一ノ宮博士 4
「本物のヒーロー……」
僕はそう呟いていた。
子供の頃から憧れていた。
誰かのために自分の身を省みず闘い、自分の信念を貫き、正しい道を行くヒーローに。
カッコいいから、と言う理由だけじゃない。僕自信がそうでありたかった。誰かのために闘えて、自分の信念を貫ける人間になりたかった。
けれど成長していけばいくほど、それが無理だとわかっていく。正しい人が否定されて、間違っている人が肯定されるなんて、よくある話だ。
それでも、だからこそ、僕は正義のヒーローに憧れる。
憧れるだけなら、誰にも文句は言われないから。
正義のヒーローなんてこの世にいやしないと諦めるしかないのに、諦めきれない。だから、僕はすがるように架空のヒーローに憧れる。
でも今、僕は本物のヒーローをこの目で見ることができる。
「久坂君、止めて」
天月葵が僕を見て言った。
「あの時はたまたま無事だった。けど、次もそうとは限らない。だから、止めて」
「決めるのは君だ。危険だと思うなら今すぐ家に帰ればいい。データは採れたしね。でも、もし君が望むなら、僕は君を仮想空間へ送ろう」
僕は黙って、うつ向いている。
天月葵の言うことはわかる。僕が生きて帰ってこれるという百パーセントの保証はないだろうし、それに、僕がいても邪魔になるだけだろう。
けれど僕はこの目でヒーローを見たい。
本物のヒーローがいるとわかっていて、それなのに家に帰っていつも通りの生活を送るなんて、僕にはできそうになかった。
「見てみたいです。この目で」
単なるワガママだ。そんなのはわかってる。天月葵の迷惑にだってなるだろう。
でも僕はもう一度、この目で本物のヒーローを見たかった。そこに本物にヒーローがいると、確かめたかった。
「よし、じゃあ決まりだ」
一ノ宮博士が嬉々とした表情で言った。
天月葵は何かを言いかけたが、飲み込んだようだ。不満そうな、悲しそうな、辛そうな、そのどれでもあって、どれでもないような顔をしている。
わかってる。僕の決めた事はきっと間違ってる。
「よし、じゃあ二人まとめて仮想空間に転送するから、外に出て待っていてくれ」
「外、ですか?」
「ああ。建物の中だったり電波が少しでも入りにくい場所だと、仮想空間に転送する事ができないんだ。だから、外に出て行ってくれ。あとはこっちでやる。久坂君を頼むよ、天月さん」
「……了解」
僕と天月葵は車の外に出た。
二人になると、やはり沈黙が流れる。ただ天月葵が怒っているだけかもしれないが。
彼女が怒るのも無理は無いと思う。彼女は僕を心配してくれているのに、僕はそれを無視したんだから。
「それじゃあ、転送を始めるよ」
車の中から一ノ宮博士の声が聞こえてきた。
次の瞬間、真っ白な光が僕の視界を包んだ。