背中のスラスターを吹かし、空中を移動する。
妙な感覚だった。これは僕の身体のはずなのに、感覚がまるでちがう。
自分の身体ではないのに、これは自分の身体。それに順応している自分が不思議で仕方がない。
「なかなか身体の扱いが上手くなったじゃないか。天月さんもそう思うだろう?」
一ノ宮博士の問いに彼女は無表情で答える。
「上達はしていると思います」
やっぱり、天月は僕が闘う事を嫌がっている。喋り方でわかる。
天月は感情をあまり表に出さないから、だからこそ口調に含まれる意志がわかりやすい。
でも、僕は天月の代わりに闘いたかった。
一ノ宮博士の話では、天月の身体はもう限界なんだそうだ。覚醒因子の侵食が限界まで進んでいて、彼女の身体はヒトでなくなりかけている。
この一週間、僕は同好会の活動が終わると、毎日のようにヴァリアント・システムに慣れるためのトレーニングをしていた。
一ノ宮博士も言っていたが、ヴァリアント・システムは身体に装着するようなパワードスーツの類ではない。
自分の身体を作り変え、別の自分の身体を作り出す。
装着するのではなく、成るんだ。
ヴァリアント・システムは『進化の系譜』との一体化の過程で、自分の身体を別のものへと作り変える。
そしてヴァリアント・システムを解除する時、元の身体との間に誤差が生じるらしい。
全く適正のない人間がヴァリアント・システムを使うと、自分の身体に戻れなくなる。例えば腕の一部が黒の装甲のままだったり、ひどい場合はまったく別の何かになってしまう。
天月は適正が高く、その症状を抑える薬を飲む事で人間の姿のままでいられた。
でも、その薬は症状を完璧に押さえられるわけじゃなかった。度重なるヴァリアント・システムの使用は使用者の身体を蝕んでく。
それは天月も例外ではなく、彼女の身体は人のものから段々変わっていっていた。
天月の高い運動能力も感情が表に出にくいのも、その影響らしい。
このまま闘い続ければ、天月は人でない何かになり、そして最悪の場合、死んでしまう。
「さすがだ。あの数値は間違いじゃなかった。一週間でここまでできるようになるなんてね。それに、特に身体に異常も無い。最高だよ、久坂君」
一ノ宮博士が言うには、僕には天月以上の適正があるらしい。
エニティレイターの覚醒因子に侵食されにくいという、特異体質なんだそうだ。
天月もそうなのだが、僕の方が侵食を押さえ込む事ができるらしい。
なので、政府から後任の装着者が来るまでの助っ人ということで、僕が闘う事になった。
この街にいる変異種は残り三体。
それを僕が倒す事になった。
まるで僕がヒーローになったみたいで、少しワクワクしている。
「じゃあ今日は、飛行とその身体にある装備を扱う練習だ」
僕はそれに従い、博士の指定したコースを飛行する。
工場の中は適度に広く、そしていくつかの作業用の機械が配置されていた。
僕はバイプやベルトコンベアの間を縫って飛ぶ。
自分の思ったように飛べる。一週間前には考えられなかった事だ。
結局あの最初の戦闘ではバーニアを使わなかった。
使い方はわかっていたが、扱い方がわからなかったからだ。
でも今ではどうやって加速し、減速し、飛行すればいいのか、バッチリだ。
この一週間、僕は同好会の活動が終わると、毎日のようにトレーニングをしていた。
一ノ宮博士も言っていたが、ヴァリアント・システムは身体に装着するようなパワードスーツの類ではない。
自分の身体を作り変え、別の自分の身体を作り出す。
装着するのではなく、成る。
自分が今まで持っていた感覚が一瞬にして変わり、新しい感覚が全身に回っていく。
僕はそれを初回で適応できた稀有なパターンらしい。
だが、技術は皆無のため、ろくな闘い方ができない。
銃の扱い方一つをとってみても、照準はろくに定まらない、適当に撃っているだけ、残弾など全く考えないなど、例を上げればキリがない。