初陣 2
変異種が民家の屋根に逃げた。
そこに向けて発砲するが、弾丸はそれてしまう。今の僕に正確な射撃を行う技術はなかった。
だったら、接近するしかない。
僕は一気に屋根へと跳躍する。力加減がわからなかったので思いっきり跳んだ。
僕の身体はビル三階分の高さまで持っていかれる。
下を見ると、狼の変異種が僕を見上げていた。ここからなら、僕の腕でも狙えるかもしれない。
屋根の上の変異種にへと銃口を向ける。そして空中で発砲。
ひたすらに撃った。偶然のまぐれでもいいから、一発くらい直撃してくれればいい。
変異種は違う家の屋根へと飛び移り、それを避けた。民家の瓦がいくつもの鉛の直撃を喰らって、破壊される。
僕はそこに膝を曲げて衝撃を和らげながら、着地する。
痛みはなかった。エニティレイターの身体でなければ、相当な激痛を足に感じていただろう。
変異種が逃げる。僕はそれを追い、民家の屋根を走った。
一歩で楽々と五メートルくらい進む。足場の悪い、この状況で、だ。
僕は運動が苦手と言うわけではないのだけど、普段、こんなに速くこんなに高く動く事なんて、絶対にできない。
変異種が急にその足を止めた。そして、僕へと身体を向ける。
丁度その時、屋根から屋根へ飛び移るために跳躍をしていた僕は、変異種に無防備な姿を晒してしまう。
やばい!
腕を身体の前で交差させた。防御の姿勢をとり、衝撃に備える。
次の瞬間、変異種の握り拳が僕の腕へと叩き込まれた。
僕の身体は強烈な一撃を暗喰らい、アスファルトへと吸い込まれるように落ちていった。
「ぐあっ!」
背中に硬い壁が当たる。僕の身体は跳ね、そしてまた地面に落ちる。
腕も背中も痛い。勢いよく走っていた所にあんなカウンターを受けたからだ。
それでも、このエニティレイターの身体のお陰で相当マシになっていると思う。もし人間の身体だったら、痛いなんてレベルじゃすまなかったハズだ。
もしかしたら、死んでいたかもしれない。
いや、この状態でもやばいんじゃないか……?
僕は痛みをこらえ、起き上がった。
銃を撃っても、敵に当てる事ができない。
素早さと耐久力があっても、一方的に攻撃を受け続ければ限界が来る。
そしたら、死だ。
「大丈夫か、久坂君」
一ノ宮博士だ。
大丈夫じゃないですよ。怖いんです。逃げたしたいです――。
口が裂けても言っちゃいけない事だ。言ったとしても、実行に移しちゃいけないことだ。
僕が逃げれば、変異種の標的は天月となる。
そしたら、苦しんでいる天月は一瞬で殺されてしまう。
だから駄目だ。逃げちゃいけない。痛くて辛くて怖くても、逃げちゃいけないんだ。
一ノ宮博士の言葉に答えることなく、銃をホルスターに収める。口を開いたら、逃げの言葉を口にしそうな自分がいる。だから喋らなかった。
僕は腕の奥に収納されているナイフを取り出す。
それをどう取り出すのか、僕は知らなかった。けどカートリッジの時と同じように、無意識のうちに身体が動いていた。
変異種が屋根の上から道路へと降りてきた。
僕を観察するかのような視線を送ってくる。きっと僕の状態を探っているんだ。まだ闘えるのかとか、もう限界なのかとか、そんな感じのことを。