白衣の男
黒のキャンピングカーが道路を走っていた。
他にも何台かの車が走っていたが、黒のキャンピングカー恐ろしいくらいに溶け込めていない。
側面と後ろの窓には黒い布が被せられていて、横から内側を窺う事は出来ない。車の上にはパラボラアンテナのようなものがいくつも取り付けられていた。
正面からは、白衣を着た中年の男が運転をしているのが見える。右手には携帯電話を持ち、左腕でハンドルを握っている。その向こうは黒い布が隠していて、外からは確認できない。
「本当に頼むよ?君に全てが掛かってるようなものなんだから……あぁ、こっちもできる限りのバックアップはするから……」
不服そうな声を上げながら男は通話をつづけた。左手は指で苛立たしげにハンドルを叩いている。
男の目の下にはクマがあった。恐らく全く気を使われていないであろう髪と髭。やせ気味の身体。それらが男の気味の悪さを演出していた。
「だからできる限りのことはするって言ってるだろう?君は君のやる事と彼の心配だけしてればいいんだよ」
ハンドルを叩く速さが上がった。男の声には苛立ちが滲む。
目の前の信号が青から黄色へと変わった。歩道からは、気の早い通行人が歩き出そうとしていた。男はそれに構わず、アクセルを踏む。
赤信号になりかけた所を黒のキャンピングカーが走り抜ける。通行人の十センチほど手前を突き進んでいった。
キャンピングカーの後ろから罵声が飛んできた。男はそちらには目もくれず、通話を続けている。
「あぁ、それでいいよ。それ以上の事はこっちでやる……それでいいよ……ああ、じゃあ頼むよ」
通話が終わると、男は携帯電話を隣の座席へ投げつけた。携帯電話がシートで跳ねて、ドアへと当たる。
目の前の信号が赤になった。今度は走り抜けるような事はせず、停車する。
「こっちに着いてさっそくで悪いんだけどさぁ、お仕事頼まれてくれる?」
男は黒い布の向こう側へ話し掛けた。
「情報提供があってね。そんなに凶暴な奴じゃない。大体の場所は携帯電話に転送してあるから、見といて。じゃあよろしく」
返事を待たず、男は一方的に話を終えた。向こう側からも声が聞こえる事は無い。
男の発言から暫くして扉の開く音がした。男がドアを開けたわけではない。前の座席にある両側のドアは開いていなかった。
キャンピングカーの後ろ側のドアが開けられていた。風で揺れる布の向こう側には、誰もいなかった。
ミラー越しにそれを確認すると、男は満足そうに表情を変えた。
手元にあるレバーを押し、背後のドアを閉める。ロックが掛かる音と同時に、車内から風が無くなる。
男は信号が青になったのを確認し、ゆっくりと車を前進させた。
ビルに埋め込まれた時計は、午後四時四十五分を指していた。
「……ここまでやって上手くいかなかったら、この街を爆破してやろう。どうせ邪魔だし」
などと不吉な事を言いながら、男は楽しそうに笑った。