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ヒーロー  作者: 山都
第三章 日常と非日常
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初陣 4

「逃げたな」

 どこからか聞こえてくる声は、一ノ宮博士のものだ。

 変異種が逃げた。それはつまり、僕達は生き残った、と言う事だ。

 あまり実感がわかなかった。

 けど、脱力した身体とやかましい心臓が今起こり、起こった事を告げていた。


 僕は立ち上がり、走った。天月が倒れていた場所へと向かう。

 本当に、天月を守れたのだろうか。

 僕はそんな不安に刈られていた。

 

 もしかしたら、変異種は天月を狙いに行ったのかもしれない。あの逃亡はカモフラージュだったら。そして、天月が襲われていたら。

 敵は狼の変異種だけじゃなく、兎の奴もいた。もしかしたら、僕は体よく誘い込まれただけなのかもしれない。

 もしそうだったら。僕の考えなしの行動のせいで、天月が死んでいたら。

 そう思うと、走らずにはいられなかった。



 路地を曲がった。

 天月の倒れていた場所は大体わかる。昔、何度か通った事のあった場所だ。

 もう一つさきの路地を左に行けば、そこにたどり着く。


「正直、最適化の済んでいないヴァリアント・システムでここまでやってくれるとは思わなかったよ」

 声は聞こえていた。何を言っているかもわかっている。

 けど、僕はそれに答える余裕は無かった。

 本当に天月を守れたのか、一刻も早くこの目で確かめたかった。

 

「君には才能がある。ヴァリアント・システムを扱う才能が」

 僕は走る。無事でいてくれ、と願いながら。あの路地を曲がれば、天月が見えるはずだ。


「変異種を倒す事はできなかったが、犠牲者も出さなかった。上出来すぎる」


 路地を曲がったそこに、天月はいた。

 顔を辛苦に歪めていたが、確かにそこにいた。


「久坂……君?」

 エニティレイターとなった僕を見た天月は、悲しそうな声で呟いた。

 その声の意味する事は大体わかる。天月は僕を巻き込みたくなかったんだ。

 僕を巻き込まないために、一ノ宮博士に反論して、自分の体調を偽って闘っていたんだ。

 でも僕はそれを無下にして自分から危険な状況に飛び込んだ。自分で選んでしまった。

 天月からすればそれは理解できないことだと思う。

 憧れを現実に感じたいからなんて、僕から見たって馬鹿馬鹿しい。


 天月の元へと駆け寄る。

 痛みも緊張も一切を忘れていた。ただひとつの思いが僕を支配していた。


 僕は天月を抱き抱える。

 そうしたかった。そこに天月がいるんだと言う、実感がほしかった。


「久坂君?」

 僕の行動に驚く天月を無視して、身体を抱きしめた。

 そして心の奥底からわき出る、一つの感情を口にする。


「君を守れて、本当によかった――」


 僕は守れたんだ。

 それだけで十分だった。

 変異種に対する怖さも恐れも何もかも、この思いの前ではどうだってよかった。

 死にそうな思いをしたことだって、この事実の前ではどうだってよかった。


 天月が生きていてくれているという、その事実さえあれば他に何も要らないじゃないか。


 天月の体温を感じる。生きているんだと実感する。守れたんだと実感する。

 それだけで、僕には十分だった。


「久坂君、君さえよければ僕らの力になってほしい。君のその才能で、人類を救う英雄になってほしい」


 人を救う、ヒーロー。

 それは僕がなりたかったものだ。

 でも今は、僕は天月を守れたという、実感だけあればよかった。


 今、わかった。言葉ではなく、気持ちで理解した。

 誰かを守りたいから、何かを守りたいから、だからヒーローは闘うんだ。


 その手に感じる天月を、僕はさらに抱きしめた。


 ああ、君を守れて、本当によかった。


 こうして、僕の初陣は幕を閉じた。

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