戦闘 4
変異種の爪が襲い掛かる。ヒーローはそれへと銃口を向けた。
爪がヒーローへと接触する直前、弾丸が撃ち込まれた。一発だけではない。連続して五発。
複数の弾丸によって爪が破壊され、変異種の手の肉を抉った。
苦しみの雄叫びが発せられる。
苦しみながらも、変異種は蹴りを繰出した。その足の傷からもう血は出ていなかった。今撃たれた爪や腕も、少しずつだが再生している。
傷跡にはミミズのようなものがいくつもあった。少しして、それはミミズなんかじゃないとわかる。それは肉だった。
いくつもの細い肉がまるで生き物の様にうねり、傷口を塞ごうとしていた。それはもう、生き物の治癒能力なんかとはまるで別物だった。そうやって傷口を治している様は、悪の怪人というより、映画とかで見るエイリアンだとかゾンビだとか、そんな風に言った方がしっくり来る。
ヒーローはそれを避け、変異種の腹部を殴りつけた。変異主の身体がくの字に折れ曲がる。そしてそのまま、今度は変異種が吹き飛ばされた。
民家の屋根へとその身体は激突し、いくつかの瓦が屋根から外れて宙を舞い、地面へと落ちて割れた。
「確かに変異種の再生能力はやっかいだ。常人が変異種に勝てない理由でもある」
ふらつきながらも、変異種は起き上がった。
腹部にあった弾痕はすでに消え、足の傷も治りかけていた。
まだ痛みはあるようで、足を庇う様な動きをしているが、それでも少し前よりも確実に傷は癒えている。
破壊された爪や肉を抉られた手も同様だった。
ミミズのような肉が傷を這いずり、傷を直している。
「だが、生命維持ができなくなるほどに身体を破壊する事ができれば、話は別だ。急所、つまり心臓や脳を完全に破壊する事ができれば、一撃で倒す事も可能だろう。だが、それだけでは死なない変異種もいる。あいつらは理性をなくした分、生存本能という奴が飛びぬけているからね。容易く脳のリミッターを外し、あるいは自分の身体を新しく作り変えて、生き残ろうとする。ならばどうすればいいか」
ヒーローは右手首の腕輪を操作した。するとバックパックからモーター音が聞こえ始め、蒸気が噴射される。
右腕が淡く光りだした。ヒーローはその手に握り拳を作り、それを腰のあたりに引き寄せる。力を溜めているみたいだった。
「再生できなくなるりほどに身体を破壊すればいい。その身体を全て消滅させてしまえばいい。爆撃でそれを行おうとしたらこの周囲を全て吹き飛ばさなければならなくなるが、あの姿なら、エニティレイターならばそれができる」
「エニティレイター?」
「ヴァリアント・システムを起動した時の名前だよ。名称があった方がわかりやすいだろう?」
変異種が跳んだ。目標へ一直線に向かっていく。
ヒーローも飛んだ。背中と足のバーニアを吹かして飛行し、変異種を迎え撃つ。
変異種が切りかかる。しかしそれは大振りで、動きも鈍くなっていた。
ヒーローはバーニアを前方に吹かして減速する。変異種の爪は空を切り、完全に体勢を崩す。隙だらけの背中がヒーローに向けられる。
その背中に、淡く光る右拳が叩き込まれた。
轟音、衝撃、発光。
変異主の身体は上空へと吹き飛ばされ、周囲には強烈な突風が吹いた。
昨日見た、赤い豚を倒した時のアレと一緒だ。
瓦が飛ばされ、電信柱にぶつかっていた。アスファルトの破片が道路を転がる。突風で車のガラスがカタカタ、と揺れていた。発光の中心近くでは、窓ガラスが割れている車もある。
「エネルギーを右拳の一転に集中させ、そして放つ。それは全て変異種にぶつけられ、その身体全てを消滅させる。そうして全てを消し去って、エニティレイターは変異種を殲滅する」
上空へと吹き飛ばされた変異種には光の亀裂が入っていた。
そして、徐々にその身体が光の粒子となり、消滅する。
「すごい」
僕は無意識のうちに呟いていた。
ただ目の前で起こったことに驚いて、そう呟いていた。
ヒーローは本当にいたんだ。
僕達の知らない所で、僕達が平和に暮らせるように、闘っていたんだ。
もしかしたらやられて死ぬかもしれないのに、一人で闘っていたんだ。
僕の憧れはフィクションの世界にしかいないと思っていた。現実にいるわけが無いと諦めていた。
けど、僕の前で起きた闘いはフィクションじゃない。本当にあった事だ。
「それじゃあ、君達を元の世界に戻そう」
一ノ宮博士がそう言うと、僕の身体は真っ白な光に包まれた。
僕は瞼を閉じる。
喜びのような安堵のような、そんな感情を胸に感じ、その光に身を委ねた。