衝動 6
「何をするんだ。止めろ。そんなことに意味は無い」
そうかもしれない。この行動は客観的に見れば無意味だ。生身の人間が化け物に敵うわけがない。
でも僕自身に意味はある。天月を見殺しにするなんて、できないんだ。
弾は変異種から僅かに逸れる。撃てば撃つほど、変異種から離れた所へ飛んでいく。
手が震えていた。足も同じだ。心臓の鼓動が早くなり、嫌な汗が吹き出てくる。
恐怖の感情が無いと言ったら嘘になる。物語のようにカッコよくいられない。
でも、最低の生き方を選ぶなんて嫌だ。
誰かを見捨てて生き延びたとして、そんな僕は嫌なんだ。
変異種が僕へとゆっくりと歩み寄ってくる。
静かに、ゆっくりと、だが確実に。
怖い。
僕は怯えている。足は鋤くんで動かない。手は震えてまともに照準を合わせられない。
でも、何かが僕の背中を後押しする。
それが何かはわからない。けれど心の奥底から沸き上がるそれは、確かに僕を鼓舞し、僕を奮い立たせていた。
変異種が少しずつ天月から離れていく。
それでいい。そのまま、僕に向かってきてくれ。
右手の人差し指に力を入れる。相変わらず手は震えていた。
それでも僕は何度も銃を撃つ。天月には当たらないように、ぶれる照準で変異種を狙う。
少しずつ接近してくる変異種と一定の距離を保つように、僕は後ろへとゆっくり下がる。銃の反動を感じながら、僕は下がっていく。
それが少しの間続き、次の一瞬。
いきなり、前触れもなく、唐突に変異種が吼えた。そして、強く地面を蹴り、僕へと一気に迫ってくる。
僕はそれに反応して銃を撃つ。だがその弾が吐き出されるよりも早く、変異種の蹴りが僕の腹部へ衝撃を与えた。
痛いなんてもんじゃない。身体が腹から裂けるかと思うほどだ。
僕の身体は宙を舞い、そして重力によって道路へと叩きつけられる。
そして数秒後、変異種は僕の身体を持ち上げると、電柱へと投げつけた。
再び衝撃が僕を襲う。痛さを通り越した痛みのせいで、呻き声すら出ない。
僕の身体が地面へ倒れこむ。背中も腹も、何かをなくしたような感覚があった。
そこにあるはずのものがない。そんな感覚。
痛みのせいで、痛覚や触覚が鈍くなっているのか。
変異種は地面に蹲る僕を見ると、敵に値しないとみなしたのか、背を向けた。
天月の方へと向かう。
やめろ。
僕は右手の銃を変異種に向けようとする。
けど、僕の右手にそれはなかった。僕の三メートルほど先に、転がり落ちている。
僕は身体を這い、銃を手に取った。銃口を目標へ向け、そして引き金に力を入れる。
だが、弾は出てこなかった。壊れたのかもしれない。
僕がそんな事をしている間に、変異種は天月の元へとたどり着いていた。
天月を殺す気だ。息の根を奪う気だ。
心臓の鼓動がさらに早く、強くなる。嫌な感覚が僕の全身を駆け抜ける。
自分の弱さが憎い。守りたい時に守ることができない。
わずかばかりの抵抗をして、ただ惨めに地面を這い蹲るしかない。
このままじゃダメだ。どうしたらいい。
どうしたら、どうしたら、どうしたら!
その時だった。僕の目にそれが映ったのは。
「あれは……」
僕が見つけたのは腕輪だった。
天月がしていた腕輪。ヴァリアント・システムと呼ばれる腕輪。エニティレイターという力を得るための腕輪。
仮想空間に転送される前、一ノ宮博士と天月が言い争っていた言葉が思い起こされる。
「彼にヴァリアント・システムを使用させる気なのですか?」
天月は確かにそう言っていた。
「後任が必要なんじゃないのか?」
つまり、新しいヴァリアント・システムの使用者。
「彼の適正は完璧だ」
適正がある。一ノ宮博士は確かにそう言った。
「一ノ宮博士はあなたをエニティレイターにするつもりよ」
そして、僕をエニティレイターにするつもりだった。
だったら、今、僕がこれを使えば。
僕がエニティレイターへと変わる事ができれば。
あいつを倒して、天月を救えるかもしれない。